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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
身振りは無為に磨かれた
12/59

NEVA CED SVM NV DODVSIIEND

 聖女は言った。


「生殖能力の喪失は何の象徴でもありませんのよ。歩行能力もです。生きた証を残し続け、よい生を目指し続ければよろしいのですわ。××××(雄の生殖腺の俗称)つけて生まれた男が甘えるな。足ぐらい気合いで生やせ」


 ここは迷宮である。

 樹上積層都市〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉である。

 踏破された迷宮内迷宮の跡に建つ、第三枝中央癒院という施設だ。


 当世の聖女の一人が、癒術協会に属し、この癒院にとどまっていた。


「始めと終わりで話が違う」


 聖女の言葉に、患者が異を唱える。

 淫魔である。男の淫魔、淫起勃(インキュバス)だ。


 先日、街で女に声をかけ、通りすがりの神話の剣士に殺されかけた。

 その後、通りすがりの聖女に助けられ、一命をとりとめたのだ。


「あなたに健康になってほしいだけですわ」


「立ってやるさ。子をなせないのは構うまい。いい年と身分した男のだらしない性生活に、責任を負わされるのが淫魔というものだからな。多少の役得はもらうが」


 男の淫魔は女をたぶらかす。親族や僧侶の姿をして現れるのだという。


「そうですの? 多産を司る牛飼いの神の話でもしましょうか」


 聖女は神話を持ち出した。

 悪徳を押し付けられた古い神だ。


「角つきの神の話なんて聞きたくねえよ」


 淫魔は、街で女に声をかけ、通りすがりの神話の剣士に殺されかけた。

 女は只者ではない。

 迷宮に、魔王が解き放たれていた。


「でしょうね。わたくしは、これから魔王に会いにゆきますわ」


 癒院の聖女にとって、ゼロ代目が迷宮を踏破して以来の付き合いがある、双角を持つ魔の王だ。

 病室を出る際、残る淫魔に、母から子への決まり文句を告げた。


「いい子にしていないと、魔王が来ますわよ」


「冗談キツいぜ」




 ゴングが鳴り響く。

 オークション会場である。


 〈君守り人形〉なる骨董品が出ていた。立派な剣と一纏めだ。


 人は物品に、性質や来歴の確定のため、記号を付す。

 暴走する魔道具の封印に、付与による魔法破りが使われる。別名を鑑定と呼ぶ。

 最も分かりやすい指標として、値札がつく。

 〈君守り人形〉の値段に術師の間で決着がつかず、競売で納得のいく値段を定めることになった。


 ゴングが鳴り響く。

 入札競争が決したのだ。


 聖女は、金貨相当で百万の値をつけた。

 競争相手は、見たことのない貨幣を提示した。


「竜鱗貨を見るのは初めてだった?」


 見た目には普通の少女だ。

 彼女がいたからこそ、聖女は、本来入れないところ特権を振りかざして会場に入り、特に欲しくもない甲冑と剣を落札しようとした。


 竜鱗貨とは、古い法に定められた貨幣である。亜竜などの害に際して、人員や資源を大量に動かし、討伐して大量の資源を得ることになる。王が発行を宣言ししかるべき者が祝福すると、亜竜の鱗やその他大型の怪物に特徴的な素材を、貨幣として認めさせることができる。廃れた習慣だ。

 由緒正しいオークションでは、理論上、今でも額面価値で使うことができる。使う者が出る見込みはほぼない。


 ほぼない例が、今回だった。


 現在の貨幣価値に換算すると、およそ金貨二百万である。


 〈君守り人形〉を受け取って、会場を出てゆく。

 聖女は彼女を追って、尋ねた。


「どこで発行したんですの。わたくし聞いておりませんわよ」


 当世で竜鱗貨の祝福などできる人物は、数えるほどだ。誰が行なっていても、聖女の一人である彼女が知らないでいることはありえない。


「当の亜竜アイスドラゴンの祝福のもとで、わたしが発行した」


 諸規則の上で想定されていないケースである。

 そして、〈君守り人形〉の購入に使えたのは、規定に適したからではない。

 理解したからだ。

 見たことのない、輝かしい、大きな硬貨が、例の底知れない骨董品の対価として相応しいと、人は理解したのだ。


 聖女もまた知っている。

 癖毛を二つに結んだ少女を、魔王と理解している。

 大伯母のようで、先輩のようで、妹のような、双角を持つ魔の王だ。


「次は負けませんわ」


「明日遊びに行くよ。じゃーね」


 口づけを投げて、去って行った。


 口づけを投げる儀について述べる。

 別れを告げる者は気息を吹きかける。「君に健康あれ」と唱える。

 残る者とは、じつは火である。

 気息は火を鼓舞する。残る者に気息を吹きかけて、鼓舞することになる。

 気息とは、じつは活動力である。

 残る者に気息を吹きかけて、活動力を死なせるおそれがある。

 別れを告げる者は、指の二つを唇に当ててから、手のひらを残る者に向かって差し出す。

 指の二つとは、じつは破壊と繁栄の両神である。

 破壊と繁栄の両神は活動力を死なせない。

 活動力を死なせないように、指の二つを唇に当ててから、手のひらを差し出す。

 口づけを投げる、と人が言うところのものである。




「人形さん。あなたが、トゥバの地のユヌなる若者が、守ってきた女の人は、元気で暮している。今は食べ物売りのエニルさんとして、あなたを失った後も、多くのものを得かつ失いながら生きていたみたいよ」


「喜ばしく存じます。我が君。己は、人知れず、土地を脅威から守っておりました。己の他には誰も対処しておりません」


 呪いの武器の性質と使い手の性格は分かち難く結びつく。

 トゥバの地のユヌにとって、自分は〈魔王の懐刀〉と呼ばれた神話の剣士でもあり、鉄の塊を手に取ったその他多くの人々でもあった。彼は魔王を自然に「我が君」と呼んだ。


 今でも自分なしでは安全に元気に暮らせはしなかった、と主張しようとした。彼女は鼻で笑った。


「人知れず守るから誰も対処しないんじゃないの。そして、ものすごい力持ちが単独で剣を振るのはこの場合に適していない」


 迷宮都市の、散らばり潜伏して生存し続ける魔物は、それなりの力を持っている。

 返り討ちにする力よりは、隠れ潜む力が要だ。

 堂々と敵対することを選んだ魔物の大半はとっくに死んでいる。


「己は剣です。斬る以外はできません」


「どうかしらね。演武(ワルツ)はいかが、騎士様? 太陽、太陰、南天、十字は三重なり」


 少女は、舞踏の足取りを刻み、詠唱を始めた。

 意味の取りづらい音の列だ。

 低く紡がれ、間延び気味で、独特の節がある。


「草木の季節を巡らしめ 海の潮を巡らしめ 宙吊り王を巡らしむる 天則は現れ出でよ

 万有を我が掌中において

 示せ

 あらしめよ

 知らし召せ

 天威剣〈ヂアハトリーギ〉」


 研ぎ澄まされた刃が輝く。

 全体に彫り込まれた文様が古代を想起させる。

 柄にまじないの宝玉があしらわれている。


 叩き斬って壊すための道具に、飾りは無駄だ。

 長い詠唱を要するのも、無駄だ。

 実用のための剣ではありえない。

 天威剣は、王の持つ、儀礼用の剣なのだ。


 無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きは、儀礼である。


「理解した?」


「理解しました」


 剣に、斬ること以外は、ある。


 かつて何の変哲もない場所に、鉄の塊が立っていた。


「その大剣にさ、文字とか彫られてない?」


 鉄の塊などというものが立ててあるのが、何の変哲もない場所であったものだろうか。

 誰かが立てたに違いない。意味なく立てたはずはない。持って武器にできる程度の手入れが、意味なくなされ続けたはずはない。


「ございません」


 彫られていない。彫られていたとしても、削り落ちてしまったろう。


「じゃあいいや。改めてあなたの剣に、わたしが意味を与えてやる」


 王は騎士に宣言する。


 人形がうやうやしく頭を垂れた。

 跪き、大剣を差し出す。


 臣従儀礼である。


「お前は〈魔王の懐刀〉改め、〈利剣(リツルギ)〉であるものとする」


 魔法の完成で、結びつきの再生だった。


「ねえ。打ち合ってみましょう。あなたの剣の冴えを、すべて出しなさい。すべて受け止めてやる」


「御意」


 そして、再会の夜の続きを踊る。

 何を踊っているのかも、誰にも分かりはしない。




 もはや誰も知ることはない。

 かつて鉄の塊に、文字が彫られた。


MENDEIE(過ぎる)NTVCVETI(者の歩み)NDCATRA(は緩め)

SAVSVEPI(眠る君が望)NDSVAMEN(んだ眺めを)SAPECTE(見るように)

NEVACED(もう誰も)SVMNVDO(君を傷つけ)DVSIIED(ないように)


 墓碑銘である。

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