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聖女は言った。
「生殖能力の喪失は何の象徴でもありませんのよ。歩行能力もです。生きた証を残し続け、よい生を目指し続ければよろしいのですわ。××××つけて生まれた男が甘えるな。足ぐらい気合いで生やせ」
ここは迷宮である。
樹上積層都市〈毒樹枝節経アーバスキュール〉である。
踏破された迷宮内迷宮の跡に建つ、第三枝中央癒院という施設だ。
当世の聖女の一人が、癒術協会に属し、この癒院にとどまっていた。
「始めと終わりで話が違う」
聖女の言葉に、患者が異を唱える。
淫魔である。男の淫魔、淫起勃だ。
先日、街で女に声をかけ、通りすがりの神話の剣士に殺されかけた。
その後、通りすがりの聖女に助けられ、一命をとりとめたのだ。
「あなたに健康になってほしいだけですわ」
「立ってやるさ。子をなせないのは構うまい。いい年と身分した男のだらしない性生活に、責任を負わされるのが淫魔というものだからな。多少の役得はもらうが」
男の淫魔は女をたぶらかす。親族や僧侶の姿をして現れるのだという。
「そうですの? 多産を司る牛飼いの神の話でもしましょうか」
聖女は神話を持ち出した。
悪徳を押し付けられた古い神だ。
「角つきの神の話なんて聞きたくねえよ」
淫魔は、街で女に声をかけ、通りすがりの神話の剣士に殺されかけた。
女は只者ではない。
迷宮に、魔王が解き放たれていた。
「でしょうね。わたくしは、これから魔王に会いにゆきますわ」
癒院の聖女にとって、ゼロ代目が迷宮を踏破して以来の付き合いがある、双角を持つ魔の王だ。
病室を出る際、残る淫魔に、母から子への決まり文句を告げた。
「いい子にしていないと、魔王が来ますわよ」
「冗談キツいぜ」
ゴングが鳴り響く。
オークション会場である。
〈君守り人形〉なる骨董品が出ていた。立派な剣と一纏めだ。
人は物品に、性質や来歴の確定のため、記号を付す。
暴走する魔道具の封印に、付与による魔法破りが使われる。別名を鑑定と呼ぶ。
最も分かりやすい指標として、値札がつく。
〈君守り人形〉の値段に術師の間で決着がつかず、競売で納得のいく値段を定めることになった。
ゴングが鳴り響く。
入札競争が決したのだ。
聖女は、金貨相当で百万の値をつけた。
競争相手は、見たことのない貨幣を提示した。
「竜鱗貨を見るのは初めてだった?」
見た目には普通の少女だ。
彼女がいたからこそ、聖女は、本来入れないところ特権を振りかざして会場に入り、特に欲しくもない甲冑と剣を落札しようとした。
竜鱗貨とは、古い法に定められた貨幣である。亜竜などの害に際して、人員や資源を大量に動かし、討伐して大量の資源を得ることになる。王が発行を宣言ししかるべき者が祝福すると、亜竜の鱗やその他大型の怪物に特徴的な素材を、貨幣として認めさせることができる。廃れた習慣だ。
由緒正しいオークションでは、理論上、今でも額面価値で使うことができる。使う者が出る見込みはほぼない。
ほぼない例が、今回だった。
現在の貨幣価値に換算すると、およそ金貨二百万である。
〈君守り人形〉を受け取って、会場を出てゆく。
聖女は彼女を追って、尋ねた。
「どこで発行したんですの。わたくし聞いておりませんわよ」
当世で竜鱗貨の祝福などできる人物は、数えるほどだ。誰が行なっていても、聖女の一人である彼女が知らないでいることはありえない。
「当の亜竜アイスドラゴンの祝福のもとで、わたしが発行した」
諸規則の上で想定されていないケースである。
そして、〈君守り人形〉の購入に使えたのは、規定に適したからではない。
理解したからだ。
見たことのない、輝かしい、大きな硬貨が、例の底知れない骨董品の対価として相応しいと、人は理解したのだ。
聖女もまた知っている。
癖毛を二つに結んだ少女を、魔王と理解している。
大伯母のようで、先輩のようで、妹のような、双角を持つ魔の王だ。
「次は負けませんわ」
「明日遊びに行くよ。じゃーね」
口づけを投げて、去って行った。
口づけを投げる儀について述べる。
別れを告げる者は気息を吹きかける。「君に健康あれ」と唱える。
残る者とは、じつは火である。
気息は火を鼓舞する。残る者に気息を吹きかけて、鼓舞することになる。
気息とは、じつは活動力である。
残る者に気息を吹きかけて、活動力を死なせるおそれがある。
別れを告げる者は、指の二つを唇に当ててから、手のひらを残る者に向かって差し出す。
指の二つとは、じつは破壊と繁栄の両神である。
破壊と繁栄の両神は活動力を死なせない。
活動力を死なせないように、指の二つを唇に当ててから、手のひらを差し出す。
口づけを投げる、と人が言うところのものである。
「人形さん。あなたが、トゥバの地のユヌなる若者が、守ってきた女の人は、元気で暮している。今は食べ物売りのエニルさんとして、あなたを失った後も、多くのものを得かつ失いながら生きていたみたいよ」
「喜ばしく存じます。我が君。己は、人知れず、土地を脅威から守っておりました。己の他には誰も対処しておりません」
呪いの武器の性質と使い手の性格は分かち難く結びつく。
トゥバの地のユヌにとって、自分は〈魔王の懐刀〉と呼ばれた神話の剣士でもあり、鉄の塊を手に取ったその他多くの人々でもあった。彼は魔王を自然に「我が君」と呼んだ。
今でも自分なしでは安全に元気に暮らせはしなかった、と主張しようとした。彼女は鼻で笑った。
「人知れず守るから誰も対処しないんじゃないの。そして、ものすごい力持ちが単独で剣を振るのはこの場合に適していない」
迷宮都市の、散らばり潜伏して生存し続ける魔物は、それなりの力を持っている。
返り討ちにする力よりは、隠れ潜む力が要だ。
堂々と敵対することを選んだ魔物の大半はとっくに死んでいる。
「己は剣です。斬る以外はできません」
「どうかしらね。演武はいかが、騎士様? 太陽、太陰、南天、十字は三重なり」
少女は、舞踏の足取りを刻み、詠唱を始めた。
意味の取りづらい音の列だ。
低く紡がれ、間延び気味で、独特の節がある。
「草木の季節を巡らしめ 海の潮を巡らしめ 宙吊り王を巡らしむる 天則は現れ出でよ
万有を我が掌中において
示せ
あらしめよ
知らし召せ
天威剣〈ヂアハトリーギ〉」
研ぎ澄まされた刃が輝く。
全体に彫り込まれた文様が古代を想起させる。
柄にまじないの宝玉があしらわれている。
叩き斬って壊すための道具に、飾りは無駄だ。
長い詠唱を要するのも、無駄だ。
実用のための剣ではありえない。
天威剣は、王の持つ、儀礼用の剣なのだ。
無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きは、儀礼である。
「理解した?」
「理解しました」
剣に、斬ること以外は、ある。
かつて何の変哲もない場所に、鉄の塊が立っていた。
「その大剣にさ、文字とか彫られてない?」
鉄の塊などというものが立ててあるのが、何の変哲もない場所であったものだろうか。
誰かが立てたに違いない。意味なく立てたはずはない。持って武器にできる程度の手入れが、意味なくなされ続けたはずはない。
「ございません」
彫られていない。彫られていたとしても、削り落ちてしまったろう。
「じゃあいいや。改めてあなたの剣に、わたしが意味を与えてやる」
王は騎士に宣言する。
人形がうやうやしく頭を垂れた。
跪き、大剣を差し出す。
臣従儀礼である。
「お前は〈魔王の懐刀〉改め、〈利剣〉であるものとする」
魔法の完成で、結びつきの再生だった。
「ねえ。打ち合ってみましょう。あなたの剣の冴えを、すべて出しなさい。すべて受け止めてやる」
「御意」
そして、再会の夜の続きを踊る。
何を踊っているのかも、誰にも分かりはしない。
もはや誰も知ることはない。
かつて鉄の塊に、文字が彫られた。
MENDEIENTVCVETINDCATRA
SAVSVEPINDSVAMENSAPECTE
NEVACEDSVMNVDODVSIIED
墓碑銘である。




