秘められざりし神の力
「どうした。生前の配下の『君を守る』という想いが残った剣を、想いに共鳴する者が手に取り、君と戦うに至って配下の記憶を垣間見るも、魔物として捕獲されたので、奪い返そう、といった顔を君はしているぞ」
「話が早い」
山は異界だ。
異界には恐ろしいものが待ち受ける。
異界のさらに奥である、山の洞窟の中ともなればなおさらだ。
〈鉱脈の亜竜人〉ガノッススは魔なるものと対峙していた。
「踊っていなくてよいのか」
「動作の隙が大きいのよね。二度、三度とやって戦える術じゃあない」
少女は剣を持たないまま剣舞を踊ることによって、剣を出現させることができた。
剣を持っている、と確信させるほどはっきり分かる動きでなければ、成立しない。
魔法は強固なイメージで発動するのだ。
「ガノッススさん。裏で編んでいる詠唱は、もう終わる?」
「せっかちな姫さんだ。そろそろ発動しなければ、解説の手間を取らせることになろうな」
二つ結びの癖毛の娘は、ガノッススによる魔法の用意を見破っていた。
陳腐なイメージに魔力はない。
気の利いた言葉を解説してやるならば、言葉は魔力を失う。
「現代発音で、凍えて震えるのと音を合わせたのね。詞義の方はどういう掛かり方かな」
「ねじ伏せてくれる! 仮構金属器・十型〈氷結鳥葬楼〉」
〈鉱脈の亜竜人〉ガノッススは魔法の長槍を作り出した。
同時に娘も武器を作り出す。
「やってごらんなさいな。仮構金属器・六型〈侵胎三叉蛇器〉」
全く同じ形状の長槍である。
昔むかし、鳥たちが空を飛ぶように、蛇や蜥蜴は空を飛んだ。
鳥たちの母は言葉である。
蛇たちの母は大地である。
大地は言葉を支配した。
言葉の息子、鳥たちの王は、母の解放を願った。
蛇たちの母は代償を求めた。
天空の宝物を大地にもたらせ。
不死の炎を盗み出せ。
鳥は天上に飛び上がった。
神々の目を、砂を散らしてごまかした。
今でも鳥が砂浴びをするのは、神々の目をごまかしたためである。
鳥の王は不死の炎を獲得した。
稲妻が鳥を追いかけた。
稲妻は鳥を傷つけなかった。
今でも電線が鳥を傷つけないのは、稲妻を無視したためである。
太陽が忠告した。
大地と息子の蛇たちが不死の炎を得たならば、お前を打ち負かすことであろう。
鳥は感謝した。
大地に炎を置いたら、太陽は持ち去るべし。
今でも鳥が太陽を導きとするのは、太陽が忠告したためである。
鳥は大地に降りた。
一枚の羽が落ちた。
人が言葉を記すとき羽を使うのは、言葉が中空から降り立つためである。
大地に炎を置き、太陽の持ち去るところとなった。
太陽は鳥の望むように、蛇を罰した。
蛇たちは日なたでは弱ることとなる。
蛇たちは空を飛べなくなる。
そして蛇たちは鳥の食らうところとなったとさ。
「ゆえに蛇では鳥に勝てない。と、言いたいのか」
亜竜人の仮構金属器・十型〈氷結鳥葬楼〉と魔王の仮構金属器・六型〈侵胎三叉蛇器〉とがぶつかり合った。
「ぶつかり合った、と言いたいか」
亜竜人の槍が、魔王の槍にぶつけられた。
亜竜人の槍は砕けて壊れた。
「どうやら魔王相手に古い神秘を持ち出すのでは分が悪かったかね」
ガノッススが悔いて呟く。
とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。魔力源として引くなら、古いものほど強い。
「正確には古いものというより、古そうなものほど強い。というのも、過去に何を経ていたかなど知らないし、知ったことではないでしょう。祭儀においては祭祀者の語る由来が、最もありそうと推定される成立過程などよりも優先される」
「火薬の普及よりも後に成立した汎用魔法〈爆裂〉が火山噴火に由来を求めるのと、同じ理屈か」
「エルゴン。フェレル・ソーイォカ・ファヌウォ」
少女は会話を続ける代わりに詠唱を開始した。
世界はすでに変容している。
詠唱を開始するよりも前、槍をぶつけた時すでに、戦闘の場は改変されていた。
ここは海辺である。
太陽を厚い雲が遮っている。
立つ場所から離れたところに海岸が見える。
沖から嵐がやってくる。
地上を荒々しく清める風雨が近づく。
海上で雨が渦をなす。
亜竜人ガノッススは知っている。
嵐の神を蛇と結びつけた伝承を知っている。
巻いた身体を細長く伸ばすからだ。
嵐とは亜竜でもある。
亜竜とは、無形の竜が形をもって表現されたものなのだ。
荒れ狂う嵐の神を、清らかさとともに語る理由を知っている。
嵐で塵を洗い落とした世界は、穏やかに落ち着いた天気の中で雨滴を輝かすのだ。
「神話の時代は遠い昔って、遠い昔から言われているのよね。魔王が法螺貝を吹いたら壁が崩れ落ちた時代、と今言うような頃から見ても、すでに、神話の時代は遠い昔だった。壁は勉強して頑張って崩した。伝言で尾ひれがついたようなものね」
亜竜人は嵐や蛇や清浄の神を、眼前に現出している気象の比喩とは、思わなかった。
「あと、短い動作での最敬礼って身体を縮めがちよね。理由を求める相手に、大昔の王の魔法って説明が通用しちゃうことがある」
亜竜人は嵐や蛇や清浄の神を、人が共有した環境や偶然に由来する虚構とも、思わなかった。
神そのものが存在しているからである。
嵐の神が猛り、天頂から海底までを柱たちで貫く。
嵐の神を祀れ。とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。
嵐の神が、汚れたすべてを流し去る。
嵐の神を、誰も打ち負かせはしない。
「エルゴン。ヘルフェ・イスタ・パンドイズル」
ガノッススは詠唱の言葉を理解しない。仰々しい、洗練された身振りと発声だけが見て取れる。
そして、意味を正しく理解する。
ERCONFERERSOIOKAFANVO
ERCONHELFEISTAPANDOIDR
ここは海辺である。
嵐の神を讃えるほか、何を歌い得よう。
とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。
「エルゴン。ディジル・パント・インフディオン」
第三行は、亜竜人の耳には届かなかった。
風が吹きすさぶ。今や中空を満たす叫びが世界の全てだ。
ERCONDIDIRPANTINFVDION
風が押し叩く。雨が突き刺さる。
立っていられない。大地までも吹き散らされ流されてゆくだろう。
「もう聞こえていないようね。しばらく頑張って耐えていてちょうだい。これはわたしにも簡単には制御できない」
NEVAOCIIORRVDOSESEBIAEST
詠唱の発声を待たず、第四行が紡がれた。
息も絶え絶えの亜竜人ガノッススが、呪文を組み立てる。
「メテオストライクの、オストラキスモス、って、な、んだ?」
意味をなさない言葉の組み合わせだ。音の類似が言葉を引き合わせた。
当世の分類で掛詞にあたる魔法である。
排他的でも網羅的でもない分け方のうち、換喩は近接性に基づく。見立は形の類似に基づく。
掛詞は、言葉の類似に基づく。掛詞は概して陳腐になりやすい代わりに、少ない準備で起動できるという利点を持つ。
「しょォがないにゃァ〜ア。星塊墜放」
猫の耳と尻尾とを持つ人物が現れる。
亜竜人が謎をかけた。
〈猫の人〉が謎をといた。
それが魔法の完成だった。
召喚されたのだ。
その種の洒落は、〈猫の人〉ミランディが得意とする。
「付与って召喚にも応用あるのね。まあ、あるか」
少女は感心の声をこぼした。珍しい用法だった。
言葉遊びの形式に付与を行ない、自身を召喚する魔法として運用させたか。
燃え落ちる石が世界を切り裂く。
もはや暴風雨どころの話ではない。
また、不吉の星が魔王に揺さぶりをかけ、小世界を動かす力を剥奪した。
嵐の海が消えてゆく。
ここは洞窟である。
「つまんないラベル貼っちゃったにゃ。逃げるにゃ」
二人が入り口の方へ逃れる。
ここは異界のさらに奥、山の洞窟の中である。
少女は、自分のほかに残った一者の方を向いた。
「〈アイスドラゴン〉さん。弱く儚い人の子のお願いを聞いてくれる?」
「人間たちを弱く儚いなどとは思わんよ。しぶといし、しつこいし、すぐ増えるし」
「棲んだ山の気候すら変動させた結果体温が落ちて死ぬ残念トビトカゲからすれば、人間は弱く儚くなんてないってことね」
亜竜との交渉を開始した。
しばらくして、山を〈アイスドラゴン〉が飛び立った。
少女も下山した。
前哨戦の成果は十分だ。
これから本当の戦いが待っている。
〈君守り人形〉は捕らえられた。無力化のための処置が取られよう。
来歴や性質を確定させて魔法を破るのだ。
警吏か保安員かが行なう通常の処置には、頑張って耐えてもらう。
たぶん耐えてくれるはずである。
少女にとって狙う機会は一つ、金銭という尺度で大多数が納得する数値を測る場において、ばからしいほどの巨額を提示することだ。
言い換えると、競売での落札である。




