5話 旧雑司ヶ谷駅ダンジョン 攻略1
「じゃっ、じゃじゃじゃ、じゃあ!? こっ、これかっ、ら、ちょっと攻略していきたいとっ? おもひっ、おもひます!」
『ガチガチじゃんか』『これがコズミックメンタルかぁ……』『コズミックメンタルじゃなくてクズミックメンタルだし残当』
「うるせぇ! って言うかうわ、よく見たら今視聴者千人もいんの? 吐きそう」
『嘔吐代、10000円』
「吐いて貰う一万円はこえーのよ! ……あ、違う! これよく見たら一万円って書いてるだけで投げ銭してねぇ! くれよ一万円!」
『やるよ【10000円】』『しかたねぇなぁちょっとだけだぞ?【50000円】』『金欠だから少しな、少し【33333円】』
「ごめんそんなに要求してないんだ。嘘つくの止めろよって言いたかったんだ。っていうか待て待て。これただの攻略配信なんだけど。世界一位取ってないんだけど。何この額」
怖い怖い。これが登録者一万人の世界か。これがギンコの見てる領域か。嘘だろ、俺は何を返せばいいんだ。攻略か。世界一位か。
「とっ、とりま攻略はじめま~……」
『攻略代【50円】』
「俺の攻略そんなに価値ないの!? ……あーもういいや。何かバカらしくなってきた。好きに攻略します」
俺は今まで張り詰めてた緊張が、ぷつんと切れてしまって、いつも以上に緊張感なく得物を取り出した。
「はい、今日の武器はこれな。まずオキニのソードブレイカー。次に毒クナイとロングソード3つ。他は攻略しながらリストアップしていく予定です」
『お、ソードブレイカー』『サイクロプスで見たブレパリをまた見れるのか!』『俺も真似してパリィ試してみたけどクソムズいじゃん何でできんの?』
「パリィは練習から始めような。怖ければ銃パリィでもいいぞ。パリィが成立しなくても貫通の概念抽出が入るからダウン取れるし。弾丸はシルバーバレット社のが安いぞ」
『コメオRDA知識になると一気に識者になるの好き』
照れること言うな。
「うし、じゃあ一通り前説明済ませたしやるか」
ハミングちゃん、と呼び寄せると、この愛らしいビーバードは俺の肩に止まって、チチッと鳴いて頬擦りしてきた。「可愛い奴め」と指先でくすぐると、『コメオのガチ恋距離はやめろ。俺に効く』とコメント読み上げされる。効いてたまるか。
デバイスで入場許可を示し、封鎖門が開く度、俺は何だかワクワクして堪らなくなる。この先は未知だ。敵も、宝も、そして栄光も全てがこの先にある。
開ききった先は、薄ぼんやりした旧式の電灯に照らされる、古くさい空間だ。地方では現役の駅としても目にするような、コンクリだかなんだか分からん灰色の壁。ところどころに汚れのこびりついたタイルの床。そして死にダン特有の、血の鉄臭さ、腐臭。
一歩踏み入れると、背後で門が閉まり始める。『っぱ死にダンは雰囲気ちげーな……』と愛好家らしき視聴者がコメントを残す。「ああ、たまんねぇよな」と俺は笑った。
さて、と俺は周囲をキョロキョロ見回して、敵の気配を探った。目につくようなものはない。地下へと続くエスカレーターが二列、互い違いに動いているだけだ。
俺はその辺のゴミを拾って(ダンジョンになって久しいだろうに、何故かお菓子の包装紙だった)、エスカレーターに投げてみる。
途端、エスカレーターは過剰なスピードで駆動し、ゴミを巻き込んで飲み込んでしまった。『こわ』とコメントが端的に感想を述べる。
「まーそうだよな。駅構内ダンジョンでエスカレーターをまともに利用できた試しがない」
となれば隣の階段、と言うことになるのだが、こっちはこっちで毎回安全かというと、やはり違うのが死にダンだ。
違うゴミを拾って投げると、階段が全て"しまわれ"、ゴミが坂道をコロコロ転がっていく。そして踊り場にたどり着くなり、ゾンビめいた敵が奇声を上げてゴミに襲いかかった。そして、襲うべき敵の不在に困惑して周囲を見回している。
「大体つかめた。とりまあれ殺すか」
俺は坂道となった元階段も滑り、勢いそのままにゾンビに飛び膝蹴りを食らわせた。ゾンビは吹っ飛ぶがまだ死なないだろう。だからちゃんと詰めてやる。
肉薄し、起き上がる前に足で胸元を地面に押さえつけた。取り出すのはロンソだ。真上から喉元めがけて刺し貫く。
『この手際よ』『コメオはクズだけど腕だけは確かなんだよな』
「クズじゃねーし腕もまだまだだっつの。RDA世界一位保持数が世界一位になるまで慢心しねぇぞ俺は」
『RDAにだけはストイックだよなぁ』
ロンソを引き抜くと、ゾンビは分かりやすく息絶え、そして粒子と化した。俺は首を鳴らして、「んー」と一言。
「何か違和感ねぇ? ぬるいっつーか」
『フトダンに毒されてる……』『この初見殺しに対応できるお前がおかしいんだよ』『普通なら大半がリポップしてるか息絶え絶えだろ』
「そうかぁ? 死にダンってもっと反射神経見てくる感じない」
か、と言いきる前に、俺は背後から感じた殺意に反応して跳んだ。前にステップからの反転で、襲いかかってきた敵と相対する。
「これはこれは……食い残しの傀儡がぽんっと死んだから様子を見に来てみたら、鋭い坊やだこと」
そうコロコロと笑ったのは、美しい女性だった。天女のような羽衣をまとい、左手に赤子を抱き、右手にザクロを持っている。
コメント欄は阿鼻叫喚だ。『は?』『え、ボスだろ何で?』『やば。こんなこと起こるのか旧雑司が谷駅』『逃げろ逃げろ逃げろ!』と騒がしい。
俺は冷や汗を垂らしながら「えっと、お名前聞いても?」と聞くと、女性はコロコロ笑って言った。
「失礼な坊や。神に相対するならまず礼儀を知りなさい。名は、自ら名乗ってから聞くものよ」
「あ、はいすいません。コズミックメンタル男チャンネルです。略してコメオとよく呼ばれます」
『素直かよ』素直で何が悪いんだよ。
女性は笑う。
「あらあら……本名ではないのはとても用心深い証拠ね。真名が知れれば楽だったのに」
いいわ。と女性はザクロを口にした。果汁が口の周りを汚し、まるで人食い鬼のように唇が赤で彩られる。
「久方ぶりの挑戦者よ。我が迷宮にようこそ。本殿への挨拶も済ませていないような無礼者だけれど、実力は本物とみて相手をしてあげましょう」
ザクロの赤に濡れた右手先から、鋭い爪が伸びた。女性は大きく振りかぶりながら、名乗りを上げる。
「我が名は鬼子母神。かつて改心するまで子を育てるために人の子を食らった、天部の一尊よ」
鬼子母神が爪を振り下ろす。俺は詠唱を間に合わせ、ソードブレイカーで迎え撃つ。
ここで一旦豆知識を補完しておきたいのだが、ボスがダンジョンの超序盤から登場するパターン、というのは、実は珍しいながら複数存在する。
ただ、物には流れがあるというか、その手のパターンには一つ、共通点があるのだ。
それは何か。
「……だよなぁ……」
「あら、あなた本当に実力があるのね。その若さでよくここまで……」
戦闘開始の爪の一撃にブレパリを決め、隙だらけになった懐にロングソードを突き立てた俺は、予想通りの状況にため息をついた。
ロングソードは、俺の狙い通りちゃんと鬼子母神に刺さっている。土手っ腹に貫通だ。だが、鬼子母神は怯んだ様子もなく、ロンソを掴み、引き抜き、そして捨てた。
血は出ない。傷を負っている様子もない。つまり、攻撃が丸切り効いていない。
『マジかよ』『そんなことあるのか』『え、じゃあ倒せなくね。どうすんの』とコメント欄がざわついている。俺は距離を取り直して、じっと観察し、言った。
「ザクロ、もしくはその赤ちゃんか」
「……! ふふ、あなた、何者? 私、これでもかつての侵入者、軒並み一撃も受けずにくびり殺して来たのよ? 不死の性質に気づいたのは一握り。そしてそのさらにごく少数が、この仕組みに気づいた」
鬼子母神は赤ちゃんの頭を撫でる。それがブラフか真実かは、まだ俺には分からない。
「それで? 坊や。お前は、どのように対応してくれるのかしら」
「んー……。手段そのものは割とあるし、試してもいいがなー……」
「いいが、何?」
まなめかしく言う鬼子母神に、俺は言う。
「攻略が退屈になる。俺は、鬼子母神様が追ってきてくれた方がびりびりして楽しい」
「はい?」
「つーことで逃げるぜ! ハミングちゃんついてこい!」
チチッ、と一鳴きして、ハミングちゃんは俺の肩にとまった。『どういう事やねん』と視聴者が置いてけぼりを訴えてくる。走りながら俺は口を開いた。
「うーし、いいタイミングなので解説だ! この旧雑司ヶ谷駅ダンジョンは、ローグライク型死にダンで難易度調整機能付きだ! もっと言うなら、多分最高難易度は今みたいに鬼子母神様が追っかけてくる!」
『そんなのあるのか』『RDAプレイヤーにもなるとこういうこともあるんやなぁ』
「で、さらに言えばあの鬼子母神様は、最序盤でボスが出てきて追っかけてくるダンジョンでは定番の『殺せないボス』だ! 仕掛けが働いてて俺がどんなにうまくやっても倒せない! つまりだ!」
俺は、ニヤリ笑う。
「“仕掛けを解けば、あとはボスを倒すだけ”。ハハッ、楽しくなってきたなぁおい!」
『どっちかと言うと絶望要素に聞こえるんですがそれは』『この手の仕掛けって解いた後にボス絶対パワーアップするからなぁ』『賽銭代【5円】』
コメントの困惑を置いて、俺は高笑いしダンジョンを走り抜ける。




