25話 武甲山異界ダンジョン 試行錯誤
翌日、俺は羊山公園の、ダンジョンに入るか否か、といった微妙なラインでリスポン登録していた。
『よし! これでリベンジ終了だな!』『コメオ唯一の敗北要因』『コメオが攻略でトチったのってここ数年では今回くらいじゃね?』『やーい、お前のリスポン、ボス直ぜーん!』
前回のレギュレーション違反がコメント欄にものすごい弄られている。クソッ。恥ずかしいったらありゃしない。ハミングちゃん設置のカメラを睨みつけるが、『お、効いてる効いてる』と返されるだけだ。俺は深呼吸して、仕切り直す。
「はい、一昨日レギュ違反をしてRDA.comから軽BANされたコズミックメンタル男チャンネルです。昨日で精神の傷をいやしたので、今日は無限に挑んで無限に死にます」
『狂気っぷりが加速してて草』『目が死んでる~』『コメオ一昨日涙目だったな』『悔しくて泣いちゃうお前も可愛いぞコメオ』殺すぞ。
「あーうぜぇええええええ。クソ、相手にしてられん。つーことで、今日はコメ欄には反応しません。代わりに芝桜エリアまでの坂道はレタチョコを読む時間にしたいと思います」
『レタチョコきた!』『ちょっと待ってろ』『お前のレタチョコ無限に増やしてやるからな』
コメ欄の盛り上がりを見て、俺は「うわ……」と嫌な顔。ただ実際無言で走るのも暇なので、レタチョコとバトりながら走って爆発熊ともバトって、を繰り返す感じになりそうだな。ずっと戦ってんじゃねーか俺。こんなに戦う必要あるか俺。
「おっしゃいくぞー。タイマースタート!」
『はい、よーいスタート』
RDA協会会長語録を聞いて、俺は駆け出した。コメ欄が『汚い』『汚い』『おっイイゾーこれ。コメオも会長ファミリー出身か』と語録に染まる。俺もお前らも全員きったねぇ会長ファミリーだぞ。
俺は無の表情で走り出しつつ、「はいじゃあレタチョコ読んでいきまーす」と宣言する。
「まず一通目、『うたたねするハンプティダンプティ』。何? 何の意図があるのこの文章? 何にも分かんないんだが」
『草』『草』『うたたねするハンプティダンプティ想像してほっこりした気持ちになったw』『何の意図もなさそう』
「次、『概念抽出魔法使えるようになったけどこれ実践使用してんの頭おかしいと思う』。おかしくないです。はい次」
『にべもねぇw』『いやおかしい。受付時間全然なくてマジでびっくりした』『アプリ使っても一度も成功しねぇんだけど』
「『こんにちは、他のRDAプレイヤーが化学物質とか属性魔法とか亜人特有の身体能力、種族魔法で名を上げている中、文脈魔法という新しいながら渋い方法で世界一位記録をいくつも樹立しているのをみて驚きました。そんなコメオさんに、文脈魔法で一番好きなのは何魔法か聞かせていただきたいです。長文失礼します』。すっげー丁寧だなこの人」
んー、と俺は軽く首を傾げてから答え始めた。今回はこれくらいかな、と俺は視線の先に芝桜をちらと見ながら、概念抽出魔法で羊の柵を強化しつつ走り抜ける。
「やっぱ概念抽出が一番使いやすいかな。技でも使えるし、武器でも使えるのが強い。他の文脈魔法はほら、過去召喚魔法みたいに詠唱以外に段取り整える必要あるじゃん? 武器はすでに装備してるじゃん? その手間の差で概念抽出が一位に躍り出るかね。っと」
ついた、と俺はニヤリ笑う。奥に鎮座するは、五体満足の爆発熊。俺は「んじゃ、レタチョコタイムはここまでだ。ボチボチあの熊にリベンジ果たすぞ」と凄惨に笑う。
取り出すはソードブレイカーと対爆盾。腰にはロングソードが2本ほど。あとは定番毒クナイ。銃は結局使わないことにした。概抽合わせらんないしな。やっぱ俺は近接戦の人間なのだ。
俺が芝桜のエリアに侵入すると、爆発熊は即座に俺に気付いた。その煤けた灰色のような毛皮を身に纏う熊は、俺を見て低く唸る。前回の記憶は残っていそうだな。それをやり甲斐と見るか強くなったと捉えるかは人によりけりだが。
「燃えるね。挑戦し甲斐があらぁ」
俺はじっと熊を睨みつけながら、じり……と接近の構えを取った。さぁ、どう来る。俺は爆発熊と三十メートル以上の距離を挟みながら、「爆発シミュ」とブレイカーズを通してシミュレーションソフトを起動する。
まだ、奴は火薬をまき散らさずに、俺の方を睨みつけている。俺はじりじりと距離を詰める。
膠着に、近い形だった。俺は奴にこの距離から一瞬で詰める方法を持たないし、奴は奴で、火薬をまき散らす、という工程を踏まないと爆発のアクションを取れない。
かと言って、俺が不用意に走り出したところで、爆発熊は火薬をまき散らす時間、起爆する時間は優に確保できる。一方で、奴が爆発を起こせば俺はシミュレーションソフトの力で“合わせ”を入れられる。
つまり、先に大きく動いた方が不利になる。そう言う状況だった。だが、打倒するまでの時間の短さを基準に考える俺としては、あまり時間が延びるのは望ましいこととは言えない。
―――とはいえ、この爆発熊。なーぜーかー、実は個人撃破の記録がないため、先駆者がいない状態になっている。何でだろう不思議だな。
そんなわけで、個人撃破してしまうだけで、実は世界記録になったりするのだが……。
「落ち着け、俺……まずは、勝つことだ。攻略優先だ……。早く勝ちたいからって飛び出すな……飛び出すなよ……」
『押すなよ……、絶対押すなよ……』『この流れもうダメだと思うんですけど(名推理)』『遅延行為はやめろ! 繰り返す、遅延行為はやめろ!』『あ!!!!111 コメオのタイムが!!!!!!11111111』
「タイムが長くなっちゃう!!!」
俺は堪えきれずに走り出した。その瞬間爆発熊は火薬を噴出し、高速移動を開始する。シミュが教えてくれる方向は直線。つまり俺に突進してくる流れだ。
熊は爪から放った火花で周囲の火薬を起爆し、その勢いを利用して俺に突進してきた。俺はそれをシミュで読んで、すでにこう呟いている。
「スキルセット、パリィ」
爆発熊が俺に激突するその瞬間、俺は左手に装備した対爆盾で、奴に向かってパリィした。爆発熊がパリィによって大きくはじき返される。と共に、俺は直後の発生した爆発をもろに受けて吹っ飛んだ。
あーれー。
「ぐぇふっ」
数十メートルぶっとんだ俺は全身バラバラだったので、その後のしのし近寄ってきた熊さんに、おいしく食べられましたとさ。
死。
「んー、さっきのさぁ、何か根本的に違う気がすんだよなぁ」
『それはそう』『シンプル爆発に負けただけだったしな』『技量とかじゃなく戦略レベルで負けてる』『おらはやくレタチョコタイムに入るんだよ』
コメ欄は俺が気にしていないのを見て今日も辛辣だ。だが、俺としてはどちらかというと、チセちゃんの助言を反芻するので忙しい。
『クマちゃんの爆発、コメオさんならパリィできるんじゃないのかなって』
俺は爆発熊こそパリィしたものの、爆発をパリィしたとは言い難い。つまりは、チセちゃんのせっかくの助言をガン無視してしまったことになる。なんてこったアホじゃん。
「どうしたもんかね……」
走りながら、俺は考える。爆発単体にパリィが必要となると、攻撃後にパリィ、パリィ後にパリィ、みたいなことする必要があんのか? 訳分からんな何だそれ。概抽って受付時間コンマ何秒とかだぞ。しかも詠唱に一秒ちょい使う。うまいやり方とかないかね。
とか考えてると、すでに芝桜のエリアに突入していた。コメ欄が『おいレタチョコタイムはどうした』と文句を言っている。俺は「次な、次」とスルーした。
爆発熊は、先ほどのようなにらみ合いは行わなかった。速攻で爆風を纏って突っ込んでくる。俺はそれを辛うじてよけながら、「スキルセット、横薙ぎ、パリィ」と呟き、追撃に備える。
爆発熊は予想通り急停止急旋回にて俺に再び襲い掛かってきた。俺はステップで避けながら斬りつける。斬りつけに反応して爆発が起こる。パリィ。ああクソ、タイミングが合わねぇ!
吹き飛ぶ。先ほどに比べればパリィによって僅かに威力を殺せたのだろう。その証拠に、腕が吹っ飛んだりはしていなかった。だが衝撃で身動きは取れないし絶息してマジで無理。そう考えていたら、横っ腹から血を垂れ流す爆発熊が来て、俺に腕を振り下ろした。
頭蓋が割れる。爆発が起きる。死。
リセ。三走目。
「れったちょっこたーいむ」
『待ってました』『これを見に来た』『レタチョコ読んでるって聞いて飛んできた』『コメオのメインコンテンツ』俺のメインコンテンツはRDAだよバカ野郎。
「『しょぼくれた玄米』。何この……何? 意味不明チョコやめてもらっていいか?」
『無理だぞ』『諦めろ』『シリーズ化始まったな』『ちょっと待ってろ』待つかボケ。
「レタチョコ更新やめよ……。次、『パリィ、合わせだけ決まってないように見えるから、練習次第で行けそう』。それは俺も思った。練習だな」
『何度死ぬつもりなんだ……』『勝つまででしょ(鼻ほじ)』『欲しがります、勝つまでは』『コメオが世界一位記録出さずに逃したダンジョンなんか、ここ数年ないぞ』
ボスエリア到着。変わらず風が吹き、芝桜の花びらが空中を舞っている。その中から現れる爆発熊。奴は変わらず唸りを上げた。ああ、いい。その変わらない敵意と殺意が、俺を武者震いさせるのだ。
挑む。正面激突。俺は先ほど同様に「スキルセット、横薙ぎ、パリィ」と予約して、奴の突撃を迎え撃つ。ステップ回避からの横薙ぎ、そして自動で反撃を果たす爆発をパリィ。僅かに早い。俺は先ほどよりも少ない衝撃に吹き飛ばされ、だが戦闘不能にはならず、地面を何度かバウンドしてから着地した。
「おっしゃあ! ちょっとずつタイミングあってきてんぞクソ熊ァ!」
『マジ人間じゃない』『腕は本当に立つよなコメオ』『つーか平気で一日に何度も死ねるのがまずおかしいんだよな』『リトライ数稼げるとここまで並外れるのかって見る度思う』
爆発熊はわき腹から血を流しつつも、再び突進してきた。今度こそ合わせる。俺はまったく同じ予約を入れ、回避しながら横薙ぎ、からのパリィを発動した。爆風が、対爆盾の概念抽出に“壊され”、俺にほとんど衝撃のない形で跳ね返る。爆発熊が僅かにのけぞる。
「―――決まった。んで、覚えた」
『やべぇ』
コメ欄のシンプルな驚愕を置き去りにするように、俺は突進直後の停止に硬直する熊に詰め寄った。切りつけ、パリィし、爆発を無力化して攻撃が通る状況を作り出す。
「いける、いけるぞこれ!」
切りつける。爆発熊の傷跡を起点に火薬が飛び出し、爆発が起こる。それを的確にパリィする。無力化。またも切りつける。パリィのタイミングは完ぺきだ。何の衝撃も感じずに俺は追撃に移る。切りつけ、切りつけ、その度にパリィを決める。
「っしゃこのまま―――」
そう調子に乗っていたところで、爆発熊から腕の横薙ぎが来た。俺は慌ててそれをパリィし、そして遅れてくる爆発に呑まれて吹っ飛んだ。
「あっ、がぁ……っ」
瞬間的な前後不覚。油断も相まって、今どういう状況か、まるで分らない。分からないままに敵意が降ってくる。激痛。視界の明滅。ゆっくりと何も分からなくなっていく。俺は死んだ。死。
第四走。俺は「ちっくしょおおおお!」と叫びながら再走だ。
「爆発熊が攻撃してきたら対処できねぇ! どうすんだアレ! どうすんだアレ!」
『マジで意味分からんくらい強いな』『単独突破本当に厳しいかもしれんね』『爆発に耐える防御力が必要かも』『そんなもん持ってんの、神かドラゴン系の亜人くらいなもんだろ』
俺もコメ欄も、あの反則具合にざわついている。マジで突破口が見えない。しかし、諦めるという選択肢はなかった。それでも俺は、世界最速ににして、世界唯一の攻略者になりたくて仕方がなかった。
「となると……やるか。やるしかねぇか。祈りを」
『何祈りって』『お祈りタイム来たな』『まぁ良い案今のところないし、それしかないのかねぇ』『祈るって何? 魔法か何か?』
複数質問が来ているのを確認したため、俺は答えた。
「祈りは祈りだよ。爆発熊が、近接攻撃中に反撃してこないことを祈るんだ。突進は対処できるにしろ、近接はやってきたタイミングで死ぬこと確定だからな」
『マジの祈りで草』『爆発熊くんのデレに期待』『コメオの祈祷力が今試される』『無謀にもほどがあるだろ』
やいのやいの言われながらも、俺はボスエリアに突入。さぁ行こう。やり合おう。そして、たまたま近接攻撃を一度もしてこなかったタイミングを引き当てよう。何、一度でも掴めば俺の勝利なのだ。爆発熊が、俺が斬りつけている際に、反撃するのでなく毎回逃げる、という偶然を。
そして俺は挑み、爆発熊に殴られ、爆発をまともに受けて死んだ。
「『寂しがり屋のモップ』『おもちもちもちもち米……コメオ!?』『誕生日おめでとうコメオ』……えー、意味不明、意味不明、祝ってもらえるのは嬉しいが、俺の誕生日は全然先だ」
レタチョコタイム終了。爆発熊に祈りながらバトる。攻撃後の自動爆発に対するパリィは完璧だ。最初の連撃、二回目の連撃は、熊が慌てて一旦距離を取って突撃し直す流れになってくれたからよかった。だが三回目は普通に殴られて爆発して普通に死んだ。
「『ケツのシワの数を教えてください』。俺はノンケなので帰ってください」
『お前ノンケかよォ!?』『教えろ』『おらぁケツだせぇ!』『ちくわ大明神』『なんだお前』
俺はホモにあふれたコメ欄を華麗にスルーし、爆発熊の食攻撃を華麗にスルーできず、爆発して死んだ。
「『ファンです! サインください!』。うーん、嬉しいんだけどレタチョコにサインをどうやって返せばいいんだ。何を返せばいいんだ」
『多分コメオを困らせたいだけだと思うんですけど(名推理)』『そろそろ悲鳴上げてよ、役目でしょ』『コメオの悲鳴RTA』『爆発だからなぁ……。上げた瞬間爆音にかき消されてる感ある』
「悲鳴厨のみなさんは帰っていただいても結構ですよ」
俺は離脱を促しながら爆発熊に挑んだ。悲鳴は上げる間もなく爆発して死んだ。
「『近接攻撃せずにチクチクでやれば勝てるのでは?』正論ニキ来たな。けどさぁ……ちょっとレギュ的に嫌なんだよなそれ」
『どんなレギュがあったっけ』『あれじゃね。世界一位取ったら、他の誰かにダッシュされるまで再走しちゃダメって奴』『あー、ボスが殺されまくって逃げに徹するようになっちゃうからって奴ね。もろ悪影響が出るそれだ』
「そうそれそれ。だからこれが俺なりのベストだ! みたいな記録が出せそうな感じじゃない限りは俺としてもリセ上等というか」
『それでお祈りになる訳だ』「そうそう」
そんな会話をしてから挑んで、俺はチクチク戦法をやはり取らずに連続攻撃を掛けている最中で殴られて爆発して死んだ。
うーむ、祈祷力。
走りながらコメ欄に聞く。
「次何回目だっけ」
『57回目』『即答ニキすげぇ』『何で即答できるんだ』
どうやらもう57回も挑んでは負けているらしい。朝から走り始めたが、そろそろ日も落ち始めている。夕方だ。よくもまあこんだけ走ったもんだな俺も。
「んじゃレタチョコタイムいくぞー」
『そして今のを聞いて何事もなかったかのように続けられるコメオもやべぇ』『普通躊躇うよね』『あれ、これって耐久配信でしたっけ』
俺はコメ欄を適度に黙殺し、レタチョコを開封する。
「『概念抽出魔法って分解式存在するのご存じない?』は? どういうこと? 識者いる?」
俺はコメ欄に呼びかけるも、『分からん』『誰かー、知ってる人ー、もしくはチョコ主ー』と誰もが知らぬ存ぜぬという感じだ。うーむ……?
と、考え込んで目を離していたタイミングで、コメ欄で何か起こったらしい。『コメオ! 今識者いたぞ!』『投げ銭漁れ投げ銭!』と言われ、コメント欄をさかのぼる。
すると、千円の投げ銭と共に、こんなことが書かれていた。
『概念抽出魔法の受付時間を伸ばす方法は見つかっていないんですが、発動回数を一度の詠唱で二回まで増やす方法はあります。ブレイカーズからマルチチャンターに再設定を指示してください』
「―――マジか。おいおいおい。これが本当ならいけるぞ」
俺は走る速度を早めながら、ボスエリアまでたどり着いた。宙を舞う芝桜を無視して爆発熊に駆けていく。同時に投げ銭通り、戦闘統括アプリ、ブレイカーズに指示を出す。
「自動詠唱アプリマルチチャンターに再設定。概念抽出魔法の詠唱を再構築し、一度の詠唱で二回判定を発生させてくれ」
『受け付けました。データベースに概念抽出魔法の二連続詠唱を発見。ブレイカーズのスキルセットに登録しました。Tatsujinにて同時に行う技をセットできます』
『うおおおおおお!』『来たぞこれ! とうとう来たぞ!』『よっしゃコメオ! ぶちかませ!』
俺はブレイカーズの許諾とコメ欄の盛り上がりを受けて、ニヤつきを押えられなくなる。俺は変わらず突進してくる爆発熊を前に、回避をせず、ただこう指定した。
「スキルセット、ダブルパリィ」




