22話 チセちゃん2
荒川部分の攻略は、RDAプレイヤー的な話をすると、以下に素早く川を上るか、みたいな話になってくる。
それは船が使えるならそれでもいいし、普通に川の傍をひた走ってもいい。川の傍を走れば森のモンスターが出るし、川を進めば川のモンスターが出る。それだけだ。
中ボス的に俺たちを飲み込んだ大蛙が出てくる場合もあるが、さして強くないし、レギュ次第では倒す必要がない。俺は多分any%で走るので爆発熊だけ最速で倒す、みたいな風になる予定だ。
だから何となく観光ついでのニュアンスで来たし、実際さして興味をそそられるギミックなどがあったわけでもなかったので、俺はチセちゃんを連れて、足早にダンジョンから脱出した。ギンコにも伝えていた、徒歩で入れるもう一つの入り口からだ。
「おお、出てきたか。……して、その小娘は?」
「チセちゃん。俺のファンで、今しがた弟子になった。今日はこの子部屋に泊めるからそのつもりでよろしく」
「なぬ? いきなり何を言うておるか」
「え、あ、えっと、よろしくお願いします!」
「……ほ、本当なのか? どういうことじゃ?」
「チセちゃんはこのまま少し歩くとライン下りの船着き場があるから、謝りに行ってきな。俺はギンコに説明しておく」
「あ……、は、はい。い、行ってきます」
たたたた……、と走っていくチセちゃんを見送りつつ、俺はギンコに目を向ける。ギンコは俺の真下に来て、じっと恨めしい目で俺を見上げている。
「……宣言通り、説明してもらおうか」
「天才だった」
「何を言っておる」
「ギンコ」
俺は、真正面から、真顔で彼女に語り掛ける。
「あの子は、天才だった。俺みたいに地獄の中で放置されて“天才にならざるを得なかった”のとはまた別で、生まれた時から天才だった。それを自覚してなかったから自覚させたし、放置したら不幸になるから育てることにした。お前が俺にしてくれたことと同じだ」
「……することは同じじゃが、本質的には全く別じゃ、バカモノ」
「えっ? どういうことだ?」
「何でもない。状況は理解した。あの小娘の宿は?」
「野宿だってさ。じゃなきゃ泊まらせるなんて言わねぇよ」
「それを早く言え! 野宿! あの幼い年ごろの女子がか!? 分かった、了解した。あとは宿の都合と……親への連絡じゃな」
「連絡しないで匿ったら誘拐扱いになるもんな。ちゃんと連絡入れねぇと」
それで俺たち痛い目見たしな。と〆ると、ギンコは自然と嫌な顔。俺も思い出さなくていいことを思い出して、眉間のあたりにしわが寄る。
考えがまとまったのか、ギンコは言った。
「コメオ、お前は宿の都合を頼むぞ。儂はご両親に連絡を入れる。小娘! そなたの家の電話番号を教えよ」
しっかり怒られてきたらしく、トボトボ返ってきたチセちゃん。そんな彼女を呼びよせ、ギンコはそのように質問する。
「えっ? あ、はい。……何でですか?」
「連絡を入れるために決まっておろう」
「だっ、ダメですよ! せっかくコメオさんに鍛えてもらえることになったのに、連れ戻されちゃいます!」
うーん、子供特有の浅慮。
「チセちゃん。連れ戻されて何の問題があるんだ? VR使えばいつだって会えるだろ? つーかそうしないと俺たちは揃って誘拐犯だ」
「えっ、あ、え、で、でも……」
「そなたは怒られるのが嫌なのか? だがな、そうしない方がよほど怒られるぞ。儂らもな。儂らを怒るのは警察という事になるが」
「……」
「ちなみにご両親の連絡先をチセちゃんが教えてくれなかったらどうなると思う?」
「え……どうなるんですか?」
「警察に通報して保護を委任して、という形になるから、今日のお泊りはもちろん無しになるし、状況はもっとこじれる」
「……」
「「……」」
「今から、親の連絡先を送ります……」
はい勝ち。子供が大人に勝てるわけないだろ!
というかアレか。型から外れた生き方ってのは、外れちゃならないラインを外れてない人たちより意識して生きなきゃならないんだぞ、っていうのは今度教えてやらなきゃならんのか。
例えば税金とか。雀の涙の稼ぎに税金掛けるのやめてくれ。ベーシックインカムだけくれ。金は金持ちから取ってってくれ。
それはさておき。
「これ、家の電話番号です……」
メモにかかれた番号に目を通し、ギンコが指輪型の携帯デバイスことEVフォンからホログラムを立ち上げた。メモの番号を指でなぞって転写し、電話を掛ける。
「もしもし、チセさんのご両親でしょうか」
「あれ、さっきまでの古風な話し方じゃない……」
チセちゃんがぽかんとしてギンコを見ている。俺はその耳元で、ぼそっと囁く。
「大人はな、普段子供以上にはしゃぐ代わりに、締めるところはちゃんと締められるんだよ。ギンコもいつもはのじゃロリだけど、年食ってるだけあってこういうときは頼もしいぞ」
「褒めてるのかいつもの年齢いじりなのか分からんのやめよ」
マイク部分を押さえてじろと睨んでくるギンコ、俺はお口にチャックのジャスチャーをしてから、電話のやり取りに集中するように手で示す。
「お世話になっております。私は諸事情ございまして、チセさんを保護している者です。本日はチセさんが家出中とのことを知りまして、ご両親にご連絡差し上げて次第で……」
「う、うう……帰ったら怒られるのかなぁ……」
ギンコの余りの切り替えっぷりに、じわじわと現実感が湧いてきたのだろう。チセちゃんは憂鬱そうに、大きなため息を吐いた。俺はそれを見て「叱られるうちが華だぜ」と軽く笑いかける。
「そう……ですか? 叱られない方がよくないですか……?」
「叱られないってどういうことか分かるか?」
「叱られない、以外に、何かあるんですか?」
「叱られないっていうのは、関わってもらえないってことだ。言って理解してもらえると期待されないってことでもある。そうなるとさ、寂しいもんだよ」
「そう……ですか。私には、ちょっと難しいかな……あはは」
曖昧な愛想笑いで流すチセちゃんに、俺は肩を竦めておく。この辺りも大人になるまで分からないことか。むしろ、大人になっても分からない人は大勢いる。
「今日はひとまず保護ってことで今の俺たちの宿に泊まってもらう予定だけど、どうする? 何かしたいこととかってあるか?」
俺は話を逸らす意図でそう話しかけると、「あっ、じゃっ、じゃあ! お願いしたいことがあるんですが、良いですか……っ?」とすごい勢いで食いついてくる。
「うん、もちろん。とはいえ俺のキャパの範囲内でな? つっても分かんないだろうから、まずは言ってみ」
「あ、えっと、はい。その……昨日の配信で、あのクマちゃんを倒すにはどうすればいいのかなって私ずっと考えてて、その、……お、お力に慣れたら嬉しいなって、思いまして……」
ほう。
「戦略を一緒に練ってくれるってことか」
「あ、は、はい! で、でも、不必要ですよね……。コメオさんは有名なダンジョンでも世界一位取っていくつも保持し続けてるような人ですし、私みたいな素人の意見なんて……」
「いや、興味あるぜ、チセちゃんの戦略。さっきも言った通り、君才能あるし」
ちなみにどんな戦略? と質問すると、「えっと、ですね……」とチセちゃんはサイドテールをくるくる指でいじくりまわす。
「クマちゃんの爆発、コメオさんならパリィできるんじゃないのかなって……」
「ここです」
ご両親との連絡も無事完了し、三人で宿に戻ってから数時間。ひとまず暇つぶしという事で、三人で昨日の俺の配信をリプレイしながら戦略を練っていた。
チセちゃんの指定に従って、俺は動画の再生をストップした。爆発熊が火薬をまき散らした直後。奴の爪がこすれ合い、火花を散らして爆発を誘引する、まさにその瞬間だった。
「このクマちゃんって、攻撃を食らって即爆発、ではないじゃないですか。少なくとも、火薬を散布する、火花を散らす、爆発、という三つの工程を踏んで爆発を操ってます」
「そうであったか……。傍から見ているだけでは全然分からなかった」
呆然と呟いたのはギンコだ。俺はもちろん気付いていたので「そうだな。それが分かったから、最後に素手で挑む、みたいなことをして多少いいところまで行けた」と頷いておく。
「あ、やっぱりコメオさんは気付いてますよね、流石です。で、私が言いたいのはここからなんです。次のコマお願いします。」
コンマ一秒映像を送る。火花が火薬に引火し、ちょっとした爆弾が破裂したかのように、爆発の映像が拡大している。俺はその爆発に、すでに腕を丸ごと飲み込まれていた。これ、まざまざと見せつけられるの結構キツイな。痛みに鈍感な俺でも何か痛い気がしてくる。
「この通り、引火という手順を踏んでどんどん爆発が大きくなっているので、威力というか、爆発の方向性はあくまで火花の場所から広がるようになっているはずなんです。だから、そこに向けてパリィすれば、行けるんじゃないかなって」
ど、どうですか。と緊張気味に言われ、「うん」と俺は頷いた。
「いいね。それは可能性として全然あると思う。確かに爆発をパリィするっていう発想がなかったな。パリィって攻撃を弾くっていうより、相手の攻撃の隙に付け入って打開する、みたいなのが本質の技だからさ、こういう運用は考えてなかった」
というか爆発にブレパリ決めたらどうなるんだろうか、という疑問はある。いや、ソードブレイカーでパリィはそもそも決められるのか? 一応爆発盾があるから、それを使っていくらか様子見をしてみるのがいいか。ふーむ。
そこまで思考を進めて、もう一度俺は頷いた。それから、チセちゃんに笑いかける。
「ありがとうな、チセちゃん。これは良い事を聞けた。十中八九使えると思うし、試しながら最適化も進められそうな新しい気づきだった。こういうのがさっと出てくるから若い才能ってのは怖いぜ」
お手柄だ、とその小さな頭をポンポンとすると「あっ、ありがとうございます!」とチセちゃんには珍しいくらいの笑顔を浮かべて、勢いよく彼女は頭を下げた。礼を言うのはこっちなんだが、まぁこの子謙虚だしな。
「となると……明日はリベンジと行こう。チセちゃんのご両親っていつ来るんだ? 明日?」
「明日はどちらも難しい、とのことじゃったな。共働きで、有給を取って捜索していたからこれ以上休めんとのことであった。それで言えばチセよ、ご両親はお前が保護されたと知って、ものすごい喜びようであったぞ? じーぴーえすも電子まねーの追跡もダメで絶望していた、とすら言っておった」
「あ……はい、流石にそこは気を付けてたので」
「違う。せっかくご両親から愛されておるのだから、親不孝な真似はするな、と言っておる。先ほど電話口では叱られていたが、その後のご両親の安堵の声は覚えておろう」
「……」
チセちゃんは微妙な顔だ。ギンコはそれに眉根を寄せるが、俺が目配せして首を振ると「はぁ……外野が何を言うても無駄か。いい、聞く気がないのなら忘れよ」と矛先を収めた。
「だがな、最後に言っておくが、そなたは恵まれているのだぞ、チセ。そなたがそなたであるというだけで、愛してくれるのがご両親じゃ。それを良くよく覚えておけ」
「……私よりちっちゃいくせに」
「あぁん!? 何じゃと小娘が! そこに直れ格の違いを見せつけてやる!」
「ギンコ、ステイステイ。お前がこの中で一番ミニマムサイズなのは事実だ」
「この流れで言われるのが腹立たしいという話じゃ! 儂の背がちっこいのは自覚しておるわ!」
「じゃあ怒る必要ないじゃないですか。分かったようなこと言わないでください。そんな見た目で……本当は小学生なんじゃないですか?」
「はぁあああ!? 小娘、儂がお前の何倍生きておると思う! お前の両親の何倍生きておると思う!」
「知らないです。っていうか嘘ですよね。小学生にしか見えないです。コメオさん、本当はこの子、小学生ですよね? 狐の尻尾で亜人なのは分かりますけど、大人には全然見えません」
反抗期真っ盛りの女の子、という感じのノリで話しかけられて、俺はどう答えたもんかなぁ、と思いつつ言った。
「チセちゃん」
「何ですか」
「そいつな……戸籍上だけど、俺の母親なんだよね」
「……はい?」
「だからさ、とっくに旦那さんが過去にいたし、その人も鬼籍に入ってるし、その関係で俺のこともすんなり養子に迎え入れられるくらいには大人ってこと」
「え……すいません、意味わかんないです。このちっちゃな子が、結婚したことがあって、で、息子さんがコメオさんで……?」
チセちゃんはお目目をぐるぐると混乱させながら、俺とギンコとの間で視線を右往左往させている。
「いや、もちろん血のつながりはないぞ? 養子だからな」
「不本意であるがな。本当ならこんなややこしい関係にするつもりはなかった。何が悲しくて想い人をこのような形で迎え入れねばならぬのか」
「ん?」
「どうしたコメオ。儂が変なことを言うたか」
「ん~……いや?」
空耳だろう、と自己完結。チセちゃんの混乱に引っ張られたな、これは。
そんなチセちゃんはすごい形相で、状況を理解しようと必死だ。混乱し過ぎて「小学生で、奥様で、母親……?」とよく分からないことを呟いている。
「まず小学生ではないからの。そこから離れよ」
「だってだって! 小学生にしか見えないです! 妖狐だったとしても、人間に化けるときは年相応の姿の人間に化けるって亜人学の授業で習いました!」
そんなんあったなぁ。でもあれ結構年々変わるからなぁ。
「違うぞ、小娘。妖狐はな、モノにしたい想い人にとって、もっとも魅力的に見える年ごろの乙女に変化するのじゃ。年相応などというのは百歳も行っていない若造の話よ」
「ってことは何ですか! コメオさんがロリコンだとでも言いたいんですか!」
ピシッ! と空気が凍り付いたのが分かった。チセちゃんは自分で言っていて「え……? コメオさん……?」と一歩後じさり、一方ギンコは俺の肩をポンと叩きながら、チセちゃんに向かって極大マウントを取る。
「その通ーり! そして儂は妖狐故、何百年と経ってもこの姿のまま! 分かるか小娘! 実年齢はお前の方がコメオ好みじゃろうが、外見はずっとこの姿から変わらぬ儂に敵う者などおら」「いったん黙れギンコ」「はい」
俺は好き勝手言ってチセちゃんに口で勝とうと必死なギンコを威圧で静かにさせてから、チセちゃんに話しかける。
「チセちゃん」
「な、何でしょうか……? あ、で、でもその、私、コメオさんならその、ちょっと怖いけど」
「待て待て待て。待つんだチセちゃん。君の覚悟が決まっても俺の覚悟は決まってない。つーかその覚悟は決めなくていい。俺の好みは普通だから。普通に同い年からアンダーが成人済み、上は……外見年齢が+10くらいの、本当に普通の好みだから」
「え……じゃ、じゃあ、私は好みではない、ですか……?」
「……」
ここで泣きそうな顔するのズルくない? え、でも俺本当のこと言ってるよ? 嘘ついてないよ?
「ち、チセちゃんは可愛いと思うよ。うん。普通に、世間一般の目からして」
「世間の目とかどうでもいいです。コメオさんはどう思いますか」
「……可愛いと、思う」
すげー外堀埋まっていく感じある。何これ。
「じゃあ、私は恋愛対象ですか」
「……もう数年たてば、かな?」
「今はダメですか」
「そもそも世間が許さないし」
「……いいでしょう。この辺りで納得しておきます」
数年後待っててください。とチセちゃんは矛を収めた。何だったんだ今の……こわ。
「要するに、すでに成人済みで外見年齢ばかりが幼い儂が、コメオにとって最強という事で間違いないか」
「お前はやっと収まった状況をまたかき回そうとするんじゃないよ本当に」
「はひゅぃいい~……。み、みみ、耳はダメじゃあ。こっ、くっ、あぁぁああぁぁ~……! くにゅくにゅされると、だ、ダメ、ダメなんじゃ~……!」
もっふもふの狐耳をがっつり弄ってやると、ギンコはこのように悶えて無力になる。ギンコが暴れてどうしようもないときこうする。ちなみにそういうとき以外にこれをやると、一旦無力化できるが落ち着いた後でキレられる。
「……コメオさん?」
「チセちゃん、もうこのくだりめんどいから二人で風呂でも行っててもらっていいか。俺はちょっとさっきの映像を何度か見返して、イメトレしたい」
「え、あ、はい。分かりました……」
本音アタックでこの空気をぶっ壊すと、チセちゃんは毒気を抜かれたように承諾した。それから何か言いたげにこちらを見てくる彼女に、俺は頭を掻いて、こう告げた。
「その、好意を寄せてくれるのはありがたいんだけどさ、俺はその、やっぱりRDAに夢中で、そういうその、惚れた腫れたっていうのはよく分からないんだ。だから何と言うか、そう言うのを置いといて、俺はチセちゃんの事本気で育てるからさ、そういう感じで頼むよ」
沈黙。あれ、俺変なこと言ったかな、とチセちゃんを見ると、彼女は呆然とこちらを見て、小さく小さく、こう呟いた。
「……コメオさん、かわいい……」
「えっ、なんてった今?」
「えっ、あっ、すいません何でもないです! じゃ、じゃあその! お風呂入ってきますね!」
「あ、うん。ギンコ、案内してやってくれ」
「うむぅ~……」
よろよろと部屋を出ていくギンコに、チセちゃんは赤面気味に出ていった。俺は小首を傾げながら、「可愛い……? え、何が? どこにそういう要素を見出したんだ? どういうこと……?」と混乱していた。




