87 神の加護と髪留め
今回もセリカ脱出ならず!
でも、やってやりましたよ。
3話連続恋愛パートだ!
次の日、昨日女子会に乱入できずに不貞腐れている男性陣を横目に、イリアス殿下に異様に気を使った。
殿下の好きなお芋のおやつや甘さ控えめのカフェオレをそっと差し出したり、スコルとハティに「いい子いい子して」攻撃をしてもらったりした。
「気持ち悪いんだが?何か疚しいことでもあるのだろう」
スコルとハティをいい子いい子しながらも、私たち人間組にイラッとしている殿下に、私とリウィアさんはドキドキしながら首を横に振った。
「馬鹿ね、篭絡っていうのはこうやるのよ」
そう言って、セシルさんが殿下の座った椅子のひじ掛けに座って、殿下にしな垂れかかりながらするりとお顔を撫で、耳元で囁いた。
「殿下、今日も素敵です」
「……死に値する程、疚しいことをしたようだな」
ひぃぃ!殿下の視線が氷点下に!死に直結!
そうして、私とリウィアさんとセシルさんは、昨日のことを洗いざらい告白させられ、それから一時間、離宮の廊下で正座の刑に処せられました。
帰還の準備で忙しい中、それをわざわざ見に来た王子は、とても愉快そうにしていました。器の小さい人です。
何故か、私たち三人の前に、アルジュンさんとラハンさんが、無言でお饅頭のお供え物をしていき、リヨウさんとファルハドさんに居たたまれないような同情の視線を投げかけられた。
今日はこの離宮に滞在する最後の日なのに、とんだ汚点を残してしまった。
それはそうと、今夜はこれまでお世話になりました、ということで、宴会を開いてくれることになっている。
明日にはここを発って、王子の用意した転移陣というので帰ることになった。
あれだ、ベースキャンプのガレージにも置いてあるヤツだ。
そういえば、ここに来るときもピュンとそれで来たら良かったのに。と、そう思っていたら、リヨウさんが説明してくれた。
「あの陣は、残念ながら扱えるのはオーレリアン殿の他、数人くらいですから」
だそうだ。
ただ、ちょちょいとあの模様みたいなのを書いて、魔石をセットして、魔力を流して呪文を唱えればいいんだと思っていたら違った。
ベースキャンプにある巻物もそうだけど、あの陣を地面や紙に刻むのが至難の業なんだって。
なんでも、相当に魔力量が多くないと、物理的に刻むことができないみたい。
ベースキャンプに気軽に置いてあったから、てっきりお金を出せば買えるものだとばかり思っていた。リュシーお母さまも出来るみたいなこと言っていたし。
どうりで、いくら必要な魔石が片道百万くらいコストが掛かるって言っても、誰も使ってないの変だなぁとは思ってた。
「王子って、本当は凄い人だったの?」
「本当はって、お前、今まで俺のことどう見てたんだよ」
「ご飯をたくさん食べる王子様?」
「……俺はお前の中で、ただの大食らいなのか」
何故かショックを受けた様子の王子に、レアリスさんが肩に手を置いて慰めていた。
ちょっと意地悪だったけど、ちゃんと王子がお仕事をたくさんしているのも分かってるからね。項垂れた王子に、飴ちゃんをあげてそう言ったら、びっくりするくらい元気になった。
普段王子は、手を繋いだり、胸ぐら掴んだりと、身体のどこかが触れていれば、四人くらいなら一瞬で転移できるけど、この陣なら十人くらいなら簡単に送れるみたいだよ。
でも、こんな便利なものだけど、国を跨いだ転移と一緒で、ホイホイと使っていたら、どこにでも刺客や軍を送れてしまうから、厳しく使用が制限されているんだって。それはそうだね。
ここには皇帝陛下もいて、瓊枝堂から州城に運び込んだ転移の登録装置もあるから、その応用で転移陣も登録したみたい。それで出発するまでに少し時間が掛かったようだ。
そうして夜になって、昨日の女子会じゃないけど、建物に入るのが難しいレジェンドたちもいるので、広いお庭で立食パーティとなった。
最初に皇帝陛下とイリアス殿下が挨拶して、それからはグダグダの宴になったよ。
みんなお酒が入って陽気になっていたのもあるけど、悪ノリしてビアサーバーの話が出て、一度生ビールを飲みたいという流れになってしまった。いや、交換できるけどね。
この間みんなが酔いつぶれた時は缶のビールを出したけど、ここでは給仕の人とかが見てるからダメなんじゃないかな。と思ったら、陛下がここにいる人たちは州城にも白陵王さんの居城にもいた人たちしかいないから、と土下座しそうな勢いで頼んできた。
霊薬も神話級武器も出したし、もう今更ということで、ビアサーバーを交換しました。
夏の冷えた生ビール。一度知ったら戻れなくなっても知らないよ?
そんな訳で、ジョッキも交換したけど、旅の途中でも使っていた氷の魔石でキンキンに冷やして、キレキレのビールを注いだ。飲食店でバイトしてたから、ちょっとこの注ぎ方には自信があったよ。まあ、すぐにレアリスさんには追い越されて、私よりいい泡のビールを注げるようになったけどね。
こちらの世界では、お酒を冷やして飲むことが無いって王子やユーシスさんが言っていたから、みんな冷え冷えのビールにびっくりしていた。この間酔いつぶれた人たちも、冷えたジョッキで飲むビールには驚いていたしね。
レジェンドたちは、舐めるぐらいでビールはやめていたけど、竜のレッドさんとニズさんはどうやらお酒が好きみたいで、小さいままジョッキで飲んでいたよ。
レンダールで開かれた使節団の壮行会の時に、私が知らない人から貰ったお酒が「竜酒」というらしいけど、それは竜がお酒が好きなことから名前が付けられたみたい。
離宮の食事は美味しくて、これまたビールに合うものが多かった。豚肉を唐揚げ風にしたものとか、羊肉の煮込みとか、ケバブっぽいものとか、塩っ気の効いた食事をビールで流すのが最高でした。こちらのスパイスをちょっとお裾分けしてもらったよ。
気付けばレジェンドも人間も入り乱れてのパーティだった。
その中で皇帝陛下は白虎さんと少し離れた所でサシ飲みしていたけど、ふと近くを通った私と目が合って手招きされた。一国のトップに呼ばれて断る勇気は無かったよ。
「そなたたちには苦労を掛けたな」
開口一番にそう言われた。
確かに泣きそうになったこともあったけど、それは苦労というよりも私が知っておくべきことだったと今なら思う。だから首を振った。
「そう言ってくれるか。白帝とも再び見えることができたのも、そなたたちのお陰だ。感謝してもしきれぬくらいだ」
そう言えば、陛下と白虎さんは昔会った事があるみたいだった。それに陛下は苦笑して答えて下さった。
「あれは、俺が皇位を継ぐ直前に、叔父の白陵に罠に掛けられてな。死にかけたところを白帝に救われたのだ」
丁度レンダールでも政変があった時期で、レンダール王家の支持をもらっていたリシン陛下は、その政変の手助けにレンダール入りしようとしていた時に、山岳地帯で盗賊団を使った刺客に襲われたらしい。それが白虎さんのねぐらの近くで、間一髪のところを助けられたとのこと。
その時の怪我が元でレンダール入りが遅れ、国境が封鎖されたことから、とうとうレンダール入りは果たせなかったとのこと。でも、白虎さんの協力で、交易路の盗賊団を一掃したことで、帰着した際の皇位継承に箔が付いたみたい。
つくづく白陵王さんの行動は裏目に出ているようだけど、白虎さんが現れたのは本当に計算外だったんだろうな。
でも、相当運が良かったよね。たまたまレジェンドが通りかかるなんて。
『いや、そうでもない。セリカの皇帝の血筋は、龍の末裔と言われているが、それもあながち誇張でも嘘でもない。ある種の加護を受けていて、我ら最上位魔獣には気配が分かる』
「……俺も初耳だが?」
ここでもレジェンドの暴露話が。さすがの陛下も驚いていた。
白虎さんも『おっと、俺もフェンリルと同じで口が軽くなったものだ』と笑っていた。
そして、何故か白虎さんが王子を呼んだ。王子も訝しそうに私たちを見たけど、取りあえず素直にこちらにやって来る。
「何か用か?」
『いや、お前の瞳を見たくてな』
何を言い出すのかと思えば、先ほどの話と王子の目が何か繋がっているみたい。
『この世界で、血筋に付く神と呼ばれるものの加護があると、このように瞳に出るのだ。セリカの皇族の加護は遥か昔のことで、今では出ることが稀だが、レンダールの加護はまだ浅く、よく特徴が出るようだからな。この者は特に強くその加護が出ている』
「……その紫色の目のことか?」とリシン陛下が尋ねる。
『リシン、お前の瞳は、少し青が混じっているだろう。青混じりの黒は古の神の加護だ。そして、この者の瞳は女神の、な』
「ちょっと待て。いったい何の話だ?」
王子の声も少し緊張している。ただの世間話かと思って来たら、何か凄い話になっている。
『レンダールを主とする西方諸国には女神信仰が、セリカ、シナエを中心とした東方諸国には龍神信仰がある。それぞれの大国がそうなり得たのは、それぞれの神の加護を得た人間が治めたからだ。セリカではもはや血も薄れてしまったが、稀に銀髪を持って生まれると、瞳に青が混じる。リシンよ。そなたも本来は銀髪であろう?』
「……白帝は何でもお見通しのようだ。この目はただの先祖返りだと思っていたのだが」
ということは、リシン陛下も今は黒く染めているけど、本当は銀髪なんだ。そう言えば、ファルハドさんも目の色は黒に青が混じっている。
古い文献では、歴代皇帝の中には、青の混じった瞳の人がちらほらいたようだ。
『その瞳の色はそれぞれの神が持っていた色だ。レンダールはまだ王族の直系であれば、髪が銀でなくとも紫の目になる。濃淡や色味は変わるようだが、お前ほど女神の色に近い人間は珍しい。そして、加護を失った人間は、その瞳の色を変える』
白虎さんはまるで女神様を直接知っているかのように話す。
ちょっと待って。もしかして、瞳の色が変わった王族の人って……。
私が聞こうとして、それを知っているのは秘密だったことを思い出した。でも、その疑問に答えが返って来た。
「謀反を起した大叔父だ」
いつの間にかイリアス殿下が側にいた。白虎さんは殿下がいることを知っていて話したみたい。王子とは別に、殿下のことを呼んでいたみたいだ。
そういうことか、と凄く納得した。
女神様はきっと、国を安らかに治めて欲しくて加護を授けたのに、それを破った人だから瞳の色を取り上げたんだ。
それなら、最初からレイセリク殿下は、瞳の色が変わることを怖がらなくて良かったのに。
でも、今になって、何で白虎さんはその話をしてくれたんだろう。
『人間が忘れてしまったことを、そろそろ思い出す時が来たと、俺は思う。お前というきっかけが現れた時から、きっと世界が再び動き出したのだ』
そう言って白虎さんは私を見た。
え、私!?
びっくりして白虎さんを見るけど、周りの人たちも何故か頷いていた。私、何もしてないと思うんだけど、へ、変なことしちゃったのかな?
『ふふ。そう怯えるな。お前がもたらした変化は、前に進むためのものだ。礼を言う』
お礼を言われるということは、取りあえず、悪いことではないのか。ほっ。
「ふむ。能力と性格の不均衡が可愛らしい。やはり嫁にほしい。神の加護があることが分かったし、ファルハドをやるからどうだ?なんなら俺でもいいぞ」
「うえ?ええ?」
陛下から結婚を迫られて脳内がパニックになる私に、王子が助け舟を出す。
「ハルは俺たちとレンダールに帰ります。な、ハル」
「う、うん。帰ります!」
急いでその舟に乗って緊急脱出した。
でも言ってみて、レンダールには「帰る」という言葉がしっくりくることに気付いた。そうか。私はレンダールに帰りたいんだ。
「そうか。残念だが、ファルハドも何やら頑張っているようだし、これからも、いやこれまで以上に隣国として仲良くやっていこうではないか」
豪快に笑う陛下に気圧されたけど、何か最終的には国として友好的な関係が築けたようで、結果オーライ?ってレンダール王族二人を見たら、なんかジトッとした目で見られた。
ほら、女神様の加護をいただいた目なんだから、にこやかにしてください。
その後、怒涛の酒飲みに雪崩れ込んだ。ただのパーティじゃなくてとんでもない暴露話が出たけど、なんだかんだで楽しかったと思う。
飲み比べの禁止令が出ている私に代わって、リヨウさんが酔っ払いたちの相手をしていたけど、なんだかリヨウさんが独り勝ちしていた。それで、また酔いつぶれて転がっている、王子とレアリスさんとアルジュンさんとラハンさん、あとご新規でリシン陛下を、両国の意識のある人たちが、ため息を吐きながら回収していった。ファルハドさんは、前回の失態から節度ある飲酒を心掛けているそうだ。
パーティのお片付けは、離宮の人たちがやってくれるそうなので、私たちは各自のお部屋に引き上げていった。
私は気持ちよさそうにフラフラしているレッドさんとニズさんを引き取ることにして、ぞろぞろと小っちゃいものたちを引き連れて戻った。
私の部屋は、元々子供たちと寝る予定だったので、大きな寝台がある離れの部屋だった。レッドさんとニズさんを抱っこして、ガルに部屋の扉を開けてもらうと、何故か先に小さくなった玄武さんが私の部屋の寝台に寝転がっていた。
『お邪魔してます』『悪いな。こいつがどうしてもと』
「……いえ、どうぞおかまいなく」
なんか変な挨拶をしてしまった。まあ、スペースはいっぱいあるし、いいか。
寝る支度をして、もうみんなそれぞれ好きなように転がって寝てしまって、ぎゅうぎゅうな寝台に登ろうとしたら、部屋の扉が控えめにノックされた。
私が小さな声で「はい」と応えると、「ファルハドだ」と同じく小さな声で返された。
こんな時間にどうしたんだろうと思って扉を開けると、少し髪が濡れているファルハドさんが立っていた。寝る前にお湯を使ってそのまま来たみたいだ。廊下はいくつかの離れを結ぶ濡れ縁のような造りなので、冷えるかと思って部屋に案内しようとしたら、寝台で大の字で寝ている魔獣のみんなを見て「いや、いい」と言った。
でもどうせなら、と、湖が見える反対側に行こうと誘われた。各部屋からも見えるけど、濡れ縁を通ると部屋に入らなくても湖の方へ行くことができた。
いつかもこんな風に夜風に当たって一緒に庭を見たことがあったけど、今日はあの時よりも月が太ってほぼ満月のようだった。その月が湖面に映って、とても綺麗だった。この風景が見たくて連れて来てくれたのかな。
「もう、明日なんだな」
ファルハドさんがポツリと言った。
そう言えば、最初に顔合わせをした日から、もうひと月以上経つんだ。とても濃い時間を一緒に過ごしたからか、随分一緒にいるような気もするけど、あっという間だったような気もする。少し帰るのが名残惜しい気もする。
「そうですね。あっという間でした。でも、この旅のことは、楽しかったとずっと覚えていると思います」
私は思ったままを言ったら、優しく笑って「そうか」と言った。
そして、懐から小さな箱を出して、小振りな髪留めを見せてくれた。丸い花の意匠の中に青い石が嵌まっている。
「これを渡しに来たんだ」
そう言って、私の手を取って髪留めをその掌に乗せた。
どういうことか分からなくて、戸惑う私にまた笑った。湖面の月明かりが照らして、古の龍神様の加護の印だという青みがかった黒い瞳が鮮明に見えた。
「今、転移の魔術を練習しているだろう。その到着点の目印を刻んだ。いつでもあんたに会いに行けるように」
ファルハドさんは、目標物があると転移しやすいんだっけ。そうか、私たちに会いに来てくれるんだ。
お礼を言うと、いつかみたいにまた「やっぱり伝わらねぇな」と苦笑した。
「さっき、うちの皇帝があんたに迷惑を掛けたって聞いた」
急にファルハドさんは話題を変えた。うん?もしかして、「嫁に来い」ってアレかな。
迷惑って言うか、あれはお酒の席のリップサービスみたいなものだから、ファルハドさんが責任を感じる必要はないんだけど。むしろ勝手に婿候補にされて迷惑だっただろう。
私が「私を気遣ってくださった冗談ですから」と、否定すると、ファルハドさんは急に真剣な顔になった。
「もし、あんたが俺を望むのなら……」
ファルハドさんの長い指が、私のまだちょっと短い左の髪を掬った。
「俺は応えたいと思っている」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
でも、優しく笑うファルハドさんを見て、その言葉がジワリと胸に染み込んできた。
私の顔が、火を噴いたように熱くなった。
「今度はちゃんと伝わったな。遅くまで付き合わせちまったが、風邪をひく前にちゃんと寝ろよ」
私の頭をポンと叩くと、「じゃあな」と言って背中を向けた。
貰った髪留めを握ったまま、ガルが不審に思って迎えに来るまで、私はただただその場に立ち尽くしたのだった。
そんな訳で、ヒーロー1〜3でもない伏兵が攻めました。
王子、さっそくメインヒーローの座陥落か!?
そして、王家の目の色の理由が暴露されました。
レジェンドたちも攻めに入っております。
本当にこのままお家 (ベースキャンプ)に帰れるのでしょうか!?




