77 友誼を結びましょう
白虎、再登場。
今回は、間違った友達の作り方をご紹介します。
新たに生えたスキルに私が悶絶していると、スコルとハティが近寄って来て慰めてくれたので、思い切りギュッとする。ついでにびんちゃんも私の肩に止まって、ほっぺにすりすりしてくれた。
ああ、天国。一時、スキルのことを忘れられた。
「その顔、何とかしろ。緩み過ぎだ。それはさておき、お前が人外化していくのは仕方がないことだが、これは取得すれば『薬』も調合できるのではないか?」
イリアス殿下の心無い言葉にカチンときたけど、最後の部分を聞いて「あ」と思った。リウィアさんも気付いたみたい。
みんなにも朱雀さんのおつかいが何のためかざっくりとした説明をしていたので、みんなも何となく察したようだ。
「霊薬」の素材にどんなものが必要かを知らなかったのと、「霊薬」レベルの調合できる人の伝手がなかったのとで、そこを白陵王さんに握られて、言いなりになっていたとのこと。今となっては、白陵王さんがその両方を持っていることも疑わしいけど。
素材については、「霊薬の宿主」と呼ばれるくらいだから、おそらく玄武さんが知っていると思われ、それでなおのことリウィアさんは単独で玄武さんと面識を得たかったみたいだ。でもこれで、私が調合できれば、もう完全に白陵王さんの手を離すことができるね。
「じゃあ、早速取得してみます」
私がYESを押すと、「ブブー」と初めて聞く音が鳴った。そしてすぐに警告画面が出る。
〝このスキルを取得する条件を満たしていません。スキルを取得するためには、現在取得可能なスキルを全て取得してください〟
「何で⁉『禁忌』は選択可能じゃないの⁉」
何でかスキルさんは、「禁忌」を絶対に取得させたいみたいで、私が叫ぶとスキル画面が点滅して、「スキル取得条件は、全てのスキル取得のみで、スキルの使用は条件ではありません」と言ってきた。どこかから、誰かが操作してるの?このスキルって。
使わなくてもいいよ、と言っているけど、取らせておけばいつか使うでしょ、的な意図が見えている。もう、意地悪!
「……俺は、初めて自分のスキルと喧嘩する人間を見た」
「安心してください。我々もです」
王子が私を無表情で見ながら言った言葉に、リヨウさんやファルハドさんたちも頷く。みんな、何かを諦めた遠い目をしているけど、それって私のせいじゃないよね⁉
結局、スキルさんの脅しに屈し、私は『禁忌』と『調合(合成)』を取得した。
心なしか、スキルボードが明るくなった気がした。スキルさんはご満悦らしい。
その証拠に、何故かこのタイミングで「ピロリーン」とお知らせ音が鳴った。
「……まあ、見てみろよ」
「……うん」
王子がまた促す。私も頷き返す。
〝スキル3個取得ボーナス。「調合・合成ガイド機能」が付きました〟
〝「調合・合成ガイド機能」:収納内のアイテムを選択すると、調合・合成が可能なアイテムと調合・合成後のアイテムが表示されます〟
「……大盤振る舞いだね。ご褒美くれたのかなぁ」
「……まあ、貰えるものはありがたく貰っておけ」
間違いなく、今私たちが欲しいと思っているものをチョイスしている。思わず私は、背後の天井を見てしまった。
取りあえず、スキル4個取得ボーナスは無いみたいで、それだけは安心した。
大盤振る舞いと言ってもちょっと制限はあるみたいで、収納に入っているもの、つまりはポイント交換したものとか私が貰ったものとかで、亜空間収納に入っているものでないとガイドは機能しないみたい。
「何か開いて見せてみろ、……少しはその嫌そうな顔を隠せ」
イリアス殿下が命じる。私が心底嫌そうな顔をしたのがお気に召さなかったらしい。
ムッとして、今度は私の鼻を摘まもうとする。やめて、たださえ鼻が低いのが際立っちゃう。
すると、ビクッと殿下の動きが止まった。そして下を見る殿下。あれ?デジャヴ?
「……マーナガルム。まだ私はお前の信用が得られていないようだな」
『これはみんなに平等だ。尻にしなかっただけ、信用度が上がったと思っていいぞ』
久しぶりに、殿下の足をパクッとしたガルに、殿下が真剣な直談判をしている。
なんか、私に不用意に触るとガルが噛みつく仕様になっていて、以前は厳罰警告で次回はお尻に噛みつくと言っていたけど、どうやらガルの中で殿下の印象が好転したようだ。
それはさておき、周りを見ると、みなさんワクワク顔でこちらを見ていた。これは、殿下に嫌だと言っても逃れられそうにもない。
仕方ない。何か無難なのでデモンストレーションをやって終わりにしよう。
「じゃあ、何か一つやってみます」
私はそっと収納を開ける前に、何がいいかちょっと考えた。
初めてイリアス殿下に会った時に、私は薬師スキルで誤魔化そうとしてたのを思い出した。その時は、確か王子宮の薬草園にあった薬草を少し分けてもらって、その余りがあったはずだ。
ウォート草とポウの穂、あとステアタイトっていう鉱石だ。これで初級ポーションが出来るはず。
その内のウォート草を選んで見ると、枠の中に「調合」という文字があった。
〝初級ポーションの材料。初級ポーション調合材料:ポウの穂、ステアタイト 収納内に必要素材があります。調合しますか?YES/NO〟
「……お前のスキル、もう、何でもアリだな」
うん、王子の言うとおり。
努力して薬師になったこの世界の人たちに申し訳ないけど、めっちゃ簡単にお薬が作れるようになりました。多分、作れるのお薬だけじゃないけど。
私がそっとスキルを閉じようとしたら、アルジュンさんとラハンさんがギラギラした目で私を見ていた。
「ハルさん!そのスキルで、何か食べ物が合成できますか!?」
「……プリンを」
何かと思えば、甘い物好きコンビが自分の欲望に負けて、私にねだって来た。ふと見れば、リウィアさんも煌めく瞳を私に向けている。
「それなら、あのタイヤキのカスタードクリームで……」
「リウィアさん、あなたは天才ですか⁉」
勢いでリウィアさんの手を握ろうとするラハンさんに、いつものようにファルハドさんが脳天に拳骨をする。今日もラハンさんの屍が生産された。
いやぁ、合成じゃなくて普通にあるんですが……。
「それ、カスタードプリンって言う食べ物が存在するので、合成しなくても作れます」
ほぼ同じ物を指すんだけど、この間作ったのは固めのプリンだったから、生クリームを入れて少しトロッとしたクレームブリュレ風のを作ってあげれば納得してもらえるかな?
「何⁉そんなものがあるのか⁉さっそく合成を……」
「後で作ってあげるからね」
王子まで食い付いてきたので、収拾がつかなくなる前に一刀両断しておく。
取りあえず、これで多少のハプニングがあっても、霊薬は確保できそうだね。
『ああ、そうだ。白虎のじいさんからも『気を付けて来い』ってさ』
ガルが思い出したことを伝えてくれた。
そうだった。ガルは玄武さんの所に行った後に、白虎さんの所にもおつかいに行ってくれたんだった。
でも、白虎さんを「じいさん」って。
確かにお年はシロさんと同じくらいで、レジェンドの中でも最年長だけど、白虎さんは若々しいからお年寄りのイメージはないよね。
それにしても、本当に白虎さんっていい人だね。
よし、それじゃあ、白虎さんに会いに出発だ!
瓊枝堂は、アスパカラのお城から北に馬車で一日ほど行った所にある、神様を祀る場所と昔の偉い人の霊廟がセットになった場所だった。
この旅の隠れ目的である、王子の転移の登録もその瓊枝堂にその装置があるみたいで、王子は最後の「オレリアちゃん」に扮装している。
今日は、以前の窒息事件の同じ轍を踏まないように、顔と髪だけオレリアちゃんで、服はマントみたいなので隠しているよ。
あれからすぐにお城を出て、ゆっくりと馬車で進みながら移動した。
途中、アスパカラの美味しい郷土料理を食べたり、水墨画みたいな風光明媚な場所に寄ったりと、それはまあ「これ、観光かな?」というのんびりした行程になりました。
でも、オレリアちゃんは馬車でお留守番で、同情して馬車に残ってくれているガルにブツブツと何かを呟いていた。「お前たちはいいよなぁ。俺、悪い王族になろうかなぁ」と腐ったような目で私たちを見つめていた。お土産買ってきたから許して。
こちらの名物は結構羊肉を使っているみたいで、串焼きやソーセージみたいなのや、なんかホルモンスープみたいなの、それとヤクのお乳のお茶みたいなのとかを購入。全て王子のお腹に収まった。
やっぱりコルセットしなくて正解だったね。
そんなこんなで、目的地にたどり着いたのは、次の日の午前中だった。
瓊枝堂は、何となくお寺みたいなのを想像していたけど、思ったよりすごいお城感があった。白い壁に黒い瓦みたいな屋根の建物が六つあって、普通に豪邸って感じだ。
国の施設だから、きっと偉い人達が来るからなんだろうな。
そういえば、いつの間にか王子とツェリンさんが居なくなってる。トイレかな?
一度待合室みたいな場所で30分ほど休憩してから、瓊枝堂の職員みたいな人が私たちを呼びに来た。ああ、ツェリンさんと王子も間に合ったね。でも、随分長いトイレだった。
さて、いよいよ白陵王さんとご対面だ。
私たちが通されたのは、中庭みたいな場所で、白いピカピカした石が一面に敷かれた場所だった。白虎さんは大きいから建物に入るのは面倒だものね。
その庭に、すごい立派な一人掛けの椅子が五つ用意されていた。中央が皇帝陛下の椅子で、これは居ても居なくて必ず置かれる椅子で、その左右にそれぞれの皇族が座るみたい。
私たちの場合は、リヨウさんとイリアス殿下分だね。
相手側は……何でいるの?昨日もお会いした第七皇子のリエン殿下がいた。
あ、リエン殿下、オレリアちゃんがいるのを見てちょっと嬉しそう。素直だね。
そして、その隣の陛下の席の隣にいるのが、多分白陵王さんなんだろう。
お年は六十歳と聞いていたけど、それよりもずっと若々しい感じだ。お隣のリエン殿下がお年を召したらそうなるかなぁと、確かに血縁を感じるんだけど、それよりももっとギラギラした感じがする。白髪で年相応に皺も刻んでいるけれど、血色はリエン殿下よりもいいように見える。髭で顔半分は覆われているけど、でも笑っているのは分かった。
「我が国のために、遥々、レンダールよりお越し下さりお礼申し上げる、イリアス殿下」
少ししゃがれているけど、よく響く声だ。
意外なことに、とても友好的に見える。レンダール式の握手の挨拶も拒まないし、私たち使節団を労う様子も好意的に見える。
そんな中、一瞬、ガルたち兄妹に囲まれた私と目が合った。すぐに好々爺な笑みに隠れてしまったけど、ちょっと怖かったと言ったら信じてもらえるだろうか。
バイト先で人が足りなくて接客をした時に、「女では話にならない。男を出せ」と言って、性別だけで存在を全否定された時のような感覚だった。
この世界は、スキルが影響しているお陰で、女性だからと性差で差別されることはほとんどない。身分の差はあるけど、その点は地球よりもずっと社会が男女平等に出来ている。まあ、その分スキルでの差別が大きいのだけれど。
多分、白陵王さんの目は、私を「異世界人」という目で見て、自分と同じ人格や感情を持つものだと認識していないのだと思った。
『あいつ、なんかヤなヤツ』
ガルがボソッと言った。幸い相手には聞こえてなかったようだけど、私は窘めるように、ガルの頭をそっと撫でた。でも、それがとても心強かったよ。
こんなことでいちいち挫けてたら、時間がいくらあっても足りないもの。
私がガルに小さく笑って見せると、ガルが掌に頭を擦り寄せてくれた。
よし、大丈夫。
いくつかリヨウさんが白陵王さんに旅の報告をして、それを労いながら談笑が起こる、そんな一見穏やかそうに見える時間が流れた。
ふと、子供たちが空を見上げた。いつものお父さん登場かと思って、一瞬ドキッとした。
『白虎のじいさん、来るぞ』
ガルがみんなに教えてくれた。びっくりした。
イリアス殿下が頷いて、白陵王さんに白虎さんの来訪を継げると、警護なのか周りにいた兵士さんたちが緊張するのが分かった。そうだよね、この国では神様に近い存在が生で見られるんだもの。
お父さんと同じように、微風を伴って白虎さんが現れた。
ゆっくりと空から、私たちのすぐ側に降り立つ。
まずは、セリカの人たちは、その大きさにもだけど、綺麗な白い毛皮と青い目の神々しさにどよめいていた。
『遅くはなかったかな。待たせたか?ハル』
相変わらずのイケボが私に尋ねる。
うぅ、一番偉い人よりも先に話しかけられちゃって、その場の視線が全部私に集中してしまった。でもこれって、もう白虎さんのデモンストレーションが始まってるってことかな。
「お久しぶりです、白虎さん。大丈夫です。時間ぴったりですよ」
『そうか、それは良かった。会いたかったぞ、ハル』
久しぶりというか迷ったけど、ひと月ちょっとぶりかな。
白虎さんが近付いてくると、セリカの人たちは、皇族を除いてみんな膝を折った。その中で、白虎さんが私に顔を近づけたので、ちょっと恥ずかしいけど、ゆっくりとほっぺをなでなでした。お父さんとも違う柔らかい感触は相変わらずの手触りだ。
気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らす白虎さんに、私たち側のセリカの人たちから、「白帝もかよ!」と小さな声が聞こえてきた。
ふと、白虎さんと王子の目がバッチリ合ったのに気付いた。
あの白虎さんが思わずびっくりしたようだったけど、すぐに目を逸らした王子に、いろいろと、本当にいろいろと察してくれて、何も言わずにいてくれた。
本当に尊敬してやまないレジェンドです。どこかの笑い転げたレジェンドとは大違いだ。
『ああ、フェンリルの子供たちか。元気にしていたか?』
『うん。元気だったよ!』
子供たちも白虎さんに挨拶をして、白虎さんが『そうか』と言って孫を見るような目でスコルとハティを見て、その場は一度ほのぼのふれあい広場みたいになったよ。
『して、そなたらが、此度我に話をしたいと申している人間か?』
わぁ、神獣モードの白虎さんだ。神々しさに拍車が掛かって留まることを知らない。
そんな白虎さんに話しかけられたのはリヨウさんだ。これで、白虎さんの中の優先順位がはっきりした形になった。話し合いの相手に、白陵王さんよりもリヨウさんを選んだ。
「白帝にお目通りが叶い、幸甚の至りにございます。リヨウと申します。私は非才の身でありますが、このような僥倖を得られましたのも、ひとえにこちらのレンダール王家、またハル殿のご尽力によるものにございます」
『まあ、そう堅苦しくせずとも良い。そなたはハルの良き友人のようだからな』
「ありがたいお言葉。恐れ入ります」
緊張の面持ちだったリヨウさんだけど、白虎さんの優しい声に自然と笑みが零れた。
そんな和やかな雰囲気の中、同じように穏やかな声音だけど、その空気を破る声がした。
「僭越ながら、白帝よ。私も高誼を賜りたく存じます。私はこの地を預かる白陵と申します。その者は、私の配下にございますれば」
『……なるほど。人間には『身分』なるものがあるからな』
この人、堂々と身分が上の自分に挨拶は?と言った。言葉はバカ丁寧だけど、本当にレジェンドを敬う気持ちは無いようだ。リヨウさんも顔を顰めている。
『この会合は、我がこの地に留まることをそなたらに知らせてやるためと思っていたが、どうやらそなたは違う考えのようだな』
「それほど違いはございますまい。私はあなた様との特別な友誼を結びたいと考えておりますが、素直にお受け取りいただければ、おっしゃったとおりの会合となりましょう」
ん?なんか、妙な言い回し。白陵王さんは何を言っているんだろう?
『ふむ。我は人間と友誼を結ぶに否やはないが、相手は選ばせてもらうぞ』
「おや、嫌われてしまったようだ。ですが、これを見てからでも判断は遅くありますまい」
そう言って、従者っぽい人が綺麗な螺鈿細工の箱をいくつか運ばせてきた。絹が敷かれたその箱の中には、古びた縄みたいなものと、紐と鎖が2本入っていた。
「これは、とある場所から見つかった遺物でして、かの『勇者』が残した物と言われております」
もしかして、それって、アヤト君のこと?
「そしてこれは、このように使うようです」
そう言ってその遺物を手に取って、フッと息を吹きかけた。
そこからは、まるで時が止まったかのように思えた。
その縄が瞬きする間もなく、白虎さんを拘束してしまったのだ。
異変に気付いた子供たちも、動く前に、紐と鎖が三人を同じように捕らえてしまった。
「三百年の時を越えても、未だ衰えぬ素晴らしい力だと思いませぬか?白帝よ」
レンダールの人たちも、ファルハドさんたちも動こうとしたけど、誰もその場から動けなくなった。白虎さんを捕らえた縄が、一緒に私も捕まえてしまったから。
「さあ、私との友誼を結びましょう」
瓊枝堂の澄んだ青空の下、楽し気な白陵王さんの声だけが響いた。
なんか、あっさりと捕まってしまいました。
ここでも勇者の因縁炸裂です。
次回は囚われの姫(複数)はどうなるのか。
多分、真面目にお送り出来ると思います。




