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29 キュウコンって植物の根っこです

もちろん、植物の根っこではありません。

 お父さんや紅白の竜の人たちには、勝手に上位素材を探してこないよう言い含め、私はようやく平穏な時を取り戻した。


 かに思えたけど、何故か「白いの」と「腹黒さん」が自分の家に帰らない。


 お父さんが「じじいは我がままだからな」と言っていた。お父さんをしてそう言わしめるシロさんて……。


 殿下は、まあ、自分の庭だから帰るも何もないんだけど、私の繰り出すオーパーツに夢中で、庭園のキャンプ場に居座った。


 まあ、それはさておき、みんな揃ってたから夕飯は有紗ちゃんの要望どおりゴロゴロ野菜チキンカレーにしたら、なんかおかわり祭りみたいになっちゃった。

 一升炊き炊飯器が、牛丼、唐揚げ、生姜焼きに続いて、3周に迫る勢いで稼働していた。あって良かった、炊飯器の早炊き機能。


 ポイント交換には「カレールー(辛口・中辛・甘口)」ってあったから試しに使ったら、なんと私がいつも愛用していた市販のルーの味だった。

 ビールの時も思ったけど、いったいどこから仕入れているんだろう、これ。


 それで、辛口と甘口を作ったら、フェンリル一家も甘口のカレーは凄く気に入ったみたい。香辛料も辛さを抑えれば大丈夫だって。

 念のため、普通のものと牛乳をたっぷり入れたものを作ったけど、牛乳が入った方が好きみたい。最後にはみんなのお口周りを拭いてあげないと、なんか凄いことになっている。


 突然何かを閃いた様子の王子が、辛口と甘口を混ぜて「これだと二つの良さを同時に味わえる。俺は天才か⁉」と言っていたけど、ごめん王子。もう中辛って普通にあるんだわ。


 という訳で、カレーも匂いがテロなので衛兵さんたちの視線を受け、この分もタッパーに入れてお土産に包んであげた。レンジが無いから、湯せんで温められるようにね。


 夕飯を食べた後、私の護衛だというレアリスさんを残して、王子もユーシスさんも有紗ちゃんも自室に帰ったのに、殿下はテントに泊まると言い出して、結局王子用のテントに一晩お泊りした。


 王子は何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わなかった。できればその時止めて欲しかったな、と後から思った。


 もう、重役接待もいいところだよ。トイレとお風呂以外はずっとここにいて、私が付きっ切りでキャンプ道具とかキッチン用品とかを説明させられている。気疲れ半端なかった。


 護衛は、アズレイドさんの他に二人が交替で来たけど、護衛の人がいるのに何故かすぐにアズレイドさんは戻って来てた。だから、今度はアズレイドさんも夕飯を一緒に食べられたんだけど。


 何でだろ?と思ったは思ったけど、それより重要なことはアズレイドさんのテントはどうしよう、ということだった。


 尋ねると、アズレイドさんはまた「護衛任務中は不寝番だ」とバッサリ。森とかと違って、ここってそんな危険はないと思うんだけど。気配に敏感なガル達もいるのに。


 もしかして、私たちが寝首を掻くと思っているのかも。だから他の護衛さんだと、レアリスさんに敵わないと思ったのかな?

 なんて言っても「隠密」だからね。


 でも、結局シロさんもガルたちもいるから、人間で一番強いアズレイドさんがいても同じだと思うんだけど。

 その前にそんなことしないけどね、多分。


 そんな感じで、アズレイドさんに「誰も殿下の首なんて欲しくないですよ」と伝えると、何故か凄く残念なものを見る目で私を見た。

 そして、殿下の壮絶な微笑みと共に、更なる接待を求められて今に至るという訳だ。

 失敗した。


 それはさておき、お父さんは相変わらず夜には一度いなくなる。ガル達と同じで、縄張りを見に行くみたい。

 一回もお泊りしたことないから、もしかしたら枕、じゃない、寝床が変わると眠れないタイプなのかな。

 いや、昼間は結構どこでも眠ってるから違うか。たまにお腹出して寝てるし。


『アレはアレで、それなりに役目を果たしておる』とシロさんが言ってた。お父さんも一応、ちゃんとしたレジェンドやってるんだね。でも、それなりなんだ。


 で、居座る殿下の対応をしている訳だけど、その間シロさんは私の頭にずっと止まっている。

 私の負担にならないように、触るくらいで浮いてくれてるみたい。殿下はずっとそれが気になっていたみたいだけど、可愛いから許して。


 それと、今日は何故かガルが、ずっと私の近くにくっついてる。



 ようやく殿下から解放された夜半に、シロさんと妹たちが先にお布団に入って、レアリスさんもテントに入ったタイミングで、私はそっとガルに尋ねた。


「ガル。もしかして、私のこと心配してくれた?」

 ガルの耳がぴくぴくとする。


「心配かけてごめんね。でも、大丈夫だよ」

 テントの前でしゃがみながらガルを撫でると、青い目が私を見上げた。


『泣いたって、スコルが言ってた』


 やっぱりそうか。


「うん。だけど、お父さんも来てくれたし、結局殿下とも和解したしね」

『それでも子分は俺が助けなくちゃダメだろ?』

「あれ?前に親分子分は解消しなかったっけ?」


 元気のないガルに何でもなかったと伝えたくて、少しからかうように言ってみる。


 すると、ガルは私の頬にそっと鼻先を擦り寄せた。


『子分じゃなくても、ハルが泣くのはイヤだ。だから、父さんみたいに頼りにならないかもしれないけど、俺もハルを助けるんだ』


 私は思わずガルの首に縋りついて、ギュッと抱きしめた。


 この世界で一人きりになった時、初めに私に寄り添ってくれたのはガルだ。


 そこから、私がいるこの世界が温もりを持った。


「ガル。大好き」


『知ってるよ』


 涙声の私に返ってきたのはぶっきらぼうな声だったけど、尻尾がパタパタしていた。


「親分が子分を泣かせるのはいいの?」

『うれし涙だろ?それならいいんだよ』


「そっか。確かにそうだね」


 肩に乗るガルの頭に、そっと私の頭をくっつけた。フカフカで温かかった。


 ガルは将来きっと、いい群れの長になるね。


 しばらくそのままでいたけど、ガルが身動きしたので、ようやく私はガルを解放してあげる。すると、ガルは私の後ろを見てフンと鼻を鳴らした。


『あいつ、一回齧っていいか?』

「え?」


 その視線の先を見ると、少し離れた出しっぱなしのテーブルセットに、寝たはずのイリアス殿下が寄り掛かりながらこちらを見ていた。座った椅子から投げ出すように足を組んで、お行儀悪く頬杖を突いていたけど、私と目が合うと立ち上がってしまった。


 殿下のテントは、ここら辺からは死角になる。いつからいたんだろう。


 私たちに背を向けて、殿下は自分のテントへ帰って行こうとして、ふとこちらを振り返った。


「悪かった」


 すぐに前を向いて去ってしまったけど、ほんの微かに聞こえた声は、謝罪だった。


 前に、王族は自分の言動に責任を持つため、謝ることが許されないと王子に聞いた。正確に言えば、謝罪するような事態を起こすことが許されないって。

 謝罪は誤った判断をしたということで、そんな王族は信頼されないからだ。

 普通の人間なら、一度や二度の過ちが重大な事態を引き起こすことは滅多にないけれど、王族は常に国と国民の命が掛かっているから、無謬が求められるんだ。


 でも、人間だから完璧にはなれないから、良くない手段を取ることもある。

 殿下は自分のしたことに絶対の自信と信念を持っていたから、私やレアリスさんにしたことを非と認めないと思っていた。


 だから私は、聞いたことが俄かには信じられなかった。


「夢、かな?」


『でも、悪いことじゃないだろ』


 ガルが大切なことを言った。そうだね。そのとおりだね。


 何となく、イリアス殿下とは一歩距離が近付けたと思う。



 次の日は、少し雲が多い日だったけど、段々と温かくなって朝は過ごしやすかった。


 昨日は、ガッツリお肉とカレー祭りだったから、朝は少し優しめで。


 ジャガイモのポタージュと甘くないフレンチトースト、それに生野菜サラダだ。育ち盛りのガル達もいるから、サラダは温玉とカリカリベーコンを乗せたシーザーサラダで、たっぷりの果物を付けた。

 男性陣は物足りないかもしれないので、余った食パンでツナマヨトーストも作る。


 昨日の夜から方針が変わったのか、アズレイドさんも一緒に食べてくれるようになった。


 人間組は私とレアリスさんと殿下とアズレイドさん。小さいシロさんと子供たち3人で朝食を食べたよ。

 子供たちと殿下は、フレンチトーストにハチミツを掛けて食べた。やっぱり王子とは血縁を感じる。

 イリアス殿下は大食いじゃないけどね。


 シロさんは、ガル達と同じく、一人用の低いアウトドアテーブルにお皿を乗せている。お料理を一口大に切ってあげると、小さいおててで器用にフォークとスプーンを使ってご飯をたべていた。

 動画撮っていいかな?可愛すぎる。


 すっかりご飯を食べ終えて、レアリスさんが食後のコーヒーを淹れてくれた。

 今度は普通の濃さで淹れたみたいで、殿下もアズレイドさんもミルクを少し入れただけで飲めたよ。味はもうちょっと慣れが必要だけど、香りは二人とも気に入ったみたい。


 子供たちにはホットミルクだけど、シロさんはミルク入りコーヒーを飲んだ。小さいカップに入れてあげると、両手でカップを持ってチャレンジしていたよ。

 やっぱり動画撮っていいかな。可愛すぎる。


 きっと今日の午前中には、お父さんが壊した結界の修復作業が終わると思うので、ここでの食事もこれが最後かな。


 あとは、迷いの森のベースキャンプに帰って、時々必要な時に王宮に来ることになると思う。しばらくはまた元のまったり生活だ。


 ちょっとした解放感を味わっていると、殿下がこちらをジッと見ていた。

 昨夜も似たような視線を感じたけど、目が合っても今度は逸らされなかった。


「どうかしましたか?」

 私が尋ねると、殿下はフッと短い溜息を吐いた。


「あの鼠がお前の元へ通う理由が分かった」


 相変わらず王子のことを「鼠」って言うけど、最初みたいな棘は感じなかった。


「私は、この穏やかな時間を失うところだったのだな」


 今この空間は、レジェンドのシロさんや上位魔獣である子供たちがいて、多分この世界でも指折りの安全な場所だ。


 そこで、綺麗な庭を見ながら、お腹いっぱいご飯を食べて、ゆっくりとコーヒーを飲んで過ごす。思えばとても贅沢な時間だ。


 それは、豪華な食事や目の眩むような調度に囲まれた生活を送っていても、忙しい毎日を送る殿下には滅多に味わえない贅沢なのだと思う。


 私も、このスキルやガル達がいなかったら成立しなかった、奇跡みたいな時間だと思う。


「殿下が、それに気付いてくださって、良かったと思います」


 安易な犠牲の裏側にある、失くなってしまうかもしれない幸せがあることに、殿下が思い至ってくれて嬉しく思う。


「たまに王宮に来ますから、またお茶をご一緒しましょう」


 私が笑いながら言うと、殿下は青紫色の目を細めた。


「もし、この庭をやるから、ここに留まれと言ったらどうする?」


 殿下がそう言うと、私と殿下の隣で静かにしていたレアリスさんとアズレイドさんが、慌てたように二人同時に立ち上がった。


 少し青褪めた顔色になった二人を不思議に思いながら、私は明快に言った。


「いらないです。私は迷いの森に帰ります」


 きっと私に対する迷惑料を考えてくれたのかな?それにしても太っ腹だ。


 ここも素敵な場所だけど、でも、私にはもっと大切な場所がある。


「そうか。お前はそういう人間なのだな」


 私の答えに、きっぱりと善意を断ったはずなのに、殿下は初めて悪意のない笑みを見せた。


 いつかお父さんにも同じようなことを言われたけど、どういう意味なんだろう。


 私が首を傾げていると、レアリスさんもアズレイドさんも、何故か私の言葉に安堵した様子を見せた後、キツい視線を殿下に投げかけていた。


「つまらない冗談だ。真に受けるな」

 そう言って、デフォルトのような皮肉気な笑みを浮かべた。


「殿下……」

 アズレイドさんが何か言おうとした時、ふとシロさんが王宮の方をチラッと見た。


「お前ら、早く逃げろ!」


 突然、転移してきた王子の声が響いた。あまりの切羽詰まった声に、私の心臓が跳ね上がるけど、シロさんも子供たちもケロッとしているので、国を揺るがすような緊急事態ではないことは分かった。


「……ん?なんだ、この微妙な空気は」


 王子が、頭にはてなマークを付けて首を傾げると、イリアス殿下が非っっ常に意地悪い顔をして王子に言った。


「私がハルに、この庭をやるからここに留まれ、と言った」

「!!!!!」

 なんか、王子がびよーんて目が飛び出そうなほど、大きく目を瞠った。


「お、おま、お前、なんて、答えた?」

 王子がつっかえつっかえ、私に尋ねる。


「……?えっと、いらないって言った」

 言うのと同時に、王子が盛大なため息を吐いた後、私の頭を勢いよく両手で鷲掴みにして、ギリギリと締め上げた。


「いたいいたいいたい」

「おま、イリアスなんかにサラッと求婚されてんじゃねぇよ‼」


 ……は?


「キュウコンって、植物の根っこ……」

「ハル。王子宮の一画を賜るということは、王子妃になるということだ」

 諦めたような声で、レアリスさんが被せ気味に説明してくれた。


「#&%@*¥/!!!」


『ハルが壊れた』

 自分でも意味不明の叫びをあげたのを、ガルが突っ込む。


「ふむ。つまらない冗談と言ったが、悪くは無いな」

「ふざけんな、クソイリアス!」


 殿下の愉快そうな声と、王子の怒鳴り声が聞こえる気がするが、魂の抜けた私には意味のある言葉として入ってこなかった。


「オーレリアン殿下!ここへは急用だったのでは!」

 珍しいレアリスさんの大きな声が聞こえた。


 何か、あったのかなぁ。ふふ、どうでもいいや。


「はっ、そうだ!お前ら、こんなことをしてる場合じゃない。取りあえず逃げろ!」


 そういう王子の声の後、お庭から、どっかぁぁん!と凄い音がして、私は正気に戻った。


「間に合わなかった!」


 見ると、王子がレアリスさんに羽交い絞めにされていた。どうした、王子。


「ふふふ、逃がすか、オーリィ」

 王子の声に応えるように、鈴を転がすような涼やかな声が聞こえた。


 舞い上がる土ぼこりを背にして、こちらに歩いて来る女性の姿がある。


 青銀の緩く波打つ髪に、スラリとしているけど女性らしい体つきをシンプルなローブドレスで包んだ、息を飲むほど綺麗な女性だ。

 歳は、ユーシスさんくらいに見える。


「私の結界を粉微塵にしてくれたクソ野郎は、どこかしら?」


 穏やかな声音に反するお言葉を発する女性が、ふと私に目を止めた。

 それだけで、私は全身の動きが止まった。


「あら、固まっちゃって、可愛らしい子がいるじゃない」


 その方が、にっこり笑って私に挨拶をしてくれた。


「はじめまして。私、そこのオーレリアン(バカ)の母ですぅ」


 なんか、王子の名前に副音声が付いたけど、それよりも信じ難い事を宣った。


 王子母と名乗ったその女性の顔は、確かに王子にそっくりだった。


「え、え、ええぇぇぇぇぇ⁉」

前回のあとがきについて、感想欄で総ツッコミをいただきましたので、こんな話になりました。

作者はまだ、このジャンルが「恋愛」だと信じています。


そんな訳で、結界を壊したクソ野郎は、果たして無事でいられるのでしょうか。

それにしても、口悪いですね。


ここに来て、本業が響いて更新がペースダウンしております。

週一更新できればいいな、と思っておりますが、少し気長にお待ちいただけるとありがたいです。

またの閲覧、よろしくお願いします。

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[一言] お父さん&赤龍 「ちょっと遠くの友人ちまでいってくる。なに、フェニックスとかカルラ鳥とか、神龍とかバハムートとか、ベヒーモスとに自慢しに行くだけだ。」 こうですね、解ります。 そして作者…
[気になる点] ヒロインがずっとご飯作っててえらいなって思うんですが人間の野郎共はその辺の苦労をわかってるんですかね ヒロインはお母さんでも家政婦でも給食センターの人でもないぞ 労って [一言] 人…
[気になる点] ガル相手の時が、一番糖度が高そう。 但し、極々微糖。
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