23 星空の下で
いろいろな説明回です。
そして、千切りスキルの正体が……。
いよいよ、打ち合わせの本題に入る。
恐らく事情聴取では、私がレアリスさんに連れ去られた後、どこで何をしていたのか問われるだろうとのこと。
すでに、あの時に御者をしていた人が、レアリスさんがこの森に私を連れてきたことを証言しているので、ある程度正直に話すしかないようだ。
私は全然実感がないけど、この森は「迷いの森」と言われる結構危険な森らしい。
そんな中で、レアリスさんが身動き取れない間、私が一人で生き残れたのは、傍から見れば何か強力なスキルがあるのでは、と思われてしまうだろうとのこと。
説明を受けて驚いたんだけど、私が魔改造した猟師小屋は、元々レアリスさんの一族が所有していたものなんだって。
本当にごめんなさいだ。
私が平謝りすると、レアリスさんは珍しく笑って「今は誰の物でもないから、好きにしていい」と言ってくれたけどね。
レアリスさんの一族っていうのが、人間の方向感覚が一切不能になるこの迷いの森で行動できるスキル、「空間把握」を持った狩人の一族らしい。
だから、ここに来るときは、王子のように一足飛びにここへ来られる人か、レアリスさんの案内が無ければたどり着けないみたい。
それに、レアリスさんの一族は、こんな危ない場所に拠点を構えるだけあって、魔よけの技術にも優れていて、ある程度の範囲は安全に保たれているようだけど、それも強い魔物では心もとないものだそうだ。つくづく私はラッキーだったということだ。
だって、ポイント交換できるものを探して彷徨ったけど、ギリギリ安全な範囲内でのことで、この時ほど自分の行動力のなさを褒めたことはなかった。
警務隊への言い訳的には、未だ使うことのあったこの小屋には常に備蓄があって、それで私は凌いだことにするそうだ。
で、最初はこの線だけで押すつもりだったみたいだけど、先ほどのスコルの願いもあって、私の開花した能力(ポーション精製の)で助けた動物が懐き、テイムに近い関係を築いて守ってもらっていたと、限りなく真実に近い話をすることにしたようだ。
そうしたら、私がいざ王宮にスコルを連れて行ったとしても、すんなり受け入れられる可能性が上がるだろうとのこと。
この世界にはテイムの能力もあるらしいけど、結構レアなスキルらしいから、私のは単純に懐かれたと言うみたい。実際は、ご飯につられてっていう現実はさておき、それなら私もボロを出さずに説明できそうだ。
伏せるのは、今のところ本当のスキルとスコルたちが魔獣だということだけ。
よし、イケる!
それで、肝心のスキルの隠し方だ。
少し三人で額を寄せて唸っていたけど、ふとガルが疑問を口にした。
『そう言えば、この文字って、父さんが読めるってことは、ここの文字なのか?』
「……ああ、そう言えばそうだね。私たちは書くのは練習が必要だけど、文字を読むことはできたから、あんまり深くは考えてなかったかも」
「言語の切り替えか。できるか?」
私は王子の問いに頷いて見せた。とにかくやってみよう。
取りあえず、交換画面を開いて、画面の隅から隅まで確認していく。
あと、声に出して「言語変更」とか言ってみたけど、スキルさんはうんともすんとも言わない。
……ちょっと恥ずかしいね。
「最初の画面は?」
レアリスさんの意見に、私は最初のスキルの種類が表示された画面に戻ってみる。
すると、今まで気付かなかったけど、画面の右上に三本線のメニュー表示が。
久々に緊張してその表示を展開すると、なんか、あったね。
「そういえば、この画面、あんまり見てなかったなぁ」
少し遠い目をしてしまったのは許してほしい。このスキル、ちゃんとPC関係とかの特許なんかの権利関係、クリアしてるよね?
それはさておきで、そこを展開すると、通知オンオフやカテゴリカスタマイズ機能や、なんとプライバシー設定までできた。
もちろん言語設定も。
プライバシー設定って言っても、入れたゴミの内容とか交換履歴とかを非公開にするだけみたいだけど、リサイクルとか廃棄に出したゴミの内容まで記録されていたのが逆にショックだ。
あ、でもここで、ポイント数の表示も設定できた。たとえアラビア数字でこの世界の人が読めないとしても、万が一「億」の表示が読み取られてしまったら困るから、これで一安心だ。
本当に、至れり尽くせりのスキル。今まで能力を生かしきれずにいて、ごめんね。
「なんか、いろいろ出来そうだよ」
言語は日本語に問題なく変更。カテゴリも選別できて、まずは日本とレンダールのカテゴリが非表示設定可能。もちろん、日本を閉じる。次にレンダール内のカテゴリを非表示選択。真っ先に武器と防具を閉じた。で、薬品以外を非表示に。
結果、随分とあっさりとした画面になった。
だけど、やっぱり問題が発生。
「うーん。亜空間収納はどうしてもカスタマイズできないっぽい」
事前ストックの方も、交換後収納もカテゴリ設定やソートの機能はあるけど、収納品は表示されてしまうし、収納ボックスに入れずにダイレクトにポイント交換はできなかった。
私がそれを報告すると、王子とレアリスさんが頷き合っていた。
「いや、ここまで出来れば問題ない。これならレアリスのスキルでどうにかなるな」
レアリスさんのスキル?
さっき、「空間把握」っていうのがあるのは聞いたけど、他にも何かあるみたい。
「レアリスは『隠密』のスキルを持っている。これは普通、認識阻害のスキルだが、レアリスのは完全秘匿ができるのと、自分だけでなく他人のものにも作用するようだ」
隠密は適度な印象操作が可能で、潜入などの密偵作業に重宝する潰しの効くスキルみたい。
レアリスさんのスキルは、その中でも凄い性能らしくて、普通は「隠蔽」という上位スキルでないとできない、情報の痕跡を隠すことができるんだって。
それも、これ系のスキルは、大概が自分に付属するものでないと作用しないのに、レアリスさんのは複数人に使える規格外のスキルみたい。
凄すぎる。
実は、最初私が王宮から連れ出された時、馬車に乗っていたにも関わらず、あまり目撃情報が集まらなかったのは、レアリスさんのスキルで自分や馬車を覆い隠していたから。
試しに私のボードにスキルを使ってもらうと、最初の方の無難な「木の枝」とか「薬草」を除いて、アイテムの表示が消えた。
私が「消えた!」と言うと、王子がそれを確認するように見る。
私が不思議に思っていると、王子が持っているスキルの関係で、王子が見て分からなければ、神殿の神器でも私のスキルを見破ることはできないんだって。
なんか、王子も凄いね。
私のスキルボードを見る王子の瞳の色が、ちょっと濃くなったような気がした。
「良し、完璧な偽装だな」
王子のお墨付きをもらったので、今度はシミュレーションをすることにする。
ポーションの基本材料を入れて、薬品から初級ポーションを選び、収納から即取り出す。
傍から見て、ポーション精製の能力に見えるようになるまで練習した。
あ、もちろん、ポーション交換画面は、レアリスさんのスキルで初級と中級しか表示されないようにしたよ。上級以上の表示はアウトだもんね。
これなら、私の能力でポーションを得ようとした時は、材料の薬草を私に譲渡して、作成した(ように見せかけている)ポーションを私から受け取る、という段階を踏まなければならないという意識づけができそうだ。
ちなみに、初級ポーションは1本5千P。材料の薬草を合わせると8千P。なんか、交換すればするだけ私が儲かる仕組みになって怖い。
元値は、材料費が4千Pで交換が1万Pだから、通常のポーションはほとんどが技術料みたいで、何の技術もないのにポイントが貰えてしまうことへの罪悪感が半端ないです。
「馬鹿かお前。もし、その力を国の為に使えと言われたら、向こうには材料費の提供と技術料を要求しろ。技術料は材料調達の手間等を考えて、通常より低く設定はするが、それ以外は遠慮するな。でなければ使い潰される」
薬師は全体的に少ないらしく、私が多少ポーション精製無双をしても、市場への影響はさほどないようだ。その為に、一日のポーション交換の上限も決めなくてはならない。
あくまで、普通の薬師と同等のスキルであることが大切だ。
そう言えば、交換上限数を決める理由として、改めて知ったことがあった。
通常スキルは、使用する時に魔力か体力かのどちらかを消耗するんだって。パッシブスキルでもオンオフが可能なのは、そうしないと知らぬ間に動けなくなったり、最悪死んでしまったりするかもしれないからだって。
でも私って、どれだけスキルを使っても、微塵も疲れを感じない。まあ、精神的な疲れは、外的要因で常に発生しているけど。
自慢じゃないけど、体力はお年寄りと大差ない。
だから、魔力の無い私は、一体何を消費してスキルを使っているのか不明だった。
有紗ちゃんも同じだけど、やっぱり「聖戦」を使った後に少しぐったりしてたから、私たち異世界人は体力を使ってスキルを発動しているんだと思う。
「まあ、ハルについては、深く考えると馬鹿を見る」
相談したら、王子が投げ出した。レアリスさんのことも見たけど、やっぱり同じ反応。
「え、生命力とか削られてたらヤだよ」
私は戦々恐々としていたけど、王子が言うには、生命力が削られてたらすぐにでも身体が不調を訴えるから絶対に気付く、と言われて、鼻で笑われた。
非常に遺憾です。
ぷんすこ怒ってみたけど、結局「そういうもの」ということで納得するしかなかった。
もう一度言うけど、非常に遺憾です。
そういう訳で、諸々の不満は残ったけど、私は「薬師」として明日デビューすることになりました。
もう後は、明日の為に英気を養うしか、やることは残ってないね。
「この前の、『びーる』というのに合うヤツが食べたい!」
待ってましたとばかりに、王子が大きな声で要求する。
まあ、その提案に乗ることは、私もやぶさかではないからいいけど。
子供たちも食べられそうで、ビールに合うもの。
唐揚げはやったから、違うもので。
「あ!ちょっと面倒だけど、あれならみんないけるかな?」
「なんだ、それは」
「ああ、でも駄目だ。次の日まで、すんごい匂いが残るもの。抜群にビールに合うんだけど」
それは、乙女にとって禁断の食べ物。
そう、ニンニクたっぷりアツアツの餃子!
前回の枝豆ガーリックは歯を磨けばリセットされたけど、こいつはそんなヤワな相手ではない。
「駄目じゃない!絶対それがいい!絶対美味いヤツだ!」
「だから、女の子として私が辛いの!」
「そんなの、解毒ポーションを飲めばいいだろ」
「はい?」
なんか、物凄い不可解だけど、臭いは毒物と似た扱いみたいで、この世界の解毒薬は臭い成分を分解する消臭効果があるんだって。ついでに二日酔いもこれで解決するらしいので、酔っ払いの強い味方、一石二鳥らしい。
さすが、異世界!
ただし、市場価格1本1万ウェンだけどね。
だが、私にはポイント交換があるじゃないか!
「それなら、遠慮はしない!今夜はニンニクたっぷりの餃子だぁ!」
そんな訳で、私は大量の餃子に、ホタテとアスパラのニンニク炒めともやしのナムルの追いニンニクの副菜、そして、優しいかに玉風中華スープを作ったよ。
人間組は、服に匂いが残らないように、この間あげたジャージで参戦だ。
二人のジャージ姿が決まり過ぎているのは、もう無視するしかない。
例のごとく、レアリスさんには包丁を担当してもらう。今日のキャベツは、千切りではなくてみじん切りだ。
レアリスさんは、みじん切りも鮮やかな手つきでこなしていく。
この日初めて知ったけど、レアリスさんの3つめのスキルは、「剣術」らしい。
うん、本当にごめんなさい。すっごいスキルの無駄遣いさせてました!
っていうか、千切りもみじん切りも、「剣術」の一種なんだ……。
私は、この世界のスキルの奥深さと不思議さを味わいながら、せっせと餃子を包んだ。
手伝ってくれたレアリスさんも初めてにしては上手だったけど、やっぱりこういう作業はユーシスさんが一番上手なので、今日は本当に日頃のユーシスさんのありがたさが身に染みたね。
ちなみに、フェンリル親子に臭いの強い食べ物は駄目か聞いたら、刺激物でなければむしろ好きみたいだった。
カプサイシンは、ガルにとって一種のトラウマでもあるからね。本当はキムチも良かったけど、唐辛子系は今日はお休みだ。
「熱いから、気を付けて食べてね」
『『『『「「いただきます」」』』』』
挨拶をして一斉に食べ始まった。
つけダレが要らないように、餃子自体にしっかり味がついているよ。
3桁を超える膨大な数を包んだのに、早くもなくなりそうな勢いだった。
人間組にはビールを渡す。私の独断と偏見で、ちょっとクリーミーな泡のビールをチョイス。
「ぷはっ。美味し~い!」
カリッ、モチッ、じゅわ~を、まろやかな泡で喉に流し込む。
キレッキレなビールもいいけど、それは夏に取っておこう。
「何故俺は今まで、この料理に出会えなかったのだろう」
「……美味い」
それぞれの感慨を胸に、ニンニクの宴は終わりを迎えた。
お父さんはやっぱりお泊りせずに帰っていった。
人間組は解毒ポーションを配布してみんなで飲む。
お、意外と爽やかな味わいで悪くない。
その後は、念入りな歯磨きとお風呂を指示。
皆さん、爽やかな香りに包まれました。
そうして就寝直前に、私はテントに入る王子を呼び止めた。
「王子」
「何だ?明日が不安で眠れないのか?」
茶化すように王子が言う。違うけど違わない。
「これあげるよ」
私は持っていた物を王子に渡した。控えめなラベンダー色の匂い袋だ。色と同じく、中には気持ちが落ち着く効果があるラベンダーのポプリが入っている。
「お前が作ったのか?」
「うん。王子が、いい夢を見られますようにって」
そう伝えると、王子はラベンダーも色あせるほど綺麗な紫色の目を、大きく見開いた。
やがて、その見開いた目は、ゆっくり優しく細められた。
整った薄めの唇が弧を描いて、安らいだ微笑みを私だけに向けた。
「ありがとう、ハル」
王子が、私にお礼を言った。皮肉も含みもない、純粋な感謝の言葉。
私も思わず微笑み返した。
不意に、王子が私の手を引いた。咄嗟に動けずに体勢を崩して、気付けば王子の胸に飛び込む形になっていた。
びっくりして王子を見上げた私は、紫色の目が近付くのをスローモーションのように感じた。
私の前髪越しの額に、柔らかい感触が降る。
「ハルも、良い夢を」
掠れるほど微かな声と共に、王子の体温が離れた。
少し悪戯な笑みに変え、王子は何事もなかったかのようにテントに消えた。
私は、何かが触れた額に両手を当てて、そのまま俯いた。
誰も見ていなくても、しばらく顔を上げることができなかった。
きっと、この星明りしかない夜闇の中でも分かるほど、私の顔は赤く染まっているだろうから。
ニンニクって、なんであんなに美味しいんですかね。
料理中も食べた後も、自分がニンニクなんじゃないかと思うくらい凄いんですけどね。
焼肉と餃子は、まさに乙女の天敵です。
それでは閲覧ありがとうございました。




