22 お父さんはお父さん故にお父さんです
カッコいいお父さん、大人げないお父さん、情けないお父さん。
どのお父さんがお好きですか。
私は、朝起きると、つい眼鏡をさがしてしまう。
あと、顔を洗っても鏡がぼやけずに見えるので変な感じだ。
あの後、みんなが帰る時、有紗ちゃんが私のサイズを測っていった。特に胸とお腹周りを測った時に、「ふぅ」と息をつかれた。何か言いたいことがあるみたいだけど、私はあえて知らないふりをした。
有紗ちゃんが言うには、そのデータを元に、私が「なめられない服」を用意してくれるんだって。時間が無いから既製品を手直しするって言っていた。お手数おかけします。
レアリスさんの話だと、神殿側はすぐにでも手配できるみたい。神殿と王宮間のいざこざを取り締まる、警察組織みたいな警務隊というのがあって、そこで私は証言をすればいいらしい。
そこで認められれば、レアリスさんは正式に神殿を離籍し、王子の私兵として雇われて、私専属の護衛になるんだって。
私専属って何?
自信満々で王子が「俺の個人資産で雇う私兵だ。文句あるか」と言っていたから、所属は王宮騎士でもなく、王子のただの用心棒的なやつでしょ。社会的地位が下がっちゃうと思うんだけど、なんかレアリスさん本人が満足しているようだったから何も言えなかった。
神殿の護衛騎士が王宮騎士になることは異例すぎて望めないし、ちょうど罰金として財産の6割を没収されたところだったので、王子の手駒になるのは渡りに舟だったとのこと。
その罰金は、今回の被害者二人の救済に充てられるんだって。
一人は有紗ちゃんの護衛で、なり替わりの際に怪我を負わされた人。この人に、治療費で治癒魔法1回分の金貨20枚。
あと一人は、……私だね。
私の取り分は、ええと、400枚。4千万ウェン。日本なら土地付きのお家買えるね。
レアリスさんは、平民出で、私より3つ年上って言ってたけど、護衛の前には神殿側の魔物討伐隊として活躍していたとのことで、結構な財産をお持ちのようです。
魔物に対抗できる人は、やっぱり神殿でも地位は高いんだって。
っていうか、怪我した護衛さんとの格差が……って思ってたら、庶民的な私がドン引きするその裁定の決定会議で意見を言った人は、輝く白髪に葡萄みたいな目をしていたって。
完全にやらせだ。絶対に私が、レアリスさんにお金を戻すのを見越してる。
司法取引したのに、なんで罰金なの、と思ったけど、どうやら根強くいる枢機卿派閥にも文句を言われないよう、表向き重い罰を与えておくんだって。レアリスさんも、まったくの無罰では嫌だったみたいで、本人が望んだことらしい。
それにしても、王子は一体いくつ肩書を持っているんだろうか。
あれから、ガルは妹たちがいても、パトロール時以外、出来るだけ私から離れない。
相当ガルを心配させてしまったよう。本当に心から反省をしているよ。
だから私は、王子たちの準備が整う間のこの短い時間に、ガルといっぱいお話ししたよ。
お父さんもいつもより長い時間ここにいるようになって、ドラゴンさんも遊びに来てくれた。
もう大丈夫って言ったんだけど、意外とみんな心配性だったみたいで、ドラゴンさんも赤ちゃんモードで私を元気付けてくれた。
その日はプリンを作ったので、お膝にドラゴンさんを乗っけて、スプーンで食べさせてあげたら、『これは、なかなかクセになる』と言っていた。
どうやら甘い物もいけるクチのようです。
ご満悦だったらしく、パタパタと飛んで森に一旦入ると、すぐに戻ってきた。
『礼だ』と言って小さい手を差し出したので見てみたら、可愛いおててに薄紫の小さなお花が、一輪握られていた。
日本と同じものか分からないけど、どうやら早咲きのスミレみたい。
もう、ホント!ドラゴンさんって、なんで私のストライクゾーンをど真ん中で攻めてくるの⁉
思わずドラゴンさんをギュっと抱き締めて頬ずりすると、急に私に影が差した。
顔を上げるとお父さんが立ち塞がっていて、ドラゴンさんをパクッと咥えると、ブンと首を振って空へ放り投げてしまった。ドラゴンさんは空中で、ポンと中サイズに戻った。
「ちょっ、お父さん⁉」
『交替の時間だ』
そんな時間制、初めて聞いたんだけど。
堂々と宣言したお父さんは、私の膝に顎を乗せて目を瞑った。撫でろってことね。
そうして要求どおり撫でていると、子供たちもお父さんにぴったりくっついてきた。
『やれやれ、しようのないヤツだ』
ドラゴンさんが呟きながら静かに着地して近づくと、お父さんが尻尾を振ってドラゴンさんを追い払っていた。レアリスさんにもやってたけど、大人げないね。
今日もみんなでこのままお昼寝タイムだ。
そのお昼寝タイムが終わると、何を思ったのか、お父さんは『また留守にする』と言って、どこかに出かけてしまった。
……だから、お父さんの拠点、ここじゃないと思うんだけど。
ドラゴンさんは達観していて、『あやつの気の済むようにしてやれ』と言っていた。
なんだろうなぁ。たまにドラゴンさんって、お父さんの保護者みたいに見えるよ。
結局お父さんが戻って来たのは、次の日のお昼過ぎ。
『帰ったぞ』
「お帰りなさい」
もう、すっかりお家扱いだね。嬉しいからいいけど。
お父さん用のお昼ごはんに作っておいたホットサンドを出す。ハムとチーズのサンド、コンビーフサンド、ブルーベリージャムとクリームチーズサンドだよ。
それをペロリと食べ終わると、お父さんがおもむろに私に手を出すように言う。
私が左手を出すと、いつの間にか咥えていた何かを私の手首に押し付けた。
「ヤドリギ?」
緑色の細長い葉に、蔦に近い細い枝の植物。よく木の枝に絡まっている鳥の巣みたいなの。
私が首を傾げていると、その枝がひゅるひゅると私の手首に巻き付いた。
「え?な、何、これ⁉」
慌てる私に、お父さんが得意げになって言った。
『そなたは、私たちの素材よりもそういうものがいいのだろう?』
ああ、昨日のドラゴンさんのプレゼントを見て思い付いたのね。
手首に巻き付いたヤドリギは、嵩張らず軽くて、まるでおしゃれなブレスレットみたいになっていた。
確かに、今までのお父さんのお土産の中で、一番嬉しいかも。
『その植物は、『困難に打ち克つ』という意味があると、昔勇者が言っていた』
ああ、この世界にも花言葉があるのか。
それにしても、また出た、勇者。もうなんか、お父さんたちと友達だったよね、これ。
『今、私の魔力を込めた。そなたが、どんな困難にも打ち克つように』
そう言って、お父さんはヤドリギに軽く口付けた。
それは、お父さんが私にくれたエール。
私は、突然降ってきた優しさに言葉が詰まり、目から涙が零れるのを感じた。
『フフ。そなたはよく泣くなぁ』
「……だって、嬉しくて……」
どんな高価な物をもらうよりも、その心が嬉しいよ。
お父さんは、私の目元の涙を、軽く触れるくらいの強さで優しく舐めた。
『もし、どうしても一人で乗り越えられぬことが起きたら、私を呼べ。そなたのためならば、万里の距離とて越えて行こう』
お父さんの低く響く甘い声が耳を打つ。
「ありがとう、お父さん」
いろんなことが怖くないと言えば噓になるけど、怖くても乗り越えられる気がするよ。
私はお父さんの首にギュッと抱き付いた。
『ああ、感動してるとこわりぃけど、その木、『鉄の森』の臭いがすんだけど』
横からガルの声がする。
ん?「鉄の森」って確か、お父さんの故郷で、世界樹の一部だったような。
「……ま、まさか」
お父さんから離れ、ギギギと音がしそうな自然な動きを忘れた首の動作でお父さんを見た。
『息子よ!父に何か恨みでもあるのか⁉』
『いや、後でバレるより、今正直に言っておいた方が、傷は少ないぞ、多分』
『グッ』
仔犬に諭されて、言い返せないレジェンド。
私は、目を細めてお父さんを見た。
『冷たい。視線が冷たいぞ、ハル。これは違うぞ!今までは遊びだったが、これは、ただそなたを想ってだな……!』
一生懸命弁明している。やっぱり今までのは遊びだったんだ。
「それで?」
『む、それは、本当に普通のヤドリギだ』
「ふうん」
『うぐ。ただ、宿主が、そのユグドラシル本体だというだけで……』
「へえ」
『いや、本当に鑑定して楽しもうなどと微塵も思っておらぬぞ!信じてくれ!』
お父さんの耳が、これ以上ないというほど下がってる。
『勇者の言葉どおりのそなたの未来を願うなら、最上のものでありたかったのだ』
ポツリと呟く、私の何十倍も生きているであろうお父さんの、情けなくも真剣な姿に、私は大きなため息をついた。
「怒ってごめん。お父さんの気持ち、とても嬉しかったよ」
お父さんの価値観と私の価値観は擦り合わせが必要だけど、本当に私の為を想ってくれたのは伝わった。
困ったな。もう、怒るに怒れないね。
お父さんがおでこを私の肩にくっつけてきたので、私はふかふかの頭をギュッと抱きしめた。
お父さんは、なんでかお日さまの匂いがするね。
私がお父さんを撫でていると、急に後ろから声がした。
「……お前ら、何やってるんだ?」
王子だ。転移してきたから、全然分からなくてびっくりしたよ。
『父さんも大概だけど、ハルも大概だ、っていう話だ』
「なんだ、それは」
ガルの答えに王子が呆れた声でそう言う。私も、なんだそれ、って感じ。
私にぴったりくっついているお父さんを見て、王子が苦笑して「なるほど」と言った。なんか、ガルと王子だけで通じ合ってる。
『人間の王子、お前が来たってことは、準備ができたのか』
「そうだ。ハルを迎えに来た。だが、その前に少し打ち合わせが必要だから、実際は明日神殿へ行く。それに、レアリスが少ししたら到着するはずだ」
どうやらレアリスさんは、自力でここに向かっているらしい。
「一緒に来れば良かったのに」
私が言うと、王子は盛大に顔を顰めた。
「何で、俺が、野郎と手を繋がなきゃならないんだ」
あ、そう言えば、転移した時って、王子と接触していたっけ。有紗ちゃんとのは見てないけど、その様子だとどっかしらには触っていたようだ。あれだけいがみ合ってたから、ちょっとどこに触っていたのか気になる。とりあえず、有紗ちゃんがセクハラを訴えなかったので、無難な場所だったのだろう。
そして私は、王子がレアリスさんと手を繋いでいる姿を想像しようとして、……断念した。
無理やり話題を変える。
「でも、何の打ち合わせなの?」
「詳しくは、レアリスが来てからになるが、お前のスキルの隠蔽についてだな」
なるほど、確かに私のスキルボードを全部見せたら大変なことになるね。
「とりあえず、文字や絵や画面の大きさがどう変わるかだが」
せっかちな王子は、さっそく話を始めようとしたけど、明日出発なら少しゆっくりしてもいいよね。
という訳で、軽いティータイムだ。
今日は、鉄観音茶を淹れてみる。紅茶の親戚みたいなものだから、王子の口にも合ったみたい。
お茶請けはあんバターのビスケットサンド。塩気が効いているやつね。今日はサンド尽くしだ。
「ガルは、これを毎日食ってるんだよな」
『悪いな』
ため息を吐く王子に、ガルが片足を上げて軽い感じで応えている。
そうこうしているうちにレアリスさんも到着した。
レアリスさんには、徒歩運動直後なので少しだけ甘くて冷たいレモン水を渡し、落ち着いたら王子と同じ物を出した。
「あぁ、美味い」
しみじみとレアリスさんが言う。疲れた時の甘い物は最高だよね。
みんな、好き嫌いも我儘も食わず嫌いもなく、私は作り甲斐があって楽しい。
本当だったら、食べ慣れないものって、もっと拒否反応があってもいいものだものね。
『ねえ、ユーシスは?』
そんなまったり中の王子にスコルが問いかける。それに王子が、少し困った顔で笑った。
「すまないな、スコル。ユーシスは王宮で留守番だ。あいつもお前に会いたがっていたな。だが、すぐ会えるさ」
『そっか。分かった』
私は、元気のなくなったように見えるスコルを呼んで、膝の上に乗せた。
「今度、一緒に王宮へ会いに行こうか」
『え?いいの?』
スコルは、甘えん坊フェンリル一族の中では、一番クールな子だ。まあ、甘えん坊には変わりないけど、大人げないお父さんやツンデレのガル、天真爛漫なハティとは違って、甘え方にメリハリがある。お姉ちゃんって感じだ。
それがユーシスさんには、ハティのように甘えているから、出来れば頻繁に会わせてあげたいと思う。
「ねえ、いいでしょ、王子?」
「ああ、そう、だな。フェンリルでなければ、子供たちは喋りさえしなければ大丈夫だろう」
一応王宮には魔物や魔獣対策として、何やらいう結界?が張ってあるらしいけど、王子から言わせればフェンリル一族に対しては紙くらいの防御力だろうとのこと。
ただ、無用の騒ぎは起こさない方がいいから、ということでの対策らしい。
いくら知能が高く、意志疎通のできる上位魔獣とはいえ、人間の魔獣に対する忌避感はゼロにすることは難しいみたい。
その点、喋らなければ、スコルはただの可愛いサモエドだもんね。
「良かったね、スコル」
『うん!』
私とスコルが喜んでいると、お父さんがツンツンと王子をつついている。
『私も黙っていればイケるだろう』
「…………無理だ。本当に、やめてくれ。国軍が動くわ」
『何⁉』
「っていうか、なんでイケると思った?」
『何故だ、溢れる気品は隠しようも無いが、黙っていれば大丈夫であろう』
「………………うん。話にならん」
あの、物事を自分の都合のいいように仕向ける王子が、お父さんを前に諦めた。
ちょっと可哀想になり、私が助け舟を出す。
「お父さん、王宮は外から見ると綺麗だけど、中に入っちゃうとどこも同じような造りだから、もっと違うところに一緒に行こう?落ち着いたらどこか連れて行ってくれる?」
『む、そうか。ハルがそう言うなら、どこへでも連れて行ってやるぞ』
すぐに上機嫌になって、尻尾をぶんぶんしているお父さんに、王子がホッと胸を撫で下ろしていた。
取りあえず、人間vsお父さんの構図は回避できたみたい。
世界平和って、結構微妙なバランスの上に成り立っているものなんだね。
ヤドリギの花(?)言葉は「困難に打ち克つ」ですが、スミレの花言葉は「小さな幸せ」。
その中でも紫色のスミレの花言葉は……。まあ、いろんな意味がありますよね。
それを赤い竜が知っているかどうかは、ご想像にお任せします。
今話で出発するはずだったのに、何故かお父さんが割り込んできました。
また話が長引いてしまった。ゴールが遠のきますね。
そんな訳で、またの閲覧をお願いします。




