20 能力の無駄遣い
人生において無駄なことは一つもない、と言いますが、あると思います。
翌朝、私はかなりスッキリと目が覚めた。
あの後正しい睡魔に襲われた王子は、テントに頑張って戻って、朝までぐっすり眠ったらしい。
私も同じく、短時間でも深く眠ったのか、疲れも残っていなかった。
朝食の支度の前に、私は昨日の飲み明かしたビールの残骸を片付けていると、同じくスッキリと起きられたらしい有紗ちゃんが、私を訝し気に見ていた。
「ねえ、波瑠。それって亜空間収納に入れるの?」
「うん、そうだよ。なんかねぇ、レベルが3に上がった時に地味に付いていた機能なんだけど、ゴミも分別して入れると、なんと!リサイクルポイントっていうのがもらえるの」
「……そのスキルの中に、なんか業者入ってない?」
「不思議だよねぇ」
説明書きだと、リサイクルポイントはそのままポイントとして使えるみたい。便利だね。
ちなみに、普通の日本のリサイクルと同じで、缶はスチールよりアルミの方が価値が高い。
生ごみは肥料として扱ってくれるらしく、不燃ごみや可燃ごみで、どうにもリサイクルできないやつは、ポイントを使えば処分品として収納品リストから消してくれる。
亜空間収納は容量∞とはいえ、やっぱりゴミをずっと入れておくのは気持ちが良くないので、私はできるだけ溜めずに処分するようにしている。
「波瑠、どれだけ凄いスキルか分かってる?」
「もちろん。ゴミ出しの手間が無いって、神スキルだよね」
「……うん。もういいや」
なんか有紗ちゃんは乾いた笑いを浮かべていたけど、お腹空いたと尋ねると小さく頷いた。今日も朝から可愛い。
よし!今朝も頑張ってお肉を焼くぞ!
最近、お腹周りがちょっとヤバいけど。
例のごとく、キャベツの千切りはレアリスさんにお願いする。
生姜焼きは、味付けタレを作って入れるタイミングを伝えておけば、ユーシスさんが焼いてくれるって。もう焼き職人だね。
お肉はロースではなく豚コマ。これも有紗ちゃんのリクエストだけど、私も豚コマ派だ。本当にこのお嬢さんは、外見にそぐわない庶民派だ。好き。
私は玉子焼きを作る。これは素人には任せられない。四角くふんわりとろりと仕上げるのは、一朝一夕にはできないのだ。
お味噌汁はもちろんニラ玉汁で、付け合わせは手抜きで、キュウリとツナ缶を和えたものです。
「それでは皆さん、いただきましょう」
『『『「「「「いただきます」」」」』』』
なんか、全員がいただきますをしてくれた。私たちのお作法に合わせてくれるみんなに、私と有紗ちゃんはくすりと笑った。
残念ながらお父さんとドラゴンさんは朝食には顔を出さなかったので、たくさん作った生姜焼きは、一旦亜空間収納に入れておく。
すると、無駄に鑑定が発動し、“生姜焼き150g(美味) 1600P”と人間一人前換算で出た。という事は、正規価格で800Pか。コマで800Pくれるなんて、優しいスキルだね。
まあ、みんな朝からいい食べっぷりで、白米は一人当たり唐揚げの約2倍消費した。
生姜焼きって、盗まれたのか、って思うほどご飯が進むよね。
こちらの世界の人は、主菜は主菜、副菜は副菜、みたいな食べ方が主流っていうから、唐揚げの時に牛丼みたくご飯乗せを推奨したら、白米が衝撃的な減り方をしたよ。
そんな訳で、食後のまったりタイムに突入。
王子は何故か、ガルを向き合う抱っこじゃなくて、背中を向けた抱っこにして、ガルの前足をフニフニしている。柔らかい肉球の猫ほどじゃないけど、ワンちゃんの足も固くて気持ちいいよね。
「そう言えば、ずっと気になってたんだが」
王子がフニフニしながら、真剣な声でガルに尋ねた。
「ガルがハルと出会った時、魔物と戦って大怪我をしていたと言っていたな」
あれは、ある意味ガルと私の黒歴史だ。飯テロをした方と、引っ掛かった方。
でも、あの事はぼかしていて、はっきりと王子に説明したことない。
とすると、ガルが王子に話したんだ。しかも名前も愛称呼びになってるし。
いつの間にそんなに仲良くなったの?
「ほぼ最強種のお前が怪我を負うっていうことは、よほどのことだろう?」
確かに。見た目はこんなに可愛いマフラー巻いたサモエドだけど、この子たち、すんごい強い魔獣なんだった。
『ああ、ハルの飯に気を取られてたってこともあるけど、異常に強かったな』
「何の生物だった?」
『あの形は、マッドグリズリーだったけど、随分デカかった』
え、やだ。なにそのイカレタ感じの名前。グリズリーってだけで怖いのに。
「マッドグリズリーか。確かに大型捕食動物だが、それならユーシスでも魔物化していても一撃で倒せるぞ」
……わ、わあ、ユーシスさん強いんだね。「ユーシスでも」ってことは、王子はもっと簡単に倒せるんだな。すごいね。
でも、そんなのがこの辺りにいたと思うと、今更ながらゾッとする。
だって、魔物には魔よけが効くけど、元は魔獣だったみたいだし、魔獣には魔よけは効かないんだよね。と、唐辛子スプレー、効くかな?
『安心しろよ。この辺りにはそんな危険なヤツはもういないし、父さんがきっちり結界張っていったから、魔物も魔獣も近寄れないぞ。ハルが鈍足でも大丈夫だ』
ホッとするのと同時に、ガルの一部の言葉が胸に刺さる。ええ、事実ですけど。
大人げない言動はアレだけど、お父さんの能力に関しては文句のつけようもないしね。
「問題は、本来ならお前の足元にも及ばない魔獣がだ、魔物化して能力が上がったとしても、重ねて言うならお前が油断していたことを加味しても、お前を傷付けるほどの力が得られるか、ということだ」
『……あんまり重ねて言うなよ』
ガルが力なく抗議するが、王子は自分の考察に没頭している。
「つまり、魔物化の原因である瘴気の質が悪化している可能性があるな」
『そうだな。確かに、少し前よりも、魔物は強くなったかもしれない』
怖い話をしているのに、王子が無意識なのか、ガルの手首をピョコンと曲げたり伸ばしたりするから、緊張感が薄れて仕方ない。
「他の地域でも同様の報告がありますね。数自体は激減しているのに、派兵数が変わらない」
ユーシスさんもスコルに同じことをしている。王子たちのを見てやりたくなったのかな、スコルが。
「そうね、私も同じような感じだって聞いたわ」
有紗ちゃんも、ハティの手をクイクイしている。これは、有紗ちゃんが真似したみたい。
「神殿も同じだ」
真面目な格好のレアリスさんにホッとする。
「そ、そういえばさ、ガルとかみんなは、その魔物化とか大丈夫なの?みんなが私たちのこと、分からなくなっちゃうのは嫌だよ」
私は急に不安になって尋ねた。本当は魔物とだって戦ってほしくないし、危ない瘴気になんか触れて欲しくない。
今、こっちに向けているガルのお腹には、あの時確かに目を背けたくなるほどの大きな裂傷があった。もう、あんなの見たくない。
『安心しろよ、ハル。俺たちくらいの魔獣は、毛の一本まで魔力があるから、「悪い気」も入り込めない』
そうなんだ。良かった。そのモフモフはモフモフだけじゃなかったんだね。
「もし入り込まれても、深く入られなければ、アリサの「聖なる炎」で軽く焼いてもらえば大丈夫だ」
「……いや、焼いてもらった時点で大丈夫じゃないよ」
「後はポーションぶっかけとけば問題ない」
「なるほどね。私も加減して焼けばいいわけね」
なんか、私以外が納得してる。いや、痛い思いする時点でアウトだよ。それに、なんか有紗ちゃんまで猟奇的になっているんだけど。
『とにかく、ハルは心配するな。俺たちは大丈夫だ』
ガルの言葉に合わせて、王子がガルの手をピョコピョコする。あれは、わざとだ。
真剣に心配することもできなくて、私は思わず笑ってしまった。
「うん。みんなのこと、信じてるよ」
少し目じりに溜まった涙を拭おうとして、眼鏡を外した。
「うーん、明るい所で初めて見たけど、波瑠って、眼鏡に呪いが掛かってるのかってくらい、外すと物凄く可愛いわ」
「え?なぁに?」
有紗ちゃんが私に何か言ったみたいだけど、よく聞こえなかったので聞き返すと、有紗ちゃんは「何でもない」とだけ言った。
「ねえ、波瑠。いざという時に、その、眼鏡だと咄嗟に外れたら危ないじゃない?コンタクトにしてみない?」
「これねぇ、私コンタクト駄目なの。これは昔の怪我の後遺症で、コンタクト入れられないんだ」
「え?ごめん。知らなくて……」
ただの近視だと思っていたみたいで、有紗ちゃんのせいじゃないのに、落ち込んじゃった。
「大丈夫だよ。何年か前のことでもう痛くないし、それにいざという時は、私、唐辛子スプレー持ってるから」
今は、ガル達がいるから手元にないけどね!
私がそう言うと、有紗ちゃんが少し呆れた顔になった。よし、うまく話を逸らせた。
「波瑠。唐辛子スプレー、そんなに万能じゃないから……」
なんでか、呆れて説教されてしまった。
「その、唐辛子スプレーというのはなんだ?」
初めて聞く単語に、王子が興味を示した。
「ええと、野生動物とか痴漢とか、危ないのに遭った時に撃退する液体的なもの?プシュッとするとしばらく行動不能になるの」
「なんだその便利なものは。見せてくれ。今後の軍の参考になるかもしれない」
「え、ああいいよ。ちょっと待ってて。あれ、どこに置いたっけ、ガル」
『最初の頃持ってたヤツか?あれは確か……』
『スコルも探す』
『ハティも!』
「あるとこ覚えてなかったら意味ないよ、波瑠」
有紗ちゃんが何か言ったけど、子供たちとログハウスに探しに向かったのでちゃんと聞き取れなかった。
で、ガルが探してくれた。なんか、リュックの中に入っていた。
「あったあった。これこれ」
大きさは10センチも無いくらいで、どぎつい赤のパッケージの小さい噴霧式。
「向こうで一回使ったことあるけど、普通の人には凄い効果だから気を付けてね」
そう言って王子に渡すと、有紗ちゃんが私に聞き返した。
「一回使ったって、何に?」
あ、失言だった。今更野生動物に使ったって言ってもダメな雰囲気。
「その、……高校生の時に、変な人に付きまとわれて、それで……」
抱き付かれそうになってプシュッとやったら、目にジャストミートして物凄い効き目だった。
その人は、近くにいた人が通報してくれて駆け付けたお巡りさんに連行された後見かけなくなったけど、その効果にビビッて、それからは防犯ブザーだけ持ち歩いていた。
あの時は眼鏡してなかったから、風下でちょっと掛ったやつだけで、私の目も痛かったくらいだ。
そう話すと、周りの人の目線が急に冷気を帯びた気がした。
「殿下、その男、召喚できないでしょうか。寸刻みにしてやりたい」
「そうだな。やってみる価値はあるな」
「眼鏡無し、ミニスカの波瑠。私も『聖なる炎』でその男のアレを焼き切ってやるわ」
いや、未遂だったし、使用する能力が過剰なんですけど⁉
でも無言だったレアリスさんの顔が、一番怖かった。
その後、何とか宥めすかし、何もなかったことを伝えてどうにかその場は収まった。
だが、その後事件は起こった。
「しかし、この小瓶にそんな力があるとはな」
しげしげと王子がそのスプレーを見ていた。後ろからユーシスさんも覗いてる。
そう言えば、こちらの世界にスプレーなんてあるのかな。使い方説明しておいた方がいいかな。
と、思った時、王子の指がスプレーの頭に掛かったのを見た。
「あ゙」
私の反射神経が鈍いことを、これほど呪ったことは無かった。
「んぎゃーーーーーーー!」
「ぐあぁぁ!」
『いて、いててて!』
直撃を受けた王子、その近くにいたユーシスさん、離れてはいたけど、風下にいたガルの悲鳴が響き渡った。阿鼻叫喚の地獄絵図がここに……。
「いやぁぁぁ、救急車、救急車、は、なかった!ポーション、ポーション交換!」
私はパニックになってその場でぐるぐるしてしまった。
その私の肩に力強く手が置かれる。有紗ちゃんだ。
「待って、波瑠。今こそ私の『聖戦』を試す時よ!」
「そうだね!怪我が治るって言ってたもんね!」
「……違うだろ」
レアリスさんがボソッと何か言ったが、私たちは正常な判断が下せなかった。
有紗ちゃんは勇ましく、地面に転がる三人に向かい、高らかにスキルを唱えた。
「『聖戦』!」
辺り一面が美しい光に包まれた。私の身体にもなんか分からない力が湧くのを感じる。
今ならきっと、50メートル走、9秒半ばくらいで走れる気がする!
「はぁ、はぁ。し、死ぬかと思った」
「これは、何という悪魔の武器……」
『俺が何したって言うんだよ!』
地面に膝を突きながら、王子とユーシスさんが肩で息をする。ガルは伏せをして両前足で鼻を覆っていた。
ガルがまだ臭いが残っていると言ったので、スコルに頼んで吹き飛ばしてもらったよ。
それでようやくいち段落。
その後唐辛子スプレーは、使い方によっては諸刃の剣となるとのことで、軍での導入は要検討とされた。ですよね。
私は、といえば、異世界のものは事前に説明するように、と王子から説教された。被害者を前に、私は弁明の余地もなく自分の罪を受け入れた。
お詫びに、と、お昼前だけど、ふわふわのホットケーキを焼いてあげたよ。
禁断のバニラアイスとベリーソースを添えて。
アイスは特に子供たちと王子に好評で、おかわりを要求されたけど心を鬼にして却下した。冷たいものの食べ過ぎはお腹壊すからね。
作った私は食べなかった。このままの食事量で間食までしていたら、大変なことになる。
ちなみに有紗ちゃんは完食していた。どうやら彼女は食べても太らないタイプらしい。
……羨ましすぎる。
騒がしいひと時が過ぎ、お昼も近くなると、お父さんがやって来た。
で、辺りの臭いを嗅いだかと思ったら、くしゅん、と一つくしゃみをした。
残り香とも言えない微量の臭いだったけど、鼻が利くイヌ科は大変だなぁ、と思った。
おかしいなぁ。真面目な話を展開するつもりだったのに。
美人やイケメンにも容赦なく絶叫させます。王子の「強運」はオフだったようです。
もう王子と魔獣たちがいるとシリアスにならないと気付いた今日この頃。
次こそは真面目に……なる、といいな(願望)
またまた御礼を述べさせていただきます。
文字を打つ手がガクガクしますが、なんと!一瞬でしたが、3月13日異世界転移部門で日間1位をいただきました!
本当にいいの(;゜Д゜)という感じですが、こんなに嬉しいことはありません。
プレッシャーもありますが、皆さまに楽しんでいただけるよう、これからも頑張って書きたいと思います。




