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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
エピローグ
44/44

 二人で駅舎を出ると、雪が降り積もっていた。

 俺が住んでいるこの地域では珍しい。

 大晦日まであと一週間、道をゆく人々のうち、子供と若いカップルはどこか楽しげに見える。

 俺はあまり楽しくない。

「うーん、やっぱり浮いてるよな、俺。気分は沈みそうなんだが……」

 手に持った袋から、墓参り用の道具が透けて見える。

私の・・お墓参りで、それはないでしょ?」

 墓参りでウキウキしろというのか。

 幽霊が混ざっているだけあって、こいつも浮いてるよな――と言いたいところだが、ナギーは地面に足をつけて歩いている。すり抜けているせいで、雪上に足跡が残らないだけのことだ。

 カチューシャ、マフラー、コート、制服ブレザー、セーター、手袋、スカート、ソックス、ブーツ、鞄、そして謎の怪しい力・都市伝説力に包まれた幽霊の体。いまだに降り止まない雪は、これら全てをすり抜けている。

 ナギーの頭上で赤い髪をまとめているカチューシャは、俺がプレゼントさせられた安物だ。銀色で、貝の飾りがついている。人から見られないためのコーティングをどうやってしたのかは知らない。

「何で今日墓参りなんだよ」

「それ何度目? 言ったじゃない。ローストとキャンドルを皆と一緒に楽しむためです。焼香のかぐわしきカホリはいーよねー。味覚・・の新境地。煙をビニール袋に入れて持ち帰りたくなるな~、ウフフ」

 何かアブないことを言っている。

「クリスマスカードも送ったし、バッチリね」

「便箋に縦書きだったくせに」


『お父さんとお母さんへ。

 私はこちらでも元気です。心配しないで下さい。もう悲しまないで下さい。寂しくはありません。………………る人が……ました。…………………………。渚より』


 途中で隠されたので、読めなかった。

 黒のペンを使って書いていた。切手を貼った普通の封筒に入れて、人のいないときに自分で元の住所近くのポストに投函したらしい。

「隠してたところ、何書いたんだ」

絵沢えさわ家のヒミツを」

「悪の秘密結社だったんだな」

「そのうち仲間に加えてあげます」

「俺、お前の親父にすごく怪しまれてたんだけど」

 墓地ですれ違った。

 見ず知らずの男が自分の娘の墓にお供えして手を合わせてたら、心中穏やかではないだろう。

「まあまあ、気にしない気にしない。おとーさんも、私の隠れた人望に舌を巻いているはずです」

 無理やり連れ出したくせに何が人望だ。親の顔がみてーよ。あ、見たばかりか。

 カモフラージュ用のスマホを持つ手が冷える。

 ホットコーヒーでも買おうか……と思ったそのとき、沢山の鈴が鳴った。後ろから近づいてくる。

「あ。そこだと危ない」

 振り返るより早く、ナギーに突き飛ばされた。

 俺の体は宙を舞う間もなく、商店の前にある高さ五メートルはありそうな常緑樹に肩から激突した。線香の残りが歩道にぶちまけられた後、木の枝葉に積もっていた雪がどさっと俺に降りかかった。

 ダメージのせいで脱出が遅れた。足掻あがく俺の前を、ぎょっとした顔の通行人たちが足早に通り過ぎてゆく。

「くそ、俺を墓に入れる気かよ」

 どうにか脱出した。

 ベルを鳴らし雪道を疾走する危険な自転車集団は、とっくに走り去ったらしい。

 ナギーは俺に背を向けて、小走りでここを通り過ぎてゆくカップルを見送っている。

「まったく、やりすぎなんだよ。少しは悪いと思えよな」

「ん? あ~、ごめん。私と最初に会ったときと同じだと思ってた。すり抜けるんだよね」

 何だそりゃ。俺が通行人や車をすり抜けるわけがないだろう。

 わけのわからないことを言ったナギーは、歩道の先を見つめている。

「はぁ~、何やってんだか」

 大きなため息が出た。

 少し引っ張るぐらいでいいのに。

「ほらほら、今日はパパも待ってるから、早くおうちに戻ろうね」

 ふと前を見ると、二十代後半ぐらいの女性が、三、四歳ぐらいの子供を小声でなだめていた。

 子供が素直にうなずくと、母親は幼子おさなごの手を引いて道を歩いていった。去り際に一回、子供が振り返ってこちらを見ていた。

 背後を見る。

 ショーウインドウに、大きなケーキが陳列されていた。

 イチゴが輪をなして生クリームの上に並んでいて、それが二段になっている。ショートの隣のビターチョコレートケーキも、美味そうだ。奥からはモンブランも誘惑してくる。子供でなくとも、これは目を奪われる。そこの抹茶ケーキ、今日は見逃してやろう。

「あそこね。マサヒロー、用事があるから、ちょっとそこで待っててねー。ウェディングケーキ買っといてくれてもいいよー」

 誰が買ってやるものか。そんな金は無い。大体、何でクリスマスケーキじゃないんだ。

 無茶な要求を出しっぱなしにして、ナギーは歩道を歩いて行った。

 まあいいか。とにかく道具を片付けよう。スマホが壊れてなければいいが。

 激突した木が目に入った。

 クリスマスツリーだった。結構デカい。

 ところで、ナギーは何しに行ったんだろう。誰かと話しているみたいだが……。立て看板が邪魔で、よく見えない。

 通行人の数は減っている。今こちらの歩道にいるのは、ナギーとその話し相手だけだ。

 しばらくしてから、ナギーが俺のところに歩いてきた。

「お待たせー」

 そう言いながら、手にしている丸まった布切れを広げる。長い。ニーソックスか。どこに隠し持っていたのやら。

 その場でブーツを片方脱ぎ、靴下を片方脱ぎ、持っていたニーソを穿きながら、ナギーが言った。

「ちょっと早いけど貰っておいたから」

「何を?」

「プレゼント。あの人から」

 何頭ものトナカイにつながれたソリに向かって歩く爺さんが見える。雪に良く似合う長く白いヒゲ。上下ともに赤い服と赤い帽子。ああ、これか。

 有名すぎる冬の都市伝説、サンタクロース。元々の名前は、聖ニコラウス。あの爺さんは、世界中にたくさんいる聖ニコラウスの分身の中の一人だ。オランダでは『シンタクラース』と呼ばれ、海運の守護聖人ともみなされているらしい。

 航海の無事を祈る人々が生み出した霊的存在。人数こそ少ないが、ナギーも同じだった。

「でも、何かおかしいよな。あの爺さんはよい子のところにしか来ないはずなのに」

「私は優良児そのものじゃない」

 横を向いて左ひざを高く上げたまま、ナギーが答える。フトモモが見えたような、見えないような。

「いや、それは無い。弱みを握ったか、拳で脅したか……。意表を突いて、色仕掛けという線も……これはもっと無いか」

「失敬な。最高の脚線美を見せてあげてるのに」

「寒いから長いのにするだけだろ。ブーツには似合わないぞ。それで、靴下の中身は?」

「それ。う~、クツ脱いでまた履くのめんどくさい~」

 何もない空間を指差している。

「何も無いんだが」

「よく見て。指」

 指?

「あ、これか」

 いつの間にか、俺の左手に指輪がまっている。鮮やかな色合いの、赤い指輪。

「これは悪くないな。男が指輪もらうのはちょっと変な気もするけれど……。俺がもらっていいの?」

「うん」

 爺さんが手綱を取り、トナカイたちは大きな袋を積んだソリをいて空を駆け、去っていった。

「ところで、何で小指に? 薬指か中指じゃないのか」

 嵌めなおそうとしたが、外れない。

「それが都市伝説だから」

「何の」

「赤い糸の」

 糸? 糸。伸びている。指輪から。ナギーのミサンガも復活している。

「さて、これであなたも十二、三年すれば自分で力が使えるように……」

 クスクスと、ナギーがやけに嬉しそうに笑っている。屈託のなさが糸から伝わる。糸の近くを通過した雪が、雨に変わった。

「力? サンタから霊能力ってのも変だから……魔力だ。魔力が込められた、魔法の指輪だな」

「う~ん、惜しい。魔法の指輪だけど、都市伝説力です」

「同じようなものだろ。ところで、何で十何年もかかるんだ。クリスマスプレゼントだろ? 今日か明日にでも、奇跡を見せてくれるんじゃないのか」

「この都市伝説はそういうものですから、ガマンしましょう。二十五歳ってのもあるらしいけど、これは弱そうかなあ。基本は、三十歳で一人前」

 嫌な予感がする。

「魔法の指輪……なんだよな……」

「そうです。えーと、確か勇者様にはなりたくないと」

 そんな会話をいつか、どこかでしたような……。

「ああ……」

「家宅捜索しても、過去に彼女がいた痕跡は皆無」

「その通りだ……つまり……」

「そう、『魔法使い』になってもらいます。都市伝説『魔法使い』。これで一緒に都市伝説やれるね」

「やっぱりそれかよ!」

 魔法使い! 三十歳まで純潔を保った男がなるという、恐怖の伝説! そしてその伝説に俺を導く力――リアル異性との縁を断つ力が、甦って今ここに!

 うっ!

 突然、おどろおどろしい気配を伴って、寒気が俺を襲った。これは雪と風の冷たさによるものじゃない。

 感じる。これは――クリスマスツリーに込められた数多あまたの怨念! 孤独の嘆き、破局の悲しみ、嫉妬の苦しみ、失意の痛み、底なしの哀愁!

 ツリーの方向に振り向いた。

 きらびやかな飾りをつけたモミの木が、少し俺の方に傾いた。俺の足には黒い霧が絡まっていて、動けない。

 ――いや、待ってくれ。お前たちはひどい勘違いをしている。あいつは生身じゃない。三次元じゃなくて四次元の存在なんだ。それに、この指輪は婚約指輪でもなく結婚指輪でもなくて、モテなくなる呪いだ。俺は魔法使い確定なんだぞ。こんなの嬉しいとは……。

「もうちょっと待ってねー」

 右のつま先にニーソをかぶせつつ、ナギーが言った。まくれたスカートの裾が際どい。横からの笑顔が結構カワ……。

 ツリーの傾斜が大きくなった。

 お前ら……そこまで飢えてるのか。

 ――さらに傾きが急になった。

「あ、そーだ。ねえ、私からのご褒美って、唇にキスでよかったんだよね?」

 今言うな! 駄目だ、もう止まらない!

 ツリーの飾りが激しく音を鳴らしたと同時に、視界が二度白くなった。最初のは路上の雪。次のは、垣間かいま見えたあっちの世界。

「もう、うるさいなあ。んー? あれー? マサヒロー。大丈夫ー?」

 ひとりツリーの下敷きになった俺は、その声を聞きながら意識を失った。


 後に、俺はある都市伝説を聞くことになる。

 その伝説レジェンドの名は、『クリスマスイブに自分の線香を用意して、ツリーを道連れに憤死した男』。


 新しい伝説が生まれた――。

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