船倉
不審者。
今の俺のことだ。
あたりをしきりに警戒しながら車と車の間を歩くこの姿は、車上荒らしのようだ。武器と封印用アイテムが『サイキックハンマー』や『魔鍵の小箱』みたいなものじゃなくてよかった。
「いないみたいね」
二人でフェリー内の駐車場を歩いている。俺は車の間と通路を進み、ナギーは車の中を突っ切って進む。
積み込みは終了したらしく、車のエンジン音は聞こえない。ドライバーの姿も見えない。出港の時が近づいている。
「トラックの屋根の上が怪しいな」
トラックの数は結構多く、荷台部分の壁で視界が遮られる。俺は修行を始めてからまだ日が浅く、霊感だけで幽霊の所在を探ることに不安が残る。
「車の上にいるのは幽霊じゃなくて都市伝説ね。走ってるときに屋根からひょっこり窓を覗いたり、乗用車のボンネットに飛び移ったり」
「違いが分かりにくいな」
「霊魂と都市伝説力の比率のモンダイです」
「とにかく見ておいてくれ」
「うん」
ナギーがジャンプしてトラックの屋根に乗り、手をかざして見回す。
照明に白い霊光が加わり、駐車場は明るい。霊光は一台の四トントラックに積まれている大型の注連縄から出ているものだ。
「いるかー?」
「いないよー。おや?」
「どうしたー」
「駐輪スペースに誰かいるー」
駐輪スペース? バイクで事故った奴か?
札の用意をする。盾となる護符はダウンジャケットの左ポケットに。飛び道具の呪符は左内ポケットに。封印用の札は右ポケットだ。右内ポケットにはカンペと天満神社のお守りが入っている。
ダウンジャケットの上から左手でお守りを抑えつつ、駐輪スペース目指して歩く。頭の中では呪文の復習だ。ミッチー頼む。苦しいときの神頼み。
駐輪スペースにたどり着いた。
バイクが並んでいるが、そこには誰もいない。いるのは自転車のそばだ。こちらに背中を向けて、二人が座っている。小柄な少年と、金髪の男だ。
「チョットシタ見物ノツモリダッタノニ……」
少年は防寒具を着ていない。今は十二月の半ばなのに、身につけている服は秋物に見える。少年の反対側が透けて見えるほどに薄い生地だが、秋物だ。
「オイオイ、見テルダケジャツマンネーダロォー」
金髪の男はウェットスーツを着ている。このスーツは海水が素通りするだろうけれど、欠陥品ではない。傍らにサーフボードがある。
「ねー。何してるのー?」
ナギーが気さくに話しかける。いきなり攻撃したりはしない。ただの通りすがりかもしれないからだ。
「別ニ何モ」
少年が顔だけナギーの方を向いて答えた。横顔を見ると中学生ぐらいに思える。隣の金髪男は二十代前半か。
ナギーが質問を続ける。
「旅行中?」
「同ジコト何度モ聞カナイデヨ」
この少年とナギーは初対面だ。
「あ、ごめんね。それであの話なんだけど、考えてくれたかな。やめてもらってもいいんだけど」
鎌をかけた。
「ウウン、ヤルヨ。後デ手伝ウヨ。台風ノ波ヲ見ルヨリ面白ソウ」
「壱ノ焔、梏ノ理ヲ以テ彼ノ者ヲ符二――」
俺はポケットから取り出した札を少年にかざし、呪文を唱えた。札から生じた緑の炎が分かれ、二つの輪を形作る。
「エ? ナニ?」
「危ない遊びはやめとけよ」
炎の輪が少年の手首をそれぞれ捕らえた。二つの輪はそれから互いに引き付け合い、手錠のような形状になってつながった。
「ケイサ……チョット、僕マダ何モ悪イコト――」
「話は後で聞くよ」
札を押し付けると、バシュッと音を立てて霊が吸い込まれた。成功だ。
「ごめんねー。ほんとにごめん」
ナギーが繰り返し謝った。魔性の女だな。
「イキナリ何シヤガル!」
金髪の男が勢いよく立ち上がった。
「俺ハヤラレネーゼ!」
サーフボードを両手で掴み、振り上げる。わかりやすい動きだ。
「頼む」
「さがって」
ナギーの拳が板を砕いた。霊気の破片が飛び散って、消えた。
「ナッ! 乗レナクナルジャネーカッ」
じゃあ大事に使えよ。
「さっきの子は友達か?」
「チョット前ニ会ッタダケダ!」
「こいつは知ってるか?」
ナギーを指差す。
「誰ダヨ」
演技ではなさそうだ。
「そうか。なら手荒なことはしないから、降りてくれ。この船は温泉地行きだ。サーファーが行くとこじゃないだろ?」
「温泉? チッ。乗リ間違エタカ……。ワカッタヨ」
意外と話が分かるな。
男の霊が歩き出した。バイクの方に。
「それ、自分の?」
俺が尋ねた。
サーフボードと違って、バイクからは霊気を感じない。見た目の質感からも、実物に思えた。幽霊がバイクに乗ってやってきたのだろうか。
男はバイクにまたがり、鍵穴に指を突っ込んで右に左にと回している。
「アア? ボードノ代ワリニモラットクダケダゼ。ジャアナ、サツノ新米坊主!」
「それじゃバイク泥棒じゃないの!」
男がアクセルを吹かすと同時に、ナギーが発進した。飛び蹴りが背中に命中する。
「グオッ」
「弐ノ焔、桎ノ理ヲ以テ彼ノ者ヲ封ゼ――」
バイクを置き去りにして前方に吹っ飛んだ男に、緒のついた緑の火輪が襲い掛かる。
火輪が男の両足首を掴んだ。
男は床にすがりついて必死でこらえようとするが、抵抗空しく札に吸い寄せられ、引き摺られてくる。
「ウワワワワ。タッ、タスケ――」
吸い込まれた。
「こっちが悪霊みたいな技だね……」
「次は首なんだよな……」
見回り再開の前に、バイクのエンジンを切らなくてはならない。
ナギーが封印した霊の真似をして、鍵穴に指を突っ込んで何度も回す。
「難しい……。さっきの常習犯?」
自動二輪の内燃機関が停止する前に、汽笛が鳴った。
船の内燃機関からスクリューに力が伝わり、船体が動き出す。
出港だ。




