満潮
「ブツは送った。確認してくれ……。検索番号は……」
「それで中身は……」
「開けてからのお楽しみだ」
送った小包の中身は、ゲーム機本体、充電用アダプター、イヤフォン、ソフト二本だ。
ソフトの内訳は、落ちモノパズルが一本、法廷推理物が一本。後者はお子様には楽しめないかもしれないが。
「万一見つかったら、頭脳トレーニングと社会勉強です、と言うんだ」
「どうもですう」
スマートフォンを通して京都から届けられる声は、幼い。
「それでいくつか聞きたいことがある」
これは司法取引だ。送ったブツが司法関連だから、司法取引。決して闇取引ではない。
「何ですかあ」
「学業お守りを使うのはズルになるのかな。天満神社の、菅原道真のお守り」
爺さん浮遊霊が見えた日の夜、寝る前に鞄の中身を入れ替えようとしたら、お守りが底で赤い光と白い光を湛えていた。霊感が弱かったせいで、白い霊気は見えていなかったのだ。
これはひょっとすると、当たりを引いたのかもしれない。当たりなら薔薇色の未来だ。赤のは役に立ちそうにないから、白薔薇色だが。
「テストですかあ」
「ああ」
「ズルにはなりませんよう。効かないですからねえ」
「赤の伝説力だけじゃないんだけど。白い光も出てる」
「道真様って、阿仁女様の遠いご先祖様の時代の人ですからねえ。霊力があっても、今のテストにはご利益はありませんよう」
当たりだったとしても受験には役立たずか。白薔薇色の未来は白紙に戻った。
「それに御神体が『真面目に勉強しろ』って仰るんじゃないですかあ」
ゲーム機を要求してきた奴が学問絡みの御神体を代弁するな。
「修行に使うのは?」
大したことやっていないうちに霊感に目覚めたのは、お守りのご利益かもしれない。
「渡会流は陰陽道と神道の習合ですから、効きますねえ。流派や祭神が違うから、阿仁女様はいい顔なさらないでしょうけど」
「そうか、わかった。アニーには黙っていてくれ」
「はあい」
「次で最後だ。お守りから黒い気もちょっと出ているんだが……これ何?」
空いている手で軽く触る。指に、弱い電気が通ったような痺れが残った。
「黒い気? 怨念か邪気ですう」
「げっ」
慌ててお守りを触った側の手を何度も振った。痺れは消えた。
「神社は何て危ないものを売っているんだ……」
「道真様の怨念を鎮めるために祀っているんですよう」
「お守りに入ってるとこえーよ」
「入ってるの少しだけですよお。御神体も一緒なら何てことないですう。魂を細かく分けても、結構霊力ありますしい」
手の平に収まるお守りを眺め回す。
こんな小さい物の中にミッチー入ってんのか。神業だな。
「もういいですかあ」
「ああいいよ。どうもありがとう」
何でもありませえん、という赤靴の声がスマホからしていたが、構わず通話を終了させた。
さて、期末テストもあるし、あいつが出る大会とやらも近いし、忙しくなるな。
具体的な日程はどうなるか……。日帰りできるところかな。あ、会場の場所を聞くの忘れてた。まあいいか、後でネットで調べれば。誰かがネタっぽく話しているに違いない。
都市伝説大会なのだから。
簡易式の結界は、赤靴に電話した金曜日の夜、こちらに届いた。
それから金土日と時間を費やして、結界をきっちり張れるようになった。
予習と練習ありでこのペースだから、才能は……ないよな。霊感なかったし、霊力ないし。
指南書の指示に従い、結界はベッドのある自室に張っている。『リラックスして寝ている時間も利用することで、体がより霊波に馴染みやすくなります』という説明だった。α波かよ。脳波じゃねーか。
張るための道具はお札ではなく、注連縄。
神道が混ざった流派の対霊結界だから、これは正しい。正しいはずだ。
しかし、その中で寝ている俺の姿はどうなんだろう。
変死体の発見現場みたいだ。
もちろん俺が死体役。青緑色の霊気の壁は、死体を外部の目から隠すビニールテントを思わせる。床面に張られた霊気は、死体を包むビニールシート。どうやら、刑事物ドラマを見すぎてしまったようだ。
護符はすでに使えるようになっている。
アニーが実戦で使ったところを見たから、イメージしやすい。彼女と違って霊力が全然足りないので、その分ブツブツと呪文を唱えなければならないのは仕方がない。
呪文より面倒なのは、親への言い訳だ。
札については電話、動画、英語の発音練習、と誤魔化してきたが、これからどうしよう。注連縄が不自然すぎる。とりあえずクローゼットの奥にある服を出して干しておいたが、いつまでもこの手は使えない。完全引きこもり用アイテムこと、人払いの結界が届けばそれでいいのだが。
雨が降ったら、濡らした教科書とプリントを干して、乾かし中とでもしておこう。
月曜火曜と待ったが、引きこもり用アイテムは送られてこなかった。
その間に、護符と対霊結界の呪文を唱える速度が上がった。部屋を訪れる母親への反応も速くなった。霊能アイテムの訓練なのか、演技力の鍛錬なのか、時々わからなくなりつつある。
「パズルは隠したときにゲームオーバーになりますよう。ポーズをかけても再開したときにはわからなくなっちゃってますう……。RPGにチェンジできませんかあ」
などと文句を垂れる式神少女によれば、人払いの結界は水曜日の今夜に届くことになっている。
「赤靴が使いたいですう……。でも阿仁女様には効かないですう……」
自分自身をレベルアップさせる気のない少女には、ターン制バトルのRPGを送る約束をした。霊能力が実際に使えるのに、魔法バトルのゲームを楽しめるのだろうか。謎だ。
その後、荷物の到着を待つことにした。
これは一応、修行も兼ねている。部屋で正座してアイテムの霊気を探ることで、霊感を維持するのだ。
時刻は午後七時の数分前。十二月なので、すでに外は暗い。
五分経った。
いかん、足が痺れそうだ。だが無心を保たなくては……。
来た!
ふわふわしたような、温かいような、時折冷たいものが混じるような、奇妙な感覚。興奮からか、脈が少し速くなる。そんなに引きこもりたいのか俺は。
霊的な感覚をもたらす物体が近づいてくる。
配達員の足音はしない。まだエレベーターを降りていないのか。
脈がさらに速くなった。
興奮マックス!
早く来い!
来ればやったぜ、鬼も羨む引きこもり生活スタートォォォ!
……なわけがない。心臓の鼓動はいたって平静。左手首の脈だけが速い。左手首だけ。鮮血のような赤い気がまず小指に、それから手首にと、激しく流れ込んでくる。
正座をやめて、部屋を出た。
玄関のドアをゆっくりと開ける。
廊下の天井には、白い灯りが間隔を置いて並ぶ。
そのうちの一つ、我が家の玄関ドアから五メートルほど離れたところにある灯りに、長く赤い髪が照らされている。
動かない。夕陽が海に沈むことを拒んで、水平線上に踏みとどまっているかのようだ。
こちらに背を見せて俯いている少女が、向きを変えずに一歩踏み出した。
呼びかける。
「おかえりと言ったら?」
少女がびくっと身を振るわせた。それからゆっくりと振り返り、はにかんだ。
「えへへ。ただいま」




