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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第四章
32/44

水練

 注文の品は、祝日と土日が明けてからの月曜に届くことになっている。

 注文していない品は祝日の今日、俺の元に届けられた。

 届けたのは親。

 品物は学業成就・合格祈願のお守り。

 両親がお守りを買った場所は、神戸の観光名所・異人館の近くにある北野天満神社だ。京都にある北野天満宮と同じく、菅原道真を祀っているという。

 ミッチー一人で祈願した受験生全員を相手にできるはずもない。祈願したのに不合格になった奴は沢山いるだろう。それは親も当然わかっていて、狙いは俺にプレッシャーを与えることだ。模試の結果など見せるんじゃなかった。

 ちなみに、お守り購入は異人館見物のついで、異人館見物は美術館へ行ったついでとのことだ。目当ての展示は、『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』なんて言葉がよく似合う、欧州の王室関連の調度品と装飾品。今日は勤労感謝の日、何かが間違っていると思う。

 夜は寝つけなかった。

 部屋の照明を消しても、机の上でお守りが非常灯のごとく赤々と光を出し続けたからだ。ご利益りやくなんて都市伝説です、ってわざわざ証明してどうする。

 鬱陶しいので、鞄の一番奥に放り込んでおいた。


 月曜日の夕方、写真集『ヨーロピアン・ロイヤル・コレクション』を暇つぶしに読んでいるときに、小包が届いた。

 お袋所有の写真集をリビングの棚に片付け、小包を自室に運ぶ。

 さあ、修行の開始だ。化け物が跳梁ちょうりょう跋扈ばっこする世界に、いつまでも丸腰でいたくはない。

 箱を開封し、さらに包装紙を破って、数十枚の札を取り出した。

 これとは別に速達で届いた分厚いA4用紙の束も用意する。こちらは指南書だ。

 さっそく一ページ目を読む。

『よくお読みになってから始めて下さい。まず、陰陽道に志す者が守るべき基本事項。これは細則百か条も含めて覚えておいて下さい』

 流し読みする。

『弟子たる者は、師たる者の教えに従い……』

『一心不乱に其の武を磨き、徳を高め……』

 一気に読み飛ばした。

 細則とやらが終わるところからスタートだ。

 なになに……。

『新しいソフトとゲーム本体を貸して下さい。阿仁女様には内緒で。赤靴』

『送り先は……』

 うーん。恩を売るメリットとバレたときのデメリット、どちらが大きいか……。よし、一番安いソフトを貸そう。本体は元々中古だから、取り上げられてもあまり痛くない。

 さて、これからが本番だ。兄弟子が守っていない基本事項は、気にせずともいいだろう。

 どれどれ。

『部屋を綺麗にお掃除しましょう』

 これ、化け物と戦うための修行だよな?

『部屋を清潔に保つことで、あなた自身の霊体を浄化された気に慣らせます。善い霊感を磨くには浄化された場所にいることが効果的です。霊具を用いるのはこの後です。急激に霊波を浴びて霊障が発生することを防がなくてはなりません。低い気圧に少しずつ慣れて高山病を予防するトレーニング方法と同じですわね。運気もアップしましてよ』

 何の運を上げるんだ。

 とにかく掃除をすることにした。どれぐらいやればいいのだろう。注意書きを見る。

『気持ちをこめて床を磨きましょう』

 カーペットだ。部屋に入ったこと忘れんな。

 机とベッドを動かし、気合を入れて掃除機をフルパワーで稼動させた。

 これだけで一日目が終わってしまった。


 二日目だ。

 学校から帰宅後、洗剤を使って窓をきっちり拭いた。机・電灯・クローゼットも掃除した。年末大掃除レベルでやっておけばいいだろう。

 さあ次だ。今度はまともそうなのを。

『お風呂で体を綺麗にしましょう』

 こんなので大丈夫なのか。もっとこう、凄いのがくるかと……。

『本格的になさりたいのなら、滝行が一番です。家庭でもできます。出力最大の冷たいシャワーで十五分以上打たれましょう。身が引き締まりますわ』

 さて、熱い風呂にでも入るか。


 試しに風呂で滝行の真似事をやってみた。

 一分持たなかった。

 寒い。

 十一月も終わりになる時期に、これはきつい。続けていたら死ぬ。マジで……。ああ、冷たい水で本当に死んだ奴がいるんだったな……。溺死だったか心臓麻痺だったか……。

 我慢しよう。

 冷水を頭から浴び続けた。

 今度は三分耐えた。


 熱い湯船からあがっても部屋で修行の続きだ。ぬるいことをしていては間に合わない。

『坐業を行います。結跏けっか趺坐ふざもよろしいですが、これはお坊様が使う法力を高めることが主眼です。陰陽道の入門レベルなら、正座がお勧めです。膝は開いていても構いません。静かに目を閉じ、呼吸を整え、無心を保つのです』

 それっぽくなってきた。

 さっそく実行だ。

 …………。

 ドアが開いた。

「雅弘ー、ご飯食べないのー? あら、どうしたの。学校で何かあったの?」

 お袋だ。

「何もないよ。落ち込んでるわけじゃないって」

「そう。……悪いことしたんじゃないわよね?」

「反省でもないよ」

「そうなの。……成績は反省してもらってもいいのよ?」

 嫌味を言い残して、お袋は去った。

 精神の均衡を保つことはなかなか難しい。

 厳しい修行だ。


 三日目。

 滝行(たきぎょうは早くも十分じゅっぷんを超えた。

 自分の才能が怖い。水道代はもっと怖い。何より、意識が一瞬飛んだのが一番怖い。早く霊感に目覚めなくては。風呂場では『寝るなっ! 寝ると死ぬぞ!』と言ってくれる人はいないのだ。

 滝行の後は、呪文の予習だ。

 肝心なときに噛みまくったらカッコ悪い。ピシッと決めたい。

 どんなのがあるかな……。

『壱ノ焔、弩ノ理ヲ以テ彼ノ者ヲ天ニ――』

『弐ノ焔、弋ノ理ヲ以テ彼ノ者ヲ封ゼ――』

『終ノ焔、浄ノ理を以テ、穢、払ヒタマヘ――』

 ピシッと固まった。

 読めない。

 『弋』と『穢』が謎だ。他のページを見ても、難読漢字が結構な割合で存在している。『弩』は超ド級の『ド』でいいのだろうか。『焔』も怪しい。『エン』と読むのは多分間違っている。

 一つずつ漢和辞典かネットで調べるか? 漢和辞典は家にあるけれど、時間がかかるな……。よし、電話しよう。

 七、八回かけ直して、やっとつながった。

「はい、渡会わたらいですう」

 赤靴の声だ。

「久坂だけどアニーは?」

「クサカ……。ゲームのうちのお兄さんですかあ? ご用件は何でしょう」

 呪文の読み方を教えてくれるように頼む。フリガナをつけたものをもらいたい、と注文した。

「ゲームよろしくですう」

の言葉を最後に、通話がいったん切れた。

 しばらくしてから、赤靴から折り返しの連絡がきた。

「赤靴ですう。阿仁女様からの言伝ことづてです。『このクソ忙しいのにそんなことでかけてこないで欲しいものですわあああっ! ご自分で調べるがいいですわあっ! 渡会流の修行は甘いものじゃございませんっ!』と、これをオブラートに包んでお伝えするように言い付けられてますう」

「……ああ、そうなのか。どうもありがとう。邪魔してすまなかったと伝えてくれ。それじゃ」

 ストレートで正確な伝言に感謝して、通話を終了させる。切る寸前に、オブラートって何ですかあ、という声が漏れていた。

 仕方ない。自分で調べよう。

 ノートに読み方がわからない漢字を書き出してゆく。

 次の箇所に当たった。


『これは明経道に属するものですが、関連事項ですので記載します。よくご理解下さい。

 《切るが如く、るが如く、つが如く、磨くが如し》。

 陰陽のことわりを記した易経えききょうと肩を並べる古典、詩経の一節です。

 孔子様の弟子によって引用され、論語にも記されました。

 真意は、精神を磨くこと、己の内面を磨くことです。転じて、他者とともに向上してゆくことも意味します。

 筋力や知力では、呪符や護符を使うことはできません。雑念を払い、精神力を高めるのです』


 ……思いっきり知力を使わされているんだが。

 まあいいか。とりあえず理を『ことわり』と読むことはわかった。他の箇所にもフリガナつけといてくれればいいのに。

 修行三日目は、漢字のリストアップで終わってしまった。


 四日目の朝、師匠に当たる少女からメールが届いていた。

 気が変わってフリガナつきの呪文を送ることになったのかと期待したが、違っていた。やはり、そこまで甘くない。



  前略 久坂雅弘 様


   あなたにお知らせすべきことがあります。

   ナギーのことについて、占筮で卦を立てました。

  『当たるも八卦、当たらぬも八卦』の『卦』です。

   これは陰陽の概念を用いて事象を推測するものです。

   もちろん、わたくしのは当たる側ですので誤解のないように。渡会流をナメてはいけません。

   結果は『火沢?(かたくけい)』の四爻。『?が損に之く』の象。

   爻辞――おみくじの文章のようなものです――は、

  『?きて孤なり。元夫に遇い、こもごも孚あり。厲うけれども咎なし』。

   卦の形は、上に火があり下に沢、すなわち水気がある、ということを示しています。

   分離や相克、不和を意味します。

   卦の補足文では『二女同居して、その志は行を同じくせず』。

   注意を要します。

   糸を通してナギーの様子に異変を感じたら――元々変ですが――ご連絡下さい。


  草々 渡会阿仁女



 表示できていない文字がある。また難読漢字なんだろうか。

 おみくじの文章部分も読みにくくて、意味がわからない。離婚した元夫のところにおしかけて修羅場、なのか? とにかく、良いことではなさそうだ。

 糸から異常は感じられなかったので、そのまま学校へ行く。

 授業中はコンパクト版の漢和辞典を使って内職だ。スマホでは教師に睨まれる。

 すごく(はかどった。なぜか疲れないし、適当にめくったページに目当ての項目が載っていたりする。教師から指名されることもなければ、他の生徒から話しかけられることもない。休み時間にもしていたので、午前中に終わった。

「おい、食堂行こうぜ」

 友人・木戸を昼食に誘う。

「ああ、そやな。ええんか?」

「何が」

「お前、むっちゃ声かけにくいフンイキ出とったで」

「仕事師の風格だな」

 俺はデキる男……でありたい。

「そんなんやなかったが……。まあ、ぼっちオーラやな」

「そんなもん出してねーよ」

 笑い合いながら食堂へ移動する。

「うどんシーズンやな」

「ああ」

 といっても、うどんは全シーズン対応の食べ物だ。

 春はかき揚げうどん、夏はザルうどん、秋は月見うどん、冬は鍋焼きうどん。正月には力うどん、合間にはカレーうどん。リリーフに、肉、きつね、ワカメ、とろろ、釜揚げ。さらには焼きうどんもあるので、隙はない。あるとすれば大晦日だけ。蕎麦もイケるが、カレーがローテーション入りしないのが問題だ。

 外は晴天、気温は少し寒いといったところ。まあまあのうどん日和だ。寒風吹きすさぶ、暗澹とした空であれば絶好の鍋焼きうどん日和だが、学食のメニューにはないので構わない。のんびりと飛んでいる、あの爺さん浮遊霊を吹き飛ばすほどの木枯らしは、今のところ必要ない。

「え?」

 爺さん?

 立ち止まってもう一度空を見たが、何もない。

 雲もない。

 風がないから、木の葉やゴミでもない。それでも、何か・・を感じる。熱、風、綿、静電気、水、湯気、これらを混ぜ合わせたようでいて、それらのいずれとも違うような、何ともいえない感覚だ。

「どした。まさか、UFO呼んどるんやないやろな。電波送信中か」

「受信中だ……」

「そっちかい」

 電波じゃなくて霊波だけどな。

 おっと、まずい。見えたのはいいが、学校で続けていると電波扱いされてしまう。

 電波扱い……。あいつも、生きているときに見えていたんだろうか。

 電波女として都市伝説になるほどの霊感。霊感少女も電波女も、現実世界の住人からすれば似たようなものだ。

「いつまで受信しとるんや。先に行くで」

「ああ、すぐ行く」

 霊感を強くする食い物って何だろうな、と思いつつ、友人の後を追った。

 今日はお袋の帰りが遅い。夕食のメニューは自分で決められる。

 鍋焼きうどんは夜に食おう。

 十五分の滝行の後だ。

引用・参考文献

「中国の思想[Ⅶ] 易経」 徳間書店 訳:丸山松幸 監修:松枝茂夫、竹内好 


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