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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第四章
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航跡

 論理的思考と日常を中断するために、堂々と、突然に、それは現れた。

 数学のノートの見開き一面に横書きで記された、三つの文字。

 なぎー。

 最後の横棒の位置が妙に高い。思わず本名を書きかけて、慌ててやめたに違いない。二ページも使ったくせに、書き損じるんじゃねえよ。

 赤毛の幽霊少女の筆跡による文字はそれだけで、次のページからは俺の筆跡による文字列に復帰する。数式は無い。


『伝説専用』

『オレの負担ばかり大きくてワリに合わない』

『メモで十分、ノートは大げさ』

『オレはまともな学校生活を送れるんだろうな?』

『やっかいごと?』

『そんなの本当にあるのか?』

『一■■■■っ』

『すわれ。前が見えない。読めるか?』

『早いな。そんな時間あったのか』

『歩く人体模型は』

『教材を壊すなよ』

『十三段の階段』

『校庭を走る二宮金次郎像 ここには像ないから無し?』

『おい、二つだ』

『やっぱり七つめはお前だろ』

『まず六つめをきいておこう。便器から出てくる手。これは?』

『それは別物だ。トイレには二つある』

『一番有名なやつ トイレの花子さん』

『とどめって一体何を?』

『うむ、これで結論が出た。都市伝説ナギーは新種の邪悪な妖怪と。俺の命運は尽きた』

『ビミョー』


 確かに微妙な内容だ。何が思い出のノートだ。

 続きがあるので読む。これはあくまで確認だ。どこから数式を書き込めるかどうかの。


『べつにないな』

『じゃー3サイズは?』

『国民には知る権利がある』

『92、56、しまった、私文書偽造に加担してしまった』

『では次に体重を』

『ご冗談を』

『推定80Kg』

『SOS』

『119』


 さらに続きを読む。

 これもやっぱり確認だ。確認しなくてはならないんだ、うん。


『三年目ぐらいだろ』

『教育実習おわってから』

『それはない』

『その話を持ち出すな』

『また自称かよ』

『ハイハイ』


『わからん。おまえは?』

『ちがってたじゃねーか』

『それはディケンズだ。シェークスピアは劇作家だ。書いてあるぞ』

『そのロミオは遠慮します』

『ジュリエットが全員なぎ倒しそうだから』

『静かにやれよな』

『なぜ女王が』

『白雪姫がまざってる』

『ハイホーハイホーうるせー』


 さらに確認だ。

 浸ってたまるか。俺は前向きに生きるべきなんだ、前向きに。


『厚着しすぎた』

『それもいいな』

『バニラ。スタンダードに限る』

『嫌なことを聞くな』

『誰がもらうか』

『うむ、そこまでいうならもらってやろう』

『楽しみにお待ちいたしますので、何とぞよろしくお願いいたします。以後気をつけます』

『まて、どこで手に入れるんだ』

『俺が?』

『誤解を招く』

『今からかよ。三ヶ月もあるぞ』


 ここで終わって、いや、中断して……どっちだ。どっちなんだ?

 ぼんやり考えているうちに、水曜日の四時間目、数学の授業が終わった。

 その後の休憩時間や授業のときにも、ぼんやりと考える。

 あいつがいなくなってから、どれだけ経ったのだろう。

 『伝説専用』が九月末、白雪姫が十月末、最初のサインが十一月の最初の頃だ。最後に書かれた最初のサインから、二週間と少し経っている。ん? 最後に書かれた最初のサインって変だな。ああ、サインを前に置いたのは、続きを書けるようにするためかもしれないな。帰りに新しいノート買っとくか。数学専用のを。

 終業後、鞄の中へ無造作に教科書を突っ込むと、中で一枚の紙がしわくちゃに押しつぶされた。

 引き出してみれば、全国模試の結果。

 英都大学法学部、D判定。ほぼ絶望的。そこから下はBからCの判定が続いて、最後に東淀川大学のA判定。

 冴えない。

 教室を出て階段を下りていると、上からあわただしい駆け足の音が近づいてきた。学生鞄に加え、光沢を放つ黒い鞄も持った二人の男子生徒が、俺を追い抜いた。

 鞄以上に彼らの短すぎる頭髪が、その所属を物語る。地区予選で早々に惨敗を喫し、長い夏を過ごした野球部は、めげることなく練習に励む。目指す頂にある物は、全国高校野球選手権大会、深紅の優勝旗。

 留年しなければ、夏の大会は最大三回まで。あいつのは……一回限りだろうな。ナギー本人や陰陽師アニーの語り口からみて、エントリー失敗ならすぐに成仏、ということになりそうだ。

 靴に履き替え、校門を出て、歩く。

 十字路に差し掛かった。

 道路は綺麗に直っている。

 作業員達によって歩道に嵌めこまれた石は、白く整然と平面を構成する。鮮やかな色合いをなすその長方形の周囲では、くすんだ多くの敷石が遠い補修の日を待っている。行儀はいささか悪く、列はところどころ乱れ、枯れ草に割り込まれている。いずれは補修部分も削られて、色褪せて、他の部分と見分けがつかなくなるだろう。幽霊少女出現の証拠は、そのときに消える。

 十字路を右に曲がった。

 少し歩いて、コンビニに入る。そこで一時間近く雑誌を立ち読みして、ノートを買った。

 店の外に出ると、夕焼けが眩しい。

 あいつに初めて会ったときの夕焼けよりも、赤い。

 最後の審判、開始十分前とでもいうのだろうか。周囲では生ける者も死せる者もみな努力しているのに、それでも怠惰に過ごす者へ、神様が鉄槌を下すのだ。いや、使徒をつかわして、横殴りに鉄槌を振るうのだ。そして十字架ならぬ十字路にはりつけにして、脇腹を刺す。前のが予行演習で、これからのが本番――。

 悔い改めることにしよう。

 ――すごく怪しい神様ですが、もっと気合入れて使徒に協力するので、お許しください――。

 そう、これは懺悔だ。懺悔。

 間違っても感傷のせいではない。決して。

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