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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第三章
25/44

引潮

 祭りの後に残るもの。

 冷めやらぬ興奮、風情、余韻、喪失感、虚脱感……これらは客へのお土産。

 開催者の側に残るのは、ゴミだ。

 俺は同級生のいなくなった教室に残り、すでに満員御礼のゴミ箱に紙くずを押し込みながら、体育館から教室に戻ったときのことを回想する。

『トイレ長すぎやないかなあ、く・さ・か・くぅ~ん?』

『友情に厚い俺らが代わりに片付けてやったんや。だから残りは俺らの分もお前がやるべきやと。そう思わんか』

『取引に応じるか、雑巾と謎のエキスのスペシャルハーモニー・ブレンドスメルをゴッドハンド・フェイスマッサージで味わうか。選択肢は二つに一つや』

 嗚呼、生ゴミの如くかぐわしき友情。焼却炉の炎に放り込むべき熱い想いが伝わってくるよ。くそ。

「机はこれで元通りね」

 教卓にセロテープで貼り付けられている座席表を確認して、ナギーが作業完了を知らせてきた。

「見られていないだろうな」

「ドア閉まってるよ」

 そのドアが開いた。二人の生徒が教室に入ってくる。

「あれー、もう片付いてるー」

 クラスの副委員長を務める女子生徒が驚く。

「早いなあ。ああ、ゴミ箱のもこれに入れといてな、久坂君」

 クラス委員長を務める男子生徒が大きなポリ袋を差し出してきたので、受け取った。

 これで四袋目だ。三袋目はすでにゴミがパンパンに詰め込まれており、その口も縛られて、金属製のゴミ箱の隣に置かれている。

 教室のちょうど中央にある席を使って、彼ら二人が金とチケットの勘定を始めた。収支報告書を作るためだ。

 俺はゴミ箱を抱えて、渡された袋にゴミを一気に移す作業に入る。袋の口はナギーが広げている。

「わー、すごーい。器用ー」

 まずい、見られてた。

「えーと、袋の口の広げ方にコツがあるんだ。しわを伸ばす部位と縮める部位の配分を絶妙にコントロールすれば、出来る技だ」

「へー」

 感心する女子生徒。

「ぷっ」

 失笑する我が相棒。

 その口も縛ってやろうか、と思いつつ、ゴミ袋の口を縛る。

「これもゴミ捨て場にもってけばいいんだよな。それから、俺はこのまま帰るから、後はよろしく」

「ありがとさん」

「じゃあな」

 クラス委員長に別れを告げて教室を出た。

 鞄を肩から提げて、二つのゴミ袋を左右の手に一つずつ持つ。ペットボトルでかさばっているから大きさの割りに袋は軽いだろう、と思っていたのだが、実際には意外と重い。一袋目と二袋目の運搬には苦労した。

 ゆっくり歩いていると突然、左のゴミ袋が軽くなった。

「私も持ってあげましょう」

「無理するなよ。お前も机動かしてただろ」

「苦労も分かち合わなくては、いい思い出になりません。気にしなくていーよ。あ、どうせなら二人いい雰囲気になったということで、この際、私に告白してしまいましょう」

「告発なら考えておく」

「美しさは罪なのね……。思わせぶりな態度でかわして、男の子をヤキモキさせたまま去っていく罪作りな美少女。あ、これなら伝説っぽく仕上がるね。風とともに去りぬ。主演、スカーレット・ナギー」

 ナギーの緋色の髪が、涼やかな風になびいた。

 校舎の外に出ていた。

「オーケー出さないこと前提で催促すんな。雰囲気もクソもないな」

「えー、イベントの後の学校で二人っきりなんだよー。溢れるほどのムードが……ないね」

 ゴミ捨て場に到着していた。

 溢れているのは廃棄物だ。立ち込めるのは雰囲気ではなく、悪臭。

「じゃあ教室に戻って……でも、あの二人がいい雰囲気になって、ずっと残ってたらどうしよう」

 クラス委員の二人のことらしい。あの二人がデキているのかどうかは知らない。

 俺がポリ袋の山にさらに二袋を積み重ねている間にも、ナギーは思案を続ける。

「屋上にしようかな」

「鍵がかかってる。俺が入れない」

 話しながら移動する。

「それならプールサイド」

「それも鍵が」

 下駄箱の前にまで来た。

「よじ登ればいいじゃない」

「帰りは? ハートブレイク状態にして金網をよじ登らせる気か。いい思い出じゃなくて悪夢だ」

 上履きから靴に履き替えた。

「それもそうね。残念」

「わけのわからん上に無理がある計画はあきらめろ」

 校門を通り抜け、校外に出た。

 しばらく歩いてから、ナギーが俺の左手を取って言う。

「ここでやりましょう」

 十字路に来た。最初に会った場所だ。

「まだやる気だったのか」

「学校じゃないし、告白もしたくなさそうだから、別のにします」

「別のって」

「約束してもらいます。私のことをずっと忘れないで、憶えていてくれるって」

 忘れるとは思えない。

 ここには、ナギー出没の証拠ともいえる穴が残っている。拳で作られた三つの陥没孔には盛り土がしてあったが、雨が降ったときにいくらか流されていて、今はわずかな窪みといったところだ。

「その約束はいいけど、今すんの?」

「一ヶ月帰ってこないって言ったでしょ。それに見つかったら二度と戻らないかも……」

「どういうことだ」

「遠くへ……、すぐに遠征するの。拠点もすぐに変更。時間ないから」

「ふーん……」

「じゃあはい、これね」

 左手の小指を絡めてきた。

「ちょっとガキっぽいな。まあ、魂を抜くような契約書じゃなくてよかった」

「もう、ふざけてないでちゃんと気持ちを込めて。はい、ゆーびきーりげーんまーん……」

 目を閉じて、無邪気に歌い出した。付き合ってやるか。

「うーそつーいたーら……」

 俺とナギーの小指が、赤く光り出した。待てよ、これは確か最後に……。

「待て、異議ありっ。クーリングオフだっ」

 指が外れない。

「はーりせーんぼーんのーますっ。ゆーびきったっ、と」

「ぐおっ」

 やっぱりかっ!

 鮮血、鮮血、鮮血。現在進行形で道路に流れ落ちているのは、俺の血液。切り裂かれるような痛み、じゃなくて切り裂かれた後の痛みが、左手を支配する。

「あ、あれ? どうしたの」

「とぼけるな……。二回も誤魔化せると思うなよ……」

 右手で左手の傷口を押さえる。両手が血まみれだ。

 指を外したナギーが俺の手に顔を近づけて、血の噴出箇所をじっと見つめる。

「ひょっとして、千切れちゃったとか」

 本気で気まずそうな顔をしているところを見ると、わざとではないようだ。しかし、それで許せるダメージじゃない。

「ひょっとしなくても千切れてる」

 傷口から先の感覚が全くない。右手を外したら、おそらく地面に落ちる。皮一枚でつながっているかもしれないが。

「その、こういうときのための技があります」

「あの黒い血の技か。それでいいからやってくれ」

 ナギーが、血色を失った俺の左小指に、右人差し指を挿し入れる。

 この技なら治るはず。死にかけの状態から治るぐらいだ。小指ぐらいならすぐに元通りだ。

「都市伝説『汎用性瀉血はんようせいしゃけつ』!」

 一ヶ月以上前に見た、あの黒い血が傷口から少しずつ流れる。

「『悪い血』があまり溜まってない……。効き目が弱いかなあ」

 それでも痛みが消えた。

 右手を外しても、赤い血が流れない。指はきっちりつながっている。ただし、感覚がないのと血の気がないのは、相変わらずだ。

「完治してないな」

「それならもう一回。『汎用性瀉血』!」

 今度は黒い血が全く出ない。状態は変わらない。

「もう一度。『汎用性瀉血』!」

 やはり変わらない。

「『汎用性瀉血』!」

 治らない。

「おい」

「え、えーと、その、多分『瀉血しゃけつ』の正しい使い方だから、効かないみたい」

「何だって? 正しい使い方だと駄目?」

「正しいと都市伝説じゃないから。うーん、このままだと壊死えしして腐るんじゃないかな。そこから毒素が全身に回ってショック死なんてことも……くっつけない方がよかったかも」

 ふざけんな。

「よし、殴る。カワイイ女の子であっても殴りたい、殴りたい、殴りたいって念じれば……」

「待って待って! 人でないからといって女の子を殴るのも、人の道から外れてます! ちょっと待ってて」

「どうするんだよ」

 病院へ行ったほうが早いかもしれない。ただ、怪我をした理由や指の状態を医者にどう説明したらいいのか、分からない。

「都市伝説力を血液代わりにしましょう」

「そんなもん体に突っ込むのはちょっと」

「前やったでしょ。A型のを」

 そういえば、そんなことがあった気もする。

「そうだったな。それで治るんならいいか。今度は同じやつで頼む。Bだ」

「Bね。同じのでも、実際には流れてないから出来るでしょう。都市伝説『血液型別性格判断』! 『マイペースな貴方の体には、B型の血液が流れています』!」

 右人差し指を俺の左小指に挿し入れながら、ナギーが技の名を叫んだ。

「それだと『血液型別性格判断』じゃなくて『性格別血液型判断』……」

「やっぱり細かいな~。どっちでやっても同じことじゃない。O型にすればよかったかな」

 くだらないやり取りをしている間にも、指に赤い気が注ぎ込まれる。

 小指に感覚が戻ってきた。皮膚の色も元通りだ。

 動きにも支障がない。曲げることも、立てることも、きっちりできる。

「おお」

「輸血成功ね。そのうち本物の血と入れ替わるから、それで完治です」

 まだ完治じゃないのか。

「どれぐらいかかる」

「さあ。マイペースだし」

「お前の性格の話じゃない」

「小指の性格がそうなっちゃうんだから、ガマンして」

「そんなもんがあってたまるか」

「文句があるなら、自分の伝説を打ち立てましょう。『不死鳥の如く甦る男』とか、『血のかよった心温かい人』とか。都市伝説力の効き目が上がります。それまで輸血継続です」

 継続?

「継続って?」

「ほっといたら効果なくなるから」

 そうだ、思い出した。前のA型はすぐに効果が切れた。

「それだと、血液パックを置いて行くんだな」

「そんなものありません。『都市』伝説ですから、ライフラインです。これね」

 そのライフラインの状態を確認する。

 まず、ナギーの右人差し指の先から糸が出ている。その糸は長く伸びて、もう一方の端が俺の指に食い込んでいる。糸の色は赤。

「これ、ものすごく恥ずかしくてイタい、嫌なイメージが……」

 乙女チックすぎる。

「勘違いしないよーに。これはライフライン。ラ・イ・フ・ラ・イ・ン。運命線ではなく生命線です。嫌なら切るよ。小指の根元から」

 ろくな選択肢がない。

「ライフラインだ。生命線だ。そう思うことにする」

「うん、よろしい」

 ナギーは納得いったかのように頷いたが、俺はまだ納得し切れていない。

「長さはどこまで持つんだ?」

「材料があればどこまでも。今まで貯めた分があるから大丈夫だよ。もし切れそうだったら、アニーに頼んで。お供やってるちっちゃい子、赤靴って覚えてるよね? リングドクターらしいのよ」

 鼻血を止めるのとは違うと思うが……。小指が吹っ飛ぶ格闘技は、まずないだろう。

「他には……何かに引っかかることはないよな?」

「普通の物はすり抜けます。霊的なものでも、ライフラインを地中化すれば、だいじょーぶ。いざとなったら無線LANです。無線ライフライン・アプリケーション・ナギー。混線と盗伝が心配なら暗号化。合言葉パスワード決めとく?」

 電波の本領発揮か。こいつの頭の中で作られたウイルスが侵入してきそうだ。

「わけわからんし忘れそうだから、そこまでしなくていい。あとは……治ったらどうなるんだ」

「そのまま放っておいて。勝手に外れるでしょう、たぶん……」

「不安が残る言い方だな」

「気にしない、気にしない。さあ、帰りましょう。二人で最後の晩餐です」


 最後の晩餐のメニューは、葡萄ぶどうジュースと食パン一袋。

 歓送会ということで、奢らされた。まあ、五百円以内に収まるメニューでよかったというべきなのか。

 飲み物は一本ずつ、パンは俺が一枚の半分を取り、ナギーが残り全部を取る、という配分になった。不平等だが、文句を言うほどのものでもない。俺には、お袋が用意した夕食が別にあるのだから。

 ナギーは食後、丹念に情報工作の状況を確認してから、右手の指から出ている糸を使って編み物を始めた。

「このままだと邪魔だから。ミサンガに編んで、手首に巻きつけておきます。時間かかるから先に寝てていいよ」

 ミサンガというのは、組み紐で作られる腕輪のようなアクセサリーのことだ。今日の昼に、手芸部の展示で見た。全体の形状はただの輪っかなのだが、編み方は複雑で、作り上げるには手間がかかりそうな物だった。

「そうか、じゃあ頑張れよ。お休み」

「お休み」

 それが最後の会話になった。

 翌朝に起床したときには、ナギーの姿はすでになかった。

 机の上に二枚のメモが残されていた。

 数学のノートが重しになっている。

 一枚目のメモには、『緊急時の連絡先 渡会わたらい阿仁女あにめ』の文字と、携帯電話の番号。

 二枚目のメモには、『行ってきます』とだけ、書かれていた。


 都市伝説は去り、日常が戻った。

 もう間に合わないということで、情報工作の任務からは解放されている。左手の指に赤い糸がくっついていることを除けば、あの赤毛の少女に出会う前と同じ状況だ。

 朝食としてインスタントの味噌汁、漬物、目玉焼き、ご飯一杯をゆっくり食ってから、登校するために家を後にした。

 のんびりと歩く。

 十一月の朝ともなると、空気が冷たい。くすんだ色の落ち葉二枚が風に吹かれて転がり、歩道と擦れて、微かな響きを立てた。

 俺の指から伸びている糸も揺れている。長い糸は重力にしたがって垂れ下がり、アスファルトをすり抜けて地下に潜る。俺が移動すると、地下への出入り口も平行して移動した。

 十字路で、道路工事現場にぶつかった。ヘルメットを被った作業着姿の男達が、赤いコーンを幾つも歩道に並べている。

 その横を通る。

「おう、もう誰か転んどるで。顔面強打やな」

 男の一人が地面の血痕を見つけて、仕事仲間に言った。

 言われた仕事仲間が笑って答える。

「はよ直しといたらんとあかんな。犠牲者が増えてまうわ」

 応急処置から五週間ぐらい後に本工事というのは、仕事が早いのだろうか、それとも遅いのだろうか。その答えを考えながら、我がDNAが残る血塗られた現場を背にして歩く。

 学校に到着した。

 これからは特別な事件など起こらない、平凡な日常が続くのだろう。

 授業を受けている間、祭りの後のような気分に少しばかり浸った。もっとも、ぶっとい火筒を抱えて火花の雨を浴びたり、巨大な山車だしを引っ張って爆走させたり、巨木の丸太に馬乗りになって斜面を下ったりするような危険な祭りの後の気分であって、文化祭の余韻とは違っているのだが。

 文化祭の名残は、放課後に訪れた。

 もたらしたのは友人の一人、木戸だ。

「おい久坂ー。あれ、お前のことらしいんやが、ホンマか」

「『あれ』って何だ」

「『体育館の怪人』や。聞いてへんのか。いや、腫れ物には触らんということか……。授業中もちょっとブルーな感じやったしなあ」

 俺が怪人?

「何だ、その怪人って」

 怪人といえば、あの都市伝説探偵がまさにそれだが、俺とナギー以外には見えていなかった。

「うちのガッコにおった『オペラ座の怪人』や」

「オペラ座の……?」

「知らんのかい」

「知っとるわけないやろ。こいつが偉大なるゲイジュツを理解しとるわけあらへん。たまたまキャラが被っとるだけやな」

 近づいてきた別の友人、高杉が口を挟んだ。

「俺が教えるまで、お前も知らなかったやないか」

 高杉の後ろから来たさらに別の友人、伊藤がそれに突っ込む。

「思い出せなかっただけや」

「ほな聞くが、どこで覚えたんや」

「なんばグランド花月に決まっとる」

「そこは宝塚ネタで歌うところやろ……」

 この二人を無視して、木戸に尋ねる。

「で、怪人って」

「フランスに実際にある、むっちゃ豪華な劇場に昔、ある噂話があってな。幽霊が出る、地下迷宮に正体不明の人間が住んでる、みたいな感じのな。それをもとにした小説が『オペラ座の怪人』なんや」

 フランスの都市伝説なのか。

「ほう、で?」

「怪人は自分の姿を見せずに、ヒロインに歌のレッスンをするんや。この怪人、音楽がメチャできるんやな。そんでヒロインもどんどん歌がうまなって、スターダムにのし上がる」

「ほう」

 怪人扱いでも、別段悪いことではなさそうだ。

「まあ、シャンデリア落としたりと悪いこともやらかすんやが……」

 そういえば、あのイギリス風探偵は照明を壊してたな。あれの影響か。

「面白くなるのがここからや」

 高杉がニヤケ顔で言った。

「どう面白いんだよ」

「怪人はヒロインの美少女を地下迷宮に連れ去るんやが、その子は主人公の男爵だか子爵だかに惚れておって、結局振られてしまうんや。スターにしたっちゅーのに、助けに来た別の男の前でノーサンキュー。怪人は生まれつきエラい不細工で、そんで全然モテへん人生歩んできてたところに、追い打ちやな。まるでお前のような人生や……」

 違う。

 俺の人生とは違うはずだ。今までモテてないところまでは同じだけれど。

「人の不幸を面白がるな」

「お、肩入れするところを見ると、『体育館の怪人』はやっぱお前なんやな。目撃談もあるそうや」

「俺は怪人じゃないし、そもそもオペラ座と体育館は違うだろ」

 そう俺が文句を言うと、伊藤が喋り出した。

「まあそやな。オペラ座の怪人は真っ暗でもうまく動けたけど、体育館の怪人はマヌケや。告白する相手の名前も知らん上に、人違いして連れ出すんやからな。派手な企画立ててサプライズするつもりが、驚いたのは自分。そんで慌てて元のターゲットを見つけて公衆の面前で告白するも、泣いて断られる始末。最後はどん引きしまくりの周囲の空気にいたたまれなくなって逃げ出した、という話や。オペラ座の怪人より、ずっと痛いオチになっとる」

「哀れやな」

「実に哀れや」

「目も当てられへんな」

 こんな話にされて、哀れまれては堪らない。

「いや、だからそれは俺じゃない。誰かよく似た別の奴だ。俺にそんな度胸はねーよ……ハハハ」

「そんならお前、あれからどこ行っとったんや」

 木戸が尋ねてきた。

「トイレでくたばってた」

 適当にごまかす。

「ほな、体育館のは違うんか」

「ああ。俺みたいな体格の奴はどこにでもいるだろ。大体、喫茶で盛り上がってたのに体育館で告白とか、ありえねーよ」

「よお似とるらしいが……話し方も関西弁やなかったとか……」

 なおも疑っている木戸に、伊藤が話しかける。

「いや、久坂の言うことに嘘はないかもしれん。実を言うと俺、文化祭の記憶が途中ですっぽり抜けとる……。きっと俺らの偽者がおるんや……」

「いきなり何いうとるんや」

「俺を気絶させて入れ替わったんや」

「お前大丈夫か」

 うまい具合に話がそれてきた。

「そうや! 宇宙人がまた気よったんや! 間違いない!」

 唐突に高杉が叫んだ。

「宇宙人、ホンマにおったとは……」

 信じる伊藤。

「遠隔操作だけやない。恐るべき相手や」

 煽る高杉。

「んなアホな」

 疑う木戸。

「まだ疑うか。さてはお前もニセモノなんやな! 痕跡を隠すつもりやろうが、そうはいかん!」

「お前『も』って何や。『も』って。俺は本物や。木戸はともかく、俺と久坂は本物と偽者の二人ずつおるやろ。意識不明にして遠隔操作したのかもしれへんやないか」

 憑依されていた伊藤が、文句を言った。

「うむ、その通り」

 どちらも本物が一人ずつしかいないし、遠隔操作でもないのだが、こいつに便乗しておこう。

「その手には乗らんぞ伊藤、いや宇宙人よ! 久坂は一ヶ月以上前に解剖済みで、ここにおるのはニセモノの一人目。体育館のがニセモノ二人目や。俺にはわかっとる。ニセ久坂に対策を喋ってもうたから、遠隔操作はやめたんや。連行されて解剖された三人の恨み、ここで晴らさせてもらうぞ!」

「お前こそ脳ミソ解剖されるべきや!」

「化けの皮はがしたるー」

「いててて。ひっぱんなコラァ! 久坂、木戸、こいつ抑えろ!」

「合点」

「合点」

「宇宙人三人がかりやと! 解剖バラしてガッテンされてたまるかあー!」

 それからしばらくの間、怪人一人、宇宙人二体、バカ一匹による騒ぎが教室内で続いた。

 教室には他に女子数人がいたが、可愛くない珍獣を見るような目つきで俺たちを眺めた後、小声で何事かを話しながら出て行った。

 文化祭の名残に、知的で芸術的な文化の薫りが残っているとは限らない。

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