赤潮
一、探偵は、現在関わる事件についての『読者への挑戦状』を読まない。読むとすれば、『探偵=作者=挑戦状の書き手』の場合である。
二、探偵は、現在関わる事件について、あることをしなければならない。
三、都市伝説はコーラを飲むと骨抜きになる。
つまり、画用紙に書かれた『読者への挑戦』を読まず、コーラを飲まず、紙片を回収した者こそ、都市伝説の探偵だ。なお、紙片には『――伏線――』と書かれている。実に安直だ。
俺は伊藤に近寄って、声をかける。
「おい、お前もコーラどうだ。好物だろ?」
コーラを飲ませてしまえば、活動できなくなる。
「そうやったか」
木戸が尋ねてきた。
「ああ、こいつこの前、一本一気飲みしたんだ。宴会芸の一つもできんとつまらん奴だと思われるって」
プレッシャーをかけるために、嘘をつく。
「そんなことしとらんわ。それにそんな気分やない。医者に止められとるんや」
伊藤が答えた。
「コーラ止める医者がおるかい。量が少ないから盛り上がらんのやろ。混ぜてまえ」
高杉がボトルに残っていたレモンティーを、俺が持っているコーラのボトルに注ぎ込む。
「レモンティーコーラやと、割と普通やな。大しておもろないで」
木戸が煽った。
「種類増やせばいいだろ。飲み物追加ー!」
俺も煽った。
ミルクティー、コーラ、コーヒー、緑茶が注ぎ足された。
「ガツンといったれ伊藤。みなさーん、これからこいつがイッキやりまーす。酒やないんで応援よろしゅうー!」
高杉が他の客たちに呼びかけた。駄目押しだ。
総勢十人による一気コールの中、不気味な液体を前にして伊藤が顔を引きつらせる。
「こうなっては仕方ない! 計画変更だ」
伊藤とは別の声がしたかと思うと、ホームズコスプレの男が伊藤の体から飛び出した。変装ではなく憑依だった。
男が教室の出口に向かって駆け出す。
ナギーも隠れていたテーブルの下から躍り出て後を追おうとするが、すぐに立ち止まった。
「あっ! 『チョコに入ってるアーモンドの匂い』! 微量で『血を吐いて即死』の青酸カリよ!」
伊藤が手に持つペットボトルを指差し、ナギーが叫んだ。
毒か!
「お前がやらないんなら、俺がやる! 美味しいところはもらった!」
ボトルを取り上げた。
わけもわからず一気コールに囲まれていた伊藤は、呆然としている。
「よし、いきます!」
すぐに客や仲間に背を向けてから首を傾け、自らの閉じた唇に液体を一気に注ぎ込む。馴染みのない甘い香りが鼻にまとわりつき、口の周囲と制服が濁った液体で汚れた。
「ぶっ。まず追え! おええー。これはまずいっ」
床に液体をぶちまけて叫び、驚いているナギーに指示を出した。
我に返ったナギーは理解すると、すぐに教室から走って出て行った。
俺は飲み物の不味さにショックを受けているフリをして、ペットボトルの口を床に向け、残った液体をいくらか捨てる。
「何しよるんや!」
「余計なもん混ぜたの自分やろ!」
「床ビチョビチョやないか」
「何や一体! 何があったんや!」
「芸でゲェーや!」
「床もお前もすべっとうわ!」
「床は滑ってもユカいやないか!」
「ええかげんにせえよバカルテット!」
室内では怒号が飛び交う。
「待ちなさいっ」
ナギーの声が聞こえた。体育館につながる渡り廊下を走っている。奴が逃げた先は体育館か。
俺も後を追うことにする。
「う、いかん、これはマジで……トイレ……」
片手で口を抑え、ペットボトルを持って教室を脱出した。
「逃げんなー」
追っ手が来た。
「それならお前が飲め!」
ボトルを見せつける。
「いらんわ! 噴いたときに入ったやろ!」
「ちっ、バレたか……」
俺がそう言うと、追っ手はあきらめて引き返していった。
トイレの洗面台で口の周りを洗う。片付けさせるんや、つまらん芸の続きやない、という教室からの声は放置した。
一階へ駆け下り、液体の残りを地面に捨ててから、体育館へ。
舞台の反対側正面にあたる戸を開けて、中に入った。
重い音が響き、戸の前に下ろされた暗幕をめくる際に外の光が差し込んだが、振り返る客はいない。席は九割以上が埋まっている。
舞台では劇が上演中だ。
舞台の上には六人いる。そのうち四人が人間だ。
「ええ、一美さんの仰るとおりです。その時間、私たちはレストランで食事を……」
舞台の上でゲストヒロインを演じるブラウス姿の少女が、背広姿の少年に対して言った。彼女は女子からはその演技力を、男子からはその胸の膨らみを、高く評価されている。
「何だって!」
「警部」
驚く背広姿の少年に、同じく背広姿の別の少年が耳打ちする。そのすぐ横では殺陣が行われている。男がステッキを振り回して攻撃し、少女が赤い髪を振り乱して攻撃をかわし続ける。
「いいところなんだよ。邪魔しないでもらいたいね」
「あなたが邪魔なのよ!」
当然、この二つの台詞は脚本にない。
さて、ここで俺はどう立ち回ればいいものか。舞台に乗り込むわけにもいかない。とりあえず、傍観するしかなさそうだ。
「本当らしいな。では一体誰が」
老け顔によって抜擢されたと思われる、警部役の台詞だ。
「もちろん明さんよ。管理人の目撃証言を忘れたの?」
探偵役の少女が警部役に答えた。彼女は『眼鏡を取ったほうが可愛いよ』派と『眼鏡がええんやないかドアホ』派、二つの派閥を抱える。
主役の演技を見て、都市伝説の探偵が笑みを浮かべる。
「いい調子だね!」
「隙ありいっ!」
主役より目立つ少女が探偵に殴りかかった。
探偵はステッキで防御しようとしたが、振りかざした木の棒は砕け散り、探偵の左頬に少女の右拳が命中した。探偵の体が床に叩きつけられ、舞台上を右に転がった。
「え?」
「バカな!」
驚くゲストヒロイン役と刑事役の間に立って、ナギーが探偵を指差す。
「勝負ありよ! 覚悟しなさい!」
「ふふふ、君の推理には穴がある」
膝を震わせながら、探偵がゆっくりと立ち上がった。
警部役が探偵役に呼びかける。
「待ってくれ、金田一君。凶器がない。現場の周囲にも、部屋の中にも、凶器になる鈍器はなかった。しかも奴は手ぶらだったんだ」
「トリックを使ったのよ」
探偵役が答えた。
「トリック?」
「手口を見破ったのか!」
「穴なんてものはありません」
ゲストヒロイン役と警部役が、探偵役の台詞に応じた。ナギーは別の台詞に応じた。
「その通り」
自信溢れる態度で、探偵役が言った。
彼女が観客席側に歩みを進める。決め台詞のシーンだ。
その探偵役の後ろでは、ナギーが手刀を振りかぶって探偵に迫る。
「二都を追う者は一都をも得ず。ロンドンに帰りなさい」
振り上げたナギーの右手が赤く輝き出し、舞台が赤い光で染まった。
たぶん必殺技だ。決まりか……?
ただ、周囲の様子がおかしい。
赤い光はナギーからのみならず、体育館の壁や天井からも放出されて、舞台に注ぎ込まれている。観客の体も光り出し、そこから生じた赤い霧が舞台に流れ出した。
なぜ建物や観客からも……。
俺の疑問をよそに、二人の少女が競演する。
「洛陽の紙価を高めるのはこの私、ナギー・ザ・リパー! いざ必殺の……」
「謎ははじめから解けている! 父と曽祖父の名にかけて!」
「せっ――!?」
一瞬にして赤い霧の全てと赤い光のほとんどが主役の少女に集まり、そこから閃光が走った。
「うわっ!」
ナギーだけが、舞台左横に向かって弾き飛ばされた。
「やられた……?」
体育館左端を走り抜けて、舞台の左袖に入る。
「何やお前」
演劇部員の一人である男子生徒が、俺に気づいた。
その男子生徒に向かって、丸めた台本を持っている女子生徒が呼びかける。彼女は監督兼、第一の被害者役だ。
「そこ! 急ぎなさい!」
「あ、はい!」
犯人役もたじろぐ迫真の絞殺シーンで観客を圧倒したという彼女に、敵はいない。男子生徒は舞台上の大道具のそばに走っていった。
舞台の幕は下りていて、演技は中断されている。
「ははははは! 素晴らしい! 見事な演技だったよ諸君!」
舞台中央で両手を大きく広げて、探偵が賛辞を呈した。
肩幅に広げた足に、ふらつきは全く見られない。左手にキセル、右手には砕け散ったはずのステッキを持っている。
そのすぐ隣で、主役の少女が全身に赤い気を纏って立っている。赤い気は形状こそ蝋燭の炎と同じだが、高さが四、五メートルにも及ぶ大きなものだ。
「くっ」
床に倒れていたナギーが、よろよろと立ち上がる。
「おい大丈夫か!」
声をかけると、ナギーが振り向いた。
「あ、来たのね。怪我はないけど……このままじゃ倒せない」
「あれのせいか」
監督の女子生徒と言葉を交わしている主役の少女に視線を移しながら、ナギーに尋ねた。
「そう、あれは都市伝説の『核』。人々のイメージ、念力と言霊が集まる中心点よ。二つ並んでいるとちょっと……」
「強くなるのか……」
「都市伝説は『核』に集まったエネルギーで体を作ったり、再生したり、力を取り込んだりするの」
俺たちがどうすべきか迷っていると、一服していた探偵がパイプを口から外し、喋り始めた。
「さて、そろそろ第二幕といこうか。照明が消え、あたりは闇に包まれる。幕が開け、スポットライトが再び照らされるとき、刺されて血の海に浮かぶ女優の姿が! 容疑者はその場にいた全員! 劇とリンクした見立て殺人だ。これは申し分ない」
犯行計画を得々と語り、それが終わると探偵は再び煙管を咥えた。そして手の平を上にして、主演女優に向かって左手を突き出した。
主演女優を包んでいる赤い気の一部が霧となって離れ、その霧が探偵の左手の上に集まる。霧は固まって、短剣に姿を変えた。
「させませんっ」
ナギーが突っ込んでいく。
探偵は右手のステッキを振り上げ、応戦態勢に入る。
鈍い音がした。
左半身に打撃を受けたナギーが吹っ飛び、舞台と客席を隔てるカーテンをすり抜けて、姿を消した。
「ナギー君、君の都市伝説力はなかなかのものだが、僕を倒すには足りない。都市伝説は人々の恐怖感、面白いストーリーへの渇望、存在し得ないものへの憧憬、事実の誤解、見当違いな深読み、などといったものから生じる。名探偵の物語は、これらの多くの要素を都市伝説と共有している。どちらも思念と想念の産物だ。惜しむべきは、こちらは大概においてフィクションだと明言されてしまうことだね」
演説をぶつ探偵には、ダメージも消耗もないようだ。
……どうする?
強く念じれば奴に触れることはできそうだが、吹っ飛ばされてしまう。奴が見えている人間は他にいない。俺が倒されれば、被害者候補は全くの無防備だ。となれば先に――。
思考は妨げられた。
奴が武器を投げたのだ。
アンダースローのモーションで探偵が投げたステッキが、車輪のスポークのように回転しながら旋回して高く舞い上がり、天井に取り付けらている器具に襲いかかる。
複数の照明がバチバチという音を散らし、電気による光が消えた。
照明が消えた順番などは知らない。
ステッキが命中する前に、俺は走り出していた。向かう先は、ブラウス姿のゲストヒロイン役だ。探偵役を奴のエネルギー源として除外すれば、舞台に残る女優は彼女しかいない。監督の少女は、もう袖に引っ込んでいる。
「間違えんなや!」
「はよ点けろ!」
「停電かいな」
「時間ないわよ!」
暗闇に包まれて右往左往する演劇部員たちをかわして、ゲストヒロイン役の少女に駆け寄り、その腕をつかんだ。
「こっちだ!」
「え? 何? 何ですか?」
赤く照らされた彼女の顔に、戸惑いの色が浮かぶ。しかしそれに構わず、彼女の腕を引っ張って舞台右袖に連れ出した。探偵役の少女が発する光のおかげで、転んだりぶつかったりすることはなかった。
「あの、誰なんですか」
誰もいない空間に顔を向けて、ゲストヒロイン役の少女が尋ねた。
「演劇部長から頼まれた。特別企画だ。観客に紛れ込んでくれ」
「えー、ほんまですか?」
「嘘は言ってない」
力を込めて言った。全力の嘘だ。
「む、いない!?」
探偵の声だ。
「照明まだ点かへんのかー」
「いっぺん開けよー」
続いて演劇部員達の声がした。
「急いで! 企画潰したら部長がキレるぞ」
少女を急かす。
「それ困る……。どっち行ったらいいんですか」
「こっちだ」
ゲストヒロイン役の少女を観客席の一つに座らせたところで、場内アナウンスが入った。
『お客様に申し上げます。プログラムにはございませんが、ここで一度、休憩時間とさせていただきます。上演の再開は十分後となります。お手洗いの場所は……』
体育館の窓を覆っていたカーテンが次々と開かれていく。
観客の半数以上が席を立った。
舞台の幕も上がった。探偵と探偵役の少女はまだそこにいる。主役の少女が帯びている気は若干小さくなっている。
「逃げられてしまったようだ。僕ともあろうものが!」
都市伝説の探偵が大仰に嘆いた。
「もうあきらめなさい!」
後ろからナギーの声がした。
俺が振り返るよりも早く、ナギーは椅子の列をことごとくすり抜けて体育館の中央を駆け抜け、舞台にジャンプした。探偵に殴りかかる。
「無駄なことだ」
探偵は体をひねって右のパンチをかわした。
攻撃をかわされ舞台奥につんのめったナギーは、どうにか踏ん張って壁から外への転落を防いだ。そこで振り返り、今度は左の拳で攻撃にいく。
この攻撃も効かなかった。
探偵は突き出された左腕を捉え、その攻撃の勢いを利用してナギーを投げ飛ばしていた。
ナギーの体が体育館の天井近くまで上がり、そこから落下して、床に叩きつけ……られていない。
消えた。
「その投げ技はもう効きません! 都市伝説『天地無用』! 『上下逆さまになっても、だいじょーぶ』よ!」
天井から声がした。
そこを見ると、ナギーがいた。天井に両足を着いて立ち、舞台の上にいる探偵を見上げている。髪の毛もブレザー制服のスカートも、天井に向かって垂れている。そこだけ重力が逆転しているかのようだ。
「そこか!」
探偵がコートのポケットから短剣を取り出し、ナギーに投げつけた。
ナギーは天井を転がってかわした。
短剣が天井に突き刺さる。探偵は攻撃が外れたことを確認すると、再び赤い霧を左手に集め出した。
「マサヒロ! あの子、キンダイチ少女役の子の名前は!」
大声で尋ねられたものの、答えは知らない。
質問の意図もよくわからない。
「早く! パンフレットかチラシにあるはず! わかったらあの子に呼びかけて!」
辺りにはチラシもパンフもない。
だが、彼女の名を知っている人物がいる。挙動が怪しい俺と舞台上にいる演劇部員達を交互に見て、どうしたものかと迷っている様子のゲストヒロイン役の少女に尋ねる。
「あの子、主役の子の名前は?」
「石川さん? 知ってるんやないんですか?」
疑う少女には答えず、立ち上がって叫ぶ。恥ずかしがっている場合じゃない。
「石川さーん!」
視線が俺に集まった。
演劇部員たち、観客たち、隣にいる少女、呼びかけられた石川さん、都市伝説の探偵、すなわちナギー以外のほぼ全員が俺を見ている。石川さんが振り向いた際に、彼女が帯びている気が少し萎んだように見えた。
「隙ありいいいっ」
ナギーが天井から跳んだ。
「彼は陽動か」
探偵が身構える。
ナギーが宙返りして舞台に降り立った。
「何、直接彼女を!?」
探偵が狼狽した。
ナギーが着地した場所は、石川さんの真後ろだ。首をかしげている彼女の耳に、ナギーが囁くように口を近づける。
「きゃあっ」
石川さんがビクッと身を震わせ、悲鳴を上げた。周囲の視線は俺から彼女に移った。
「どしたん、サヤ!」
「うわっ、きゃっ、ひいいいいっ、耳、耳、耳!」
主演女優であった少女が舞台の上で苦しむ。彼女の背後には、絶妙のフットワークでまとわりつくナギーの姿。
「ふわわわわ、あうううう」
へたり込む石川さんの手を払いのけ、ナギーが何かを囁き続ける。いや、ナギーの唇は「ウ」を言うときの形でほぼ一定だ。
「ひゃあああ、息、息、息いいいっ」
「ちょっとサヤカ!」
「おい石川」
「石川さん!?」
演劇部員たちが集まって声をかける。彼らが石川さんの名を呼ぶたびに、彼女が纏っていた炎のような気が散っていく。
「はあ、はああ~、ちょっ、もうやめ……、ふ、ふああっ」
石川さんは眼鏡がずり落ちて、半泣きになっている。熱演の面影は最早どこにもない。トイレから戻ってきたらしき観客も、演劇部員達と一緒に彼女を見ている。
「フフフ、これでイメージは台無し」
背後霊が不敵に笑った。
その眼下で座り込んでいる少女に集まっていた赤い気は、全て雲散霧消した。
「何ということを!」
探偵がステッキをナギーに振り下ろした。しかしナギーが左の手刀を一閃させるやいなや、その武器は中央から折れた。
「同じ数の『核』なら私のほうがパワーは上よ!」
ナギーが左足で上にジャンプして、横倒しの姿勢になる。
右足が光り出した。
「蹴りか!」
敵は両腕でブロックしようとする。
「紅き都市伝説! 『必殺シュート』ーッ!」
両腕のガードを弾き飛ばして、上から抉りこむようなキックが敵の腹に入った。
雷鳴のような音が轟く。
それと同時に、敵であるホームズコスプレ男の姿は消え、真紅に輝く光線の軌跡が現れた。
軌跡は舞台の上を始点にして床上スレスレに落ち、そこからさらに弧を描きつつ体育館後方、舞台から見て左側にあるバスケットボールのゴールの真下に伸びている。
曲線はそこで直線に変わった。
次の進路は真上だ。光の柱がゴールリングを串刺しにしている。
軌跡が消えると、鈍い金属的な振動音を奏でるゴールリングと、その輪に両腕と胴体を締められている男が残った。
男の元にキッカーが駆け寄る。
俺も後に続いた。
リングからずり落ちて床に倒れこんだ男の胸倉を左手で掴み、ナギーが言う。
「殺人未遂の容疑で逮捕です。取調べは閻魔様が担当します。閻魔帳があなたのキョージュツ調書になるでしょう!」
「ここまでか。だがね」
とどめを刺しにくるナギーを見据えて、男が微笑する。
「人は誰しも心の中に闇を抱えているんだよ。狂おしくも美しい漆黒、それを表現するのも芸術だ。君にもあるはずだよ。否、君にこそ相応しいと思うんだけどね。ここで理解してもらえなかったのは残念だけれど、まあ、いずれわかることさ」
恥ずかしい類の熱病にかかった中学生が言いそうなことを口走った。これにはナギーも苦い顔をしている。
「うるさいなあ。さっさと舌を抜かれてきなさい」
ナギーが右の手刀を高く掲げた。
「面倒なので口上は省略です! 『切・磋・琢・磨』ーーーっ!!!」
赤い十字の閃光がほとばしり、焼けつくような熱風が吹き付ける。
反射的に目を閉じ、数秒してから目を開けると、男は消滅していた。眦を決したナギーの額に汗が浮かんでいる。
「やったか」
「うん。当分復活しないよ」
「復活するって? 死んだんじゃないのか」
「誰も話題にしなくなって、誰の記憶にも残らなくなって、記録もなければ、都市伝説はそこで終わり。伝説力が入ってこなくなるから。アレは結構しぶといし、時間が経てばまた出てくるかも。あ、ここにいたらまずいんじゃない?」
気がつけば、背後が騒がしい。
振り返ると、演劇部の連中が部員同士でもめているようだった。
「よし、逃げるぞ」
トラブルは物の怪の仕業だ、などと説明しても信じてもらえるわけがない。証明不可能。この世には科学でも推理でも解明できないことがあるのだよ、ワトスン君。
俺は起こり得ないはずの不可解なる存在と二人して、事件があった館から立ち去った。




