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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第三章
22/44

浜風

 一ヶ月の登校日数は四日。

 授業中には立ち歩く。

 これが転校生を名乗る少女の行状だ。

 その問題児は今、通信対戦ゲームをして遊んでいる。

「前の学校は退学になったんだな」

「んー、終わったのー?」

 ホームルームは終わっている。

 教室に残っているのは、俺達を含めて五人だ。

「ああ、とっくに。それにしてもオッサンくさい趣味してるよな、お前」

 俺の鞄の陰に隠れてスマホを操作する少女は、顔の向きを変えずに答える。

「失敬な。これは女子高生がたしなむに値する、インテリジェンスな趣味です。誤解もはなはだしい」

「よく言うよ」

「あ、チャンスね。王手ーっ! ふっ、『おぼろ飛車びしゃ』使いのこの私に勝とうなんて、一億と三年早い! 恐れ入ったかぁっ。あれ? 回線切っちゃった? 逃げるなこのヒキョーモノー! ちゃんと負けを認めなさいっ」

 知性インテリジェンスとは、こんなに騒がしいものなのだろうか。

「今度の相手はtsukiko_toda……と。……相朧あいおぼろ飛車びしゃ……」

 指がおぼろげに見えるほど操作が速い。超早指し戦だ。スマホ壊すなよ。

「千日手、引き分けか~。次の相手探そ」

「大会には将棋部門なんてのもあるのか?」

 文庫のマンガ本を読むフリをして自分の顔を隠しつつ、尋ねた。窓辺にいる女子三人組に、喋っているところを見られるわけにはいかない。俺がいるのは廊下側の席だから、あの連中に声を聞かれることはない。

「えーと、そうよ。播磨ハリマのアクマと呼ばれた私の敵などいません。はー……。……シキトーカ、欲しかったなー」

 首をうなだれて、悪魔ナギーがボソボソと呟くように答えた。

「シキトーカって何だ」

「うーんと、伝説のピロシキ。優勝商品なの」

「取れなかったってことは、無敵じゃないんだな。悪魔ってのはハッタリか」

「そんなことはありません。その証拠を見せてあげましょう。ちょっと待ってて」

 ちょっと・・・・は長かった。

 十数分後、二人だけになった教室で、ナギーがスマホの画面を俺に見せつけた。

「じゃーん。どう?」

 画面を見る。

 二十枚以上の赤い表示の駒が、敵陣を制圧している。相手の王様は丸裸。自分の王様は左下の隅で十枚ぐらいの黒い表示の駒に囲まれていて、安全だ。何てありがちな悪魔なんだ。

「ああ、すごい。実にすごいよ。わかったからスマホ返せ」

「はい」

 素直に返してきた。

 午後からずっと独り占めしてきたのに変だな、と思ってよく見ると、電池切れ寸前。まったくしょうもないことで電池を使いやがって。

「おーい。準備せえへんのなら、はよ帰れよー。切るでー」

 他のクラスの担任教師が見回りにきた。

「あ、はーい」

「はーい」

 俺の答えを聞くと、教師は教室の明かりを消した。俺が外に出ると、教室には鍵がかけられた。

 二人で廊下を歩く。

「準備って何?」

「聞いてなかったのか。文化祭だ」

 廊下には他に誰もいない。階段で二階から一階に下りる。

「文化祭? この学校、遅いね。マサヒロのクラスは何するのかな」

「答えたくないな」

 下駄箱の前で靴に履き替える。

「何で? せっかくだから思い出作りに協力してあげるのに」

「だから答えたくないんだ」

 ドアを開けて校舎から外に出る。ナギーが出入り口のドアを閉めると、近くにいた一人の男子生徒が、あれっ、と声を出して驚いた。風は吹いていない。

 その様子を見たナギーが話しかけてくる。

「あーなるほど。アレなのね。それならますます協力しなくては」

 ニヤニヤ笑って言うな。

「本物は必要ないんだ。大人しくしておいてくれ」

「そんなこと言わないで。晩ご飯を食べながら、今後の打ち合わせといきましょう!」


 俺の食生活は乱れている。

 朝昼晩の三回に食事をとってはいるのだが、その三回目がこの店だと、そのように感じてしまう。

 一緒に食べるのがコメからパンになるだけで、こうも印象が変わるのか。鶏のから揚げもチキンカツも、ごく普通のおかずなのに。アイアム、トラディショナル・ジャパニーズ。

「懲りてないな」

「口直しです」

 都市伝説バーガーによるダメージから完全に立ち直るための休養日と言っていたのに、ナギーは今日もファストフード店に来ている。この店のメイン料理はハンバーガーではなく、フライドチキンだ。

「昨日みたいに、くたばるんじゃねーのか」

「今日は普通のだから」

「普通のって、俺が奢るの?」

「心配しなくていーの。とりあえず一個頼んで、それを分けましょう」

「半分かよ」

 横を人が通るたびに、俺は体の向きを変えて喋っている。スマホが電池切れでなければ、その必要はなかったのだが。電源を入れていないスマホでのカモフラージュは面倒だ。

 和風チキンカツサンド一つと飲み物一つを注文し、それを受け取ってからテーブル席に移動した。両隣の席には誰も座っていない。通路の反対側にある席も同様だ。

「今なら話しても大丈夫ね。文化祭っていつ?」

「土日だ」

「今週の?」

「ああ。一般客が入れるのは日曜」

 十一月の最初の土日だ。

「どっちにしようかなー。両方行きたいけど、今日は推薦人探し休んじゃったし、日程がきついなあ」

「うちの生徒でも一般客でもないんだから、来ないというのはどうだ」

「それはダメ。当分帰ってこないんだから、思い出作りのチャンスは逃がせません」

「帰ってこないって?」

「活動範囲をさらに広げるの。大会エントリーの期限まで、あと一ヶ月半しかないから」

「遠くまで行くんだな」

「うん……。明日から何日か出かけて、それで見つからなかったら、一ヶ月くらい家を空けるよ」

「随分と熱心だな」

「セイシュンを懸けるというのはそういうものです」

「そういうものか。俺は……懸けてないな。何か引け目を感じるな」

「まあまあ。私はそれでもいいと思うよ? 伝説だと美少女にぶつかりやすいのは、『平凡で取り柄がない少年』か『凄い能力を秘めているイケメン』らしいから」

「フォローになってない」

 俺が前者に該当すること前提の言い方だ。しかも、そのことに反論の余地がない。

「『一見平凡だけど実は凄い能力を秘めている少年』というのはないのか……」

「あったかなあ。あとは『凄い能力が一つか二つあるけど、他がぜんぶダメ』とか」

「それも嫌だな」

 俺が顔をしかめていると、隣の席に男女二人組の客が近づいてきた。二人とも、俺が通っている高校とは別の高校の制服を着ている。

「まあ、どれでもいいじゃない。取り柄があってもなくても、皆と一緒に生きていけるだけで幸せだと思うよ」

「やっとフォローらしいフォローが入ったな」

 隣の席の椅子を引いていた男子高校生が一瞬、こちらを見た気がした。

 カモフラージュしないとまずいか?

 テーブルの上に置いてあるスマホに手を伸ばす。

 引かれた椅子には、彼の連れである女子高生が座った。彼はその向かいの椅子に座った。

「最初からフォローしてたでしょ。私はキクバリ上手なのです。あ、冷めるから早く食べよ」

 おっとまずい。

 隣の二人に、食べ物がいきなり動いて消える場面を見られてしまう。

 スマホを手放し、その手で鞄をテーブルの上に立てて、支えた。

 これ、気配りしてるのは俺じゃねーか。誰が気配り上手だ。

「どうしたの。食べないの?」

「言われなくてもわかってる」

「食べないなら私が先に」

 鞄の陰で、ナギーが伏せるような姿勢で食べ出した。

 この食べ物は名前こそサンドだが、どうみてもチキンカツバーガーだ。

 電池切れということもあるので、電話でのカモフラージュはあきらめることにする。隣の二人よ、とことんイチャついて、俺がここにいることは忘れてくれ。

 なぜかキョトンとしていた隣のカップルだったが、我に返った感じで話し始めた。

「ねー、メールの返事遅いてちゃんとわかっとるん? もっとはよ返してー」

「多すぎやって」

「まさか、他の子からもメール入っとうとか」

「んなわけあるか」

 あれ、いまいちだな。もっと盛り上がってくれないと、虚空に話しかける俺の声が目立ってしまうんだが。

「カツはやっぱり伝説力あるねー。縁起物はさすが」

 一人で舌鼓を打つなナギー。

 ……って、一個を二人で分けるはずなのに、カツを一人で全部食いやがった! なんてことを。

「はい」

 カツだけ食って返すとは。くそ。

「見せてー」

「嫌やゆーとるやろ」

「怪しい~」

「なんやその目は。俺のこと信用できへんのか」

 隣の二人が睨み合っている。何かもめているらしいが、どうでもいい。それよりもカツ……。

 未練たらたらのまま、片手でキャベツバーガーを口に運ぶ。

 本来ならば、ここには温かいチキンカツが……。

 ある。

 袋の奥から出てきた。一個丸々食われたはずなのに。それにキャベツの量も少し多い気がする。どうなっているんだ。

「戦利品としてサービスしてもらいました。うまく紛れ込ませられたのね、あの人」

 ナギーが得意顔で話しかけてきた。

 戦利品? どういうことなのか、やはりよくわからない。

 俺が納得していないことを感じ取ったのか、ナギーが話を続ける。

「『呪い』ってどんなものかな~って、参考のために戦ってみたの。夏に甲子園で」

 呪い? 戦い? 何のことだ。

「殴り合いか? それとも怪光線の撃ち合いか?」

 カモフラージュがないので、小声で言った。それでも、俺の声に反応する隣のカップルが視界に入った。俺のことは気にしなくていいのに。

「外野フライになりそうなのを、ジャンプしてスタンドに放り込むだけ。守りのときはその逆。ストレートをフォークにしたこともあるよ。ハエがとまってたからパチーンと。ばっちい?」

 外野フライ、ストレート、フォーク。

 つまり、野球の勝負に手を出したのか。

 夏の甲子園だったな。それならこれは言っておくべきだろう。

「堂々と介入するのはどうかと思うが。二人の人間が織り成す、すがすがしい真剣勝負という概念はないのか? それにだな、お前にとって遅く見えるタマでも、投げてる本人には全力かもしれないんだぞ。迎え打つ側も見逃し三振でアウトなんてカッコ悪いことはせずに、最速のスイングで応える。どっちが攻めてようが、この応酬が醍醐味だろ。タイミングが外れて空振りしようが、大当たりでホームランしようが、そこに熱いドラマが生まれるんだ。わかってないな」

 俺自身の生き様は棚に上げて、堂々と言ってやった。

「もー。オジサンくさい説教しないでよ~。人が見てるよー?」

 ナギーが呆れた表情を浮かべて、つつくように隣の席を指差す。その先には、口を半開きにして俺を見ている二人組。

 しまった、やりすぎた。

 ムチャクチャに怪しまれている。とりあえず目をそらせて、とぼけておこう。

 呆れ顔から表情を変化させたナギーが、腕組みして首をひねる。

「他の都市伝説が先に介入してるところに助太刀してるんだから、そこまで悪いことなのかなあ。うーん」

 青春を懸けるということがどういうものか、本当はよくわかってないんじゃないのか。こいつは。

 もう少しだけ言っておこう。

「双方にとって一生に一度しかない機会チャンスかもしれないんだぞ。もっと大事に扱わないと」

「なんかカン違いしてない? 高校野球じゃなくてプロ野球だよ」

 プロ?

 ナギーが続けて言う。

「……ねえ、まだ声大きいんじゃない?」

 あ、隣の高校生カップルがまだ俺を見ている。

 やばい、完全に危険人物扱いだ。

 それはそうと、白ヒゲ白スーツの稲妻ジジイ、アンタがなぜカウンターの中にいるんだ。いつの間に入った。外に突っ立っているのは影武者か?

 ナギーが稲妻ジジイに手を振ってから、俺のほうに向き直って言う。

「まあ、昔はすごく強いって言われてたらしいけど、今はそれほどでもないし、もう戦うこともないかな~。プロなら自分たちで勝てなきゃダメ、というのも一理あります。うん。ということで、あなたの助言に従って、もう手出しはいたしません」

「ちょっとずれた指摘だったかもしれないけどな」

 プロ野球の話だった。

 まあ、カツの謎が解けたからよしとするか。

 あの稲妻ジジイは企業の代理人か何かで、おまけのチキンカツは、『甲子園に棲む魔物』――だったか? それを退治したことへの、球団スポンサーからのご褒美だったのだ。多分。

 話を中断して、チキンカツバーガーを食う。

 隣の二人は時々気まずそうに互いの視線を合わせて、沈黙を保っている。たまに俺を見てくるので、居心地が悪い。

「それで元の話だけど、何だったっけ。そーだ、スケジュール。えーと、学校一つの怪談レベルでいるより、もっと広い範囲で話題になったほうが伝説力入ってくるから……日曜にしよっと」

 騒動を起こす気満々に見える。

 食事を終えた。

 鞄とトレーを持って立ち、席を離れる。ナギーがすぐに追いかけてきた。

「待ってー。そんなに急いで出なくてもいいじゃない」

「長居したくない」

「何で」

「あそこにいたら、『カップルの横でエア彼女相手に一人呟く、哀れで危ない男』なんだぞ。俺は」

 今はゴミ箱を相手に一人呟く危ない男だ。鞄を片手に持ち、もう一方の手でゴミを始末する。

「ぷっ。なるほどー」

「笑うな背後霊」

「アハハハハ」

「だから笑うなって」

「今のはあっち」

 振り返った。

 ナギーがテーブル席を見ている。そこに視線を移すと、さっきのカップルが仲よさそうに談笑している。畜生、今頃盛り上がりやがって。

「話の種は俺か。やってられん」

「エア彼女じゃご不満?」

 首をかしげて覗きこんでくる。

「ご不満だ」

「そーなんだ。それ、どっちの意味?」

「どっちって?」

「ううん、なんでもない。行こ」

 そう言うと、エア彼女はガラス扉をすり抜け、先に店を出た。

 俺が後を追うと、閉じていた扉が自動で開いて、幾分冷え込んだ空気が店内に流れ込んでいった。

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