2 ルークとの交渉
(太蔵)
『怖い……怖いんだ……毎日毎日……。沢山怒鳴られて殴られて……勇気を出して言葉を口にしても、容赦なく力のない僕は全てを奪われる……。
戦えないのが悪いのは、わかっているんだ……。でも……僕は……僕には……無理なんだ……。人を傷つけるなら……いっそ……死んでしまいたいって……っ……!』
そのまま少年が泣き続けると、突然その少年の足元から白い自分の影が伸びていき、黒い空間の中で少年と同じくらいの大きさになると……その首に縄の様なモノが掛かる。
「っ!!?な、なんだ?」
まるで首を吊っている様に見える白い影にゾッすると、その少年はボソッと呟いた。
『僕の才能ギフト<交渉人>が使えるスキル【死地の交渉】
この手で自分の命を終わらせたいって願ったら、初めて使える様になったんだ……。
今体験してもらったのは、僕の人生。
このスキルが使える様になってからは……ずっとここで”交渉”してる。 』
(才能ギフト:交渉人)
【死地の交渉】
現状に一定以上の絶望値を感じ、自らの命を諦めた時に発動する特殊スキル
特殊な精神空間を創り出し、死を迎えた他者と”交渉”できる
その際、交渉したい人物の設定を、自由にする事ができる
「才能ギフト……?交渉人……”交渉”……??
え、え〜と……?まずは、さっきの記憶にもチョコチョコ出てきていたが、その才能ギフトってのは何なんだ?」
分からない事が多いため、まずはそれを尋ねると、少年は丁寧にそれを教えてくれた。
『【才能ギフト】は、生まれながらに持っている才能の事だよ。15歳になったら、教会で教えてもらえる。
僕の世界では自分の核の様な部分を魂と言い、それに刻まれている力を開放する事で、様々な事に特化している能力を使えるんだ。
そしてその力を使って使える技を<スキル>と呼ぶ。
スキルは主に経験を積む事で増えていくんだけど、その増える条件はそれぞれ違うから、一生で一個も増えない人もいるみたい。僕もこのスキルだけしかないよ。』
「へ、へぇ〜……。孫娘のやっていた『ゲーム』の世界みたいだな。 」
世界が平和になって一番発展が早かったのが、このゲームというモノだった。
いわゆる暇つぶしの道具に分類されるモノだが、やれ世界を救う勇者?になって魔王?を倒すだの、イケてるお姉さんやお兄さん達と疑似恋愛するだの……生と死を掛けた戦いをしていた俺達の世代にとっては全く未知のモノだ。
しかし、孫娘はそれに夢中で、特にイケてる兄ちゃんと恋愛していくゲームが大好きだったため、孫可愛さで一緒にそれをやらされたが……正直何が楽しいのかさっぱり理解できなかった。
思わず眉を寄せて考え込む俺を見上げ、少年は不思議そうにしながら続きを話す。
『そのゲーム?っていうのは分からないけど……この世界はとても怖い世界で、常に人同士、国同士の争いがあるし、その他にもモンスターと呼ばれるとても強い生物がウヨウヨいるんだ。
だからこそ、戦える能力が最も重視される世界なんだよ。
その中でも僕が生まれたグリード家は、代々素晴らしい戦闘系才能ギフトを持つ子孫達を生み出してきた伯爵家だから……その才能がない僕には居場所がない。』
「なるほどな……。」
単純な話だ。
どこだろうが、時代というものに合った能力を持ったモノが価値あるモノで、そうでないモノは無価値という事。
それは俺の時代だって同じ事だった。
好戦的で戦う能力に優れていた俺は、化け物と戦って戦って戦って……そして見事人類の悲願であった平和を取り戻したわけだが……。
その勝ち取った平和は、俺や他の戦ってきた者達全員を無価値なモノにも変えてしまった。
戦うための力は不要になった世の中で……今度は人の世で生きていけるコミュニティー能力や周囲に溶け込める能力なんかが必要になってきたのだ。
ちなみに俺は、凄く寂しいと思った。
だって必要なくなってしまった力は、自分が必死に生きてきた時代の中で、死に物狂いで手にしてきた力だったから。
それに、死んでいった仲間たちと過ごしてきた思い出まで無価値と言われている様で悲しかった気持ちもある。
しかし、それ以上に安心して笑っている息子や孫娘、それに他の平和に暮らす人達の笑顔が何より嬉しくて、喜んで新たな時代を受け入れる事を選んだが……中にはぶっ壊れちまった奴らもいた。
そんな奴らの相手をするのは、同じ力を持ちながら時代に合わせて生きていく事を選んだ俺や、俺と同じ道を選んだ仲間達だったが────正直そういう輩との戦いの方が、長く感じたかもしれない。
『戦う事こそが価値ある世界から、無価値な世界に一気に叩き落され、精神がついていかない。』
平和を守るためとはいえ、そんなぶっ壊れちまった奴らの気持ちも分かるからこそ辛かった。
「……ちなみに少年の世界は、どうやって人類を統治しているんだ?さっき言った『伯爵』というのは役職名か?」
『国名は<ザンガス帝国>王様をトップとした王政制度だよ。
王様の下が<王族>で、下は貴族と呼ばれる<公爵><侯爵><伯爵><子爵><男爵>と身分が続いていくんだ。
ちなみに<教会>は、聖人って呼ばれる治療魔法に特化した人たちが所属する機関で、この身分とはまた別の独自の身分制度があるからこれとは関係ないよ。
────で、この爵位と呼ばれる身分は、元々戦闘で活躍した人たちに与えられた地位で、上の地位に行くほど強いと思っていい。……僕は例外だけど。』
シュン……と肩を落としてしまった少年の肩を、慰める様に叩きながら、大体の事は理解した。
単純に強い奴は身分が高くて、それは15歳に判明する才能によって大体の人生が決まる。
実に分かりやすい世界って事だ。
「そりゃ〜戦う才能に恵まれないと大変そうな世界だな。多様性皆無か。ちなみに治療魔法?ってなんだ?」
『怪我を治す魔法の事だよ。
魔法っていうのは、自分の体内に眠る魂の力によって使える万能の力の事。それをどう扱えるかは、やっぱり生まれつきの才能によるんだ。
基本的には自然事象の【火、水、風、雷、土、闇、光】が基本七属性魔法だね。
これの一つでも使えると貴族の下の身分、<平民>としては成り上がりのチャンスだと言われている。
これはモンスターと戦える能力として価値が高いから。』
「へぇ〜。そんな力まであるなんて、凄いな。俺の世界の科学とは、似ているが待ったく別の力か。」
色々な力があるもんだと関心してしまったが、そこまで話すと少年は黙り込んでしまう。
気になって話し掛けようとしたが、少年はまた最初の様に視線を下に下げたままボソボソと話し始めた。
『僕のスキルで交渉人として設定したのは……『平和な時代に生まれ変わる予定の人』なんだ。
貴方は死んで、これから生まれ変わるのは……ちょうど貴方の孫娘さんのお子さんみたいだよ。
全ての記憶を失い新たな生を与えられ、きっと幸せな人生を送る。』
「えっ!俺、アイツの子供になるの!?」
衝撃的な話&祖父としては複雑な気持ちになってクシャと顔を歪めると……少年が震えているのに気づく。
そして今までの話と合わせて────……少年の想いを全て悟ってしまった。
「……なるほどな。俺の次の生と、今の自分の生を交換してほしくて、『交渉』しているって事か。」
『……そうです。僕は……自分が……戦いから逃げたくて……こうして他の人の幸せを奪おうとしている……。』
そのまま顔を上げない少年の後頭部を見下ろしながら、ハァ……とため息をつく。
「あのさ────。」
『わかっているんだ、最低な事を交渉しているって事くらい!これでもう交渉した人は100人を越えているから……。
誰が好き好んでこんな最悪な状況を選ぶんだって……わかっているんだよ……。自分が……最低な事をしているって事くらい……っ。』
せっかく泣き止んでいたというのに、少年はまたボロボロと泣き出してしまい、足元には沢山の涙が水たまりを作っていった。
これはこの少年の今までの人生での辛い気持ちと深い絶望、人に自分の不幸を押し付けようとしている罪悪感によってできているモノみたいだ。
それはどんどん広がっていって、足首が浸かるくらい溜まってしまうと……俺はパコーン!とその頭を叩いてやった。
『────っ!??い、痛っ!』
「全くメソメソうっとおしい少年だな。
あのな、一つ言わせてもらうが、お前、交渉下手くそ過ぎるだろう!
普通交渉ってのは、デメリットを如何に隠すかが勝負だろうよ。相手にメリットがあるって思わせるのが大事。
なのに、こんなデメリットばかり見せられたら、そりゃ〜皆断るだろう。バカタレ。」
俺が口うるさく叱りつけると、少年は『うッ……。』と言葉に詰まりながら、またポロポロと泣き出す。
『だって……ちゃんとデメリットを伝えないと……申し訳ないから……。』
「カァ〜っ!!駄目だこりゃ!お前、そんなんじゃ、す〜ぐ詐欺師に全財産持ってかれるぞ!────いいか?よ〜く聞けよ?
確かに俺がいた世界は現在、沢山の価値観があってお前の世界みたいに物理的な力が全ての世界じゃない。
だが、その分、難しい事だってある!」
『は、はい……。』
素直に頷く少年の鼻を、俺はビシッ!と突いた。
「だから、戦う事自体からは逃げる事はできないぞ。大事な人のために、ありとあらゆる力を駆使して世の脅威と戦うんだ。お前は、どうやってそんな平和な世界で戦う?」
『平和な世界で……戦う……。』
少年は涙を止めて考え込み……俺をまっすぐ見つめ返す。
『僕は……僕は、安心できる場所で沢山勉強がしたい。
今の世界じゃ何も選べない。学べない。誰も……力の弱い僕の話を聞いてはくれない。
だから、暴力ではなく言葉と知識で戦える世界に行きたいんだ。
その武器を使って僕は……沢山の脅威と戦って生きていくよ。』
その目は真剣で、少年は少年の才能に相応しい力を努力して手に入れる未来が俺には見えた気がした。
俺は、もう一度少年の頭を軽く叩くと、自分の胸をドンッ!と叩く。
「よ〜し!なら、替えてやるよ!俺の来世ってやつとお前の人生!
あとはこの俺に任せて、お前はさっさと孫娘の元へ行け。 ちゃんと親孝行してくれよ。大事な孫娘だったんだからさ!」
『え……えぇ!!??』
少年は飛び上がるくらい驚いた様子で、オロオロし始めた。
『ほ、本当にいいんですか??
自分で交渉しておいてなんですが……せっかく平和な世界に生まれ変われるのに……こんな酷い世界……。』
「う〜ん……そうでもないさ。
普通に飯食える場所なら、俺にとってはどこでも悪い所じゃないしな。」
なんたって俺の子どもの頃なんて、ご飯といえば毒の耐性を手にするためのモノだったため、毒入りのクソマズイ毒入りご飯ばかりだったから。
普通に食べれるだけマシ。
それに暴力が日常の挨拶と同じ世代を生きてきた俺にとって、拷問以外は遊びと同じだ。
寧ろ────……。
「……平和な世の中ってヤツの方が、俺には生きにくい世界だったからな。」
ボソッと呟いた言葉は少年には聞こえなかったらしく首を傾げていたが、そのまま少年は何度も本当にいいのかと確認をとってくる。
だから俺は猫の子をはらう様に『しっ!しっ!』と手を振ってやった。
「だから良いって言ってんだろ?ほらほら、さっさと行った行った!」
『〜っ……っあ、ありがとうございっますっ!!!』
少年はボロボロ泣きながら俺にお礼を言うと、そのまま伸びていた白い影が消え、なんと光の道になる。
そしてその道に立つ少年は最後には笑顔を見せて、そのまま走って行った。
「……頑張れよ、少年。」
俺がその背を見守ると……突然真っ黒な空間から。パッ!!と先ほどまでいたボロボロの部屋の景色に変わる。




