第16話 生と死の架け橋
決して会う事のできないマリラですが、彼女の愛はちゃんと生きています。
生と死の架け橋
どうぞ。
——目が覚めると、そこには灯りがぶら下がった幕屋の天井があった。
「ここ、は……?」
朦朧とする意識の中で、自分が寝ている事に気づいたレオンは、手のひらを包む柔らかなものを感じ取る。
「——温かい。誰かそこに、いるのか……?」
その感触の正体は、見覚えのある細くて真っ白な手。そして、その先には——あの薄桃色の髪の少女の姿があった。
「あぁ……マリラか」
最愛の人との再会に微笑みを見せたレオンは、そっと手を握り返す。
「よかった。ずっと、君に会いたかったんだ——」
この国に帰還した彼は、初めて心からの安堵を覚えた。やっと彼女の元へ、いけたんだと。
——すると彼の耳に、そこにはいないはずの人間の声が響いた。
「やっと、目覚めたのね——」
マリラとは反対側の、ベッド脇に座っていたのは、先ほど見た銀髪の少女。
突然の彼女の出現に、レオンは首を傾げた。
「なぜ、君がここにいる? 私は死んで、今もこうしてマリラと——」
大きなため息を吐いたルミナは、呆れた様子で指を指す。
「——馬鹿ね、よく見なさいよ」
彼は今一度、手のひらに感じる温もりの先を見た。
「すぅー、すぅー」
そこに、マリラの気配は消えていた。
代わりにいたのは、上半身をうつぶせにし、寝息を立てる鎧の女戦士。
「ジーンか……?」
「この時間まで、ずっとあなたに付きっきりだったから、疲れちゃったのよ。私はいいって言ったのに、どうしても、ここにいたいって——」
「……そうか、すまない事をした」
眠る彼女の目元には、涙の跡があった。
自分の身勝手で、周りに迷惑をかけていた事に気づいたレオンは、ようやく我に帰る。
外を見ると、空は薄暗く静けさに包まれていた。
重症を負っていたレオンは、皆の治療が終わった頃のこの時間まで、気を失っていたのだ。
——落ち着いた様子のレオンを確認したルミナは、徐に口を開いた。
「——マリラさんって人。そんなに、大切な人なんだ……」
その名を聞いた彼は、彼女の存在を物語るように、一筋の涙を頬に伝わせた。
「……マリラは、素敵な女性だった」
静かに語り始めたレオンは目を閉じ、瞳の奥に彼女を映しだす。
「——任務で辛い事があっても、どんな時でも、彼女は笑顔で私を癒してくれた」
目を開けた彼の前に見えるのは、自由を思わせない天井だけ。
「一番辛いのは、自分だったろうに。なぜ——」
それは、外に出る事ができなかった彼女が、いつも見ていたであろう寂しい景色。
彼女の笑顔の裏に抱いていた寂しさに、今頃になって気づいたレオンは、さらに後悔を募らせていた。
「——彼女と別れる前に、あなたの想いは伝える事はできたの?」
「……伝えたよ」
たとえ死に別れても、想いを伝える事ができたなら、彼はいつかきっと前を向ける。
そう思い、すぐに頷くレオンを見て、少しホッとする彼女だったが、彼はすぐに首を横に振った。
「でもダメだ。彼女は——受け取ってくれなかった」
残念な結果に同情するルミナに——レオンは情けない心を曝け出し始めた。
「やはり私は、頼りないだろうか? どう思う?」
「さ、さぁ? それは、どうかしら」
突然の問いかけに困るルミナだったが、彼はさらに不安を並べる。
「それともマリラには、他に好きな男がいたのだろうか? それもあり得る……」
オドオドと狼狽え始めるレオンに、とうとう痺れを切らしたルミナは、彼に言い放った。
「あなたねぇ、そんなことで命を断とうとしたの? 彼女に振られたんだったら、とっとと受け入れなさいよ——」
死へと向かう理由が、この程度の事だったのかと呆れるルミナ。——しかし、彼が前に進めない理由は、そんな小さな事ではなかった。
「——そうじゃない。あの時マリラは、確かに何かを隠していた。それぐらいは、私にもわかる。……でも、なぜ?」
「なぜって、言われても……」
レオンが知りたかったのは。最後に隠したと言う彼女の本音だった。しかし、死んだ本人にしかわからないその気持ちを、ルミナには答えようがなかった。
「私がただ一方的に、彼女を愛していただけだった——それならそれで、私は良かったのに……」
「愛して……いた」
その言葉を使い嘆く彼に、過去の自分を重ね合わせたルミナは——ある事を思い出した。
「まさか……マリラさんって——」
マリラがレオンを愛していたとして、その愛を受け取らない理由。“本当の愛”の在り方を、ルミナは以前にも聞いていた。
——そして彼女は、確かめるようにその真実を問いかけた。
「——マリラさん。あの花火の夜……本当は、嬉くて堪らなかったんじゃないかな?」
「は、花火だと? なぜそれを……」
——彼女が知るはずがないあの日の真実に、驚き目を丸くするレオン。
彼のその反応を見たルミナは、彼らが、以前ヨヨが話した、愛し合う二人の事だったと確信した。
「やっぱり、マリラさんの事だったのね。病気のお嬢様ってのは——」
「そんな事まで……君は一体、どこまで知っているんだ?」
ようやく彼への特効薬が見つかり、微笑んだルミナは——あの日の、マリラの想いを代弁した。
「あの日、マリラさんがあなたの気持ちを受け取らなかったのは——既に、近い死が約束された彼女が、残されたあなたを悲しませたくなかったからよ」
早くに言い渡されていた、彼女への余命宣告。その真実は、レオンの耳にも知れ渡っていた。
「——本当はあなたの気持ちを受け取りたくて、幸せな余生を過ごしたかったのに……彼女は、それを失うことで、あなたが少しでも深く傷つかない様に、あえてその選択をしたの」
「全て……私の為だと言うのか?」
いつも誰かの為に、笑顔で癒しを与えてきたマリラ。
今まで、彼女をずっと見てきたレオンには、相手よりも自分が傷つく事を選ぶマリラの気持ちを、少し理解する事ができた。
「彼女、あなたの気持ちが嬉しくて——全部ヨヨ婆様に、話したらしいわ」
まるでそれは、笑い話の様に語り終えられた。そして、レオンは今一度——彼女の名前を呼んだ。
「そうなのか? マリラよ……」
それは、誰も答えるはずのない天に向かった問い。しかし、それにもルミナが優しく答えてくれた。
「病気で外に出られないのに、いつも彼女のそばにいてあげたんでしょう? きっとマリラさんも、あなたの事を好きだったに決まってるわ——」
まるでマリラにもらったかの様な——不思議な言葉。
見えるはずもない、聞こえるはずもない彼女の想いを知る事ができたレオンは、ようやく前に進む事ができた。
「うぅ……マリラぁ」
涙を流し、傍にいたジーンの手を握り返した彼は、再び生きている温もりに向き合うのだった。
——そして、その言葉に涙を流す人物は、マリラの本当の気持ちを聞いた彼だけではなかった。
『……っ、ずず……』
その部屋の薄布の扉の裏には、座り込み唇を噛み締めるマリラ。
そして隣から、彼女を見下ろしていた転生者の声が漏れる。
(ふぅ、何とかなったみたいだな——マリラの言いたい事は、あれで良かったのか?)
レオンを見守りながら、歯痒い思いをしていたマリラだったが、彼女の心はもう充分に救われていた。
『うぐっ、大丈夫。全部……ルミナさんが、伝えてくたから——』
一度は、死によって引き裂かれたマリラとレオンだったが、決して重なる事のなかった二人の想いが、今ここで重なり合った。
歓喜の涙が止まらないマリラは、その架け橋になってくれたルミナに、ただ感謝をするのだった。
愛に嘆く彼を見たルミナは、一体どう思うのでしょう?
次回!
第二章、目覚めと共に 完結!
火曜日を見逃すな!




