第30話 転生者
勝利は目前!
その時皇帝は……。
転生者
どうぞ。
ラキが憑依したカラスの活躍により、結界の発動は防がれた。ルミナとルキは小さく拳を握り、作戦の成功を喜ぶ。
一方で、皆の注目を集め静寂を披露してしまったシュダを、哀れみの目で見つめるバルナ兵達。
「絶望って……はは」
「何を言ってんだ……」
皆の前で大手を振り、大それた絶望宣言をしたシュダを笑い物にしていた。
「ぐぐぐ……」
唇を噛み、肩を震わせる。
顔を伏せ、悔しさを押し殺すように震えていたその肩が——次の瞬間、爆ぜた。
ガバッと顔を上げ、血走った目を見開く。
その視線は、嘲笑していたバルナ兵たちではなく——一匹のカラスに向けられる。
「カッ!(ひっ!)」
怒りに突き動かされたシュダは、理性を捨てた獣のような咆哮と共に、一直線に飛び込んでいった。
(まずい!)
憑依した者が意識を失えば、エギル体のラキはもう戻れない。そう予感した俺は、彼女の方へと飛んでいく。
「——この鳥がぁぁぁ!」
「カカァ!(あんたも鳥でしょうがー!)」
鬼の形相で襲いかかるシュダから逃げようとするラキだったが——。
「——隙を見せましたね」
剣が一閃——男を捉え、膝をつかせる。
「ぐっ!」
そこに立っていたのは騎士長マール。
頭に血が上り自慢の視野を失ったシュダに、渾身の一太刀を叩き入れる。
「何の気まぐれかわかりませんが、お逃げなさい」
魔法陣の刻印の消去した功績を讃え、小さな命を救ったマール。あの光を見た時点で、敵の魔法がただの術ではないことを、戦場の勘で感じ取っていたのだ。
——そして、飛んでくるカラスと合流した俺は、すぐにラキのエギルを引っ張り出した。
(ラキ! よくやったぞ!)
『うう、マールさ〜ん。助かりました〜』
ラキを無事回収して、俺がホッと胸を撫で下ろしていると、マールは皆に言い放った。
「この様な愚策に屈するバルナではない! 今こそが勝機だ!」
——怪しい光によって、勢いを止めたバルナ兵達だったが、その掛け声の共に再び動き出す。
「うおぉぉぉ!」
「俺たちもいくぞぉ!」
半妖の奇襲を掻い潜り、策を封じられた帝国軍に対し、恐れず進軍するバルナ兵。
「くっ! まずいですね……」
皇帝の元へと舞い戻り、一度守りを固めるシュダ。
帝国軍の要の一人であるシュダが負傷した事で、バルナ兵はさらに歩を進める。
そして、夢中で剣を振っていたガンツも、迫る群衆の前にたじろぐ様子を見せた。
「おいおい、まじかよ……」
「——そこだ!」
それを見逃さず切り込むマルク。それを間一髪防いだガンツだったが、そのまま後退し皇帝の盾となる様に傍につく。
一方皇帝は、怒るでもなく一人何かを考え込んでいる様子。
(皇帝よ……万策尽きたな)
高みからそれを見物する俺だったが、バルナ兵は進軍の手はまだまだ止まない。
「こいつら……」
「大人しくしろ!」
勢いに乗ったバルナ軍を止めようとする帝国兵だったが、彼らはものともせず敵を切り進み、あっという間に玉座の周りに囲いを作った。
——そして、孤独に戦うマルクの背中に、二人の足音が近づく。
「マルク! 無事でよかった……」
マルクの無事に安心し、潤んだ目を見せるルミナ。
その横で、ルキは胸を張り鼻をかいていた。
「へへ! 感謝しろよな!」
背中を預けられる仲間の存在に、マルクの表情からは思わず笑みがこぼれる。
「よく戦ったな。二人とも」
少ない兵力で、王の間を制圧に成功したバルナ軍。
もはや皇帝に——逃げ場はなかった。
(詰みってやつだ。この勝負、俺たちがもらった)
作戦は、狙い通りに進んでいた。
細心の計画と勇気が噛み合い、戦局は明らかにこちらへと傾いている。
——もう、勝利は目前だ。
いつも嘲笑を浮かべていた帝国軍の連中が、今は誰一人として笑っていない。
戦いを楽しんでいたはずのガンツも。
人を愚弄し笑っていたシュダも。
そして——あの皇帝ですら、沈黙の中に立ち尽くしていた。
——しかし皇帝のそれは、恐れから来る沈黙ではなかった。
「半妖であるシュダへの奇襲、魔法陣の破壊による結界封じ……」
ぶつぶつと呟き、一人思考を巡らせる皇帝。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
「お前の蛮行も、ここまでだ!」
口では皇帝を罵るが、彼から放たれる異様な雰囲気に、誰も切り込めない。
「……これらの動きには明らかな予測がある」
全ての策を封じられ不審に思っていた皇帝に、シュダが言葉を添える。
「誰か内通者でもいるんでしょうかねぇ?」
この場にいる帝国兵を見渡し、睨みをきかせるシュダ。
「ひっ……」
「そんな、滅相もありません!」
絶対的恐怖で縛られている彼らの反応を見て、裏切り者はいないと確認する。
——すると、皇帝はゆっくりと顔を上げ、血の気のない白い頬に再び笑みを刻む。
それは——彼の中の何かが確信に変わった瞬間だった。
「なんだ?」
「へっ! 気でも狂ったか」
理解不能の表情に、バルナ兵達は思わず笑い飛ばす。
「クックックッ……実に面白い……」
だが、低く響くその声にはどこか異様な気配があった。ぞくりとした空気がその場を包み、一同の笑いが凍りつく。
『あいつ、何か変です』
(な、何を笑っている?)
その余裕が虚勢でないことを、隣のラキの硬直した表情が何より物語っていた。
——そして、長い沈黙を破り、皇帝が口を開く。
「噂とばかり思っていたが、“ここ”にいたとはな」
絶体絶命のこの局面で、そんな言葉を口にするなど正気の沙汰ではない。
もし本気で言っているなら——一体何を知っている?
皇帝は王の間の天井を見上げ、大きく息を吸う。
胸に溜めていたものを、ようやく吐き出すかのように。
その場にいた誰一人として、この異様な落ち着きの意味を理解していなかった。
だが——俺だけは違った。
その口から発せられた言葉に、全身が凍りつく。
「——そこにいるのだろう? ……“転生者”よ」
皇帝は何かを知っている様です。
お次は金曜日。




