第10話 魔王の使い?
「なっ! は、ハルトさん!?」
「ハルトさん?」
ミルフィーユさんが呼んだ名前に、ショコラさんが訝しげな表情で呟いた。いけね、俺、ここではセレーナだったんだ。
「ミルフィーユさん、その名前は……」
「え?」
そこで俺は彼女に、うっかりセレーナのステータスで登録してしまったことを耳打ちした。
「あ、ああ、ごめんなさい。名前、間違えちゃいました。あはは〜」
この子、どんだけ演技が下手なんだよ。それはいいとして、だ。
「あのさ、い、いつから?」
「調査隊の人たちが来た時から」
ほぼ始めからか。
「ね、ハル……セレーナさん」
「うん?」
「リコ君、ウチで引き取ろうよ」
「え?」
「ねえリコ君、うちに来ない?」
「でも……」
「それとも親戚の人とか近くに住んでるのかな?」
「いないよ」
「それなら!」
リコが俺を見上げている。
「リコさえよければ、俺たちと暮らすか?」
「お兄ちゃんと? 一緒にいてくれるの?」
「ああ、お前が望むならな」
「ボク、お兄ちゃんと暮らしたい!」
「そうか」
このやり取りは皆を安心させたようだ。もちろん、ミルフィーユさんも泣き顔で微笑みながら、リコの頭を撫でている。
だが俺は気づいていた。リコは言葉では一緒に暮らしたいと言ってくれたが、本心はそうではない。まだ年端もいかない子供なのだ。親と一緒がいいに決まっている。
「じゃあ、これからは……」
それ故に、言ってはならないことがあるのだ。
「私とこのお兄ちゃんがリコ君の……」
「ミルフィーユさん」
俺は彼女の言葉を遮る。
「リコ、お前が大人になるまでは面倒を見てやる。だがな」
「うん」
「俺たちはお前の両親ではない」
「うん」
「だから大人になって、1人で生きていけるようになったら」
「うん」
「パーティー組もうぜ」
「わ、分かった!」
いい顔をしてやがる。俺はリコの将来が楽しみで仕方なかった。
さて、それはいいとして、ショコラさんをどうやって誤魔化したものか。
「セレーナさん、ちょっといいですか?」
ほらきた。俺はミルフィーユさんに、リコを連れて先に屋敷に帰ってもらうよう頼んだ。それから、ショコラさんに従ってギルドの応接室に向かう。もちろんシュワルさんたちも一緒だ。
「どういうことなのか、説明して頂けますか?」
「えっと、何のことでしょう?」
「まず、トロングハイを討伐したのは、シュワルさんではありませんよね?」
「あ、いや、その……」
シュワルさんはばつが悪そうに頭を掻いている。この人はダウンしてたからね。でも俺やリコ、それにクリスさんを逃がすために、決死の覚悟で挑んだ姿は賞賛に値するだろう。勝てないと分かっていても、何かを護るために戦う勇気に、俺は心から敬意を表したい。
「シュワルさんですよ」
「はい?」
「お、おいお前……」
パーティーの3人が、揃って俺に目を向ける。ショコラさんも胡乱げな表情で俺を見ていた。
「リコ君の口ぶりでは、セレーナさんが倒したように聞こえましたけど?」
「勘違いしているのでしょう。だいたい俺は武器を持ってないじゃありませんか」
無限収納ボックスがあってよかった。アターナー様、感謝だよ。
俺は余計なことを言わないように、他の3人に目配せした。
「俺は今日、冒険者登録したばかりの新人ですよ。ショコラさんも言ってたじゃないですか。俺のステータスでは、真っ先に狙われて食べられてしまうって」
「確かに言いましたけど……」
「俺たちが倒す。セレーナは子供と隠れてろ!」
「はい?」
「いやぁ、あの時のシュワルさんはホント、カッコよかったです」
実際のセリフは違ったけど。
「セレーナさん、本当のことを言って下さい。貴方、何者なんですか?」
「へ?」
「さっきの彼女、ミルフィーユさんでしたか。あの方は貴方を違う名前で呼んでましたよね?」
「あはは、彼女も言ってたように、誰かと勘違いされたんでしょう」
「いいですか、セレーナさん」
「はい?」
「トロングハイ討伐なんて、普通の人間に出来ることじゃないんです」
「はい……」
「シュワルさんは確かにお強い冒険者です。でもこの人は以前、5体の荒くれオークにコテンパンにやられて帰ってきたことがあるんですよ」
そうなの?
「ショコラちゃん、今それを言わなくても……」
「黙って!」
「はい!」
「そんな彼が、トロングハイなんて魔物を倒したと言われても、全く信じられません!」
「俺には倒せると?」
「貴方、人間ではありませんよね?」
「はぁ?」
ちょっと待て、それってどういう理屈だよ。てか、何でシュワルさんたちも引いてるのさ。
「あのステータスで魔物狩りを望むなんて、中身はズバリ、魔王様の使い!」
魔王様?
「いやいやいや、ただの人間ですってば!」
「いいえ、私の目に狂いはありません」
「そもそも魔王が仲間とも言える魔物を討伐するとか、どう考えてもおかしいでしょう」
「何を言っているのです。魔王様はあの村にトロングハイが現れたのを知って、貴方を使いに出したのではありませんか?」
話が見えない。イオナ姫も魔王のことを殿って呼んでたし、一体この世界の魔王ってどういう立場なんだろう。今はあのバカ女神のはずだけど。
「いや、本当に違いますから」
「なるほど、正体を明かせない理由があるのですね。分かりました。ではそういうことにしておきましょう」
そういうことって。
「ですが、トロングハイ討伐の報酬はきっちり、受け取って頂きます」
「それはシュワルさんパーティーの一員として、ってことですよね?」
「いいえ! セレーナさんお1人に受け取って頂きます!」
これ以上押し問答を続けてると、そのうちボロが出そうだ。彼らには後で報酬を山分けにすればいいだろう。
何の役にも立たなかったが、シュワルさんはトロングハイに一太刀浴びせたわけだし、ザビエルさんも必死に戦っていた。クリスさんだって、ヤツに払い除けられて痛い思いもしているのだ。これで何もなかったら哀れとしか言いようがない。
それに、シュワルさんは俺たちを護ろうとしてくれた。あの勇気には報いなければならないだろう。
しばらくして、俺たちはようやくショコラさんから解放された。トロングハイの討伐報酬は金貨100枚。そのうちギルドの手数料20%を差し引いた80枚が俺の取り分だった。叙勲はなかったらしい。いらないけど。
「な、なあセレーナ」
「はい?」
「その、お前が何者でもよ」
「はあ」
「今後も俺たちとパーティー組まねえか?」
思わぬシュワルさんの言葉に、俺は少しの間、言葉を失うのだった。
次話より第5章に入ります。




