【やり直し軍師SS-579】遠路訓練(9)
「ここだ、入れ」
先頭をゆく男に促されて入室すれば、私の後に続いていた女性が扉を閉める。
女性はそのまま、閉めたばかりの扉に寄りかかった。逃げ道は無いと言うことか。
男の方は椅子に乱暴に座ると、「俺はログガッドだ。お前の名は?」と問いかけてきた。
「……アヴリ」
「本名か?」
「いいえ」
私の返事に呆れた顔をするログガッド。
「……お前、今どう言う状況かわかっているのか?」
「まあ、多少は。別に、取ってつけた名前ではないわ。アヴリは学園で名乗っている通り名ってだけ」
別に揶揄っているわけではない。なるべく時間を引き延ばすためにも、多少は会話の主導権を得ておきたい。
「……なるほど、つまり学園では身分を隠している、という意味でいいか?」
「ええ。そう言うこと」
「なるほどな。だが、ああそうですかで済むわけが無い。本名を言え。言わなければ……理解できるだろう?」
ログガッドはゆっくりと剣を抜くと、ロピアを威嚇するように床に突き刺す。だがその程度のことに怯みはしない。
「そうね。状況はある程度理解しているつもり。少なくとも、今は私を……私たちを殺すことはできない。くらいのことは」
「……甘い見込みだな。調子にのるな。我々が善良な騎士様とでも思っているのか?」
「いいえ。でも、あなた達の狙いは王子様でしょう? なら、今私たちを殺す意味がない」
「残念ながら、それは大いなる勘違いだ。お前が使えなければ、殺して別の策を実行するだけの話」
ログガットの返事に、私はまずひとつ確信を得た。狙いはやっぱりゼクシア。それなら交渉の余地がある。
「次の策、ねえ。本当はそんなもの、ないでしょ?」
「何を根拠に?」
「私たちを攫ってきた場所が、ここだから。多分ここ、私たちが演習の目的地にしていた森の近くのはず」
ログガッドは沈黙。つまりそれが答えだ。反論しないならこのまま続けよう。
「こんな場所に拠点を作っていたと言うことは、本来、王子様を狙うのは私たちが目的地に到着してからだった。違う? わざわざ離れた町から馬車を攫ってきたのは、計画が大きく変更されたから」
「計画が変更になったとすれば、何だと言うのだ?」
「変更したと言うことはすなわち、当初の予定よりもこの策の方が成功率が高いと判断したため。ではなぜそう判断したのか? 答えは簡単。当初の計画は、今回の強引な方法よりも、より不確実なものだったから。考えればそれはそう。王子様は厳重な警護の元にある。演習中とはいえ、狙うには不確定要素が多すぎる」
「……面白い。続けろ」
「となれば、簡単に私たちを殺すことはできない。なぜなら、これは王子を狙う数少ないチャンスだから。私が気に入らないからと言って、安易に殺して次へ、とはできない。そんなことをすれば王子はさらに厳重に護られて、王都に帰ってしまうから。だから、現状においてはこの作戦に賭けるしかないはず。その前提なら、少なくとも王子様がどう動くかが明確にならない間は、私たちに手をかけるのは愚策でしょう?」
「……随分と口と頭は回るようだが、前提が足りていない。そもそもお前が、ゼクシアを呼び出す餌としての価値があるかどうかだ。役に立たねば早々に殺して逃げた方がいい。お前が何者かは知らんが、そのくそ度胸、ただの貴族の娘ではないな。殺せば多少はルデクを揺さぶれそうだ。ゼクシアの方はまた次の機会にするだけの話」
「あー……。多分その辺は心配しなくてもいいかも。……多分、あいつ……王子様は来ると思うから」
王子の行動としては失格だろうけれど、そう言うやつだ。
「どうして言い切れる?」
「ただの勘。これに関しては無視していいわ。どうせ一刻もしないうちに分かるし」
「ますます意味が分からんな。一刻しない根拠は何だ?」
「ちょっとその前に質問良い? 多分、私たちを攫った段階で、王子様に『一人でこい』とかそんな置き手紙でもしたんでしょ? あ、待って。うーん……一人だと流石に来ないから『少数で』とか、何かしらの制限をつけて」
「……その程度は隠すことではないか。そうだ」
「王子様が言うとおりにするならば、部隊を編成する必要はない。その場合、私たちの馬車がなくなったことが露見するまでの時間と、馬車の移動速度と、騎馬の移動速度を考慮すれば、だいたいその一刻で到着するかなって思っただけ」
「一つ聞きたい。少しでも安全を得たいのであれば、嘘でもそこは時間を引き延ばすところだろう。時間がないとすれば、こちらは強引な手段をとるとは思わないのか?」
「じゃあ一晩は来ないと言ったら、それまで安全を保証してくれるのかしら」
「いいや。くく……本当に妙な娘だ」
「と言うわけで、結果が出るまでは大して時間がかからない。なら、このままお話ししてても良いかしら? 他にも聞きたいことがあるのだけど」
私の発言に若干引いた顔をするログガッド。
「お前、本当に学生か? どこかで特殊訓練でも受けているのか?」
当たらずとも遠からずだ。
「正体は後で。先に質問に答えてほしい。仮にこのまま事情もわからず殺されたんじゃ、納得がいかないもの」
とはいえ、実はここまでの会話で多少あたりはついている。
これ以上は相手を刺激する危険もある。でも、このままなるべく時間を稼いでいれば、少なくとも他の三人に意識は向かないし、首謀者らしき人物をこの場に留めておける。
その間に、きっとネルフィアさんやサザビーさんが何とかしてくれるはずだ。
ロピアは密かにお腹に力をこめて、言葉を吐く。
「多分、あなた達、リフレアの残党よね」
部屋の湿度が、一段下がった。




