【やり直し軍師SS-576】遠路訓練(6)
ゼクシアがその異変を聞かされたのは、出迎えた領主との挨拶を終え、宿に戻った時の事だった。
「馬車が一台消えた? どういうことだ?」
学園の生徒が乗った馬車は、今日に限っては野営には参加せず、町に一緒に入ってきたはず。
ゼクシアが首を傾げる間にも、すでにサザビーはこの場から消えている。
報告に上がった兵士は、
「どうやら……厩の主人が、殿下の命令で移動させると言ったらしく……」
「私が? そんな命令はしていない」
嫌な予感がよぎる。
「……まさかとは思うが、その馬車にまだ生徒が?」
「……はっ。その……“例の馬車”です」
最悪だ。ロピアの乗った馬車が行方不明だと?
「これは……殿下の存在を逆手に取られましたね。馬車にロピアがいたことを知る者の仕業でしょう。あの馬車で殿下の思し召しとあれば、事情を知る第10騎士団の兵士は深くは追及しません。そこを突かれました」
ネルフィアが断言するように口にする。
「ロピアがいると、どうやって知ったのだ?」
「正確にいえば、殿下が気にかけるような人物が馬車に乗っているのに気がついた人物がいるのだと思います。おそらくは、馬車の中の誰が殿下の知り合いかすら、分かっていないのかも知れません。だから、殿下を誘い出すために馬車ごと拐った」
「……あの時か」
ゼクシアには心当たりがあった。初日に特定の馬車にだけ声をかけている。その姿を見られたのか?
「だとすれば私のせいだ」
悔やむゼクシアに、リュゼルが声をかける。
「いいえ殿下、これは騎士団の大いなる失態です。誠に申し訳ありません、全てが解決してから、罰は如何様にでも。ともかくすぐに第10騎士団を動かします」
「待ってください」
厳しい顔のリュゼルをネルフィアが押し留める
「今騒ぎになれば、様々な綻びが生じます。むしろそれが狙いかも知れません。それならば慌てるのはかえって危険です」
「しかし、こうしている間にもロピアの身に危険が迫っているかも知れんのだぞ!」
「もちろん私とて心配です。しかしながら、我々が優先すべきは、殿下の身の安全。……仮にこの場にロア様やラピリアさんがいたとしても、そのように判断すると思います」
「ぐ……」
言葉に詰まるリュゼルの姿を見て、ゼクシアは己の立場を恨めしく感じる。このような時でも自分を守るために動けぬ者たちがいる。理解はしているが、もどかしい。
「……ですのでリュゼル将軍、口の固い人員を厳選し、少数の調査部隊を準備してください」
「分かった」
リュゼルが立ち去ると、ネルフィアはゼクシアを見る。
「まずは厩を調べます。……お気持ちは察しますが、殿下はこのままにてお願いいたします」
「……ああ。しかしなぜ厩を?」
「その厩の主人は偽物の可能性が高いからです。ならば、なんらかの痕跡が残されているかも知れません。レゼット、頼めますか?」
「了解しました」
ネルフィアの命を受けて部屋を出たレゼットはしかし、程なくして戻ってきた。サザビーも一緒だ。
「厩の主人は裏の納屋に縛り上られていました」
サザビーの報告。ゼクシアはわずかに安堵の息を漏らす。
「殺さなかったとすれば、比較的穏当な相手ということか?」
しかしサザビーの返答はすげないものだ。
「残念ながら、それは楽観的過ぎますね。厩の主人を殺さなかったのは、多分、周囲に血の匂いが漂うのを避けたのかと。我々はもちろん、ベテランの兵士などは、厩の異変に気づくかも知れませんから」
「……そうか」
「殿下、大丈夫です。拐われたのはあのロピアちゃんですよ? 簡単にはやられません。というか、絶対何かしでかします」
慰めと言えばその通りだが、相手がロピアとなれば確かに簡単に死にそうな気はしない。
「……とは言え、ちょっと困った書き置きがあったんですよね」
言いながらサザビーが差し出してきた一枚の紙には、
『人質を返してほしくば、ゼクシア王子と学生のみで指定の場所に来い』
とある。
「私一人で、ではなく、学生のみでというのはどういう意味だ?」
その疑問にサザビーがレゼとラゼを指差した。
「一人で来いでは、殿下は流石にやってこない。生徒と一緒とすれば、多少は誘き出しのハードルが下がる。……そんなところでは?」
「多少譲歩してでも、私を釣り上げたいというわけか。分かった。行こう」
「殿下!」
ネルフィアが制する中、ゼクシアは続ける。
「向こうの狙いが私なのは明白だ。そして私の命の重要さも十分に理解している。だが、誘拐されたのはルデクの民だ。まして遠因が私の可能性があるのならば、王族として見捨てるべきではない。違うか」
「……心得違いにございます。しかし、レゼットとラゼットがいればどうにかなると思っておいでかも知れませんが、無策で出向くのは感心いたしません。必要とあれば、力づくでも止めさせていただきます」
もう現役の諜報員として活動していないとはいえ、ネルフィアが本気を出せば、ゼクシアなど数回の瞬きで制圧される。
しかしここで引き下がるわけにはいかない。ロピアがしぶといのは認めるが、そうは言ってもゼクシアと同じ年の娘なのだ。
睨み合う二人の緊迫した空気を破ったのは、遠慮がちなノック。
入り口近くにいたサザビーが扉を開けばそこには、
「なんか……ちょっと、ヤバそうな話が聞こえちゃったんだけど……」
と、気まずそうなコナー達が立っていた。




