【やり直し軍師SS-573】遠路訓練(3)
私は皆に気づかれないように、そっとため息を吐く。
王都を出発してからずっと、馬車の中は大盛り上がりだ。
無理もない。今回の企画が学園内で公表されると、それはそれは大騒ぎとなった。
演習のおまけとはいえ、トラド学院のエリート達に護られての遠出。世の女子達の憧れのシュチュエーションの一つである。
特にルファンレード学園は女性比率が高めだ。
今回の参加は、希望者の中から成績や普段の素行を考慮して選ばれるという話だったけれど、女性陣の熱量に押されて男性は軒並み辞退していた。
まあ、多くの男性陣からしても、学院の生徒に護られて野宿などしたところで、楽しくもなんともない。当然の流れである。
参加できる生徒が9名と限られていた状況にも関わらず、希望者は殺到。
今この場にいるのは激戦を勝ち抜き、その栄誉を掴んで意気揚々と馬車に乗り込んでいるのだ。
強制参加確定の私以外は。
もちろん私も成績面ではしっかりと条件をクリアしている。アヴリとしての学園での立ち位置は、そこそこ勉強はできる、地味で目立たない娘である。
ママ(ラピリア)は当然、その辺りも計算ずくなのだろう。
正直これっぽっちもやる気はなかったのだけど、ママの『でもルファも野宿くらい平気でしたし』という言葉に踊らされた。
かつてルファ様は、パパやママ達と戦場を駆けたというのだから、それを引き合いに出すのはずるい。
でも、もしも、万が一ルファ様が野宿を伴ったイベントを開催されるようなことがあれば、ルファ様の補佐官の座を狙う私としては、経験を重ねておかなくてはなるまい。
私の思惑はともかく、馬車の中の話題はもっぱら学院の生徒の話。有体に言えば、誰がかっこいいとか、そんな話だ。
まあそれでも、話題の対象が学生であれば別にいい。私も適当に相槌を打っていれば済む話。けれど、第10騎士団の話になると少々複雑だ。
『やっぱりフレイン様のお話が一番よね!』
学園において、というか王都において、庶民と貴族の恋のお話といえば、何はなくともフレインさんとトゥリアナさんの物語である。
田舎の牧場の従業員にすぎなかったトゥリアナさんが、たまたま出会ったフレインさんに見初められた。
当時すでにルデク指折りの肩書を持っていたフレインさん。それが何処の馬の骨ともわからぬ娘を、半ば強引に娶ったとあれば話題にならないはずがない。
……あの二人の物語はルデクで大いに流行した。結果的に、実に多彩な……真実とはかけ離れた物語も数多く流通している。時が経った今なら尚更。
「トゥリアナ様が密かに備えていた、淑女としての資質をフレイン様が見抜いたのよね。きっと普段はたおやかな暮らしをされているんだわ」
そんな言葉が私の耳に届く。
フレインさんとトゥリアナさんが仲睦まじいのは物語の通りで、それに異論を唱えるつもりは全くない。
が、私の知っているお二人は、大体いっつも馬のお手入れをしており、顔や服を泥で汚している姿である。
そのお姿自体は私にとっても好ましいもの。
しかしながら、フレインさん達に限らず、私の知っている第10騎士団の有名人と一般的な認識に大きな相違があり、安易なことを口にできないのでかなり気を使うのだ。
「第10騎士団の方々も素敵ですけど、今回は、ねえ……」
馬車に同席したミティという娘さんが、含みのある言葉で話題を変える。
この馬車に乗っているのは私と友人のアンナ。あとはほぼ初対面のミティ。それと引率役のスワンソン先生の四人。スワンソン先生も若い先生なので、話に混じって盛り上がっている。
ミティの言葉に、一度みんな言葉を濁した。どうやら、なんとなく口に出すをの憚っているようだ。
まあ、誰の話かは私にも理解できる。ルデクの第一王子、ゼクシア=トラドのことだろう。
フレインさんでないけれど、万が一ゼクシアに見初められでもしたら、これ以上ないプリンセスストーリーなのは間違いない。
実際は王子の伴侶など、苦労しかないだろうに。
まあ、そう考えることができるのも、私が英雄宰相の娘だからか。
と、誰かが馬車の窓を叩く。なんだ? と視線がそちらに集まった瞬間。
「「「きゃあああああああ!」」」
と耳を覆うほどの嬌声が響いた。
あいつ(バカ)、何しにきたのよ。
窓の外からゼクシア本人が馬車を覗いていた。若干パニックの三人を尻目に、私は窓を開けて、なるべく動揺している風のか細い声を出す。
「ゼクシア殿下。ご機嫌麗しく。……あの、どうされたのですか?」
「いや何、ちょうど私達が警護の順番であったので、様子を窺っていただけだ。驚かせてしまったようだな。謝罪しよう」
「いえ。お気遣いありがとうございます」
「うむ。道中は我々がしっかりと護るゆえ、心安らかに過ごすといい」
それだけ言って離れてゆく。
私がやれやれと窓を閉めて振り向けば、三人の視線が私に集まっていた。その中からアンナが、
「アヴリって、意外と度胸があるのね……」
と目を丸くしながら口にするのだった。
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「殿下」
リュゼルが並んできて声をかける。
「なんだ?」
「大丈夫なのですか? ……後で怒られますよ?」
ロピアの性格をよく把握しているリュゼルならではの苦言だろう。ゼクシアは苦笑する。
「まあ、ちょっとした様子伺いくらいいいだろう?」
「……左様ですか」
「ところで、あいつの護衛は? 特定の人物がいるのか?」
「いえ。本人の希望で、特には。ご覧の通り第10騎士団もおりますゆえ」
「そうか。……私はともかく、あれも最重要人物だ。何かあっては国家の大事だぞ」
何気なしに口にしたその言葉、
道端の泥の中に身を隠し、その言葉を聞いている人物がいるとは、ゼクシアもリュゼルも気づいていなかった。




