【やり直し軍師SS-467】香水花(2)
「ここは……もしかして、トランザの宿!?」
私は連れてこられた場所を前にして、思わず叫んでしまう。
「そうだよー。スールちゃんのお家ー!」
さも当然のように言うルファさん。
「で、でも私、お金が……」
商品を預けている倉庫代も必要だし、もう本当にこれ以上無駄にして良いお金はないのだ。もしかして私はまた、騙されてしまったのだろうか?
「気にしないで大丈夫よ。ルファちゃんのお客様ってことなら、お代はいらないから。それとも、今日の宿は決まってた?」
「い、いえ……」
少しでも節約するために、元々店舗が決まったら、開店まではそこで寝泊まりするつもりだった。
私の返事を確認すると、スールさんは良かったと言いながら、私を宿へと招き入れる。
「と言っても、他のお客さんの手前もあるから、別館の方に泊まってもらうけどね」
別館だろうが本館だろうが関係ない。ここはあの有名なトランザの宿。王都随一の料理でもてなすという、伝説のお宿である。
私の田舎でも、『トランザの宿に泊まった』などと言えば、ちょっとした自慢話になる程だ。
「お父さんに話してくるから、先に行ってて。ルファちゃん、いつものあの部屋ね!」
「りょーかい! よろしくね!」
あまりにも色々なことが起こりすぎて、全く思考の追いついていない私は、ただただ言われるがままにルファさんの後を追った。そうして連れて行かれたのは、とんでもなく豪華なお部屋である。
「寝る時はこっちの部屋ね!」
ルファさんが開けた扉の先には、天井から布の垂れ下がったベッドが。これは、絵物語で見た、天蓋付きのベッドと言うやつではないのだろうか?
あまりに豪華すぎる部屋に、私は少し怖くなってきた。もしかして、私は売られてしまうのかもしれない。
怯えながら部屋の隅の方に立ちすくむ私に、ルファさんは屈託なく笑いかけてくる。
「あ、まだ、料金のこと気にしてる? 本当に大丈夫だよ。せっかく王都に来て、いきなりそんな目に遭うなんて、王都の落ち度だからね! 全然気にせずにゆっくり体を休めてくれると嬉しいな!」
今、なんだか随分と規模の大きなことを言われた気がする。どう言う意味だろう? 王都の人というのは、それほどまでに心の広い人々なのだろうか?
高そうなソファを汚さないように、私がソファの隅にお尻をおいたころ、
「お待たせ。許可もらったよ。お茶とお菓子も持ってきたわ」
と言いながら、スールさんが部屋にやってきた。
「わー! さすがスールちゃん! 気が利くねぇ」
ルファさんはお菓子を受け取り、テキパキとテーブルへ。なんというか、食器もお菓子も洗練されていて、これぞ王都という感じだ。
こうして突然始まったお茶会。話題はもっぱら、私の事だ。
「え? じゃあ、シャーリーちゃんは王都でお花屋さんを始めようと思っているの?」
「は、はい……」
すでにお店を開くことすら怪しくなってはいるけれど。
「花屋さんかぁ……。王都だと競争が激しいけれど、特別な商品があるの?」
一流の宿の娘さんらしく、商売について厳しい指摘をしてくるスールさん。
「はい。多分、大丈夫です。王都に来てから色々な花屋さんを見たけれど、同じ商品を扱っているお店はありませんでしたから」
「王都では流通していないお花? へえ、それは少し興味があるわね」
スールさんが興味を持って、少し膝を乗り出したところで、扉がノックされた。
「どなたですかー」
ルファさんの少し気の抜けた声に対して、
「俺ですよー」
と、同じく緊張感のない声が返ってくる。そうして許可を待つでもなく扉が開けば、
―――ものすごいイケメンがきた―――
美男に目を奪われている場合ではないのだけど、目を惹かれるのは仕方がない。
少し軽薄そうだけど、田舎では絶対に見かけないような人が入ってくる。その背後には、対照的に全く印象に残らなさそうな地味な男性が付き従っていた。
「お疲れ様ー! サザビーが調べてくれるの?」
あんなイケメンにも全く動じず、ごく当たり前のように声をかけるルファさん。
「や、俺も手伝いますけど、メインはこっちですね。モルテと言います。うちの“同僚”です」
そう言って紹介された地味な男性は、早速一枚の紙を取り出すと、私の前に差し出した。
描かれていたのは中年男性の似顔絵だ。絵を見た瞬間に、私は思わず大きな声をあげる。
「あっ! この人です! 私を騙したのは!」
忘れもしない。似顔絵を見るだけでも、改めて腹が立ってきた。
「やはりですか。騙されたのは不運でしたが、まあ、ある意味で貴方は運が良かった」
「どういう意味でしょうか」
ピンときていない私に、ルファさんが解説してくれる。
「似顔絵があるってことは、きっともう、追い詰めているってことだよね! そうでしょ?」
「ご名答です。と言っても、詐欺に加担している者が他に数名います。一網打尽にする内密の計画のため、決行日まであと5日ほどお待ちいただきたく」
「それは構いませんが……」
騙されたお金が無事に返ってくるなら、数日くらいなんてことはない。
「返事があるまでは、この部屋使っていいからね」
そんな風に言ってくれるスールさん。本来ならこんないい部屋には1日だって泊まれないけれど、今はお金が大事だ。お言葉に甘えよう。
「じゃまた進展があったら、ルファちゃんに伝えればいいかな?」
「うん。サザビーのやりやすい方法でいいよ」
「了解しました。では、我々はこれで」
ついさっきまで途方に暮れていたのに、あっという間に解決しそうだ。本当に一体、どうなっているのだろう? 王都ではこんなことが日常茶飯事なのだろうか?
少し気が抜けてしまった私に、スールさんが声をかけてくる。
「で、王都に流通していない商品、是非見てみたいのだけど」
ここまでお世話になった私は断ることもできず、私たちは連れ立って倉庫へ向かうことへとなったのである。




