【やり直し軍師SS-430】私の恋人②
良くも悪くも、シャリス=イグラドは生真面目な人だ。
『私はかつて、第一騎士団として第10騎士団の足を引っ張っていたのだ。ルデクが平和になった今こそ、その贖罪をしたい』
彼はそのように言って、自らロア様に北ルデクへ行く事を申し出たのである。ロア様が『気にしなくていいのに』と言っても、頑として譲らなかったとはお兄様の談。
そして実は、誰にも言っていないけれど、シャリスは私に北ルデクへ一緒に来てほしいと望んだ事がある。
けれど、私は断った。
多分、昔の私なら一も二もなくついて行っただろう。ホグベック領は田舎で、中央で華々しく活躍するラピリア様に強く憧れ、騎士になりたいと言った事もある。
いや、きっと、単にこの領地を出る理由を探していたのだ。だから多分、町を離れる事ができるなら、別に騎士団でなくてもよかった。
でも、今は違う。ホグベック領の穏やかな空気、のんびりとした時間が好きだ。
お兄様が中央で活躍するようになり、私も王都を訪れる機会が増えた。結果的に、故郷と他の世界を比べられるようになったのが大きかったのだろう。
私には、王都の華やかさよりも、故郷の水の方があっている。
ウィックハルト兄様が、中々故郷に戻って来れない事も理由の一つかもしれない。
ウィックハルト兄様が己の都合で帰って来ないわけではないのは、私にもよく分かっている。ロア様の側近であるということは、この国の根幹を支えるのと同義だ。そのような重責を負っている兄様には、尊敬しかない。
同時に、ホグベック家の子女は私と兄様しかいないのだ。必然的に私が公的な場でお父様を手伝う機会は増えてゆく。
トゥリアナとフレイン様の出会いとなった、馬の大市などはその最たる例だろう。
そうして私は、今まで気づいていなかったホグベック領の良いところを、たくさん目にすることができたのだ。
今は、できればホグベック領の発展のために、自分の力を使いたいと思えるようになっていた。
幸い、私は中央に様々な人脈を得た。中央とホグベックを繋ぐ役割も、私ならばできる。
だから、私は断った。
もしもあの時、シャリスの希望に寄り添っていたら、今頃は婚儀をあげているだろうか?
そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。
ただ。シャリスは私が断っても、それを理由にお別れを切り出したりはしなかったので、幸いまだお付き合いは続いている。
やっぱり北ルデクの統治は大変らしく、シャリスもかなり忙しいみたいだ。なるべく欠かさないようにすると言っていた手紙も、ここのところ少し減ってきた。
いっそ私が北ルデクに遊びに行けば良いのだけれど、立場が状況を難しくしている。
ただの貴族の娘なら馬車一つで行けるだろう。ところが私はウィックハルト兄様の妹で、万が一誘拐でもされたら、兄様に対する手頃な脅迫材料となる。
ルデク本国ならばともかく、私が北ルデクまで行きたいと言えば下手すれば騎士団が動く。大袈裟でありながら、否定できない。
それは私も、そして多分シャリスも望まぬ話だ。
私が考えに浸ってしまったので、しばらく沈黙が続く中、やおら扉がノックされた。
「どうぞ」
言いながら私が立ち上がると、トゥリアナも慌てて私に倣った。
入ってきたのは案の定、マゼット=ルーベス様。続いて、ひょっこりとルファ様も顔を出す。本当にこの人、どこにでもいるな。誰とでもすぐに仲良くなるお方である。
「お待たせ致してすみませんね」
「いえ、貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。マゼット様」
「セシリア様とはいつ以来でしたか。また一段とお綺麗になられて」
「そんな。マゼット様こそ」
「ほほほ。それで、そちらの方が、トゥリアナね?」
「は! はい! トゥリアナと申します!」
「あらあら、そう固くならずに。まずはゆっくりとお話しいたしましょう。ルファ姫が美味しいお菓子を用意してくれたのよ」
マゼット様に促されて、ルファ様がふふんとカゴを出して来た。
「今日のために特別に作ってもらったシュークリームだよ!」
「しゅー……?」
トゥリアナはキョトンとした顔をした。多分、シュークリームを食べた事がないのだろう。確かに大きな街でもなければ、貴族の集まり以外ではあまり見かけぬ高級菓子だ。
トゥリアナの様子にすぐに気づいたルファ様は、にっこり笑って続ける。
「とーっても美味しいの! ほっぺた落ちちゃうよ!」
そう言われたトゥリアナが慌てて自分の両頬に手をやる。その様子がおかしかったのだろう、ルファ様とマゼット様は微笑む。
部屋の緊張感が少し緩んだところで、マゼット様が着席を促した。
「さ、シュークリームとお茶を楽しみながらお話しいたしましょう。私、フレイン様がどんなふうに貴方を口説いたのか、とても興味があるの」
こうして、トゥリアナを養女に迎える相談は、穏やかに始まりを告げたのである。




