【やり直し軍師SS-174】デリクの受難(下)
「日が傾き始めたか……」
山間部の日暮れは早い。この谷底で夜を明かす可能性すら出てきた。無論武器などない。獣が出てきたらかなり困ったことになる。
だが、ここでデリクが弱音を吐くのは厳禁だ。2人の女性が一緒なのだから、デリクの言葉で不安にさせるわけにはいかない。
何か、明るい話題を……。デリクは意識的に笑顔を作ると、冗談でも言おうと、心細く思っているであろう2人の方を振り向く。
しかしながら、山育ちのモリスは体力を温存するために目を閉じ、なんならわずかに寝息が聞こえ、ドリューに至っては緑の根っこのようなものを齧っている。
……根っこのようなものを齧っている?
「ちょ! おい! ドリュー! お前何食ってんだ!?」
慌ててドリューの手から根っこを奪い取るも、すでに一部は齧られて咀嚼され、それからドリューはみるみる涙目に。
「大丈夫か! すぐに吐き出せ!」
デリクの騒ぎに気づいたモリスが目を開けて近づいてくる。
デリクはとにかく吐き出させようとドリュー背中を叩く。そんなデリクに向けてドリューが口を開いた。
「か……」
「か?」
「辛いですぅぅぅ」
「は?」
予期せぬ返答にデリクが固まったところで、モリスがドリューが齧った緑の根っこを摘み上げ、「あら、これ」と声を上げる。
「モリス、これがなんなのか知っているのか?」
「ええ。珍しいですね。こんな場所でお目にかかるなんて。でも水も綺麗だし……」
「珍しいかどうかは今はいい、これ、食って大丈夫なものなのか?」
「大丈夫ですよ。これはワビという香辛料です。擦ると強烈な辛味が出て、私の地元では料理のアクセントに使います」
「香辛料……」
「でも、地元では自生する数が少ないので、ちょっとした珍味扱いでした。王都でも見かけたことはないので、一般的ではないみたいですね」
モリスの説明を受けて脱力するデリクの横で、ドリューはようやく辛味がおさまってきたのか、「これ、向こうにいっぱい生えてるですよ?」とケロリとした顔で言う。
「たくさんですか? それは凄いですね。もしかしたら、この辺りの方がワビの育成に適しているのかもしれません。ドリュー、その場所へ案内してもらえますか?」
「良いですよ。こっちです」
そんなふうにはしゃぎながらワビの群生地に向かう2人の後ろ姿を見ながら、デリクはなんだか色んなことが馬鹿馬鹿しく思うのであった。
「折角ですから」
と、何か折角なのかわからないが、モリスがひとしきりワビを収穫したところで軌道修正。なんとか脱出しなければ、それこそ、その辛いワビとか言うやつを齧りながら、こんなところで朝を待つことになりかねない。
「せめて火があればなぁ……」
それだけでも随分と違う。探索している兵士たちに合図になるし、夜を明かすにしても安全度が跳ね上がる。
すると、ドリューが不思議そうにデリクに声をかけてきた。
「火がいるですか? じゃあ起こします」
「は? どうやって?」
「圧気発火器、持ってるので。これがあれば火が起こせます」
「おま!? そんなのあるなら、さっき言えよ!?」
「そんな会話していたですか? 聞いてなかったです」
これ以上の議論は時間の無駄だろう。デリクは一度肩を落としてため息を吐くと、気持ちを切り替える。
「とにかくそれで火が着くんだな。なら、すぐに火を起こすぞ」
完全に日が沈むまでに煙が上がれば、発見される可能性も上がる。
こうして慌てて焚き火を作って半刻ほど、遂に日が暮れた。
しかしギリギリのところで煙が功を奏したのであろう。遠くから声が聞こえてくる。デリクもよく知るその声に対して、大声で助けを呼ぶ。
「ヨルドー!! ここだー!! 谷に落ちてる!!」
今度こそ届いたデリクの声によって、その後しばらくして3人は救出されるのであった。
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デリク達が“燃える水”の調査をしている場所は、サスナブという町の近くだ。
なんら特徴のない田舎の町。数少ない名物といえば蕎麦くらいなものだ。
この辺りでは珍しくないが、蕎麦を麺状にして食すのは他ではあまり見られないらしく、わざわざこんな田舎まで食べにくる奇特な観光客もいる。
そんなサスナブでも、美味いと評判のつけそば屋を営む店主、ヤイールは、ここのところずっと悩んでいた。
原因は以前にやってきた旅人の一言。
片眼鏡の奥の鋭い視線をヤイールに向け、その男はこう言った。
「とても美味かった。絶品であることは間違いない、だが、何か、もう一味足りない気もする。何か辛味のようなアクセントになるものがあれば……」と。
その言葉にヤイールは息を飲んだ。実は、ここのところヤイールもなにか一つ、物足りなさを感じていたのだ。そして必要なのは辛味ではないか、と。
様々なものを試してみたが、なかなかつけそばに合うものが見つからない。
そうして今日も、悶々としながら店を開けていたその日の夜半。そろそろ店を閉めようかと思っていると、外が騒がしくなった。どうやら第10騎士団の面々が山から帰ってきたらしい。
彼らはここしばらくの間に、何度かこの町にやってくるようになっていた。何かを調べているらしいが、内容は機密らしい。
町の人間からすれば金払いもいいし、人数も多いので、騎士団が来ると良い稼ぎとなる。そのため理由などどうでも良かった。
ヤイールの店も贔屓にしてもらっている。それにしても、今日は大分戻りが遅かったな。何かあったのだろうか。
まあいい、彼らが帰ってきたのなら、もう少し店を開けておいても良いかもしれない。
ヤイールの予想通り、数名の客が騒がしく入ってきた。
「マジで頼むから今度からは勝手に知らないものを口にするなよ!?」
「でも食べられたですよ?」
「偶々だったし、辛くて食えなかっただろ!?」
「まあまあデリク、ドリューも反省しているし」
「ヨルドは甘すぎる! 絶対反省していないぞ!? なあモリス」
「ワビ、どんな料理と合わせましょうかね?」
「モリス……」
ヤイールが運命の香辛料と出会うのは、この直後のことである。




