【やり直し軍師SS-149】驟雨
――参ったな。すっかり遅くなっちまった――
ロズヴェルは小さく舌打ちしながら、通りを急ぐ。あいにくの急な雨。雷こそ鳴っていないが、雨足はやや強い。
これから行く場所のことを考えると、あまり濡れたくはない。ロズヴェルは身につけていた雨具を身体に引き寄せる。
この雨で大通りも人はまばら、にもかかわらず、こんな日に限って旅人の揉め事があるとは。今日はロズヴェルが街の警備統括責任者であったため、事後処理に時間を取られてしまった。
旅人同士の揉めた理由は些細なことだ、両方ぶん殴って謝罪させ、終わらせてしまいたい衝動にかられたが、今はそういう立場ではない。ぐっと堪えて事を納めた。
「ああ、もう!」
ロズヴェルは一度立ち止まると、履いていたトラウザースの裾を捲り上げる。少々不恰好だが、誰が見るわけでもなかろう。
しっかりと捲り上げ、これ以上裾が濡れないことを確認すると、先ほどよりも少し大胆に、目的の場所へと急ぐのだった。
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「やあ、ロズ。お疲れ。遅かったな」
ノーキーが出迎え、ロズヴェルの肩を軽く叩いた。
そんなノーキーと軽くこぶしをあわせ、給仕の娘が渡してくれた布で濡れた部分を拭きながら部屋を見渡せば、すでにロズヴェル以外の全員が集まっている。
「悪い。ちょっと揉め事があってな。っと、まだ始めてないのか。先にやってくれていてもよかったのに」
ロズヴェルがそのように言えば、ノーキーが首を振る。
「主役が不在じゃ始められないだろ?」
ノーキーの言葉に、レニーとダンブル、カインも同意を示す。それからレニーが「まあ、この雨でお店も比較的暇だから、ゆっくりして構わないって言うからね」と添えた。
「贅沢な話だな。トランザの個室だぞ?」
ようやく身体を拭き終えたロズヴェルは、空いていた席へどかりと座る。トランザの宿といえば、押しも押されぬ王都の人気店だ。しかもその会食用個室となれば、相応の立場の人間でなければ予約もままならない。
少なくともロズヴェルたち程度であれば、通常は入室さえ難しいだろう。
にもかかわらず、ロズヴェルたちがこの場を押さえる事ができたのは、ひとえにレニーとダンブルのおかげといえた。
この場に集まった5人は、過日、まだ無名であったロア=シュタインに喧嘩を売った5人である。
正確には、ロズヴェルがレイズ様に自分を売り込むために他の4人を巻き込んで、ロア=シュタインらと一戦交えたのだ。
結果的に一方的に敗北を喫したのは、良い思い出とも言えるし、思い返すと少し胸の奥に棘が刺さったような気持ちになる出来事であった。
ともかく、それ以来なんだかんだと5人で仲良くやっている。しかしながら、あの一件から時は経ち、5人はそれぞれに違った道を歩み始めているが。
ロズヴェルから見て、一番の出世頭はレニーだろう。
ルデク史上最大の戦いとして歴史にその名を刻む『フェマスの大戦』においては、ロア=シュタインの影武者も務め、現在はロア=シュタイン直属の補佐官としてそれなりに知られた存在となっている。
次は、ダンブルだ。
ダンブルは少し特殊な立ち位置にある。シュタイン領の畑の管理責任者と言う、騎士団としてはダンブルだけが持つ肩書きにあった。
この2人は気軽にロアと話せる立場にある。今回の集まりがトランザの宿の個室という上等な場所になったのは、2人の話を聞いたロアが手配してくれたからなのだ。
「飲み物はどうされますか!」
元気な給仕がロズヴェルに注文を聞いてくる。
「あー、ホットワインをもらえるか?」
「はーい! ホットワインですね。他の皆様はどうされますか?」
それぞれの注文を聞き、機敏に下がってゆく給仕を見送ってから、ロズヴェルは改めて口を開いた。
「遅れて悪かったな。しっかし、ひどい雨だ」
ロズウェルが雨に悪態をつくと、ダンブルが静かに、と合図する。
「そんなことを言ったら、女神ローレフ様が怒るよ? 雨が降らない大変さは、ロズだってわかっているだろう?」
そのように言われればぐうの音もでない。ロズヴェルに限らず、雨の降らぬ恐ろしさは、大陸に住まう全ての人間が思い知らされている。
神妙な顔をしたロズヴェルに、ダンブルは今度はおどけて見せた。
「ま、雨も降りすぎると今度は、豊穣の女神リットピア様が困ってしまうのだけどね」
「……あんまり脅かすなよ」
「ごめんごめん。あ、お酒も来たみたいだ。乾杯しようよ」
ダンブルが言うように、それぞれのお酒といくつかの肴がテーブルに並ぶ。それぞれに盃を手に取ると、レニーがロズヴェルを指差した。
「それじゃ、ロズ、君が音頭をとりなよ。今日の主役は、君だ」
「あー…まぁ、そんじゃ。久しぶりにみんなで酒を飲めることが、俺としては嬉しい。それから、もう知っていると思うが、この度、俺はリュゼル隊の副官の一人になった。まだまだ隊長の座は遠いが、いつか必ず成し遂げたいと思う! 乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
第10騎士団の場合、各部隊長の副官の人数は隊長に一任されている。今までリュゼル隊は2名の副官で回していたが、ここでロズウェルが3人目に抜擢された。今日はそのお祝いだ。
「おめでとう!」
カインが改めて盃を差し向け、ロズヴェルは軽く合わせた。
「いや、リュゼル隊長曰く、俺はまだ見習い副官らしい」
「それにしたって、同期で副官になったのはお前が最初だろ? 俺たちも誇らしいよ」
カインだけではない。4人ともロズヴェルを見て頷いてくれる。
ロズヴェルはそれを見て、いつか必ず隊長になってやると、心の中で固く誓い、祝の美酒を楽しむのだった。




