【やり直し軍師SS-143】軍師と姫君⑦
「無駄に時間を使わせてくれたものだ」
アンダード軍を率いる指揮官、ロゴスは、その冷静な表情をフェザリス領地へと向ける。
再三に渡り不毛な交渉を行なった末の出陣である。それだけフェザリスが我が国を恐れている証拠であろうが。
しかしついにフェザリスも観念したのか、出兵後は予定していた場所に到着するまで、こちらを害するような動きを見せていない。
フェザリスが沈黙しているのは、フェザリスで内応を約束している2人の重臣の報告でも裏付けられている。
だが追従のための使者を差し向けてきているわけでもなく、傍観といった状況にあった。
恐らくは、フェザリス内部で意見が割れているのだろう。ロゴスはそのように判断している。
他国に先んじてこの地に砦を作り、実効支配を目論む心づもりのアンダードとしては、睨み合いで時間を稼げる現在の状況は当初の狙いに即していた。
尤も、アンダードにとっては、この一件がフェザリスが折れての和平で早期に決着しても、大きな問題はない。
フェザリスが折れれば、そのさまを見たメビアスはより我が国に依存するだろうし、フェザリスも一度でも弱腰になれば、無理難題を押し通しやすくなる。
今後もしもフェザリスが難色を示せば、今回の一件を“前例”として、再び兵を差し向けるだけだ。
一番困るのは追い込まれたフェザリスが他の有力国の庇護下に入り、助けを求めること。
だがその場合の対策は別の者が講じている。今、ロゴスが気を揉むことではない。それに、他国の横槍も今のところないと聞いている。
「ロゴス様、フェザリスの兵士が現れました」
ロゴスの元に報告が入る。
「ほう。状況は」
「少し離れた草原に、こちらを遠巻きにするようにおよそ4000ほど」
「4000か。思ったよりは出してきたな」
ロゴスの言葉に、ロゴスと共に報告を聞いていた副官が笑う。
「ですが、我が方の半分ですな」
そんな副官に、ロゴスは表情を崩さずに注意を促す。
「モラエ、油断は禁物である。ここは一応敵地。砦が完成するまでは気を抜くことのないよう」
「……失礼いたしました」
副官が頭を下げたのを見て、ロゴスは伝令にも兵士達を引き締めるように命じて送り出した。
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「それで、ドランはどのように勝つのかしら?」
ルルリアは身を乗り出すようにして、ドランの策を聞きたがる。あと一月と少しで海を渡ると言うのに、興味はもっぱらアンダードとの戦いにあるようだ。
そんなルルリアの様子に、ドランは密かに苦笑し、勉強熱心な弟子へと口を開く。
「指揮官はロゴスという将です。あの国の中では比較的沈着な男で、所謂知将と呼べましょう」
「知将? それならドランの策も見抜かれてしまうの?」
「いいえ。あくまであの間抜けな国の中ではまし、というだけです。現にあの将は少々慎重にすぎるきらいがございます。アンダードとしては、簡単な挑発に乗るような将を指揮官に据えなかっただけ、多少は頭を使ったようですな」
「……つまり、その慎重さを利用するの?」
「左様。あやつには少々、疑心暗鬼に陥っていただきましょう。何、真に優秀なれば、なんとか乗り越えるでしょうからな」
クククと笑うドランに、ルルリアは
「なんだが、そのロゴスという将が少しかわいそうに思えてきたわ」
と、しみじみ呟くのだった。
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もたらされた報告に、ロゴスは眉を顰めた。面倒なことを、という思いからだ。
「今晩、フェザリス兵が食糧庫に奇襲をかけてくる、それで間違いないのだな?」
食糧庫は2箇所に分けてあった。何かあったときの保険である。1つはこの本隊のある場所に。そしてもう一つは離れた場所に隠してある。
奇襲の情報は内応者からもたらされた。話を聞く限りでは、隠してある食糧庫の方ではないように思うが、念には念を入れた方が良い。
ロゴスは夜を徹して2つの食糧庫を警戒するように指示を出す。
この判断が功を奏したのか、結局翌朝までフェザリス兵が襲い掛かってくる事はなかった。
しかし今度はその翌日、
「食料に毒を入れただと?」
再び内応者からの知らせ。
「警戒はしていたのだろうな?」
ロゴスの問いに兵士は「はっ」と答える。
「しかし、昨日は新たな食料の搬入がありました。もしかするとそれらに……」
「……昨日入れたものは隔離して、搬入したものに急ぎ調べさせろ」
けれど結局、散々調べて毒など入っていないことが判明した。
さらにその翌日には、
「資材の襲撃計画だと?」
「報告によれば、砦の資材の搬入部隊を狙っていると……」
「……今度は本当であろうな?」
「……報告ではそのように……」
伝令兵は下を向きながら繰り返す。その兵にあたっても仕方がないことは分かっている。ロゴスは一度小さく息を吐くと、
「……資材搬入への守備を増やす。手配せよ。それから、こちらを窺っているフェザリス兵の様子は?」
「未だ動きありません」
「そうか」
伝令兵が出てゆき、一人になったところでロゴスは小さく舌打ち。
だが、これはまだ始まりであった。
以降、毎日、毎日、なんらかの襲撃計画がロゴスの耳へと伝えられることになる。




