【やり直し軍師SS-142】軍師と姫君⑥
驚いた、というべきか。それとも予想通りというべきか。
ルルリアも呆れるような、有言実行。
ルルリアに宣言した通り、ドランはアンダードの動きを、実に7ヶ月間も封じて見せた。
それは、フェザリスがアンダードに従属することを匂わせた使者の派遣から始まった。アンダードを誉めそやしつつ、すぐには結論が出ないような難題を持ち込む。
フェザリスが降伏に前向きと判じたアンダードが、時間をかけて返答を用意してみれば、こちらも時間をかけて検討するふりをして最終的に突っぱね、また別の難題を提示した。
そのようなことを2度、3度と続ける裏で、出兵を快く思っていないかったアンダードの要人たちを焚き付けると、俄かに反対勢力をまとめ、アンダード国内の方針を混乱させる。
かと思えば、アンダード傘下のメビアス国内に問題を起こし、アンダードが解決しなければならぬように差し向けた。
ルルリアから見ても実にいやらしいやり方であり、同時にドランらしいと思う。
そうして積み重ねたこの7ヶ月、ルルリアには小さな変化がいくつかあった。一つは国の方針を決める会議に参加できるようになった事。
これはルルリアの強い要望によって実現した。自身の嫁入りに対する対価として、父と交渉した結果である。
今までは参加を許されなかった会議への参加。これによりルルリアは、フェザリスの現状が把握しやすくなった。
そうして参加した会議の場で、ドランが本当の策を明かすことはなかった。フェザリスの重臣の中に二人、内応者がいるのを見抜いていたのだ。
ドランはその二人も利用することで、諸々の提案をさも事実のように、アンダードに信じ込ませることに成功していたのである。
次に、あれだけ苦手だった手紙のやり取りにも少し慣れてきた。ルルリアとて、国の運命を背負うような手紙を5通も認めればコツくらいは掴む。
当初の印象通り、グリードル帝国の第四皇子、ツェツェドラは随分と誠実な人間のようだった。こちらが手紙を送ると、間髪を容れず返事を返してくる。内容は一貫してこちらを気遣うものだ。
政略結婚であり、まだ会った事もない婿様ではあるけれど、ルルリアはツェツェドラに興味を持ち始めている。義父になる予定の皇帝は、かなり苛烈な性格だとダスから聞いているけれど、その息子は随分と印象が違う。
最後にもう一つ。これはルルリア自身の話ではないのだけど、ルルリアに接する人たちが妙に優しくなった。当初は意味がわからなかったが、世間でルルリアは「運命に翻弄されて海を渡る悲劇の姫」という認識であるようだ。
思い返せば、侍女のゾーラもそのようなことを言っていたが、当の本人は全くそんなふうに思っていなかったので、認識のズレに多少の困惑を覚える。
憐んでくれる皆の気持ちはありがたいが、此度の一件、ルルリアは好機と捉えていたのだ。
父母の愛情は素直に嬉しく思っている反面、ルルリアは密かに焦っていたのである。このまま、何もなす事もなく、王宮に閉じ込められたらどうしようかと。
ルルリアには野望がある。自らの才覚を以てフェザリスを繁栄させることだ。そのために日々、学び、研鑽してきた。そして自分にはその才があるように感じている。
これは若さゆえの自惚ではない。ドランやダスをはじめとした、皆の反応を見ての客観的な考察だ。
その上で考えてみれば、北の大陸で最大の勢力を誇るグリードル帝国との縁談は、一言で言えば心躍る出来事である。
―――私の力で、フェザリスの運命を切り開く―――
一人静かに闘志を燃やすルルリアと、周辺の温度差。これが、ルルリアが自分の置かれた状況に気づくのが遅れた理由だ。
ともあれドランの生み出した7ヶ月によって、グリードルとの婚儀の調整も終え、ルルリアが祖国を離れるのはふた月ほど先の日取りに決まる。
ここに至って破談の心配はなくなったとして、帝国との婚儀を大々的に喧伝しようとした矢先のこと。
業を煮やしたアンダードが、ついに兵を起こしたのである。
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アンダード出兵の一報。
ドランは王より早く把握した。無論、正規の連絡ではない。ドランが独自に構築している連絡網からである。
「ククク。思ったよりものんびりしたものだ」
のらりくらりと引き伸ばすのも、そろそろ限界を迎えるのは分かっていた。
ルルリア姫とグリードルの婚儀を喧伝するまで動きを牽制できれば理想であったが、まあ、想定の範囲内と言える。
「それで、主だった将の名前は分かるか?」
ドランの問いに、ドランの子飼の部下が答える。その名を聞いて、「やはりな」と呟きながら、地図を睨む。
既に、アンダードが陣を敷く場所は絞ってある。諸々の条件を鑑みれば、おおよそ間違いはないだろう。
「ご苦労だった。引き続きアンダードでの諜報を頼む」
「はい。他にやるべきことはありますか?」
「まずは王に許可をいただくのが先だ。必要あれば追って知らせる」
「分かりました」
それだけ言うと、退室してゆく部下。ドランはしばらく閉じた扉を見つめていたが、
「さて」
と一言呟くと、フェザリス王との密談のために立ち上がるのであった。




