【やり直し軍師SS-103】2人の軍師10
「アーセルは兵を出してきたか」
国境付近に兵を展開させていたイングの指揮官、クルーガは不快そうに報告を受ける。
オザルドには北の奴らを怒らせて追い返せと伝えておいたが、あの男、存外使えんな。
まあいい。どのみち、アーセルの者どもにこちらに攻め込む気概もなければ、兵力もない。我々は北の者どもが帰るまで、ここで待っていれば良いのだ。気楽な任務である。
「それで、アーセル兵はどの辺りに出ているのだ?」
この任務において唯一と言って良い難点は、陣を敷く場所の立地にある。
アーセルとの国境からイング側はなだらかな下りとなっている。国境をこえたすぐ向こうに「馬の背」と呼ばれる横に長く伸びる丘があるためだ。
また、滞陣している場所の周囲は鬱蒼とした森が広がっており、陣を敷く場所としては適当ではない。
馬の背の頂上に陣を置くことができれば理想的であるが、国境を踏み越えれば流石にアーセルからの反発が大きい。
こちらとしてはあくまで、自国の領土内からアーセル王に圧を与え続けたいのだ。「本当に頼りになるのは、どちらだ?」と。
そうしてアーセル王自ら、反フェザリス陣営に頭を下げさせるのが最良。そのためには、こうしてただ圧をかけてゆくのが良い。
しかし兵を出してくるとなれば話は別だ。万が一、イングの領土に足を踏み入れたとなれば、大義名分を得る。一気に叩き潰し、王を捕縛、或いは討ち捨ててこちらの言うことを聞く王を立てる。
ま、その可能性は低い。アーセル王にこちらに踏み込むほどの度胸はないのは分かっている。精々が抗議の使者を送ってきて終わりであろう。
使者は適当にあしらって、このまま我々が居座り続ければ、アーセル王は動揺するだろうな。北の者どもが帰ったら、慌てて逃げ帰るかもしれん。それならそれでも良い。こちらはしばらくはここから動くつもりはないのだから。
「兵数は見込み通りか?」
クルーガが部下に確認すると、部下は急拵えの物見櫓にちらりと視線を移してから、
「多くてもおよそ6000。そのうちの半分近くがフェザリスの兵のようです」
クルーガは少し渋い顔をする。フェザリスのドラン。先だってこちらの陣営の侵攻を、鮮やかに撃退してみせたフェザリスの軍師か。全く余計な部隊を引き連れてきおって。
いや、待てよ。ここでアーセル王が暴挙に出れば、ドランもまとめて始末できるな。今後のことを考えれば、むしろそちらの方が都合が良いか。
「とにかく向こうがどう出るか分かるまではこのまま待機だ。監視の目を怠るな!」
しかし、クルーガが命じてからさして時をおかずに、事態はクルーガの予想を超える展開を見せ始めるのだった。
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「それはどのような武器ですかな? 弓?」
僕らの装備を見たアーセルの将が、首を傾げながら質問してくる。
「ええ、弓の一種です」
僕は簡単に答える。僕らが腰に装備しているのは十騎士弓だ。ドリューが日々改良を続けて到達した最新版である。
親善の使者として訪れてはいるけれど、最低限の準備をしてここに来ている。そのうちのひとつがこれ。
ちなみに帝国も十騎士弓とはまた違った弩を装備していた。帝国は帝国で独自研究の末に、新しい武器に昇華させたようだ。
あとで使う所を見てみたいな。できれば一個交換してくれないかな?
僕がどうにかして帝国製の弩を手にいれる算段に思いを馳せていると、そばにいたアーセル王が声をかけてくる。
「貴殿らは随分と余裕がある様だな……」
そう口にするアーセル王の顔色は悪い。戦場慣れしていないということがありありと伝わってきた。
「そうですかね? 我々は長く戦火の中に身を置いておりましたので、そのように見えるのかも知れません」
アーセル王に答えながら周囲を見渡してみれば、アーセル王ほどではないけれど諸将に緊張の色が浮かんでいる。
……やっぱり、兵力差だけの問題ではないようだなぁ。
考えに浸りそうになった僕の思考を遮ったのは、自分の率いる部隊を離れ、こちらにやってきたドラン。
「アーセル王、それでは私は少々近隣を警戒して参ります」
「ああ。手間をかけるが、頼む」
これはドランが出陣前に申し出ていたことだ。
「他にイングの伏兵がいるかも知れません。我々が見てまいりましょう」と。
アーセル王の許可を得たドランは、僕に一瞬だけ視線を向け、ほんの僅かに笑った様に見えた。
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物見櫓からの第一報に、クルーガは耳を疑った。
「何? もう一度言え。ドランがなんだと?」
「はっ。フェザリスの部隊が本隊より離れ、我々とは逆方向に向かったのち、森に向かって多数の弓を撃ちかけております!」
「誰もいない場所に弓を撃ちかけてどうなるというのだ? 見間違いではないのか?」
この辺りには我々の部隊しかいないはず。一体何に対して弓を?
状況が全く理解できぬ中、新たな報告がクルーガに届く。
「森より同胞が助けを求めてこちらへ!」
「同胞だと?」
「はっ。将軍に御目通り願いたいと!」
「……どこの部隊のものだと言っている?」
「……それが、ラジュール様の手のものだと……」
「なにぃ」
クルーガの政敵と言える人物の名が飛び出たことで、クルーガはいっそう眉を顰めるのであった。




