(24)反撃開始!
「……という訳で与謝野晶子の精神は令和の今も息づいているわけです」
紫陽は内心ほっとした。良かった。きれいにまとまった。大葉助教授手伝いのパワーポイントもいい感じにできた。
紫陽は黒のワンピースに赤いベルトである。『赤と黒』の組み合わせは彼女の勝負服!
講堂は聴衆でいっぱいだった。毎年卒業記念講演はスカスカなのに、椅子が足らず立ち見客まででた。
入退場は自由で学生でなくても入って良かった。
期待と、嘲りと、興奮が聴衆を包んでいた。
武川がいつもの『やる気0』の司会進行をする。
「はいっ。それではカブラギさんに質問ある人〜」
毎年、ここは静まりかえる。そこで司会が『え〜。質問はないようなので演目は全て終了でえす』と言って閉会する。
ところが今年は違った。
「ハイ!」「ハイ!」「ハイハイハイ!」
10人程が一斉に手を挙げた。『刺客』である。
全員カブラギを泣かせる気満々。
武川がだっるそうに告げる。
「名前ー。学年ー。4年生は卒論グループをまず述べるようにー」マイクが回された。
「麻生三実ですっ。4年。平畑グループですっ」髪の毛ツヤッツヤのグリーンワンピースが立った。キューティクルのお手入れはばっちりー。
「よろしくお願いします」
紫陽はお辞儀した。
「与謝野晶子と言えば有名な歌に『紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし』がありますが」
「『源氏物語』ですね」
麻生の顔が青くなった。
何が有名な歌だ。与謝野晶子が『源氏物語』訳の各章巻頭に自分が詠んだ歌を載せてるなんてほっとんど知られてないだろうが。
『『歌集』は読んでも『源氏物語 現代語訳』は読んでないでしょ?』って企んだわけだー。
残念読んでますぅーー!! スマホ換算4021ページ読みましたー! 紫式部っ。なっがいんだよ!! アンタの小説!!
紫陽は自分の『卒論ノート』に目を走らせると晶子の歌を朗読しだした。
「『桐壺』『紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし』、『箒木』『中川の皐月の水に似たりかたればむせびよればわななく』、『空蝉』『うつせみのわがうすごろも風流男に馴れてぬるやとあぢきなきころ』。続けますか?」
「けっ結構です!」
焦った麻生が何か分厚い本を落とした。
はは〜ん『源氏物語』だな。紫陽が『与謝野晶子にそんな歌ありません!』と言おうものなら『ここに載ってますぅ〜!!!』ってドヤるつもりだったわけだ。
残念! すでにノートに写してますぅ〜。
「カ……カブラギさんはこの中で何が好きですか?」
「そうですね……。『夢の浮橋』ですかね。『明けくれに昔こひしきこころもて生くる世もはたゆめのうきはし』」
わざと最終章の短歌を言ってやった。『源氏物語』54帖だドヤァ!
「アッアッソウデスカ!」と抑揚のないカタコト喋りをすると椅子に座った。
麻生完敗!
「アソウがアッソウだって〜」
大葉が笑う。親父ギャグである。
目の端に平畑アリサの顔が見えた。自分の教え子がなぶられるのをニタニタ見ている。
後で聞いたところ麻生の卒論は『源氏物語』だったのだそうで『クソミソな卒論〜』と平畑に一蹴されていた。
「はいっ」と手を挙げたのが割とガタイのいい男。
「金山です。4年。大葉グループです」
「どうぞ」紫陽が促した。
「カブラギさんは平塚らいてうと与謝野晶子の『母性保護論争』についてどう思われますか?」
はいはい! 母性保護論争ね。君ら『みだれ髪』の質問してこないね。ワザとでしょうけど。
「これを語るには当時の女性の立場について知らなければなりません」
紫陽は中原中也の死去のお知らせをプロジェクターで大写しした。
当時の女性は喪主にもなれないという差別に女性陣からため息がでる。
「晶子シンパの私ですが、ここは平塚らいてうに軍配を上げたいと思います!」
それから与謝野晶子の出産年表を写した。
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1902年 長男 光
1904年 次男 秀
1907年 長女 八峰
1907年 次女 七瀬(双子)
1909年 三男 麒
1910年 三女 佐保子
1911年 四女 宇智子
1913年 四男 アウギュスト
1915年 五女 エレンヌ
1916年 五男 健
1917年 六男 寸
1919年 六女 藤子
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会場がどよめいた。え? 何人!?
12人!?
「1年から2年おきに出産していますが、当然妊娠期間もあります! 17年ほぼ妊娠中です!」
「無理〜〜〜〜〜〜っ」という女子の悲鳴が聞こえた。
「与謝野晶子の人生が過酷だったのは、さらに夫の鉄幹にほぼ仕事が無かったことです。つまり17年間妊娠しながら細腕1本で家計を支えていたということになります!」
『次、平塚らいてうです』とスライドを映した。
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1915年 長女 曙生
1917年 長男 敦史
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「2人です! 平塚らいてうは避妊をし、当時の女性にしては珍しく堂々『産児制限』を唱えました」
スライドを写す
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■平塚らいてうの主張
『子供が母の手を必要とする期間、国庫が母の仕事に対して報酬を払うべきである』
■与謝野晶子の主張
『婦人は男子にも国家にも寄りかかるべきではない』
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「2人の主張は、子供の数だけを見ればあべこべのように思えますが、与謝野晶子はこれだけの生活負担を抱えながら、補助金の設立に反対しました。彼女の『自立心』は相当のものだった。しかし与謝野晶子の主張はこの令和から見て正しいでしょうか?」
「え〜〜〜〜〜。無理〜〜〜〜〜っ」女たちの声が上がる。
「そうです! 無理です! 現在『児童手当』が支払われることからも分かるように、平塚らいてうの主張が先進的だったのです。もし与謝野晶子が令和生まれなら産児制限をし、補助金も主張したでしょう。私たちは平塚らいてうのような女性がいたからこそ、国の援助を受けられているのです。先人に感謝しなければなりませんね」
金山が「あの……カブラギさん……2人の評論……」と言い掛けたので被せるように「読みました! 論争に参加した山田わかと山川菊栄の評論も読みました!」と言った。
金山が『ゲッ』とした顔になり「なんでそこまで読んでんだよ」と呟いたのがマイクを通して聞こえた。
『卒論テーマ難民』だったからだよ!! 今のテーマに決まるまでの紆余曲折を話してやろうか?
「ハイ!」
手が上がった。
「嶋一気。4年。渡部グループです」
「お伺いしましょう」
「森鴎外との関わりについてですが……」
はい! ワザと情報を抜かしてますね。そうはいくかよ。
「晶子の子供の名付け親の鴎外ですね? どうしました?」
黙り込んじゃった。
「ど……どう思います?」
フワッとしてんなぁ〜! ビックネームでビビらせようとした魂胆見え見え!
「森鴎外は当時の男性にしては珍しく男尊女卑の考えが少ない人でした。晶子に対しても作品のみで評価してくれたと思います。亡くなったことは晶子にとっても打撃だったでしょう。鉄幹も曇りのない眼で晶子の才能を見抜いてくれたのです。だからこそ出版された『みだれ髪』です。鉄幹がいなければ晶子は単なる無名な歌人で終わったかもしれません。2人は数少ない晶子の理解者でした」
嶋は「は……はぁ……それはどうも……」とゴニョゴニョ言いながら座った。
渡部! 渡部非常勤講師! 拍手しちゃってんじゃん。ア、ナ、タの生徒! 本当この人行末が心配だよ……。
武川ときたら舌なめずりをするライオンである。体を最大限前に出して見物している。
楽しいよね〜。こういう騒動大っ好きだもんね〜。
紫陽は平畑アリサとサシ飲みした日を思い出した。




