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第169話 ぼいす。

「いらっしゃいませー」


「……もう一度だ」


「……え?」


「もう一度、俺にいらっしゃいませって言ってくれ」


「……い、いらっしゃいませ」


 深夜のコンビニは変な客が来やすい。スーツを着た、いかにもヤクザみたいな外見をしたおっさんが声を掛けてきた。何なのこの人。いらっしゃいませフェチの人??そういうサービスはやってないんですけど。


「……なるほどね。ふふっ。そうきたか!やはり俺の耳に狂いはなかった!」


「は、はあ……」


「君は本物だ!」


「……本物?」


 なんか嫌な予感がする。……まさかこいつも水川なんちゃらみたいに前出しキングだとか意味不明なことを言い出すじゃないだろうな?勘弁してくれよ。


「……君の声はアニメ業界を変える!」


「……へ?」


「ああ、失礼。自己紹介をしていなかったね。実は俺はアニメのプロデューサーなんかをやっててね。君の声に一目惚れしたんだよ!」


「は、はあ……」


 ……何なんだこのおっさん。一目惚れとか言われても全然嬉しくないんですけど。っつか俺の声の何がいいんだ。そんなこと誰からも言われたことないぞ。


「君には来年の春からスタートする新アニメ『ひれ伏せろ☆お尻ぺんぺん君』の主人公を演じてもらいたい!」


「いや……あの……タイトルにはあえて触れないですけど……俺の声ってどういいんですか?周りから言われたこともないし、演技なんてしたこともないし……」


「ふふっ。やはり才能というのは埋もれているもんだな。例えるならそうだな……。右手でこんにゃく捻り潰すような。そんな透き通ったヴォイスだよ」


「ちょっとよくわかんないですね……」


「ではもっとわかりやすい例を挙げよう。泡立ちが良いと思って使ってたシャンプーが実はジョイだったみたいな。そんな汚れた心を浄化するようなヴォイスだよ」


「もっとよくわかんないですね……」


「喋ってる本人は意外と気づけないものさ。もし興味があったらうちの事務所に来たまえ。いつでも歓迎するよ」


 そう言い、名刺を渡すとヤクザみたいなおっさんは帰って言った。何だったんだあの人は……。


 俺は迷わず名刺を破り捨てた。

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