片眼鏡の憂鬱3~アプリで始まる気持ち
そして、それは結構簡単に完成した。片手に収まるほどの四角い黒い板。魔力を込めると図柄が浮かび上がり、選ぶと対の端末に同じ絵が表示されるというものだ。
「す、すごい」
「これ便利だよ。魔力も少しですむし。アイディアをありがとうね」
言いながら僕は、「ありがとう」という文字の図柄を送る。
もう片方を持つ彼女は、それを見て目を丸くしてから、僕に向かって嬉しそうに笑った。
「こうやって言葉だけではなくてスタンプで届くのもうれしいですね」
彼女が操作すると、僕の端末にも、「ありがとう」の図柄が写った。たしかにちょっとだけ、いつもの”ありがとう”と違う気がする。
図柄……彼女の言うスタンプは、「今日暇だよ」「◯」「×」「ありがとう」「ごめんなさい」の5種類を作った。
もともと暇かどうかを確認するためのものだったから、これで十分かと思う。
「そうだ、今は近くにいるからわからないけど、離れている時に使うと相手がいる方角がなんとなくわかると思うよ。僕にどこにいるか知られたくないときは魔力を込めたりしないように気を付けてね」
「位置情報アプリみたい」
「なにそれ」
「ええと、相手がどこにいるか、地図の上に表示されるようにするみたいなのがあって」
「え、それ何に使うの? 戦争?」
「うーん……相手が心配なときとかですかね?」
+++
それから、彼女はよく遊びに来るようになった。
僕も来てくれると楽しいから、夕方から家にいられるときは「今日暇だよ」を送る。
大体すぐに「◯」か、「×」の返事が来る。
たまに、彼女からも「今日暇だよ」が送られてくる。そういう時は大体「×」なのだけれど、そのやり取りが楽しくて、ついつい、多少無理してでも時間を作ってしまうようになった。
あと、帰った後に、「ありがとう」が送られてくると、楽しかった時間の余韻が感じられてあたたかい気持ちになる。
気がつけば、彼女は僕の心の中に常にいるようになっていた。
今日は、王宮に顔を出しただけで仕事が早く終わった。帰るときに「今日暇だよ」を送ったら、すぐに「◯」が飛んできた。
送られてきた方向を見ると聖堂の屋根が見えた。今、彼女はすぐそこにいるのだろう。
そのタイミングと距離の近さに、なにかむずがゆい気持ちになった。
そうだ、たまにはお茶とお菓子でも用意して待っていよう。そう思い立って、うきうきとした気持ちで帰路についた。
+++
「え、今日師匠誕生日?」
ケーキとお茶を出したら何やら挙動不審になった。
「ちがうよ、美味しそうだったから用意しただけ。甘いの駄目だった?」
「いえ、当然のように手土産も持ってこない自分の女子力の低さを感じていた所です……」
そうは言いながらも、出されたおやつを美味しそうに食べる彼女を、僕は確かに可愛いと思った。
「そういえば、アルフレッドは元気?」
自分の不埒な気持ちを打ち消す為に、彼女の婚約者の話を持ち出した。
「ええ、元気ですよ」
返答に何か違和感があった。
「仲良いの?」
「ええ。……師匠、これ美味しいですね。どこのお店ですか?」
「聖堂の近くの門から出たあたりのところだよ」
「へー、今度行ってみよ」
あまり、その話はしたく無さそうだったので、やめた。彼女もここでは趣味の話しかしない。そういう場所も大切だろう。
ただ、少々、自分の気持ちを持て余す事にはなった。
+++
「どうも、お忙しいようで。アルフレッド殿下」
「お久しぶりです、叔父上。なんですか、そんな他人行儀で」
気がついたらチャラついていた甥っ子にわざわざ会いに来た。呼んでも来ないから仕方がない。
以前はちょろちょろと懐いてきて可愛かったのに。前はよく工房に出入りしていたのでいろいろ教えてやった。
「マグノリア嬢を紹介してくれてありがとう。婚約者と聞いているけれど、仲良くしているの? 僕のところによく遊びにくるけど」
するとアルフレッドは信じられない事を言った。
「なんだ、叔父上にも粉をかけているのか。あまり真面目に相手にしない方がいいですよ。彼女、男を誑かすのがお上手なので」
「は? どう言う事?」
誑かすと言う言葉と彼女のイメージが結びつかない。
僕は子供の頃からそれはそれは、とても可愛かったので、人から受ける好意には敏感だ。危ないと思ったら逃げないと、大変なことになるからだ。大人になってからも、既成事実を作られそうになったりするので、女性だからと言って気を張っていないとどうなるかわからない。
そんな僕だから、断言できる。マグノリアちゃんは僕に男女としての愛情を全く求めていない。本当にただ楽しいから来るだけだ。
ちょっと気が合う年上の友達くらいなもんだろう。師匠と呼んでいる割には対して尊敬もされていない気もする。
だから……まあ、最近になってちょっと面白くないなと思うことはある。
「叔父上なら引っかからないと思ったのに。いつも男侍らせてますよ。そのくせ僕には煩い」
アルフレッドは、蔑むような目つきでフンと鼻で笑う。
「ただ彼女がモテるだけじゃないの? それで君が妬いている」
「叔父上がそう思うならそれでいいですよ。まあ、私達の関係がどうであれ、未来にはあまり関係ないでしょう。お互い好きにやればいい。どのみち、結婚はするんだから」
聖堂で同年代の子といるマグノリアちゃんを想像する。
「あの感じなら、人気者だろうね」
「顔は良いですからね」
そんな事を言いながらもどこか自慢気に、やれやれとばかりに肩をすくめる。みんなが欲しがるおもちゃを持っていて、遊び飽きたとでも言うようだ。
彼女がモテるのだとしたら、こいつのせいもあるだろう。だって我慢できるか? 自分の好きな子が、ここまで蔑ろにされて。
僕は、腹が立ったわけだ。
+++
僕はアルフレッドと別れたあとすぐにすまほ端末を取り出して、「今日暇だよ」と、送った。
その日の返事は「×」だった。時間が遅かったし、家の方角から送られてきたからもう帰宅していたようだった。
次に遊びに来た時、僕は彼女に伝えた。
「マグノリアちゃん」
「え?」
ちゃん…?と、戸惑っている。
そういえば、その時初めて名前を呼んだ。ここでは二人だったから、ねえ、で済んでしまって、呼ぶ必要がなかったのだ。
「僕はこれからもずっと、君の味方でいるからね」
きょとんとしてから笑って、彼女は言った。
「そうか、そのうち私も姪っ子になるんですね。あれ、甥の嫁って姪であってます?」
そう考えればちょっと楽しみかも、と、自分に言い聞かせるように言う彼女を見ながら、僕は何もできない自分と甥っ子に怒りを感じていた。
ここまでが、一章と二章の間のお話しでした。
続きはまた後日投稿いたします。
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