31.何で家に居るんだ
<Kyle>
歓迎会の後、王都の宿に一泊し、日をずらして翌日ノワールの屋敷に帰宅した。
写真、というのは凄いと思った。あの精巧な絵が、あの板を壊すまで残るらしい。マグノリアが部屋に飾ると言っていた。
本当は、聖堂には戻るつもりはなかったのだが、そう言ったら絶望したような顔をされて、結局顔を出す事を約束した。
マグノリアはあまり話さなかったが、今、随分辛い思いをしているようだ。
実は話はレオンから聞いていたし、そのうち何とかしてやるから、アルフレッドなどほっとけと言ったのだが、次期王妃の自覚が出てきてしまったのかそうもいかないと聞かない。
改めて父に謝罪した。マグノリアが頑張って説得してくれていたようで、事件については何もなかったと信じると言ってもらえた。
「で、何で君が当然のように家に居る?」
「騎士なんで」
何故か家にレオンの部屋があった。
マグノリアの使用人が控える部屋を整えて使っているようだった。客人であればもっと良い部屋に通すと思うのだが。
話し合うためのテーブルと椅子も無い。小さいソファーにはレオンがどっかりと座っている。仕方ないので扉に寄りかかって腕を組んだ。
「ノワール公の中では後継はカイルですけどね、マグノリアの兄についてはもう俺ですからね」
「兄じゃなくて騎士なんだろうが」
自業自得なのは十分承知しているが、そういわれると面白くはない。
「……まあ、いいさ。逆にやり易くなった」
「俺の部屋に入り浸ってたら、今度は俺を何とかしようとしていると思われますよ」
「気色悪いことを言うな。……首尾はどうだ」
「そちらからどうぞ」
僕たちは、半年ほど前から手を組んでいる。
レオンから秘密裏に手紙が来て、アルフレッドの所業について相談されたのがきっかけだ。
それから僕の計画を伝えたら協力するという事になった。動き出すのは帰ってからなので情報交換していたくらいだが。
しかし、家に住んでるとは知らなかった。どうりで我が家の事情に詳しいと思った。
「ジョーヌ公は全面的に賛成だ。面白がって、好きにしろと言ってくれている。今後も何かあれば僕に応じてくれるだろう」
「お嬢様の執事は随分信頼されたみたいですね」
執事の真似事をさせられたのはジョーヌ公の家だ。キャンディお嬢様にマナーを仕込めと言われて物凄く頑張った。物凄くだ。イケメンのいうことは聞くのね、と前任者に言われて吃驚した。これで聞いているのかと。
三か月で何とかした。そのおかげでジョーヌ公には感謝され、良い関係になれた。
あの時、マグノリアは聞き分けも物覚えも良く、賢かったのだな……と、知った。僕の周りにも、結局は同じような人間ばかりだったのだ。アルフレッドを馬鹿にはできない。
「お嬢様の騎士に言われたくないね」
娘の事から信頼を得たのはお前も変わらないだろうと言い返す。
「下心の有無は重要ですよ」
「君に下心がないとでも?」
「無い」
「はは、言い切りやがった」
流石にここまでやるのは、忠誠心だけでは不自然だろう。ルージュの騎士と言うのは通常、契約魔法を使って主人を裏切れないようにするらしいが、未だしていないはずだ。
そうでなければマグノリアに黙って僕に与する事は出来ないだろう。
「ルージュ公は味方と思って良いです。今回の件には賛同すると。しかし今後も全面的に協力すると考えるのは無理ですね。ただ、俺でも王宮や王都の警備くらいはわかりますよ。物騒なことはマグノリアが嫌がりそうなので避けたいですが」
「やるじゃないか」
「俺、元々、この家で思われてる程下っ端じゃないんで」
ルージュの騎士というのは、本来はルージュの神託が降りる素質のある人間の集まりなのだという。神託が降りなかったら、強すぎる才能を個人との契約をもって封じるための管理体制なのだ。
つまり、レオンは今の時点で神託が降りる可能性が一番高く、実はかなり力があるらしい。
少なくとも、他家の使用人の部屋に詰めているような立場ではない。
「ルージュ公からカイルに伝言です。『ルージュの騎士と主人が結婚する事も多いのよ。私が賛成する意味わかってるわよね』だそうです」
「君、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
「俺、騎士なんで、難しいことはわかんないっすねー」
「いきなり馬鹿のふりをしても無駄だ」
知ったことか。マグノリアが断れば正式な契約にはならないのだ。
「ブランは? 君、候補と接触したんだろう?」
「一応、頑張ったつもりなんですが、ちょっと変な感じになっちゃってて」
「どういう事だ?」
「マグノリアと俺が、道ならぬ恋人同士って思い込んでて。俺はそれでもいいんですけど。ちょっと俺の言葉を聞いてくれる感じでもなくて。まあ、そういう扱いも悪くはないというかなんというか」
「は? 何を言っているんだ」
珍しくグダグダというレオンの言葉を遮る。
一瞬間が空く。レオンは少し姿勢を正した。
「任務に失敗しました。フォローしてください」
「最初からそう言え」
「でもカイルも知らない子ではないですよ。あのブランの街の、ランプ売ってた子おぼえてます?」
「ああ、リリアンだっけ」
「ブラン候補、彼女ですよ。運命じゃないですか。俺、応援しますよ」
そんな偶然あるのか? なにやらゾッとしたが、彼女が選ばれたというのはなんとなく納得できる。
複雑な気分だが、顔見知りというのは使えるだろう。
「……わかった。あとはブルーか。しかし、接点がないな。アルフレッドにはわからないように動かなければならないし」
「最近マグノリアがブルー公と仲良いので頼みましょう。仲間に入れるときっと喜びますよ」
「マグノリアにはあまり関わらせたくないのだけどなあ」
「今更なにを」
この国は五公の賛同があれば王の意思を無視して決定することができる。言ってしまえば、五公をまとめられれば、この国を掌握したも同然だ。
僕が近いうちにノワール公になるとして。
ジョーヌ公、ルージュ公の力を預かることができれば過半数は僕のものとなる。
後は、ブランとブルーだ。どうにかして認めさせる。
「そういえば、魔導兵器と言うのを聞いた事はあるか?」
「何かの物語に出てくる物ですかね? マグノリアとルーカスが喋ってたのを聞いた事があります」
……マグノリアはなぜいきなり核心をつくのだ。
ジョーヌ公に話をしたとき、「お前が魔導兵器使えれば大分楽になるな」と漏らしたのだ。そこで初めて知って少し調べた。
「物語では無い。昔、各領の伝説や伝承を、魔道具で実体化させた事があったらしい。それが魔導兵器と呼ばれていて、強力すぎて封印されたと聞いた。どれか一つでも手に入れられれば心強いのだが」
「2人が言うには、”ろぼっと”とかいうので、”ぱいろっと”と”おぺれーたー”で組んで操縦するみたいですよ」
「……何でそんなに詳しいんだ。どこにあってどんなものなのかもよくわからないんだぞ」
「聞いてみましょう。マグノリアよりルーカスの方が詳しそうでした」
早速明日にでも行ってみますよ、というので、任せることにした。




