22.夏休みの工作
二日滞在して、帰路についた。
途中の村や町に立ち寄り、荷物を置いたり詰んだりしながら、王都を目指す。皆忙しそうだ。
私は役にたたないので、一人で邪魔にならない所にいた。少し離れた木陰に座り膝を抱える。カイルもレオンも商隊を手伝っている。
「嬢ちゃん、兄貴達すごいなー」
リーダーが声をかけてきた。
日に焼けた肌、乱暴な口調、その場をまとめる自信のある態度。今までカイルやマグノリアの周りにはいなかったタイプだ。
ほれ、と、指さす先にカイルがいる。
何か書面を待って、商人と話している。
「オレの仕事頼んできちゃったよ。よく出来るやつだな」
見ていると、カイルがレオンに何か声をかけた。レオンはパッと走っていって荷を持って戻ってくる。
見ていて気持ちが良いほど連携が取れている。
「赤い方もよく動く。こんなに出来の良い息子が二人もいる話、聞いた事ねえ。妹はえらく別嬪だしな。このままうちで働かねぇかなぁ。良い商人になるぜ」
「それは、喜ぶと思いますけど、難しいですわね」
「はは、だろうな。で、嬢ちゃんに聞きたいんだが、黒い方の兄貴と喧嘩でもしたかい?」
さすが、鋭い。
表面上は、行きと変わらなく過ごしていると思う。私もできるだけ普通にしている。しかし、カイルの目の奥が笑ってない。
「……ちょっと、言い合いしてしまいまして」
普通に兄妹喧嘩中という方が自然だろう。
「どうせ兄貴がなんかしたんだろ。許してやってくれよ。相当落ち込んでるぞ」
落ち込んでる? 誰が!?
「落ち込んでますか? めちゃめちゃ怒ってると思うんですけど」
「落ち込んでるだろ、行きに比べてぜんっぜん元気ねえもん。怒ってたら逆に元気になるだろあいつは」
そうでしょうか……?と、呟くことしか出来ず、カイルを改めて見たが、やっぱり私には落ち込んでいるようには見えなかった。
+++
二週間の夏休みが終わった。
家に帰ると、カイルの態度はあからさまになり、私を避けるようになった。
たまに視線を感じたが、直接何か言ってくることはない。
一度レオンが、カイルがルージュ公に会いに来て、マグノリアの話をひとしきりして帰って行ったと報告してくれた。
休み明け初日。
いつも通りカイルと馬車に乗る。
「随分久しぶりな感じがしますね。たった二週間なのに」
「ああ」
「お兄様は旅行、何が楽しかったですか?」
「……」
「商隊の方、お兄様の事とっても褒めて下さってましたよ」
「うん……」
話しかけても生返事で目を合わせてくれない。
不機嫌、とはちょっと違う。何か心ここに在らずというか。
「マグノリア、カイル、おはよう!」
聖堂に着くと、元気な声に迎えられた。
まさかのアルフレッドだった。
朝からキラキラしている。休み前と随分態度が違うではないか。
「マグノリア、見せたいものがあるから来てくれるかな? カイル、マグノリアを借りるよ」
ちら、と、カイルを伺うとどこか呆然とした表情だった。それでも口の端をあげて笑顔を作り、鷹揚に頷く。
私も出来るだけいつも通りに返事をする。
「ええ、アルフレッド様。何かしら?」
アルフレッドの顔がパッと輝き、私に手を差し伸べた。わかりやすく嬉しそうなのが可愛くて、手を取ると優しく手をひかれる。そのまま二人で駆け出した。
「こっちだよ」
連れて来られたのは、いつもの魔導研究室だった。わざわざ迎えに来てくれたみたいだ。
「ここに立ってみて」
魔導研究室に入り、その奥、教務室につながる扉のまえに立つと、自動ドアのようにばたん、と、扉が開いた。
「すごい」
「だろ?」
アルフレッドがキラキラした目をキラキラさせている。
少し下がると、ばたん、と、扉が閉まる。
自動ドアだ。
「すごい! すごいですね!」
「この間、貴女が言っていたのを作ってみたんだ。自動で扉が開く、こうしたら出来るんじゃないかと思いついたら、やってみたくてさ。この蝶番のところに仕掛けを作って、ここに立つと影ができるからそれに反応するように……」
何やら早口で話し出したが、私はバタンバタンと動く扉が面白くて耳に入らず、話も聞かずに何度も開け閉めをしてみる。
「これ、アルフレッド様が作ったんですか!?」
「そうだよ。夏休みまとめて時間があったからね。研究室に入り浸って、実験してたんだ」
夏休みの工作で自動ドアを作る王子。世界の平和を感じますね。
「叔父の実家が魔道具屋でね。昔からこういうの得意なんだ」
自慢気に胸を張る。褒めて褒めて!と、全身からオーラが出ている。
ご要望通り褒め称えながらバタンバタンとやっていたら、バサバサっと音がして開かなくなってしまった。
「あれ……?」
「なんか挟まっちゃったかな」
アルフレッドは無理やり扉を押し開いて向こうをのぞく。
「あー、隙間に書類が落ちたのか。大丈夫だ。すぐ直る」
「すみません。面白くて何度もやってしまいました」
「楽しんでもらえて良かったよ。貴女の話から考えついた事だったから、一番に見せたかったんだ」
そういえば、そんな話をした気がする。
「では、私は書庫の整理をして、もとに戻すよ」
「あ、手伝います」
それから、アルフレッドの手伝いをして、お土産を渡して、夏休みの話をして。気がついたら昼前になっていた。
今度はお昼も一緒に食べようと約束をした。
なぜか一気に仲が進展してしまった。誰かに言いたくてうずうずしていたんだろう。
その後、ルーカスに御礼と報告をしてお土産を渡したり、二週間ぶりの学友とお話したり、休み明け初日から聖堂を満喫した。家に篭ってるよりずっと楽しい一日だった。
結構遅くなってしまって、カイルはもう帰ってしまったかもしれないなと思いながら、一応図書館を覗く。
カイルはまだいた。待っていてくれたようだ。
本を開いたまま、頬杖をついて考え事をしている。
夕日が窓から入ってきて、カイルの髪に当たっている。漆黒の髪がキラキラしていて、とても美しい。
いつかのように、前の席に回り込み見つめる。
あの時はアルフレッドと上手く話せなくて落ち込んでたのだっけ。
カイルは本当に美しいと思う。かっこいいし、ちょっとかわいいし、何時迄も見ていたい。
でも、それだけではなくなったな、と、改めて思った。
絶対、幸せになってもらいたい。
この人の破滅が美しいなんて、もう全く思えない。
「お兄様、そろそろ帰りましょ」
なかなか気が付かないようなので私から声をかけた。
「……ああ、そうだな」
カイルはその瞳に私を映すと、眼鏡を上げて、いつものように、ニヤリとしてみせた。
+++
家に帰ってくるまでは普通だった。
馬車の中でも色々話した。
「ブランの街は楽しかったな。ランプも美しかった」
「お兄様のために選んだんですよ。それも楽しかったです」
行きと違い、カイルの方から話してくれる。ブラン領で見た穏やかな笑み。
「道中何度も君の紹介を頼まれたが、僕とレオンで断っていた」
「私、お役に立てないから邪魔に思われてるかと思ってました」
いつもの黒い格好でも、こうしていればとても素敵だ。こんなに素敵では人気者になってしまう。大人びた優しい表情は、ゲームではハッピーエンドでしか見られない顔だ。
もしかして、今日1日で何か良い事があって、私と関係ないところで、すっきりしたのでは…と、内心ホッとしていた。
そして、帰宅して、私は今。
「マグノリア。僕に何を隠している?」
図書室で壁ドンされていた。




