21.宿屋の夜
この旅行で、出来ればもう一つやりたいことがあった。
ゲームでカイルが起こす反乱の計画を掴む事である。
転生した初日にチャレンジしたが、全く相手にされなかった。
今なら少し違うかもしれない。
明日は帰る日。
そろそろ寝る時間。
行くなら今しかない。
意を決して、カイルが泊まっている部屋のドアを叩く。
ちなみに兄妹設定なのだから三人一部屋でいいと思ったのだが、そこだけは頑なにカイルに拒否されたため、男女で別れている。私が寝顔を覗くとでも思ったのだろうか。そ、そりゃ、しただろうけども。
カイルとレオンは同室だが、会話はあるのだろうか……
こんこ、がちゃ
異常に早く開いた。中からレオンが顔を出す。
「どうしたの、メグ」
「カイに話があって」
ドアを開いて、中へ通してくれる。
狭い部屋に、細いベッドが2つ。壁際に小さな机と椅子がひとつずつ。
カイルはラフな格好で机に向かっていた。
「……レオ、少し外してくれる?」
「ルーカスから2人きりにするなと言われている」
ルーカス、レオンにも根回し済みでしたか。
「レオ、外に出てて」
しっかり言うと、素直に出て行った。
ルーカスよりちゃんと私の言うことを聞いてくれた。……いや、私、忠誠を誓われてるはずよね?
なんで、私、こんなに気を遣ってるの?
「改まってどうした?」
レオンが出ていくと、カイルは机についたまま、私に身体だけ向ける。
私は返事をせずにベッドに腰掛けた。
「……兄妹とは言え、それはあまり感心しないぞ」
カイルは溜め息をついて椅子から立つと、私をそこに座らせ、ベッドに腰掛けた。開いた脚に腕を置くようにして、私を見上げる。
この角度から顔を見ることはあまりないので、ちょっと新鮮だ。上目遣いのカイル。心に焼き付けなければ……
ちがう。ちゃんと、話をしに来たのだ!!
「お兄様。前にも一度お尋ねしましたが。……我が家の悲願、ってなんですか?」
カイルが目をすがめる。この冷たい目を久しぶりに見た気がした。
+++
これに関しては、何も話せることはない。
このことは、聖霊の秘密が大きくかかわっている。聖霊の秘密は公爵と後継しか知らないし知ってはいけないことだ。マグノリアにすべてを話すわけにはいかない。
「……以前僕は言ったはずだ。君が知る必要はない」
「何なのかもわからないものに流されるのは怖いわ」
「……ノワールの家に生まれたからにはやるべき事だ。聖霊に選ばれるよう努力し、選ばれれば目指すべきものがある」
「その、やるべき事って、何?」
「……それは、言えない」
「王家の廃止、……だったりする?」
ゾッとした。
なぜ知っている? いや、知っているわけはない。
しかもそれは表面上の話だ。ノワールの悲願はそれが本題ではない。
「……違う」
結果的に、それが行動の目標になっていたとしても、本当の目的は違うのだ。だから、違う。
マグノリアは少し考え、自分自身に言うように「よかった、その気はないのね」と、つぶやいた。
なぜそんなことを言い出したのだろう。
誰かに何か吹き込まれたのか?
……もしや、マグノリアは何か探っているのか? だから、僕をこんな辺境まで連れ出した?
+++
冷たい、低い声だった。
なんでもっとうまく話せないんだろう。
思い切ってぶつけてみたら、カイルがとても冷たくなってしまった。
ゲームの知識でわかっていることは、「王家の廃止」を掲げ、反乱を起こす事。
ちなみに、廃止と言っておきながら、アルフレッドを殺し王家を根絶やしにしようとしていた。そりゃ処刑だ。乙女ゲームでそこまで物騒な事を企てないでほしい。
ちなみにアニメでは堂々とクーデターを起こして、他の公も参戦して、ロボット大戦だった。よくあそこまで改変したものだ。
結局何もわからない。
でも、「王家の廃止」は、違うと言っていた。反乱を起こす事情はなくなったのかもしれない。それであればいいのだけど。
カイルはどこか探るような目で私を見つめている。
カイルは結構顔に出るな、と思う。いろいろ知っている私を疑っている。
もうこれ以上は無理だろうな。関係悪化させただけで終わってしまった気もする。
「ああそうだ、お兄様!」
空気を変えようと、にっこり、手を口元で合わせて、努めて明るい声で言う。
「これをお渡ししようと思ってたんです」
ポケットに忍ばせてきた、小さなランプに魔力を込めて光らせる。
「私、お兄様にはいつまでも元気で幸せにいてもらいたいのですわ」
なにか疑っているのか、差し出しても手に取ってくれない。
「本当は、窓辺にこっそりおいておくものなんですって」
椅子から立ち上がって、窓辺に置いた。
「では、遅くにごめんなさい。おやすみなさい、お兄様」
「……ああ、おやすみ」
最後に、挨拶してくれただけでもいい、と、思おう。
+++
「メグ、顔色が悪い」
外に出ると、レオンが寄ってきた。
「カイに何か言われたか?」
「ねえ、レオン」
「レオ」
「レオン!」
訂正してくるレオンにぴしゃりという。半分八つ当たりだ。でも、私のものだというのなら、役に立ってもらおうじゃない。
「ちょっとこっち来て」
私の部屋に引っ張ってくる。扉を閉めて、声を潜めた。
「今後、カイルの動向を私に報告して。ルージュ公にも言っちゃだめよ。特に何か……王家に対して何か考えていたり、やろうとしていたりすることとか、ブランの力を削いでノワールの力をためようとかなんかそんな……」
あああ、うまく言えないなあ。
「とにかく。お兄様とお父様は何か企んでいる。それは成功しないし不幸になるわ。だから、食い止める。いい?」
こんな、訳の分からない命令に対して、レオンは動じずに姿勢を改めて私に礼をとる。
「仰せのままに。マグノリア」
そして、どこかしら嬉しそうに言った。




