18.ヒロインの街を特定する
アルフレッドと仲良くしよう作戦が一定の成果を上げる一方で、ヒロインの出身地特定は難航していた。
街道沿い、教会と孤児院が併設されている、街、夏に蛍の伝説がある、王都から馬車で数日かかる、王子が一人でふらふらできるくらい治安がいい、そのあたりの情報から、地方は絞り込めたのだが。
それでもいくつか候補はある。ブランの同じような街をいくつか周るのは、偶然を装うには難しい。
「マグノリア、これ見たことない?」
ルーカスが一枚の絵を見せた。
葉書サイズの額縁に入った、風景画だった。
「綺麗な絵ね」
「ブラン領出身のやつが持っててさ。この山の形、なんか、見たことない?」
「ない、と思うけど」
「アニメの、リリアンの旅立ちの時の背景に似てる」
「ええ!? わかるの!?」
それはなかなかの、コアなファンではなかろうか
「そう? 普通だろ。この山の形、なんかありそうだなと思った記憶が」
普通ではないと思うが。
私も一回は見たんだけどなぁ。山の形まで覚えてないなぁ。
「候補にある街のうち、この山が見えるのはここだな」
「では、この街かしら」
ルーカスと目をあわせて頷き合う。
間違えているかもしれない。そもそも、ゲーム準拠だから、全然違うかもしれない。
でも、行ってみる価値はある。
+++
「ルーカス、お願い。力を貸して……」
翌日。私はルーカスに助けを求めていた。
昨日、帰ってからお父様に旅行に行きたいという話をしてみた。
「本で、蛍祭の話を読んだのです。もうすぐその季節なんですって。ちょうど聖堂は夏休みだし、私ぜひ行ってみたいわ!」
蛍祭は、ゲームの中で、ヒロインが帰郷するイベントに出てきたヒロインの街の伝説が元になっているお祭りだ。
好きな人にランプを贈るという素敵な風習だったのだが、最近はお世話になっている人に贈ることも多くなっている、という設定で(バレンタインのようなものなのだろう)、一緒に帰郷した攻略対象とランプを贈り合うイベントがあった。
夏休み前に大きな分岐があって、大まかにアルフレッド・カイルルートか、レオン・ルーカスルートに別れるのだが、その後のイベントがこれだ。
その時1番親密度が高いキャラが来る。基本、アルフレッドかレオン。……相当うまくやらないと、カイルが来ないんですよ。
そのお祭を偶然本で読んだマグノリアが行きたい!と、わがままを言う。よし、ありそうだ。
「君がそんなに視野を広く持てるようになるとは…」
「家族で旅行なんてした事ないですもの、一度行ってみたいですわ!」
狙い通り、お父様は嬉しそうだ。
「良いじゃないか。どこにあるんだい?」
「ブラン領なんですって。王都から馬車で3日ほどよのうです」
「……ブランか……」
お父様が難しい顔をする。すると、
「マグノリア」
と、カイルが口を挟んだ。
ヒィッ
口元が弧を描いている。なぜそんなに器用に口元だけで笑えるのか。
これは間違えた時のやつだ。最近、声色でだいたい分かるようになってきてしまった。
人のアラを見つけた時の、獲物を前にしたようなあの声である。
……よくないよねー。こうやって恐怖で人を操ろうとするの。
「少し考えればわかるだろう? ノワール公とその後継が、揃って、ブラン領へ行く。他家からどう映る?」
「……何か思惑があると思います……かね?」
「どんな思惑?」
うぐ。
「ええと……ノワールがブランと仲良くしよう、と、心を入れ替えたとか……」
「本気で言っているなら、君への評価を変えなければならないな」
どんな評価だ。可愛い妹以外の評価があるのか。本当に会社なのかここは。
「いや、でもブランですよ?優しさと正義と正直者の」
「まあまあ、良いではないか。マグノリアはそんなこと考えなくて」
「と、父上は仰っているが、君はそれで良いのかな?」
あーー変なスイッチ押したーーめんどーーー
……こう言うのは、やってる所を見て喜ぶものであって、やられて喜べるものでもない。
いや、カイルに喜んでもらえるならいいんだけど、合格点に達しないとすごい冷たい目をされるんですよ。でも良い回答だと、少しだけ満足げに笑うのだ。
その笑顔がさぁ! 見たいじゃん!
……それで面倒な事を言われても諦めてちゃんと考えるのだ。
「……さっき、仲悪いような事言ってしまいましたけど、実際、今、関係は良好ですよね。しかも、今ブラン公は高齢で候補もいない」
ブラン公はお父様より20歳以上年上だ。二年後にやっとヒロインが候補になる。
あと、これはゲームの知識だけども……
「だから、ブランは力が弱まっているんじゃないかしら。そこに、まだ力がある上に後継もいるノワール公が来る。となると、牽制する意味はないし、力を誇示しようとしているように見えるかしら…?」
私にはこれで精一杯ですわ。
ついついカイルの顔を窺ってしまう。
「だろう? だから父上と僕は行けない。君を1人で行かせられない。だから無理だ。以上」
満足げにニッコリして、一刀両断である。
ニッコリはいただけたが、コレはバッサリ行くための誘導だった。ううう。
なぜ、ただ、「公爵同士の関係があるから、それはできないよ」と、言えないのか。
そう言われればわかるもん。
……だから皆に嫌われるのだ。
+++
「……ということがあって、無理だったわ……」
「うーわ、離職率高そうな職場だな。いたわ、そういう上司。ハハ、そういやメガネで禿げてた」
「禿げてない! おでこはちょっと広いけど禿げてない!」
ファンタジー感が消滅するコメントは控えて欲しい。あと禿げてない。たとえ禿げても愛せる。
しかし、離職率高そうは同意である……あれだな、部下を次々と休職に追いやるタイプだな……
でも、カイルも以前はこんな事言わなかったので、何か妙に気に入られているんだとは思う。恋愛物ではなくビジネス物として。
そう。言ってみれば、面倒な上司に気に入られて嬉々として絡まれている。そんな感じがする。
「グランディーアって、オフィスラブものだったのね……」
「うん?」
と、半分ヤケな気持ちで呟くと、ルーカスが不満気に唸った。
「なに。……オフィスラブ?」
「たぶん、上司と部下の恋が始まるのよ。会議室とかで」
オフィスでスーツにネクタイのカイルを想像すると、だいぶなんでも耐えられるので、カイルが推しから上司に見えてきたらその妄想をするようにしている。
ふふ、社長の息子と同級生で一方的にライバル視してて、社内クーデターを起こして会社を乗っ取る…… うはぁ、いいね。
うん。本当に、元気になる。
「……そ、そうか」
ルーカスはなんだか眉間に皺を寄せて考えている。
「で、要は俺にカイルを説得しろと」
「できる?」
「恋が会議室で始まらないように、だな」
「違う」
「始まりたい?」
「いや、カイルは見ているだけで十分……実際今はめんどくさいお兄ちゃん、ていうか上司」
ルーカスはうーん、と、目を閉じて少し考えたあと、
「今回の目的は、リリアンにカイルを売り込む事だよな。だったらノワール公は一緒じゃなくていい。逆にややこしい。あと、レオンは連れてくよな?」
「レオンはいいかなあ」
レオンとヒロインがエンカウントしたら、カイルに勝ち目などない。
「いや、連れて行け。多分連れて行かなくても付いてくるから、どうせならちゃんと連れていけ」
「わ、わかったわ」
「この世界でオフィスライブは俺が許さない」
「だからそれは違うって」
何かオフィスラブに恨みでもあるのか。何やら真剣である。
前世で上手くいかなかったのかなあ。
ここも仕事場なんだから頑張ればいいのに。
「オフィスは置いとくとしても。幼馴染の中学生男女二人で旅行は俺がお父さんだったら絶対反対するね。だから、ノワール公を納得させるならもう一人必要だし、レオンはお前の騎士って事になってるんだからちょうどいいだろ」
お父さん……?
ルーカスは妙に倫理観が現実的というか……この世界で生きにくく無いだろうか……
「ま、うまいこと説得してやるよ。チート持ちのお兄さんに任せなさい」
「……期待してるわ」
どう説得しようとしてるか考えてる時点で、絶対それはチートじゃないだろ、と思いつつ、野暮な事は言うのをやめました。
2025/4/26 加筆修正




