15.属性過多
翌朝。
一晩経って、いろいろすっきりした。
それは、カイルが謝ってくれたからというのが大きいと思う。私が悪かったと思っていたけれど、やっぱり……悲しかったというのは本当のことだ。
カイルが「言い過ぎた」、なんて言うシーンがあっただろうか。……ああ、あったかも。ハッピーエンドだ。
ヒロインにつらく当たったことを謝って、それをヒロインが赦して、カイルが優しそうな幸せそうな顔でほほ笑むのだ。
ぶっちゃけあんまり好みではなかった。
私は、親密度がその手前でエンディングまで行ったときの、ヒロインを拉致監禁して裏社会に逃げるやつが好きでした。
……バッドエンド? 違うね、あれはメリバってやつだ。薬なのか魔法なのか洗脳なのかぼかされてたけど、正気を失ってほほ笑むヒロインと、それを満足そうに見るカイルの仄暗い瞳。
あ~~~~、死が二人を別つまで、閉じた世界で幸せにぐずぐずに溶けていくんですよ。素敵。
でも、それは、ゲームだから。創作だからいいんであって、今目の前にいるカイルにあんな顔をしてもらいたくないな……と、思う。
昨日のカイルは謝ってはいたが、当然だが優しく微笑んではいなかった。
顔は良く見せてくれなかったけど、屈辱にまみれたような顔をしていた気がする。……それはもしかしたら私の妄想かもしれない。
朝食の時間。カイルは平然としていた。いつも通りの顔、いつも通りの仕草。
私は一方的に仲良くなったような気になって、「おっはようございますっ☆」ってハイテンションで肩をたたいたら、虫けらを見るような目で見られ触った肩を払われた。……調子に乗って済みませんでした。
……むしろいつもより、雑に扱われているというか、冷たいというか、そんな気はする。
きっと、慣れないことをしたので照れてるんだろう、と、思うことにした。
私をガン無視して出発しようとするカイルを追いかけて玄関を出る。そこには、しれっと、いつも通り、レオンがいた。
「おはようございます。マグノリア。昨日は帰ってしまってルージュ公が残念がっていましたよ」
レオンを見て、少しほっとする。本当のいつも通りとはこういうことだ。
カイルはちょっとやっぱり、様子がおかしい。いつも通りにしようと努めている感じがする。
……レオンはまったくいつも通りである。
「おはよう、レオン」
昨日のお礼を言おうと近づいたら、その前にカイルがすっと入り込んだ。
「ルージュの騎士、話がある」
立ちふさがれて、目の前には細い黒い背中。え? なに?
「君が騎士として妹を護ってくれている事は感謝している。ただ、妹は王子アルフレッドと婚約中である身だ。もう少し、控えてもらえないだろうか」
「どういう事でしょう?」
珍しく、カイルが直球で話をしている。レオンは平然と聞き返した。
「近づきすぎだ、と言っているんだ。僕には君が、妹の純粋な心に付け入っているように見える。……ルージュにはノワールに取り入る目的でもあるのか?」
「……ふむ、ノワールの後継殿は、ルージュの騎士についてご存知ないと見える。もう少し見識のある方だと思っていたが」
二人の声がぐっと低くなる。何やら言葉の端々に、色々な意味を含ませているような……そんな感じがするんだけど、まあはっきり言ってよくわからない。
かっこいいとは思う。これはもう、本能?性癖?なんで許していただきたい。
……うーむ、しかしもう少し、分かりやすい言葉で言い合いしてくれないかな?
レオンは順応力ありすぎじゃないかな? 私とはいつももっと、IQ低めな会話してるじゃない?
「ルージュの騎士は、身命を賭して主人を護る。護るとは、主人の命と身体だけでは無い。心も、精神も、幸せも、だ。俺が仕えてから、マグノリアは心が痛そうだった。しかも傷つけているのは家族」
レオンはカイルを鋭い目で射るように見つめる。
「ならば、マグノリアから離れるべきは俺では無いのでは」
「は。ルージュの騎士とは、随分と感情的なのだなァ」
また私を無視して話が進んでいく。どんどん空気は険悪になっていく。
……昨日話を聞かなかった事を反省したのでは無いのか。ああ、それを反省したのはお父様だけか。
ルージュがどうとかはよくわからないけど、とりあえず、カイルはレオンに私から離れろと言っていて、レオンはだが断るって言ってるってことはわかる。
「二人とも、私の話をするなら、私の話も聞いて!」
二人の間に割って入る。
「レオン、今私は自分でやらなきゃいけないことがあって、あなたが居ると甘えてしまうことがあるの。だから、少し、離れて見守っててほしい。お兄様、要はそう言うことでしょ?言い過ぎです」
ぐ、と、カイルは押し黙る。言い過ぎはちゃんと反省していたようだ。
「マグノリア、貴方はそれで良いのか? 辛そうだ。せめて支えたい」
「私の幸せは私が決める事でしょう。レオンには助けて貰ってるけど、自分でやらなきゃいけない事もあるの。だから……少し離れてて。助けが欲しい時はちゃんと言うから」
レオンは私を見つめる。炎のような視線だ。
人の好意を断るのは、勇気がいる事だ。でも、ここは引けない。レオンはきっと、カイルから助けようと思ってくれているのだろうけれど、私はカイルを助けたいのだ。
そして、レオンにもこの先も騎士として側にいてもらう為には、レオンに甘えっぱなしではいけない。私はレオンの主人にならなければいけないのだ。
「私を信じて、離れていなさい」
「……分かりました」
レオンはそう言うと、素直に屋敷から離れて行った。
「行くよ」
レオンが十分離れたのを見てから、カイルは踵を返して馬車に向かう。そして小さな声で、ぽつりと付け加えた。
「一人が嫌なら僕と一緒にいればいいだろう」
いつもよりつっけんどんな言い方で、笑顔を作ってもいなかったけど、心なしか少し暖かく感じた。
……これはまさか、ツンデレ、というものではなかろうか。
そんなことを考えていたら、カイルは立ち止まって、ちらりとこちらに視線を投げて言った。
「言っておくが、君のためじゃあ、無いからな!」
見事なツンデレでした! 悪役インテリ眼鏡にツンデレ属性が付与されました! 5・7・5!お見事!
「待って、お兄様!」
私は笑顔になって、カイルの後を追った。くう、私の頭では、7・7で応えられなかった!
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「おはようございます!アルフレッド様☆」
挨拶は毎朝の日課である。アルフレッドはゲームと同じように、魔導研究室にいる事が多い。
「おはようございます、マグノリア」
それだけ。それだけだ。
わざわざ顔を出した婚約者に対して、ここ1ヶ月なにも変わらず、挨拶しかしない。……目も合わせない。
本から目をあげろ! さすがに失礼だろ!
と、心の中で思うが、そんなものはおくびにも出さないのである。
「今日はいいお天気ですね!」
「そうですね」
「昨日は夜、星が良く見えましたね!」
「そうですね」
「髪型変えました?」
「そうですね」
3回、そうですね、を貰ったら、心の中で、パンパパパン、と手拍子をして帰ることにしている。
こういう仕事は、ルーチン化するのが良い。心を込めるとごりごり削られるぞ、と、前世の記憶がぼんやりと伝えている。
「おはよう、アルフレッド。僕の妹がいつも世話になっているね」
しかし今日は、ちょっと心強いというかなんというか、カイルが一緒なのだ。……なんでだろう。気まずい。あれだ、上司が同行するっていうときの気持ちだ……
「カイル……ああ、おはよう。今日は君も来たのか。妹君にはいつも気にかけて貰っているよ」
「そうだろう、婚約が決まってから毎日楽しそうだ。家でもよく君の話をしている」
していないわね……お兄様を愛でるのに忙しくて、家ではアルフレッドのことなど考えてすらいないわね……
「先日の模擬舞踏会。君たちのファーストダンスはとても美しかった。さすがだね。どうしたらああいった、気品のようなものが出せるのかい?」
「いや……君こそ、ご令嬢達が噂をしているのが、私のところまで聞こえてきていたよ」
カイルがニコニコとアルフレッドに話しかける。アルフレッドは戸惑っている。私も戸惑っている。
「だとしたら、君とマグノリアとの組み合わせが良かったのかな。まるで御伽話の王子とお姫様のようだったよ」
ねえ、マグノリア?と、甘い声で話を振られる。
「え、ええ、お話の中に入ってしまったみたいで、夢のような時間でしたわ……」
及第点。
と、カイルの目が言っている。
「また、仲睦まじい姿を見せてくれ。そうすると僕も兄として安心だ。さあ、行こうか」
カイルはさりげなく私の腰に手を回した。
部屋の外に出て、ぱたん、と、扉を閉める。
ちらりとあたりを伺い人がいないのを確認して、カイルは貼り付けていた笑顔をやめた。
「ああも舐められては気分が悪い」
オクターブ下がった低い声。
ぎろりと眼だけ動かして私を見下ろす。黒い眼の中に、紫の宝石が光っているようだ。
「マグノリア、アルフレッドを落とすぞ」
それは、プロデューサーが爆誕した瞬間だったのだが。
私はカイルの紫に燃え上がる流し目を近距離でくらい、心臓が止まりそうだったので、正直それどころではなかった。
2024/4/24 加筆修正。




