10.王子は悪役令嬢に冷たい
教員室を出て、図書館へ向かう。
図書館は別棟だ。中庭をぐるりと囲む外廊下に出る。
すると向こうに、アルフレッド王子が見えた。メインストーリーの攻略対象である。我が婚約者殿でもある。
とりあえず、見かけたら挨拶しておこう。
もしかすると親密度、1くらい上昇するかもしれないし。
そう思った私は、図書館ではなく、アルフレッドがいる魔術棟に向かう。
アルフレッドは婚約者ということになったはずだが、何度か会ったことはある程度のようだ。挨拶以上の会話を交わした記憶はない。
マグノリアのキャラクターを考えれば、自分から挨拶などとんでもないが、カイルにも籠絡しろと言われているし、別に不自然でもないだろう。
ゲームでの印象は、一言、『敵』だ。
いや、物語としては、カイルが敵なんだけど、カイルからすればアルフレッドが敵だから、私からしても敵である。
カイルを攻略しようとするとやたらと邪魔するからほんとうざかった。
アルフレッドがヒロインに惚れたから、カイルがヒロインに興味を持つという流れなので、まずはアルフレッドに「おもしれー女」認定されないと、カイルは落とせないのだ。
なので、ストーリーの都合上、カイルを落とそうとするとすごく付きまとわれる。
人生のレールの通りに生きている、責任感が強くて真面目で、どこか厭世的な王子。その前に現れる、王子を特別扱いしないヒロイン。「おもしれー女」。ベタである。
設定もベタなら、外見もベタ。金髪碧眼のキラキラとしたイケメンだ。背が高いがルーカスほどではなく、しっかりした体つきだがレオンほどではなく、美しいがカイルほどではない。
でも、ちょっと、考えなしというか……もう少ししっかりしててくれたら、カイルも悪の道に落ちなくてもよかったんじゃないだろうかと思う面もあった。
だって、どう見たってカイルの方が頑張ってるんだもん。
アルフレッドは、ゲームでは、カイルへの思いを隠し切れないマグノリアに複雑な思いを抱いていた。
そりゃそうだろう。婚約者が明らかに自分の友達が好きなのだ。そりゃ、面白くないに決まっている。
しかし、今の私は、カイル推しにかけては以前のマグノリアに負ける気はしないが、ガチ恋ではない。
同担も大歓迎だ。いないだけで。
……冷静に考えて、カイルって、自分のことを好きな女の子を、政略の道具にしてるんだよ? そう言う狡猾な所も含めてキャラクターとしては好きだけども。やっぱ良くはないよなぁ。
相手がイケメン王子様だからいい感じになってるけど、いわゆる、色恋営業ってやつだよね?
……歌舞伎町の香りがするよ? そう思うと、このゴスロリも、地雷系に思えてくるよ……?
いや、歌舞伎町上等である。もし、歌舞伎町にカイルがいたら? 私はハマるであろう。よし、何も問題などない!!
そのカイルが言うのだ。アルフレッドを籠絡しろと。
ならば、してやろうではないか。
それに、カイルの命を助けるためにもヒロインにはカイルを攻略してもらわないといけない。
よし。
私は気合を入れる。
私は、かわいい。マグノリアは、本当に、顔がいい。
アルフレッドを骨抜きにすることくらい、できるはずだ。
+++
「アルフレッド様 ごきげんよう」
「あれ、君は……」
「お久しぶりです。マグノリアですわ。今日からこちらに通うことになりましたの」
表情筋に、気合を入れる。大分改善したが、前のマグノリアは無表情キャラだったので、表情筋が弱い。三分咲きの微笑み的な、親しみやすい表情は気合がいるのだ。
「ああ……カイルの、妹の」
友人の手前か、あえて婚約者であることを言わないつもりか。
よし、ここはぐいぐい行こう。周りにも、私が婚約者であることを印象付けて、女の子を近づかないようにしてもらおう。
「ええ、先日、私たち婚約が決まりましたでしょう?」
「……」
アルフレッドは、否定も肯定もせず、笑顔のまま警戒心だけあらわにする。器用だ。
「ですので、アルフレッド様に相応しい淑女になれるようにと思いまして。それに、聖堂にくれば毎日お会い出来ますし」
にっこり笑って見せる。どうだ!美少女波動だ!
あなたに会うために、ここに来たの! って言われたら嬉しいよね?
「……」
アルフレッドはそんな私にほほ笑む。あ、これ、お貴族様の微笑みってやつだ。
笑ってない。笑顔なのに、笑ってないのだ。カイルの作り笑顔ともちょっと違う。カイルはその笑顔に、相手を見下しているような意味を込められているのだが、アルフレッドは全て諦めたような顔だった。
アルフレッドってこんな顔するの? ……ああ、ヒロインにはデレデレだったから私が知らないだけか。
「カイルにはいつも気を使ってもらっているからね。貴女もなにか言われているのかな?」
あっこれは訳すと、『カイルに言われて媚びてんだろわかってんだよ』ですね。
「いいえ、カイルは私には、素敵なお姫様になってほしいと言っていただけです」
「そう、カイルが言ったんだね……。貴女も無理をする必要はないよ」
柔らかな、それでいて冷たい声で、アルフレッドは言う。
それは、はっきりとした拒絶だった。
「……ア、アルフレッド様はどんな女性がお好きなんですか? 私、頑張りますから……」
すこしでも距離を縮めようとする私に、アルフレッドはにっこり笑った。
「私は物静かで人の邪魔をしない人が好きかな」
……うん、無理!
「そうですか!努力しますわ! ……それでは今度も兄妹ともどもよろしくお願い致します!」
ヲホホホ…
と、高笑いをのこし、私は逃げた。戦略的撤退である! 無策で突っ込んではいけなかったのだ!
……え、ちょっと想定以上に強敵なんですけど!?
マグノリアは可愛い。にっこり笑うと、老若男女問わず、ほっこりさせることが出来る自信があった。
あのカイルだって、にっこり笑えば少し空気が柔らかくなる気がする。まあ、私がかわいい事がイコール自分の利益になると思ってるからだろうけど。
アルフレッドは、最後まで、全くほっこりしていなかった。空気が冷たかった。
正直なところ、……怖かった。
+++
ちょっとしょんぼりした気分で図書館に向かった。
アルフレッドだって、好きで私と婚約したわけではない。いきなり言われても戸惑っているだろうし、ちょっと申し訳なかったかな……。確かにアルフレッドは可哀想な人だ。
図書館の扉を開ける。独特の紙の匂い。初めて来たけどとても落ち着く。何度も画面で見ているからだろうか。
ゲームの通り、三階建てで真ん中が吹き抜けになっている。見上げると、二階三階は手すりにそって椅子と机が並び、その奥に書庫が並んでいる。
奥には大きな窓。まるで絵画のように、聖堂の庭園が広がっている。
一番奥の席……その窓の手前で、カイルが本を読んでいた。
まっすぐ伸びた背筋に、細い白い首筋。こうしてみると、ゲームのカイルより幼いように思う。ゲームではもう少し筋張った、神経質な感じがしていた気がする。
私はカイルの前の席にそっと回り込んだ。
カイルは何やら、私には読めない言語の本を熱心に読んでいるようだった。
絹のようなさらさらの柔らかい髪が、眼鏡にはらりとかかっている。
はあ……綺麗だなぁ……
美しすぎる、という以外の語彙が消失しました。
嫌な事があった時、カイルのイラストをじっと見つめてた事を思い出す。目の前に本物がいるのに、これ以上の幸せがあるだろうか。
アルフレッドの口直しにもう少し見つめさせていただこう。
カイルは本に夢中なのか、私に気づく様子はない。遠慮なく、じーーーーーーーっと見つめる。
はあ、美しすぎる。
「あ? マグノリア」
やっと気がついた。私はにっこり笑う。
カイルも私に合わせて笑う。口の端をニヤリと歪めるいつもの笑顔だ。
目が笑ってなくても、人に笑いかけようとする顔は、アルフレッドの笑顔より優しかった。
「お兄様、今日は疲れました」
「帰ろうか」
「ええ」
本当は、アルフレッドと話したことを言った方がいいのだろうけど、まあいいや。
ブランの地図も、明日にしよう。
まだ、日はあるのだから。
読んでいただいてありがとうございます。
カイル被害者の会 アルフレッド
2025/4/8 加筆修正。アルフレッドが少し強くなりました。




