意識高い系勇者パーティから追放された俺の末路
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虚空に亀裂が走り、そこから這い出てきた何かの触手が俺の左腕を掠めた瞬間、肘から先の感覚が消えた。見れば、腕がない。切断されたのではなく、存在ごと喰われたのだと気づいたのは傷口から血すら流れていなかったからである。
そういう場所だった。
魔界第五圏「エイヴィヒカイト」──永遠を意味するその名を持つ領域は、時間という概念すら歪んで澱んでおり、一秒前の自分と一秒後の自分が同時に存在したかと思えば次の瞬間には両方とも消滅しているような、そんな悪夢じみた空間が果てしなく続いていた。
「カイト、左腕ロストしてるね。ちょっとインシデント・レポート案件かな」
勇者アルヴィンの声が妙に事務的な調子で響く。金色の髪を風になびかせながら、彼は俺の横を駆け抜けていった。その手に握られた剣が弧を描く。時が止まる。三秒間だけ。しかしその三秒でアルヴィンは俺を喰らった名も知れぬ魔物の核を正確に捉え、斬り裂いていた。
斬られた魔物は悲鳴すら上げることなく消滅する。“存在確率を著しく減衰させる”とかいう、アルヴィンの訳のわからない能力のせいだ。斬られたものは一定確率で「最初からいなかったこと」になる。実際、俺の腕を奪った虚空の亀裂ごと、その魔物は世界から抹消された。ちなみに時を止めたのはアルヴィンである。勇者アルヴィンは最強で、最強だから時くらいなら軽く止めてのけるのだ。訳が分からないって?俺もだ。
「今の対応、ちょっとプロアクティブさに欠けてたかな。カイトはさ、もう少しリスク・センシティビティを高めていく必要があると思うんだよね。アジャイルな判断っていうか、状況に対するレスポンシビリティをもっとオーナーシップ持って発揮してほしいな」
「あ、ああ……すまん」
何を言っているのかさっぱりわからないがとりあえず謝っておく。これが俺の処世術だった。アルヴィンは根はいい奴なのだ。ただ、指摘の仕方が独特すぎて、毎回脳が理解を拒んでしまう。しかし時を止め、存在確率減衰の力を持つ奴のアドバイスなんて俺のような凡人には訳が分からなくて当然だとおもわないか?
「カイトさん、腕」
聖女シンシアが駆け寄ってきた。銀色の長い髪が揺れ、その白い指先が俺の肩に触れる。温かな光が傷口を包み込み、次の瞬間には腕が生えていた。存在ごと消滅したはずの左腕が何事もなかったかのように元通りになっている。
「ありがとう、シンシア」
「いえ、これくらい」
彼女は柔らかく微笑んだ。死者すら蘇生させる聖女。自身が死んでも、魂を砕かれない限り何度でも復活するという。しかもその魂は多次元宇宙に分散保管してあるらしい。意味がわからない。俺がどれだけ修行を積んでも到達できない領域に、彼女は最初から立っているのだ。
「前方に大規模な魔力反応。おそらく領域守護者ね」
賢者オリアーナの声が冷静に状況を告げる。黒髪を一つに束ねた彼女は宙に浮かぶ魔法陣を指先でなぞりながら、淡々と分析を続けていた。
「規模は……そうね、小さめの恒星くらいかしら。結界内で処理するわ」
小さめの恒星。その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋を冷たいものが走った。オリアーナの得意技は星術——星界に干渉することで宇宙規模の破壊を引き起こす魔術だ。結界を展開し、その中で超新星爆発を起こす。そんな芸当を彼女は「ちょっと派手にやるわね」程度の感覚でやってのける。そうそう、彼女もちょっとやそっとじゃ死なない。なにやら「本体」を星界の彼方のどこかに隠しているらしく、今見えている彼女は限りなく本体に似せている義体──アストラル・バディというものらしい。何の話だか俺には全くわからない。
前方の闇が蠢いた。
それは巨大だった。山のように、いや、山脈のように。無数の目と口と手足が渾然一体となった、見る者の正気を削り取るような存在。魔界第五圏の領域守護者——名前など知らない。知りたくもない。
「じゃあ僕がヘイト取るから、オリアーナは詠唱お願い。シンシアはいつでもリカバリーできるようにスタンバイ。カイトは……」
アルヴィンが振り返る。整った顔に浮かぶのは申し訳なさそうな、しかしどこか事務的な表情だった。
「カイトはうーん、今回はバックアップに回ってもらおうかな。ちょっと今のコンディションだと、フロントラインでのコミットは難しいと思うんだよね」
「わかった」
反論する気力もない。実際、俺では足手まといにしかならないのだ。S級冒険者として覚醒し、「分け身」「超高速思考」「空間斬」といった強力なスキルを身につけたこの俺が、だ。そう、俺は自分に自信があった。自分が強いと思っていた。かつて所属していたパーティから追放されたとき、屈辱と怒りで目覚めた力だ。あのときは思ったものだ──これで俺は最強になれる、と。無論スキルを使いこなすために血のにじむような修練を積んだことは言うまでもない。俺には才能があり、その才能にあぐらをかかないだけの勤勉さがあった。
そんな俺が最強になれないわけがない──そう思ったものだ。
が、甘かった。
このパーティに加入してから、毎日が地獄だった。アルヴィン達が探索する領域は俺の想像を遥かに超えていた。初日から死にかけ、二日目も死にかけ、三日目には実際に一度死んだ。シンシアに蘇生してもらわなければ、今頃は魔界の塵と化していただろう。
アルヴィンが駆け出す。時が止まる。三秒。その間に彼は領域守護者の懐に飛び込み、その巨体を縦横無尽に斬り裂いていた。無数の傷口から漏れ出す魔力が大気を震わせる。
時が動き出す。
領域守護者が咆哮した。音というより、空間そのものが悲鳴を上げているような感覚。俺は思わず膝をついた。この程度の威圧で動けなくなるようでは確かにフロントラインでのコミットは難しい。アルヴィンの言葉が今さらながら腑に落ちる。
オリアーナの詠唱が完成する。
結界が展開された。領域守護者を包み込む、透明な球体。その中で光が生まれた。
超新星爆発──と、オリアーナは言っていた気がする。星が死ぬ瞬間に起こる、人智を超えた大爆発の事だそうだ。意味がよくわからない。
結界の内側だけが一瞬にして灼熱の地獄と化す。温度など測定不能だろう。光が巨大な魔物を焼き尽くしていく。結界の外側にいる俺達には微風すら届かない。完璧な制御。完璧な魔術。
数秒後、結界が解除されたとき、領域守護者の姿はどこにもなかった。灰すら残っていない。
「お疲れ様。オリアーナ、ナイスワークだったね。タイムライン通りに進行できて良かったよ」
「ありがとう。でも、もう少し効率化できたわ。次は詠唱時間を三割カットするわね」
三割カット。超新星爆発の詠唱をさらに短縮すると言っている。この人達は一体何を目指しているのだろうか。ああそうだ、思い出した。魔界の完全攻略だった。
シンシアが俺の傍に寄ってきた。
「カイトさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか」
「よかった」
彼女は心底安堵したように微笑む。本当に優しい人だ。というか、このパーティの全員が本当にいい人達なのだ。ただ、求められる水準が俺には高すぎる。毎日のように死を覚悟し、毎日のように死にかけ、毎日のようにシンシアに命を救われる。そんな日々に俺の心は確実に磨り減っていた。
◆
その夜、野営地で火を囲んでいるとき、アルヴィンが口を開いた。
「カイト、ちょっといいかな」
彼の声は真剣だった。いつもの軽やかさが影を潜め、代わりに何か重要なことを告げようとする者の緊張が滲んでいる。シンシアとオリアーナも、黙って俺達を見守っていた。
「なんだ?」
「単刀直入に言うね」
アルヴィンは一度深呼吸した。焚き火の炎が彼の金色の髪を橙色に染めている。
「カイトにはこのパーティを離れてもらいたいんだ」
追放——その言葉が脳裏をよぎった。かつて味わった屈辱。見下され、嘲笑され、不要だと切り捨てられた記憶。しかし不思議と怒りは湧いてこなかった。
むしろ、胸の奥で何かがほっと息をついていた。
「これはね、決してカイトのパフォーマンスを否定しているわけじゃないんだ。カイトのスキルセットは十分にハイレベルだし、ポテンシャルも感じている。ただ、現状のプロジェクト・スコープを考えたとき、カイトのアセットを最大限にレバレッジできる環境がここではないんじゃないかって思うんだよね」
何を言っているのかさっぱりわからない。しかし要するに「お前では務まらない」ということだろう。
「僕達はこれから第六圏、第七圏と進んでいく予定なんだ。正直に言うと、そこはもう人間が足を踏み入れる領域じゃない。概念的存在との戦いになる。物理的な剣技が通用するかどうかも怪しいエリアなんだよね」
概念的存在。物理的な剣技が通用しない。その言葉の意味を俺は理解しようとして、諦めた。理解する必要もないだろう。
「だからさ、これはカイトのためでもあるんだ。カイトにはカイトに合ったフィールドがある。そこでバリューを発揮してほしいなって」
「……わかった」
俺は頷いていた。驚くほど素直に。
追放。その言葉には苦い記憶がこびりついている。かつてのパーティで追放されたとき、俺は血を吐くような思いで修行に励んだ。強くなってやる。見返してやる。その執念が俺を今の高みへと押し上げた。
しかし今回は違う。
このパーティを見返してやろう、などという気持ちは微塵も湧いてこない。なぜなら、彼らは本当に強いからだ。俺が百年修行しても追いつけないほど強い。そして本当にいい奴らだからだ。俺を見下しているわけでも、嘲笑しているわけでもない。ただ純粋に、俺の身を案じて、この決断を下したのだろう。
なにより——正直に言えば、俺は毎日死ぬかもしれないという恐怖に疲れ果てていた。
「カイトさん」
シンシアが俺の手を取った。その瞳は潤んでいる。
「短い間でしたけど、ご一緒できて嬉しかったです」
「俺もだ。ありがとう、シンシア。何度も命を救ってもらった」
「いえ、当然のことをしただけです」
当然。彼女にとっては死者を蘇生させることすら「当然」なのだ。
オリアーナも立ち上がり、俺の前に歩み寄ってきた。
「カイト。あなた、思ったより長持ちしたわね」
辛口だがその目には優しさが宿っている。
「正直、三日で音を上げると思ってた。でも、あなたは二ヶ月も耐えた。それは誇っていいことよ」
「ありがとう、オリアーナ」
二ヶ月。たった二ヶ月で俺は限界を迎えたのだ。しかし彼女の言葉を聞くと、その二ヶ月すら奇跡的な長さだったのかもしれない。
「カイト」
アルヴィンが宙空から何かを取り出した。剣だ。美しい装飾が施された、神秘的な輝きを放つ剣。
「これ、餞別。『始まりの聖剣グランス・リヴァイヴァー』っていうんだけど」
俺は息を呑んだ。その剣から感じる魔力は尋常ではなかった。俺がこれまで見てきたどんな武器よりも、圧倒的に格上の存在。握るだけで自分の力が何倍にも増幅されるような感覚がある。
「これを俺に?」
「うん。僕達の戦いにはちょっとスペック不足でね。もう使わないから」
スペック不足。この化け物じみた聖剣が彼らにとってはスペック不足。もはや笑うしかなかった。
「ありがたく、受け取っておく」
「うん。その剣、世界を救う力程度はあるから。カイトなら、きっと使いこなせると思うよ」
世界を救う力。それがスペック不足。このパーティは一体何と戦おうとしているのか。聞かない方がいいだろう。聞いたら、夜眠れなくなりそうだ。
「じゃあ、シンシア。カイトを地上まで送ってあげてくれる?」
「はい」
シンシアが俺の手を取る。転移の魔法が発動し、視界が白く染まった。
次の瞬間、俺は草原に立っていた。青い空。白い雲。緑の草。太陽の温かさ。当たり前の、しかしこの二ヶ月間ずっと渇望していた光景。
「ここは?」
「王都の郊外です。あそこに見えるのが王都アスカリオンの城壁ですね」
確かに、遠くに巨大な城壁が見える。人間の世界。俺が本来いるべき場所。
「カイトさん」
シンシアが俺を見上げた。その瞳に涙が浮かんでいる。
「どうか、お元気で」
「ああ。お前もな」
彼女は微笑み、そして消えた。転移魔法で魔界に戻ったのだろう。これから彼女達は概念的存在とやらと戦うために、さらに深い階層へと進んでいく。
俺は空を見上げた。
青い。ただ、青い。それだけのことがこれほど尊いものだとは知らなかった。
「さて」
俺は歩き出した。聖剣を腰に佩き、王都へと向かう。とりあえずギルドに顔を出そう。S級冒険者として、できることはいくらでもある。
そう思いながら歩いていると、遠くで轟音が響いた。
見れば、王都の城壁の向こうで黒い煙が上がっている。何かが燃えているのか。いや、あれは——魔力だ。禍々しい魔力の塊が城壁の向こうで渦巻いている。
俺は駆け出した。
城門を潜り、街路を走る。人々が逃げ惑っている。悲鳴。怒号。泣き声。混乱の中を突き進み、俺は広場に辿り着いた。
そこにいたのは魔王だった。
巨大な体躯。漆黒の鎧。燃え盛る双眸。禍々しい魔力を全身から放ちながら、それは広場の中央に君臨していた。見た感じ大した事はないが、一応魔王は魔王だ。マナの波長が独特だった。
その前に数人の冒険者が立ちはだかっている。ボロボロの装備。傷だらけの身体。しかし諦めてはいない。
「くそ……まだだ、まだ終わってない……!」
先頭に立つ若い剣士が震える足で魔王に立ち向かおうとしていた。マナの感じからして、勇者なのだろう。彼等には独特のマナ波長がある。まあ……もちろんアルヴィンとは比較にもならないが……。ともかくその勇者は聖剣らしきものを握りしめ、仲間を庇うようにして魔王と対峙している。
「滅びよ」
魔王が手を掲げた。黒い炎が渦巻き、とどめの一撃が放たれようとしている。
俺は動いていた。
「超高速思考」が世界を引き延ばす。「分け身」が三体の俺を生み出す。「空間斬」が虚空を切り裂く。そして──グランス・リヴァイヴァーを抜き放つ。握った瞬間、全身に力が漲った。これまで感じたことのないほどの魔力が俺の身体を駆け巡る。
魔王の攻撃が放たれるより早く、俺は斬っていた。
一閃。
それだけで魔王の身体は両断されていた。断末魔すら上げる暇もなく、魔王は地に崩れ落ちる。黒い炎が消え、禍々しい魔力が霧散していく。
広場に静寂が訪れた。
「な……」
勇者らしき若い剣士が呆然と俺を見つめている。
「魔王を……一撃で……?」
「怪我はないか」
俺は剣を鞘に納めながら、彼に声をかけた。
「あ、ああ……あなたは一体……」
「ただの通りすがりだ。気にするな」
俺は踵を返した。背後で歓声が上がり始める。魔王が倒れた。人々が喜んでいる。しかし俺にとっては何でもないことだった。
魔王。
かつてであれば、それは世界最大の脅威だっただろう。しかし今の俺にはあの程度の存在はただの魔物と変わらない。エイヴィヒカイトで見た領域守護者に比べれば子供のようなものだ。
歩きながら、俺は空を見上げた。どこかでアルヴィン達が戦っている。概念的存在とやらを相手に、人知を超えた戦いを繰り広げているのだろう。
王都の街路を歩きながら、俺は少しだけ笑った。追放されてよかった。心の底からそう思う。あのまま魔界に残っていたら、今頃は概念的存在とやらに魂まで喰われていたかもしれない。
アルヴィン達には感謝しかない。俺を追放してくれて、本当にありがとう。
ふと、懐から小さな石が転がり落ちた。拾い上げてみると、それは通信用の魔石だった。
石を眺めていると淡く光り、声が響く。
「あ、カイト?聞こえる?こっちアルヴィンだけど」
「ああ、聞こえる。どうした?」
「ちゃんと帰れたかなって心配でさ。その感じだと大丈夫そうだね。こっちはさっそく第六圏に入ったんだけどさ、ちょっと想定外のシチュエーションが発生しちゃって。概念的存在っていうか、もはや概念以前の原初的意志みたいなのが出てきちゃったんだよね。でも大丈夫、なんとかコントローラブルな範囲に収めたから」
原初的意志。概念以前。何を言っているのかさっぱりわからない。
「ところで何かあったの?少しハイなマナを感じるけど」
「ああ。さっき魔王を倒してきたところだ。王都を襲ってたからな」
「お、すごいじゃん。カイトならできると思ってたよ。やっぱりさ、適材適所ってあるよね。カイトは地上のフィールドでこそ、真のバリューを発揮できるタイプだと思うんだ。これからもそのポジションでマキシマイズしていってほしいな」
「ああ……そうだな」
相変わらず何を言っているのかわからないがきっといいことを言っているのだろう。
「じゃ、僕達はこれからもうちょっとディープなエリアを攻略していくから。また連絡するね」
「ああ。死ぬなよ」
「死んでもシンシアがなんとかしてくれるし、それに僕が九回までノーリスクで死ねるってこと忘れたのかい? でも君が心配してくれて嬉しいよ、頑張るね。それじゃあまた」
通信が切れた。
俺は空を見上げた。青い空。白い雲。穏やかな風。
分相応が一番だ。
そう思いながら、俺は歩き続けた。どこへ向かうのかはまだ決めていない。
だが絶対にアルヴィンの所へは行きたくない
(了)




