第九一話「帰路にて」
――わたくしはハサラさんの案内で崩れた崖を調べます。幸い、菌糸に侵されたグリフォンが突進して岩が崩れていましたが、目的のキノコがあるという横穴はなんとか人が入れる様になっていました。
横穴の中は湿り気が強く、水がジワジワと湧き出している所もあります。
「苔で滑るので気をつけて下さい」
ハラサさんは灯かりの魔法で照らしながら先導してくれています。わたくしは何度か苔で滑ってお尻を打ってしまいました。ハラサさんに助け起こされながら一〇分程奥に進むと地下水が溜まっている場所に出ました。
周りをよく見ると、何やら岩の所々が薄い緑色に発光している様でした。
「あの光っているのがお探しのキノコです」
「キノコが光るのですね……初めて見ました」
ハサラさんは一つ取って手渡してくれました。掌くらいの大きさで平たく歪な円型の笠に短い石づきのキノコです。光は弱いのでランタンの光で照らすと普通のキノコに見えます。暗くて正確な色はわかりませんが恐らく白っぽい色と思われます。
「全部採ってしまうともう生えないみたいなので、加減して下さいね」
「そうなのですか? 分かりました、気を付けます……」
(元より根こそぎ採る気は無かったのですが、ある程度量が無いと試したりできませんけど……どれくらいが良いでしょうか?)
わたくしはハサラさんに伺いながら布袋に採ったキノコを詰めて旅人の鞄に入れました。そして元来た道を戻り出口へと向かいます。
「あ、レティたち出てきたよ!」
ファナさんが入り口から中を覗いていて、手を振って迎えてくれました。わたくしとハサラさんは横穴を出て皆さんと合流します。アンさんの様子が気になりましたが、ポーションの効果があった様で上半身を起こして確かめる様に身体を動かしていました。
「アンさん! もう大丈夫なのですか?」
アンさんは立ち上がって身体を確かめるように動かしています。
「あんたのお陰で助かったよ、ありがとう」
アンさんはハサラさんに握手を求めて右手を差し出します。
「あ、いえそんな……見習いとはいえ薬師ですから当然です」
ハサラさんは照れながらアンさんの手を握り返していました。
「レティ、ちょっといいか?」
――マーシウさんとディロンさんが崖から突き出している遺跡の辺りで呼んでいますのでそちらに向かいました。すると、そこは崖が崩れた跡で遺跡の内部が見えていました。
「これは……遺跡? 地下迷宮でしょうか?」
「ちょっと入ってみたんだが、前に見た古代の装置みたいなのがあってな……レティに見てもらいたかったんだ」
マーシウさんは遺跡内部の通路の奥を指差します。それは高さと幅が五メートル程の石造りの通路でした。所々、古代遺跡特有の灯りの仕掛けで照らされています。
通路の壁や天井には古いものではない傷が突いています。そしてどす黒い粘液や動くキノコの破片が所々に落ちていて、キノコの破片はもぞもぞと動いていたのでマーシウさんとディロンさんが焼いて処理しました。そして、ほんの一〇メートル程先の壁には部屋の入口の様なものが見えます。
「あそこにその装置があるんだが……」
マーシウさんが指さしました。
「レティ嬢に直接見て貰いたいが大丈夫かね?」
ディロンさんにもお願いされましたのでわたくしはマーシウさんとディロンさんを伴って、その装置を見に行きました。遺跡の部屋に入ると、そこは直径二〇メートル程の半球型の部屋でしたが、壊れた石柱や動くキノコの破片やどす黒い粘液が散らばっていましたのでマーシウさんとディロンさんがそれらを焼いて始末している間に部屋を調査します。
「これは……恐らく転送装置だと思います。しかもあの辺境の地下迷宮にあったキマイラやインプを生み出していたものの様に見えます」
わたくしの見解を述べるとお二人は戦慄の表情を浮かべて辺りを警戒します。
「あ、その――どうやら壊れているようですので大丈夫かと思います……」
実際動いている時に色々表示される金属板には何も映りませんし、操作する台座に触れても無反応ですから本当に壊れていると思います。
「あの、これはわたくしの仮説なのですけれど――この装置はつい最近まで動いていたのでは、と」
お二人はわたくしの言葉を聞いて怪訝な表情をします。
「どういうことだ?」
マーシウさんがわたくしに訊ねるので言葉を続けます。
「以前の動く樹木のような現象で動くキノコが大量に動き出した事で崖崩れが起きて転送装置が起動し、グリフォンなどの魔獣が転送されてきた所に動くキノコと争いになってこの部屋で戦った為に装置が壊れて停止したけれど、グリフォンは残ってしまったので外に出た――」
「そして、グリフォンのせいで狐狼達は住処を追われて普段出てこない場所まで出てきていた……と?」
ディロンさんがわたくしの仮説をそういう風に解釈します。
「魔獣が死んだ後の黒い粘液もありますからね。実際どうかはもう知りようも無いですけれど、状況証拠としてはそんな感じでしょうか?」
ディロンさんも「なるほど」と頷いて同意してくれています。
「まあ何にせよ、この装置が壊れて良かったよな。あんなグリフォンだのキマイラだのがポンポンと出てきたら、命が幾つあっても足りないからな……」
マーシウさんは大きなため息をついて肩を竦めました。ディロンさんもまた頷いて同意していました。
「レティ、取り敢えず戻ろうか?」
「はい、皆さん心配してるかもしれませんし」
――冒険者として、魔道具蒐集家として、恐らく未発見であろうこの地下迷宮も気になりますが今は目的が違いますし何よりわたくしも皆さんも疲労していますから、今は戻りましょう。
こうして、わたくし達は薬師スヴォウさんの元へ戻ります。崖のクレバスを戻り、狐狼達が居た岩場まで戻ってきました。襲撃に備えて警戒していたのですが、姿が見えません。
そのまま警戒しつつ岩場を抜けようとした時、付近の岩の上から遠吠えが聞こえました。わたくし達は一斉に警戒して武器を抜いて構えます。遠吠えの方を見ると双尾の主が狐狼の群れと共にじっとこちらを見ていました。するとマーシウさんが指示を出します。
「奴らがかかって来たらシオリとファナはハサラを連れて先へ。レティはその護衛に付いてくれ。アン、ディロン、俺たちで殿だが大丈夫か?」
「矢を補充したし、いけるよ」
「うむ」
そうしていると、ディロンさんが「待て」と言いました。双尾の主がゆっくりと踵を返して去って行きます。他の狐狼達もそれに従い去って行きました。
暫く様子を見ていましたが、本当に去って行った様でした。
「ふぅ……何だったんだ?」
マーシウさんは安堵して剣を納めます。
「ま、正直助かったけどね」
アンさんも矢を矢筒に戻しました。
「わたくし達がグリフォンを倒したと知っているのでしょうか? それで見逃してくれた……とか?」
「あはは、まさかぁ……」
アンさんは狐狼達が去って行った方を額に掌を当て遠くを見つめる仕草で眺めていました。
「まあ、実際何がどうなっているかは分からないが……彼奴らが見逃してくれるというなら有り難く受け取るのが良いだろうな」
ディロンさんの言葉にわたくしも皆さんも同意して再び帰路につきました。
スヴォウさんの小屋に着いた頃には既に日は暮れて周囲は薄暗くなっていました。そして、もう遅いのでわたくし達はスヴォウさんの所に泊めて頂ける事になりました。
食事を摂ると仲間達はもう体力の限界といった様子で泥のように眠りました。わたくしも疲れていましたが、スヴォウさんに山であった事を報告しつつ秘薬の話をしました。
「キノコは乾燥させる必要があるようだな。それに他の素材も純度を高める為に蒸留などをしなければならん物もある、試作して効果を試さんといかんしな。時間がかかるぞ? それも二、三日いや、ひと月どころではない――」
スヴォウさんは秘薬の製法が記された書物を読みながらわたくしにそう説明してくれました。
「わたくしも出来る限りお手伝いします、費用もお支払いしますのでお願いできますか?」
わたくしはスヴォウさんの目をじっと見つめます。すると「フッ」と微笑み、頭を掻きながら後ろを向かれました。
「薬師としては伝説の秘薬イリクシアの再現というのは抗い難い魅力だ、勿論やらせて貰おう。ただ、いつできるかは分からんし、本当に完成するかも分からんからな?」
「ありがとうございます!」
――こうしてわたくし達は秘薬イリクシアを精製するために薬師スヴォウさんの家に逗留させていただくことになしました。




