第二一八話「人の縁」
本来は魔力を与えて起動する竜牙兵が、何故かひとりでに次々と小さな牙から骸骨兵士の姿に変化してゆきました。
「セシィ様、お下がり下さい!」
セシィの護衛騎士ガーネミナは"旅人の鞄"を引き寄せ、長剣を取り出して抜きました。その動きは流れる様に自然で、護衛として優秀なことが分かります。
「セシィさん、逃げましょう!」
ワタクシはセシィさんの手を取り、退避を促しましたが──背後にも竜牙兵が現れ、退路を塞ぎます。
「か、囲まれて──!」
その瞬間、骸骨兵の頭部に手の指サイズの金属棒が二本突き刺さりました。骸骨兵はよろめきますが、倒れはしませんでした。
(す、棒手裏剣?!)
「ち、硬い……」
低く呟いた声はすぐ隣にいるワタクシの護衛メイド、カノトのものでした。
「か、カノト?」
「テュシー様、セシィ様。活路を開きます。逃げてください」
カノトは両手の袖口から二〇センチほどの棒を出し、手首を返すように構えました……次の瞬間棒がぐにゃりと伸びて変形し、五〇センチほどの旋棍に変わりました。
「これは──自在棍?! 魔道具ですね。しかも東方大陸の武器、旋棍……」
セシィさんの目が輝き、声がわずかに上ずりました。まさか、カノトがそんなものを隠し持っているとは。
「護身用にございます──」
カノトは短く言葉を返し、踏み込む。
旋棍が唸り、骨を砕く音が響きます。竜牙兵の剣撃を滑らかに受け流し、手数で圧倒し、瞬く間に一体が崩れ落ちました。
背後ではガーネミナが長剣で次々と応戦していましたが──。
「……なんだか、数が増えてませんか?」
セシィさんの指摘どおり、倒しているはずの敵が、減るどころか増えているように見えます。
地面に散らばった沢山の竜舎利の欠片が、次々と竜牙兵へと変じていく……悪夢のような光景でした。
「な、なんですの……これ……」
ワタクシが息を呑むと、セシィさんは冷静に眼鏡を掛けました。
「せ、セシィさん?」
「魔力視眼鏡です。魔力の流れを視れば、原因が掴めるかもしれません」
その声には焦りがなく、分析的な落ち着きがありました。
以前、オークション品鑑定の時の縮尺模型事件をくぐり抜けた経験が、彼女を強くしているのでしょうか。ワタクシも転移装置調査で獅子蟻と対峙していますけれど──。
(そんな簡単に肝が据わったりしないものですね──)
自分の臆病さに落ち込みます。
「術者の気配は……ありません。ですが、この辺りの地面から魔力が湧いています」
確かに、魔力は大地にも空気中にも常に薄く存在しますが、竜牙兵を起動させるほどの濃度とは異常です。
「そういえば、レティが言っていました。帝国各地で、ここ数年怪物の異常発生が相次いでいると──」
セシィさんは観察を続けながら説明してくれます。
「……ええ、ワタクシも存じております。木が動く樹木に、岩が動く岩石に。魔力の暴走で命を得た存在が増えている、と」
「けれど、こんな大都市の真ん中でなんて……」
セシィさんは石畳に手を当てて難しい表情をされました。
「場所を選ばない、ということかもしれません──」
(ワタクシにも何がなんだか分かりませんしね……)
短い会話のあいだにも、戦闘は激化していきます。カノトとガーネミナの息は荒く、敵の数はなお減らぬままです。
「この数、キリがないな……」
ガーネミナの声に疲労が滲みました。
『──光の矢!』
突然、女性の声が響き渡り、眩い光が竜牙兵の群れを貫きました。何体もの骸骨兵が砕け散り、爆ぜるように倒れます。
「せいゃあっ!」
野太い掛け声と共に、両手剣を振りかぶった大柄な戦士が突っ込み、残った敵を一刀両断にしてゆきます──続いて、どこからともなく矢が放物線を描き、連続して飛んできて竜牙兵の残りを次々と射抜きしまた。
あれよあれよという間に竜牙兵はすべて破壊された様です。
(えっと、これは──冒険者?!)
「ちょっとサンジューロー、ファナの魔法で先制して、残りをあたしが射てから最後に突っ込む段取りだったじゃん……当たっても知らないよ?」
「そうだったなアン子、悪ぃ悪ぃ。おハナのド派手な光の矢見て勢いで行っちまったぜ!」
両手剣の大柄な戦士は無精ひげの生えた顎を掻きながら豪快に笑っています。文句を言いながら現れたのは弓を担いだ赤髪の女性戦士で、この人も背が高いです。
「本の祭りって聞いてたが……えらく物騒だな。そりゃ報酬も弾むわけだ」
両手剣を背中に担ぎ直し、東方の民らしい紺色の髪を掻きながら辺りを見回していました。
「まあ、あたしらは前にここでキマイラとやり合ったからね。それに比べりゃぁ──」
赤髪の女性も弓を担ぎなおして自慢げに話しています。
「あのっ、貴女は……おさんぽ日和のアン様ですよね?!」
セシィさんが赤髪の女性に駆け寄り、興奮気味に呼びかけました。
「は? えっ……あ、あぁ──セソルシアさん?!」
赤髪の女性はアンと呼ばれ、目を瞬かせます。
「なになにアン姐、どうしたの……って、わっ! セソルシアさん!」
「え……っと、ファナ様──ですか?」
現れたのは、フード付きマントを纏い長杖を持った薄紅色の髪の女性でした。恐らく光の矢を唱えた魔術師でしょうか。
「あ、うん──じゃなくて、はい!」
「見違えました、レティよりも背が高くなったのでは?」
「えへへ、そう見えます?」
「ディロン様も、ありがとうざいました──」
セシィが淑女礼をした方向には癖のある黒髪の術者っぽい男性が立っていて、胸に手を当てながら頭を垂れて返礼していました。
「ファナ、この人は?」
ディロンと呼ばれた人の隣にいた、旅装束の若い男性が話しかけてきました。
「ハサラ、この人はセソルシアさんでレティの大親友だよ」
──なにやら親しげに話しているので、セシィさんのお知り合いでしょう。ガーネミナとも話していました。そして暫く話をしてから別れ、ワタクシの方へと戻って来ました。
「すみません、助けて頂いた方々が偶然にも知人でしたので──」
セシィさんは頬を紅潮させて息を弾ませていました。あの人たちに会えたのが余程嬉しかったみたいです。
「テュシーさん、あの方々は──レティの所属する冒険者ギルド、おさんぽ日和の方々です」
「ええっ?! レティさんの……!」
(なんという偶然でしょうか、そんな事があるのですね──)
「ぜ、是非ワタクシも紹介して頂きたいです……」
そして小説の材料になれば……などと考えてしまうのは悪い癖なのですが、癖なので自分ではどうしようもありませんという誰に対してか分からない言い訳を心の中でしていました。
「ええ、こちらへ!」
人の縁というものは不思議なもので、こんなところで意外な繋がりに出会ったことは本当に驚きでした。
(これでワタクシもレティさんのような、めくるめく冒険の世界へ片足を……デュフフ)
──などと妄想をしていたのですが、この騒ぎの報告はカノトからお父様へ行ったらしく……たいそうお怒りで。次の日、ワタクシは泣く泣く帝都へと戻ることになったのでした。
※縮尺模型事件 第一四二話〜第一四六話参照
※転移装置の調査で獅子蟻と── 第一二一話〜第一二三話参照




