第一九一話「恐狼」
クファーミンさんに遠乗りに誘われたわたくしは、森の中にある泉のほとりで切り株に座り休憩しています。
「そういえば……レティさんは色々な魔道具を持っているでしょ、どんなのがあるの?」
「そうですね……」
わたくしは懐から「風の振鈴」を取り出します。
「これは、敵意や害意などに反応して頭の中に鈴の音が聞こえる魔道具です」
「ちょっと触っても?」
クファーミンさんに風の振鈴を手渡すと、軽く振りました。しかし、音は鳴りません。
「鳴らない?」
不思議そうに振鈴を見つめます。
「はい、実際の振鈴では無いので振っても鳴らないのです」
クファーミンさんは振鈴を持ったまま周囲を歩き回ります。
「やっぱり鳴らないわ」
「危険なものが近づかないと鳴らないので、むしろその方が良いのですけど……」
わたくしは苦笑いしました。
「でも、あっちに多分獣がいるよ?」
「え……」
クファーミンさんはゆっくりと歩き、馬の鞍に据えられた弓と矢を持ちます。
「振鈴は鳴っていないのですよね?」
「ええ。でも、一瞬の風向きで獣臭がしたから……あ、鳴った」
(クファーミンさんは魔道具よりも先に察知されたのですか?!)
「……確かに方向合ってるけど、この距離まで分からないなら狩りには向いてないかも」
(それはクファーミンさんの察知力が高過ぎるからでは……)
魔道具を上回る能力に驚きつつも、迫る脅威に警戒します。
「獣臭と仰られましたが……」
「この辺りだと狼かな?」
クファーミンさんとわたくしを護る様な位置取りをします。そして周囲を警戒していましたが、突然薮が揺れて何かが飛び出して来ました。
それにいち早く反応したクファーミンさんは矢を速射しました。向こうも矢を躱した為にこちらへ飛びかかれずに逸れた様です。着地したそれは確かに狼の様に見えますが、一回りもふた回りも大きい姿でした。
「恐狼か!」
恐狼は太古の姿の狼と言われています。普段は森の奥を縄張りにしているらしいのですが……。
「大きいですね……」
「こんな所まで出てくるなんて珍しい……まあいいわ、丁度毛皮が欲しかったのよね」
「毛皮ですか?」
「ナーラ姉様が産んだ男の子にね。恐狼の毛皮を贈りたいのよ、私の氏族では男児には強く育って欲しいって願いを込めて毛皮を贈るの。中でも恐狼は最上級よ」
クファーミンさんはわたくしに風の振鈴を返すと矢を番えながら恐狼と対峙しています。向こうは様子を見るように間合いを空けたままゆっくり横向きに歩いていました。
「結構慎重なやつね……こっちが二人だから?」
すると、受け取ったばかりの風の振鈴が鳴りました。
「え……後ろ?」
振り向くと恐狼が姿勢を低くしながらこちらに近づいて来ています。
「いつの間に?!」
わたくしの声にクファーミンさんも振り返ります。それに合わせたのか、前後の恐狼は一気に間合いを詰めて襲い掛かってしましたので、わたくしは咄嗟に首領の剣を抜き放ちます。
「牢よ開け!」
飛び掛る恐狼の目前に光る紋様が現れ、悲鳴の様な鳴き声を上げて弾け飛びました。現れたのは四〇人の盗賊十傑のひとつ、直径一メートル程の円形棘付盾です。
そして、背後ではクファーミンさんが弓を手放して腰の狩猟刀を抜き、飛び掛る恐狼を斬りつけました。
浅い傷を受けた恐狼はわたくし達と距離を取ります。
「囮を使って挟み撃ちなんて……レティさんよく気付いたね?」
「風の振鈴が鳴りましたから……」
以前、雪山で狐狼に襲われた事がありましたが、その時も巧みに罠に嵌められた事があったと思い出します。
(狼の様な生き物はかなり賢いのでしょうね……)
などと感心している場合ではありません、恐狼二匹に挟み撃ちされているこの状況を何とかせせばならないのです。




