第一四四話「家精の別荘」
――わたくしはセシィを庇いつつ大広間の壁際まで下がりました。
「動く甲冑がゴーレムの一種と仮定するなら、核の様な物があるはずです。それを壊して下さい」
そう命じると、お三方はそれぞれ動く甲冑を叩きのめして鎧をバラバラにし、淡く赤く光る魔術結晶を露出させるとそれを破壊します。すると、甲冑は再び立ち上がることなく部位が分離した状態のまま床に散乱しました。
「良かった、やはりゴーレムの一種だったみたいですね」
戦斧、偃月刀、大身槍の方々は笑顔で拳を握ったり親指を立てたり勝利を表す仕草をし、霧のように消えます。
「み、皆さん?」
(詳しくは分からんが、ここは魔力で作られた空間だから、俺達はこうして姿形が見えてるのかもな)
そうです、わたくし達はあの封印されていた縮尺模型に吸い込まれたのでした。
「でも、貴方は消えないのですか?」
四〇人の盗賊の首領は身体が透けてはいるものの、他の方々の様には消えていません。
(ああ、多分それじゃねえか?)
首領さんはわたくしが握っている首領の短剣を指します。
「なるほど、貴方は魔剣の依代として現物が存在するから……ということですか?」
首領さんは「多分な」と肩をすくめました。わたくしは瞬間的にセシィの事を失念していたことに気づき、慌ててセシィの前に跪きました。
「セシィ、大丈夫ですか……セシィ?」
セシィは呆然とした様子で床にぺたんと座っていましたが、突然わたくしの肩を掴みました。
「え、セシィ?」
「凄い……凄いです! こんな……これは、まるで冒険物語です!」
セシィは興奮気味にわたくしの目を見つめながら言いました。
「セシィ、落ち着いて?」
わたくしはセシィを宥めるように冷静な口調で言います。
「ご、ごめんなさい……呑気に喜んでいる事態では無いでしょうけど、気持ちが昂ぶってしまって……」
(流石、主のダチは中々肝が座ってるじゃねえか?)
首領はケラケラと笑っていました。
「レティ、この方は?」
「えっと……この魔剣に宿る魂、でしょうか? ただの武器ではなく、かつて人だった方々です」
首領は「お見知りおきを」と言って不敵な笑みを浮かべながら右手を胸に当て頭を下げました。
「魔剣に宿る人の魂――ですか。四〇人の盗賊と仰るのですね……レティの友人のセシィです」
セシィはスカートの裾をつまみ、少し膝を曲げる淑女礼をしました。首領さんはニヤリと微笑むと煙の様になって首領の剣に吸い込まれる様に消えます。それをセシィは目を輝かせて見つめていました。
「それはそうとセシィ、どうやらあの縮尺模型は魔道具だった様で、わたくし達はそこに囚われてしまったみたいです」
わたくしの説明を聞いて、セシィは右手の拳を顎先に当てて考える仕草をしています。
「縮尺模型……水晶球……思い出しました! これは魔道具に分類される古美術品、家精の別荘と呼ばれる形式の物です。実物は初めて見ますね……」
セシィは立ち上がって床や装飾品を確かめる様に触れます。家精の別荘は人工的な魔力で満たされた空間だと書物には書かれていたそうですから、やはり四〇人の盗賊の魂が顕在化したのもそのせいかと推察します。
「セシィ、美術品ということは出る手段はあるということでしょうか?」
セシィの表情には好奇心の輝きと鑑定士としての集中力を感じさせる鋭さが伺えました。
「はい、古代魔法帝国の魔術師達はこれを日常的に使っていたと文献を読んだことがあります。恐らくは建物の出入り口等から出られるのでしょうけれど……」
――わたくしとセシィはお城の中を探索しつつ出口を探します。二人で無事脱出しないといけないという思いで緊張しているのですが、セシィ本人は楽しそうに、また真剣に城の内装などを観察していました。
「やはりこれらは、全て帝国有史以前のものですよね……まるで古の魔法帝国時代のような」
わたくしは古代魔法帝国の遺跡などで見られる特徴が意匠に施されていると感じました。
「はい、縮尺模型自体が魔法帝国時代に造られた魔道具でしょうから、そういうことになりますね」
目を輝かせるセシィを見ていると、わたくしも一緒になって色々と調べたくなりますが、今は出口を見つけるのが先だと自分に言い聞かせます。
「セシィ、お気持ちは察するに余り有りますけれど、今は出口を探す事が最優先です……」
わたくしの言葉にセシィはハッとして顔を赤らめました。
「ご、ごめんなさい……今は生命の危機の様な事態ですのにはしゃいでしまって……」
セシィは幼い頃より、つい数年前まで身体が弱く病で臥せっていた事もあり、わたくしの冒険者としての活動に対して憧憬の念を抱いているのは知っていました。
「ではセシィ、周囲を探索して出口を探しましょう。何か仕掛けがあるかもしれませんから調度品なども調べてみたほうがいいと思います」
わたくしの言葉にセシィは満面の笑みで「はい!」と答えました。




