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3.ライバルその②が現れた!

 父親の上司の上司であるノースダコダ辺境伯の王都屋敷。

 軍閥の雄らしく、質実剛健な重厚な装飾の部屋の一室。

 我がジミナー家の家族会議が、粛々と開かれている場所である。


 お題は当然「突然の分不相応な嫁入り先に対する今後の対応」である。

 父、母、弟と四人で囲む空気は、ひたすらに、重い。




 王妃様の命令は絶対だ。

 王様を可愛がる片手間に王国の実務を取り仕切る彼女は、あっという間に婚約の日取りを決めてしまった。

 年末の予算編成の関係上、一か月後。

 それまでには婚約して王宮に住むようにと、私を含め三名の妃候補に通達を出してきた。


 この事態に両親はパニックだ。

 僻地で農村の管理しかしてこなかった両親はひたすら混乱し、慌てて辺境伯に縋った。


 ノースダコダ辺境伯自身は中立の軍閥だ。

 中央の政治闘争には基本関わらない。

 二大派閥である公爵家からも、距離を取っている。


 しかし、自身の派閥から妃が出ることは、軍閥への影響を考えたら決して悪いわけではない。

 故に位の低い私支えるために、自身の養女として、王宮に送り出すことにしたそうだ。


「あとは皆で話し合いなさい。家族は大切だぞ、ニルヴァーナ。最後に助けてくれるのはいつだって家族だ。実家の空気を悪くしたまま、他家へ行くものじゃない」


 立派な髭をもった穏やかな辺境伯は、そう微笑んで部屋を出ていった。


 この国において、妃は複数いる。

 表立った妻としての役割を担う正妃と、その他複数の副妃だ。

 私を含め、三人が結婚確定らしい。

 この場合、立場の低いは自分は副妃だろう。

 正妃については、国の双翼であるデスワールド公爵家とライトバース公爵家で、熾烈な駆け引きが行われているらしい。


 後は――――私と家族の問題だ。




 しばらく誰も声を発しなかった空間に、父が初めてため息をついた。


「まさか22にもなって、嫁の行先が見つかるとはな」


 女性は17歳前後が適齢期であるこの時代。

 実は私は縁談がどれも上手くいかずに早五年。

 すっかり行き遅れていた。


 戸惑う母が頬に手を当てている。


「まさかニアが王太子様に求婚されるなんてねえ……農家の嫁になりたい!って素朴な好青年たちにアプローチしては、女子力がなくて振られ続けていたのに。真逆な方向からモテるなんて、お母さん考えもしなかったわ」

「振られてなんていないもの! 義実家(仮)の畑を荒らす大土蜘蛛や大土猪を倒しただけよ! そうしたら、尊敬するけど女として見られないと言われただけで!」


 ――――素朴で真面目だからこそ……保守的で、男性の沽券にとても敏感だっただけで。


 憧れの農村生活。

 その閉鎖的な現実を垣間見た。


 勢いでテーブルを割りそうになったのを、もう片方の手で慌てて止める。

 その様子を見た父は、再びため息をついた。


「それを振られたというんだ。そもそも貴族とは結婚したくないというから、ジミナー領一番の庄屋の長男と縁組してやったのに……お前のガサツさに相手の息子は逃げるしな。おかげで頼りにしていた村長が倒れて大騒ぎだ」

「マルコは私を見捨てていないわ! 男の誇りを手に入れる旅に出るって言っていたもの!」

「姉さん。そこだよそこ。姉さんは男の面子を潰しすぎなんだよ」


 騎士学校在籍中の弟は、頭の後ろで両手を組み、私とよく似た地味顔を歪めて、哀れなものを見る目で眺めてくる。

 

「山賊に襲われたところを姉さんがマルコを守って? 彼の目の前で徹底的に殲滅したんだって? しかも『こんなのお金にもならない』なんて呟いていたって、マルコが遺言を残していったよ。ありゃあ完全に怖がられてるね」

「そんな……」


 だって防衛戦なんて、闘技場では人気のない見世物でしかなかったし。

 弱い敵を潰すなんて下種な試合、戦闘奴隷のオーナーたちは誰も組まなかったもの。

 解せない顔をしている私を、弟は可哀想な子を見る目で諭してくる。

 

「姉さんの売りは馬鹿力しかないんだからさ。いっそ騎士学校に編入すれば良かったんだよ。都会なら、男女差別は少ないよ? それに千年前じゃあるまいし、実力だけあれば出世し放題じゃないか」

「いやよ、あんな野蛮な学校。戦いが好きな人ばかりじゃない。私は堅実な農家に嫁ぐの。そして畑仕事を頑張って、毎日を土と共に生きるのよ」

「「「……」」」


 何か、とても白い目で見られているような気がする。


「姉さん……殆ど豪農と変わらない生活をしているけど、一応僕たち貴族なんだからさあ。国を守ってくださっている王太子様に感謝とかないの?」

「そりゃあるわよ。私がやりたくないことを積極的にやってくれる人たちにはみんな感謝しているわ」

「じゃなくて。尊敬とか、敬愛とか」

「敬愛だけで結婚? そんなのが出来たらこの世に性の不一致なんて存在しないわ」

「ニア!」


 お母さまにはしたないと怒られてしまった。


 でも、せっかく生まれ変わったのだ! 

 以前夢見ていたことを実現してもいいじゃないか!

 父親似の顔だって昔と違い、とても無難で良い感じなのだ。

 同じく地味で誠実な男性と結婚して、畑仕事をしながら、のんびりと生きていてもいいじゃないか!




 かつて死者となって立った冥界の門の前で、女神と約束をしたのだ。

 戦いの女神様は妖艶な体をくねらせて、こう言った。


『ノアちゃん、お姉さん貴女のファンだったのよー! 今までとても面白い闘技(まつり)を見せてくれたわね。捧げられた分は十分に堪能したわ。お礼にもう一回人生を送らせてあ・げ・る! 好きなように生きなさい!』


 私は千年前に死んだのち、第二の人生を戦いの女神に与えられた。

 ただし、生まれた時から加護は付いたままだ。

 闘気をコントロールするために、物心ついた時からこっそりと裏山で鍛え直していたのだが、どうしても上手く扱えない。

 以前のように全身に後遺症を引きずっていない分、むしろ力が過剰に漲って、繊細さに掛けるのだ。

 

 幸いにも、異端な子供だった私に、家族はみんな優しい。

 異常に力が強い娘に「そういう子に生まれただけ」と母は優しく包んでくれた。

 父は「なぜ、なんてどうでもいい。どうすればいい、だけを考えよう」と真正面から受け止めてくれた。

 現実的な弟も、「面倒な姉を持ってしまった」と手厳しく指摘をしつつも、同時に心配してくれる。


 家族は……私を信じてくれている。

 私の誇らしい、最高の家族だ。

 だから私は、ジミナー領で、ずっとこの家族の近くで、新しい家族を増やしていきたかったのだ。


 前世みたいな状況は本当に――――。


『だ・か・ら。()()()()()()()()()()!』




 私は、何度訂正しても信じてもらえない事実を主張した。


「そもそもあれは求婚なんかじゃなくて――――」

「試合の申し込みですよね」

「そう、それよ!」

「ノアさんは、なぜ受けてあげないんですか? ちょっと戦ってあげれば、アレはバカだからしばらく大人しくなるじゃないですか」

「そうはいってもねえ。私はもう大地に生きるレディになると決めているし……」

「「「ニア……その人……」」」


 ――――誰?


 私と家族の訝し気な視線を一身に受ける、隣に知らない男。

 父親の隣で足を交差し、ニコニコと私に笑いかけている。

 優男風の美形だ。

 北の隣国、キーエフ国の民の特徴である銀髪銀目。

 金糸銀糸をふんだんに使った、キーエフの外交官の職服を着て、白に近い銀色の長い髪を緩やかに肩で止めていた。


 彼は唐突に、こちらにずずいと顔を突き出し胸元の匂いを嗅ぎ出した。


「すんすん。すんすん。……女の子の匂いがする」

「何をするの!」

 

 バッチン。

 女性らしく軽い平手で済ませようとしたが、動揺で闘気が調整しきれなかった。

 男はソファーの後方に吹っ飛んでしまう。


「あ……」

「姉さん外交問題ー!」

「ニルヴァーナなんてことを!」

「でもあなた。娘に対して失礼だったのはあの方よ?」

「そういうことではなくてな!」


 家族で大騒ぎになるのをよそに、男は糸で引っ張られたかのようにひょこっと立ち上がり、軽く背中の埃を叩く。 

 そして大笑いをしながら優雅に歩いてきた。


「そう! 貴女は女の子だったんだ。偉大なる黒鎧の戦士は、実は女性! いやー知らなかったなあ。面白いなあ。アルノルドは貴女と分からずに求婚したとか! バカだねえ、元々バカだったけど! ノア殿は漢の中の漢だと慕っていた犬野郎にも、偏執的に追いかけていたクソ妖精にも見せてやりたい!」

「チャールダール卿! うちの養女が何かいたしましたか!?」

 

 慌てて部屋に飛び込んでくる辺境伯。

 後ろには殺気を帯びた数人の隣国の兵士が付いていた。

 

「いえいえ辺境伯! 僕がレディに失礼をしてしまったんですよ! レディ・ノア。いえ、ニアさん。どうぞ僕の御無礼をお許しください。全ては貴女の黒鎧がそうさせるのです。運命に綴られた糸のように」


 軽やかに謝罪の礼を取る外交官。

 彼の最後の言葉が気になった。

 たしか、前世の私にライバル宣言をした連中の中に、糸にこだわる暗器使いの一族がいた。

 家業は暗殺のくせに、堂々と顔を晒して戦うことができる、闘技場での名誉を求めていた青年。

 彼が好んだ一族のことわざだ。


「あなたもしかして」

「ようやく気付いてくださいましたか。昔はムエルと申しましたが、今はサミュエルです。どうぞよしなに。まあ仕方ないですよね。僕、前よりイケメンですから。しかも極寒の地とはいえ第三王子に生まれましたし。女神には感謝しかありません」


 また王子かよ。

 王族・皇族にいい思い出がない自分はつい顔をしかめてしまう。

 彼はふふっ笑うと私の前に跪いた。


「ニルヴァーナさんは可愛らしいですね。おバカのくせに無駄に能力が高くて無駄に偉いアルノルドには勿体ない。これほどの機会はそうはありませんし……()()()()()()、ノア」


 まさか。

 ざわり、と周囲が動揺する。

 父親と弟とが固まり、「ニアちゃん、まさか魔性の女!?」と母がとんでもない勘違いをする。


 このままでは誤解をされる。

 誤解を解くため辺境伯に駆け寄ろうとしたら、見えない糸で絡めとられて、動けなった。


「どうされました? 闘気は出されないのですか?」

「……私、ハエ叩きじゃないので……」

「? まあ、ここでは無理でしょうね。貴女は昔から常識人だ。もちろん、あの美しい闘気にまみれた貴女と再び戦いたいですよ。あれは私たちのような闘技に狂った人種には、魂を揺さぶられるものがあります。だけど順番というものがありますからね」


 周りに聞こえないよう、念話に近い声で囁くサミュエルに、辺境伯が訝し気な視線を送っているが、全力が出せないせいで糸が切れない。  

 焦る私に、彼は笑う。


「貴女は農村でのスローライフが希望とお聞きしました」

「なぜそれを……」

「ムエルの一族は今も連綿と続いていますからね」


 世界の表裏、全ての情報は僕のものですと、かれは少し黒く笑い、私の手を取った。


「僕ならば、貴女の願いを叶えることができますよ? 第三王子ですが、農村に別荘も持っています。貴女のためにすぐに引退して、田舎に引きこもるだけの財産もありますよ。もちろん一族総出で守りますから、()()()()()()()()に生きていけます。だから……」


 指先に、キスをされた。


「僕と結婚しませんか?」


 艶を帯びながら見上げる銀目。

 石になった私をよそに、両親は「なんてこと」と叫び、弟は「モテ期というか呪われてないか?」とつぶやき、辺境伯は「キーエフ卿! 外交問題にする気ですか!」と思わずサミュエルを引き留める。

 屋敷は大パニックに陥った。

 

 数日後。

 ガリア王国に、北の大国キーエフの王室より縁談が舞い込んだ。

 第三王子サミュエル・レベンナ・キーエフと、()()()()()()()()()()()()()ガリア貴族、ニルヴァーナ・ノースダコダとの結婚の依頼である。

 

 なんでこうなるの!?

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