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お妃さま誕生物語  作者: violet
番外編 マクレンジー帝国皇太子ジェラルド
92/102

王妃を臨む者

ルクティリア軍の到着を待って、ジェラルドは総領事を拘束した。

オースチンはまさか駐屯軍にジェラルドが混じっていたとは思いもしなかった。

昔のように、鍛練に参加していたら気づいたであろう。

オースチンは、麻薬中毒の疑いがあり、禁断症状が出る可能性もあることから、ルクティリア軍に監視されるとことになった。


ジェラルド達はルクティリア軍を引き連れ別邸に馬を走らせる。

明日にはマクレンジー帝国軍も到着すると連絡がきている。

「火と水は使うな。硝石が反応する。」

ジェラルドがルクティリア軍に指示を出す。

別邸に待機していた駐屯軍は、ルクティリア正規軍の大軍の前には勝ち目はない。

駐屯軍はルクティリア軍に任せて、ジェラルド達は総領事夫人と倉庫を探す。


夫人はテラスのある自室にいた、騒動を聞いて覚悟をしているようだ、抵抗する雰囲気はない。

「総領事夫人、教えて頂きたい事があります。」

アレンが夫人に歩み寄ろうとした時に、扉が蹴破(けやぶ)るように開かれた。

「チェルシー!」

飛び込んできたのはエンボリオだ。

ルクティリア帝国軍と交戦していたのだろう、エンボリオは傷つき血を流している。

それでも、すぐさまアレンに剣を振るい夫人から遠ざける。

「エンボリオ、血が!」

駆け寄ろうとする夫人をエンボリオが手で止める。

名前を呼び合う二人にジェラルド達も驚くばかりである。

総領事邸で二人の接点はなかったに等しい。


「私が全てをしました。私です。」

夫人が机の引き出しから鍵を出す。

まるで、全ての罪が自分にあるかのように言う。

「これで、土蔵の扉が開きます。」

「違う!

チェルシーは関係ない、何も知らない!」

エンボリオが夫人を背にかばい、ジェラルドと対面する。

お互い手には剣を抜いて持っている、後に退く気はない。

カキーンと火花が飛ぶような音を立てて剣が交わる。

「お前、手を抜いていたな。」

エンボリオが剣越しにジェラルドに話しかける。

「目立つ訳にいかなかったからな。」

ジェラルドが答えると、

「ああ、主君の姫君を(さら)ったほどだ、やはり腕前を隠していたか。」

お互い一歩も引かない、力と力が交差する。

だが、エンボリオはルクティリア軍との戦闘で手傷を負っていた。

ジェラルドの剣が動いた、エンボリオの脇腹に深く斬り込む。

「きゃあああ!」

夫人は叫び声をあげると、鍵を出した引き出しから銃を取り出しジェラルドに向けようとした瞬間、イライジャに斬られた。


「チェルシー!!」

脇腹を手で押さえながら血まみれのエンボリオが、よろけた足つきで倒れた夫人の元に向かう。

「エンボリオ、貴方はタッセルに必要、貴方が王に。」

そう言う夫人は横たわったまま動けない、身体の下に血溜まりができている。

エンボリオは床に膝を着くと夫人を抱き締めて言う。

「タッセルを助けたかった。」

そうね、と夫人が頷く。

「王になれば、チェルシーと結婚できると思った。」

貴方の横で王妃に成りたかった、と夫人が答える。

「チェルシーを連れて逃げたかった。」

私も、と夫人はエンボリオの手を握る。

「でも、一緒に死ねるわ。

凄く嬉しい。」

二人でいられるなら、どこでもいいの。

「もう離したくない。」

後悔は充分した。

最後の力で微笑んだのだろう、夫人はエンボリオを見つめてこときれた。

「チェルシー、チェルシー。」

エンボリオも力尽きたのだろう、最後の言葉は愛する人の名前だった。


「一緒に葬ってあげましょう。」

アレンの言葉に反対する者はいない。

「だから、あんなに姫君を大事にしろ、と言ったのか。

自分こそが、(さら)いたい姫君がいたから。」

ジェラルドがポツンと呟く。

「バカだな、タッセルなど捨てて姫君と逃げれば良かったんだよ。」

バカだよ、一緒に死ぬより、一緒に生きた方が幸せなんだよ、わかってたクセに。

レイラの顔が頭に浮かぶ。

公爵家の姫君も、荒れた手で町の暮らしを幸せだと言ったんだ。

レイラ、君に会いたい。


いいヤツだったんだ。

どんな理由があろうと、麻薬と硝石に手を出した時点で許すことはできないんだ。




後になってわかった事だが、夫人の引き裂かれた恋人こそがエンボリオだった。

エンボリオは、タッセルでの失敗は死に直結するから、夫人を巻き添えにすることを恐れたのだろう。

夫人はエンボリオの為に総領事に嫁ぐのを受け入れたのかもしれない。



土蔵からは、横領された砂糖と麻薬、硝石、裏帳簿が見つかった。

夫人の実家は麻薬の売買で巨万の富を得ていた。

リッチモンドで麻薬の栽培こそが夫人の実家の指示だった、それの搬出ルートとして砂糖に目をつけたのだ。

オースチンは麻薬中毒になっており、夫人の名を呼び暴れた。

彼も夫人を愛していたのは間違いないのだ。

ドレスや宝石で夫人の気を()こうとし、夫人の実家の手助けをし富を得ていた。

硝石はエンボリオがタッセルに戻る為に麻薬と共に運びこんだのだろう。


総領事もエンボリオも夫人を(かか)わらせなかったに違いないが、夫人は知っていたのだ。

夫人はエンボリオとの仲を引き裂かれた後、どれ程の絶望で嫁いできたのか、それでもエンボリオの役に立とうとしたのだろう。

お互いが相手をどんなに思っていたろうか。


エンボリオにとって侯爵家の姫君のチェルシーは、タッセルで立国し王妃という位を用意しないと手に入れられない存在だったのか。

エンボリオこそが、タッセルの現状に(うれ)い、建て直したかったのだ。それを知っているからこそ、チェルシーは二人で逃げられなかったのだろう。

総領事邸で二人はどれほどの苦痛の下で暮らしたのだろうか。

今は二人の気持ちは誰にもわかることは出来ない。

エンボリオとチェルシーは犯罪者として、タッセルを(のぞ)むことのできる国境近くの墓地に一緒に眠っている。




ジェラルド率いるマクレンジー帝国軍、ルクティリア帝国軍の合同軍はタッセルに進軍し、制圧した。

そののち、タッセルはルクティリア帝国とマクレンジー帝国に分割されて統治されることになる。

ルクティリア帝国の占有地域は港を含む一地域のみなので、ヤムズ大河の対岸にあるルクティリア領となる。


タッセル内戦地帯に潜伏していたオリバーが、エンボリオのタッセルでの組織も調べていた。

「王妃を連れて戻る。」

エンボリオは仲間達にそう言っていたらしい。




オースチンが処分された後、トーバ、タッセル統括総領事として赴任(ふにん)したのはアレンである。

タッセルは急速に復興していくことになる。

2年後タッセルは、マクレンジー帝国属国レルバンに譲渡され、併合されることで、長期政権の元での安定した生活になっていく。

ルクティリア領となった地域もいつかは返還される日が来るかもしれない。


これで完結となります。


多くの方に読んでいただき、感謝でいっぱいです。

本編で終わる予定が番外編まで書くことができました。

いつも読んでくださる方がいる事が励みになり、楽しみでした。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

violet

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