アレン・マニロウ
視察官アレンは毎夜のように歓楽街に出向く。
それは総領事オースチン・アルマンドを油断させる為でもあり、オリバーやアレキサンダーを行動しやすくし、護衛官ベンジャミン・ケフトナを自由にジェラルドの元に行かせる為でもある。
アレンが全ての隠れ蓑の役目を負っている。
通いなれた娼館で馴染みの娼婦、ロアの髪をすきながら裸の身体を抱き寄せる。
没落した元伯爵令嬢というだけあって、綺麗な顔立ちである。
「アレン様、いつもあまりお眠りになりませんが、大丈夫ですか?」
薄暗いベッドがあるだけの部屋で、小さな灯りに照らされてロアの白い身体が浮きがる。
アレン達は軍に投入された日から、眠りが浅くなっている。
先輩兵士達の寝込みを襲う奇襲を避けるためでもあり、虫などを避ける為でもあった。
野戦訓練では子供のアレン達は虫の餌食となる、ディビットが虫よけの薬をくれたが、交替に寝ずの番をした。
マクレンジー私兵隊出身者はともかく、ジェラルドを筆頭に子供ならばと、ヒステン王国出身の兵達には積年の恨みを晴らそうとするものもいたのだ。
「眠れないたちなんだ、何か話をしておくれ。」
「私には楽しい話などありません。」
そう言って瞳を伏せるロアの拳は震えている。
「楽しい話ではなくていいよ。」
そうですね、と言って語りだしたのはロアの故郷の国。
今は無きタッセル王国。ヤムズ大河の中流域にあり、極東地域とは砂漠で接していた。
タッセル王家滅亡後、たくさんの暫定政権が樹立されては滅んだ。
「タッセルはずっと内戦状態が続いてました。私が生まれたのも内戦になってからです。
父の伯爵は、中立を保っていたのですが、姉の婚約者の侯爵家が政権制覇に動いたのです。」
アレンはただ物静かに聞いている。
「残念ながら、敵対勢力に負け、姉の婚約者は斬首。
我が家にも兵が押し寄せました。
母も、姉も私も。」
そこからロアの言葉は続かない。
負けた派閥の女が戦闘で興奮した兵達の前に突き出されたら、どうなるかはわかる。
自分達もガサフィの侵略戦争で、王宮に乗り込んだ後にしてきたではないか。
「たくさんの男達に。そのまま死んでしまいたかった。」
ロアは抵抗したのであろう、だが男達の前では力かなうはずなどない。
ロアを凌辱した兵達が自分のようにさえ思えてくるアレン。
「生き残ってしまいました。
気が付いたら、売られる馬車の中でした。
涙が枯れつくす程泣きました。」
だから、もう涙もでないの、とロアは笑う。
喜びの笑顔ではない、悲しみの笑顔だ。
「父は言ってました。
王家が滅ぶ前のタッセルは、腐敗した政権で重税にあえぎ、どうしようもなかったが、美しい自然はあったと。
王家が滅ぶと、力のある家が次の政権を狙い、内戦になりました。
自然は破壊され、農地も軍馬で荒らされ、食料は減り、ますます荒れました。」
タッセルの貴族の家より、この娼館の食事の方が豪華なのよ、ふふふと笑うロア。
「屋敷の中庭で私達も芋を植えたり、家畜を飼ったわ。
それでも、父には伯爵というのが誇りだった。」
家族は生きているのか、死んでいるのかわからないの、とロアが言う。
たくさんのロアのような娘はタッセルにいるのだろう。
アレンもタッセルの事は聞いている。
リヒトール陛下はシーリア皇妃に害を成そうとした王子達を決して許しはしない。
リヒトール陛下はシーリア皇妃が第一だ、そして父達はリヒトール陛下が第一だ。
陛下の意を受け父達は動いた。結果はこれだ。
他国はマクレンジー帝国の不興を買うことを怖れ、決してタッセル内戦地帯に介入しようとはしない。
リヒトール陛下は現状をわかっていても放置している、責も負っている。
それほど皇妃が大事なのだ。
だが、もう内戦になって20年程になる。
タッセルの人民は苦しんでいる、十分ではないのか。
「ロア、今も苦しみが続いているんだね。」
「ううん、苦しみも喜びも感じないの。」
何も感じない、とロアがアレンにささやく。
「今はアレン様がずっと買ってくださるから、他の客を取らなくていい。
けれど、そのうちアレン様は帰られるだろうから、夢はみない。」
「ロア。」
「アレン様、今だけ本当の名前を呼んで、ロザリンドと呼んで。」
「ロザリンド。」
名を呼ばれて微笑むロザリンドは血の涙を流しているようにアレンには見えた。
ジェラルドの話をベンジャミンから聞いたアレンは早速手を打った。
オリバーがタッセルに向かったと知って後を追う手はずを整えた。
総領事の執務室に向かうと、オースチンに疑いをもたれないように話をする。
一つでも疑われれば、全てが疑われる、まだ裏帳簿も倉庫も探し出せていないのだ。
「皇帝陛下より国境の確認を申し使っていたのです。」
と言ってマクレンジー帝国皇帝の代理権親書を見せて笑いを浮かべる。
「馴染みの娼婦がタッセルの出身で、話しているうちに、父から言われてた事を思い出したんだ。」
オースチンもアレンがロアに通っている事は調べてあるから、なるほどと納得する。
忘れていた程の案件なのだろうと推測し、融通を付けようと約束した。
「タッセルは内戦中で危険だろう、護衛だけでは不安なんだ。
新人兵でいいから数人付けて欲しい。」
新人でないと、ちょっと遊ぶの許されないだろう、との言葉を付けるのも忘れない。
駐屯軍の新人となるとジェラルドとイライジャが含まれる、それを見越しての事である。
翌日、アレンとベンジャミンを馬車に乗せ、周りを騎乗のジェラルド達が護衛する形でタッセル国境に向かった。




